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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第2章 魔力は世界を変える

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できないなりの覚悟




 最上層の出口方面に向かって、早足で歩く3人。

 状況はあまりよろしくないのは確かだ。

 ダンジョン内のいつもの青緑色の光ではなく、赤く輝くダンジョン苔によって照らされた通路は禍々しく、心なしか見かけるレッサースライムたちも興奮した様子でうぞうぞと動き回っている。


 間違いなく異常事態。

 だと言うのに、美佳里は流霞と奏星の二人を後ろから追いかけながら、先程のやり取りを思い返していた。


 ――すごい、なぁ……。奏星は他人を助けようとして、るかちーは、そんな奏星の気持ちを汲んで、堂々と言い切った。あーしはただ、ヤバいって。早く逃げなきゃって、そればっかだったのに。


 先程のやり取りは、美佳里にとっては強烈なものだった。

 奏星が弱々しく、けれどハッキリと告げた、助けたいという意思。

 そして、その無茶な要望を聞いて、それをさらりと受け止めてみせた流霞。


 そんな二人の信頼関係が、美佳里には酷く眩しく映っていた。


 ――それに比べて……ううん、分かってる。あーしがここで、なんか自分だけ戻るってのが納得できなくてついて行ったって、邪魔にしかならないってことぐらい。


 胸の内に生まれた、ちくりとした痛み。


 雅は、〝がちけん〟を起ち上げた。

 家族でもある『明鏡止水』を通して〝金銀花(カプリフォリオ)〟を支えていて、配信の時もドローン操作だったり二人への指示だったりをして支えている。


 雪乃は、【魔導裁縫】を使って二人のために、そして自分のために魔法防具を作ってくれて、その力で貢献している。

 ダンジョンは一歩間違えれば命を落とす、そんな危険な場所だ。

 そんな場所で使える装備を作れるというのは、これ以上にない程に重要だろう。


 そうして支えられる〝金銀花(カプリフォリオ)〟の二人。

 そんな二人は、最初からみんなのために素材を集めたり、アーティファクトを見つけてきてくれて、今は他人まで救おうとダンジョンの奥に入って行こうとしている。


 ――……あーしだけが、無力じゃん……。

 じわりと、美佳里の胸の内側で、染みが広がるように嫌な感情が浮かぶ。


 それはここ最近、強く感じていることだった。

 少しずつ、ほんの少しずつではあるが、自分だけが周りに助けられるばかりで、自分はまだ何も返せていない。


 流霞が二つめのアーティファクトである『創造の石板』を手に入れてくれたおかげで、どうにか自分のダンジョン因子の【魔弾の射手】を使えるようになった。

 でも、燃費が悪すぎてまだまだまともに使えたものじゃない。


 そんな今の自分が奏星と流霞と一緒に戦おうとしても、助けにはならない。

 むしろ足手まといになる可能性の方が、余程高いであろうことは美佳里にも想像できた。


 美佳里から見ても、奏星と流霞は――〝金銀花(カプリフォリオ)〟は強い。

 その二人についていくとなれば、最低でも同じぐらいのレベルになって、二人のサポートぐらいできるような実力者じゃないと、足りない。


 だから、早くレベルアップしたかった。

 もう少し、魔法銃を上手く使えるようになったのなら。

 もう少し、魔力に余裕ができて魔弾を増やせるようになったのなら。

 その時はきっと、何もない自分でも、二人のサポートに回ることだってできるかもしれない。

 だから早く強くならなくちゃと、そういう焦燥にも似た想いを胸に抱いていた。


 ――でも、今は仕方ないじゃん?

