閑話 〝ダンジョンの意志〟
「……いやぁ、それにしても……これは確定、かな」
「……ホント、雅のトコってなんであんな《《持って》》んだろうね」
「ほんとそれ」
世間が下層進出ニュースで慌ただしい日々を過ごしている中、『明鏡止水』の主力メンバーたちはそれ以上に忙しい日々を過ごしていると言っても良い。
日本国内の大手クランであり、〝金銀花〟が探索者協会にケチをつけられた件や、崩壊地域奪還作戦などに組み込まれそうになった時に協力、合同会見をした者たち。
日本の大手クランとして名の知られる『神風』、『天照』、『晨星』、『ULTIMA』といった実力や影響力のあるクランの面々を集めての講習会。
また、その際には独自魔法に関しても雅からもらったデータを『明鏡止水』側で直したものなどを公開し、指導することもある。
その他にも『明鏡止水』内のメンバーでも主力メンバーたちに対する指導は次々に行われており、人員が足りないためここには柚芭、そして渚沙も駆り出されている。
また、ダンジョン資源を利用した研究機関、調査機関からの素材の売却交渉もかなりのウェイトを占めている。
元々付き合いがある企業にはある程度の融通を利かせてあげたい気持ちもあるが、新素材の研究となるとそちらの実績が足りない。だが、新素材の研究によって実績を積み上げ、さらに企業を成長させたいという気持ちもあるため、何度も交渉を持ちかけてきている。
一方で、研究や調査の分野では名が知れているような企業からも色々と連絡が入ってきており、必然、フロント業務も圧迫されている。
さらにそこに、マスコミからは毎日のように質問書が送られてきて、その回答に時間を割いたり。
まったくもって探索者としての業務とは関係のないクイズ番組などのテレビ番組やCM起用へのオファーを断ったり。
――――とまあ、それはもう目が回るような忙しい日々を『明鏡止水』の面々は過ごしているのだ。
そんな日々を過ごしているものの、やはり探索者事務所であるということもあって、必要な調査などには力を入れている。
家業である以上、プライベートに仕事を持ち込むにしても、ちゃんとその時間配分を考える、という矢ノ沢家のルールがあるのだが、この多忙な時期にそれを守っていられないというのもまた事実だ。
仕方なく、夕飯後にその調査結果を話し合う時間を設ける日々が続いている。
その日のお題は、『中層突破で出た宝箱からの取得物傾向』についてだ。
「中層を突破したクランが公開している情報だけで洗い出してみたけど、やっぱ『ホームダンジョン』だったり、中層の深い層の魔物が日常的に間引かれていないダンジョンを攻略したクランほど、中層突破時の宝箱からアーティファクトが出てる確率が高いね」
「宝箱は配信に映ったけれど、中身は公表していないクランも多いから確定とは言えないけどさ。でもやっぱ、確率的にはそうだよね、これ」
柚芭、そして渚沙が改