 力なく、諦念を滲ませて、美佳里の中でいつもの自分が告げる。


 レベル1、体力を鍛えるための走り込みなんて、ちょっとやってみようかな、ぐらいであまりしっかりとやり込んではいない。

 奏星の剣や流霞のロッドとは全く違う、使う度に酷く魔力を消耗する魔法銃は、思っていたよりも強力ではあるものの、燃費が悪すぎる。


 だから……。



「るかちー、次左。右行ったら上の階層に向かうルート」


「うん、分かってる」


「――あのさ」


「どしたん、ミカミカ?」


「うん?」



 ――だから、ここからは自分一人で帰れると、言うべきだ。



「……あーしも、右に行こうかな、って」


「え?」



 ――ここまでで大丈夫だから、あとは一人で戻れるから、と伝えるべきだ。せめて足手まといにならないように。邪魔にならないように。



「……全然強くないし、二人みたいに強くはないけど。でも、ほら、魔法回復薬を渡したりとか、誘導とか、それぐらいならできるかなって……!」



 理性が辿り着いた結論を、美佳里の本心が無視していた。

 握った拳が、笑えるぐらいに震えている。


 ――分かっている。

 自分は足手まといでしかないことも、そんなのは余計なお世話で、さっさと立ち去った方がいいってことも。


 ――理解している。

 ここで二人を困らせることに、何もメリットなんてないじゃん、ってことぐらい。


 でも、ここでそれを理由にしちゃいけないような、そんな気がして。


 無力な自分では、雅や雪乃のようにはいかない。

 同じ〝がちけん〟所属メンバーとなる〝魔女の饗宴〟の莉緒菜たちのような力もない。何もできることなんてない。


 なのに、どうしてかは美佳里自身にも理解できなかったが、ここで左に曲がって戻ってしまったら、これからもずっと何も変わらないような、そんな気がして。


 気が付けば、美佳里は胸の内に隠していた、燻っていた想いを吐露していた。



「……あーしは、二人みたいに強くないし。でも、裏のメンバーみたいに二人を支える力もなくて……。だから、こんなこと言ったって困るのは分かってる。でも……!」



 ――でも、これで奏星やるかちーが、ダメだって。早く帰れって言ってくれれば、きっとあーしのこの変な拘りみたいなのも、きっと消せると思うから。


 だから、いっそひと思いに引導を渡してほしい、と美佳里の理性が叫ぶ。

 なのに本心は、心のどこかでそれを否定してほしくて。



「――うん。じゃあ、ミカミカもいこ」



 ――――だから、そんな言葉が返ってくるとは思わなくて、本気で目を丸くした。



「……る、かち……?」


「ミカミカがいれば、もしかしたら私とカナっちだけじゃ拾えないものが拾えるかもしれないし、私とカナっちだけじゃ助けられない誰かを助けられるかもしれない。カナっちも、いい?」


「あーしはなんも言えんって。だって、そもそもあーしのワガママじゃん? で、それに付き合ってくれるるかちーはもちろん、ミカミカも付き合ってくれるっつーんなら、あーしにできることは、それでも無傷で守りきるぐらいっしょ」


「奏星……」


「ミカミカはウチらと一緒に来たいんっしょ? んじゃ、行こうよ。るかちだってそれでいいって言ってるし」



 そんなあっさりと認められて、受け入れられて。

 足手まといでも、何もできなくても、本当に何も気にしてなんていないと、そう言われたようで。

 独り相撲ぶりに恥ずかしいような、受け入れられて嬉しいような、なんとも言えない釈然としない気分のせいで込み上がってきた涙を、美佳里は乱暴に腕の袖で拭った。



「……っ、あーしも、〝金銀花(カプリフォリオ)〟の二人と並んで、何かできるようになりたい。二人みたいになりたい」


「んふっ、なにそれ。ミカミカはミカミカじゃんよ。るかち、そうと決まれば右で」


「うん、分かった。じゃあ、右に行こう」


「んだね。っつーわけで、裏方さん。そーゆー流れでよろー!」



 景気良く丸投げするような物言いで、奏星が言う。


 美佳里が胸の内に何かを抱えているのは、なんとなく奏星にも理解できていた。

 おんぶに抱っこが嫌だ、なんてことをわざわざ口にするぐらい、美佳里はフェアであることに拘っているのだから。


 そんな美佳里が、弱みを見せたがらない彼女が、泣きそうになりながら口にした希望を、同じように希望を口にして、あっさりと受け止めてもらった奏星が否定するはずもない。


 でも――と、ちらりとコメントを見やる。



『え、連れて行くの?』

『それはちょっとさすがにないでしょ』

『いくらなんでも危ないって』

『ってか二人も一緒に逃げればこうはならないんじゃ?』

『そんな無理する必要ないでしょ』

『さすがに素人連れていくのは良くないって』

『確かに二人は強いけど、それとこれとは話は別だよ』



 コメントの悪意に――否、善意のつもりの無遠慮な否定の数々に、気持ちが塗り潰されてしまいそうな気がしていたからだ。


 コメントのそれらに悪意なんてない。

 きっと心配しながらコメントを送ってくれている者の方が、圧倒的に多いのだろうけれど、それと一緒に透けて見えてくる見下すような物言いが腹立たしい。


 ――ウチらのことを深く知りもしないで、人の気持ちを否定すんなし。


 苛立ちつつも、けれど自分が文句を言えば、それはそれで周りに迷惑をかけるかもしれないことは奏星にも理解できた。

 だから、見ないことにした。蓋をすることにした。


 けれど、その時だった。



《――はいはい、聞こえる? 裏方の雅よ。配信を見ている視聴者たちにもこっちの声は聞こえてるはずよね?》


『!?』

『聞こえる!』

『カナっちたちにも聞こえてるっぽい』

『お、きひ子ちゃんもミカミカちゃんも聞こえんだ』

『オープンイヤー型のイヤホンつけてんだね』

『裏方さん、止めなくていいんですか?』

『言ってあげて』


《あのねぇ。配信を観てくれるのはありがたいけれど、この子たちがやりたいって、やり通すって決めた以上は、それを応援するのがファンってもんでしょうが。正論語って大人ぶって気持ち良くなりたいだけ、諭して偉くなった気分を味わいたいだけなら、さっさと配信閉じて接待AIと喋ってなさい!》


「ぶふっ」


「ちょ、雅……!」



 いつものギャルらしさをすっかりと潜めて、堂々とした一人の大人の女性のように雅は言い放つ。

 そんな雅の言葉に思わず奏星が噴き出し、美佳里が声をあげた。


 だが、雅の言葉は過激だ。

 確かにスッキリはするが、そんな言い方をすれば炎上するのがネット社会。

 何かと口撃の糸口を見つけたがる者たちに、わざわざ「叩く理由」を与えかねない。


 かと思えば、コメント欄は意外と賛否両論に分かれていた。



『は?』

『いや、別にそんなつもりは――このコメントは削除されました』

『かっけぇww』

『つよw』

『くっそww』

『お気持ち多くて黙ってたけど応援してる!』

『いや、僕は二人のことを心配して――このコメントは削除されました』

『このコメントは削除されました』


《心配してくれるのもありがたいことだけれど、だからって聞いてもいない他人のお気持ち表明なんて、余計なお世話。ありがた迷惑どころか、迷惑そのものよ。悪いけど、言い訳なんて聞かないし、弁解の余地なんて与えるつもりはないわ。そういう発言は容赦なくブロックしてくから、そのつもりで。配信者がやることが気に入らないなら、さっさと配信閉じて消えなさい。見るのも閉じるのも、視聴者の自由よ。見ろって強要した覚えはないわ》



 イヤホンマイク機能を内蔵したオープンイヤー型イヤホンから続く、雅の視聴者に対する堂々とした宣言。

 そんなことをするとは思ってもいなかっただけに、流霞はぽかんとして、奏星と美佳里は二人して笑いを堪えている。



《カナっち、流霞。ミカミカのことお願いね。救援はもう手配したから、無理しないように。絶対に無事に帰ってきなさい》


「りょー。無理はしないって」


「うん、絶対無事に帰るよ」


《ミカミカ》


「……ん、分かってる。ごめん、迷惑かけ――」


《――は? そういうのいいから、行くって言った以上、活躍しなきゃ罰ゲームだから》


「は?」


『は?』

『草』

『それは……まあそうなるかw』

『これはいいアイデアw』

『罰ゲームww』

『言っちゃったもんなぁ』


《そういうわけだから、活躍できなかったら禊配信枠取るわね。裏方命令よ》


「はぁ!? えっ、ちょっ、マ!?」



 どうやらそういうことになったようだ。

 雅のそんな言葉で、配信のコメントの調子もだいぶ落ち着いたらしい。


 視聴者に禊配信の内容は何にするか、どこからが活躍したと認めていいか。

 そんなことを視聴者に話しかけ、コメントとやり取りしながら雅が場を繋ぐ中、3人は小走りで最上層の一番奥に向かって足を進めていった。


 そうして最上層の3階層までやってきたところで、フロアの奥から悲鳴が聞こえてきた。

 とある探索者が引き起こした『魔物氾濫(スタンピード)』は、すでに最上層ギリギリのところまで進んできていたようであった。


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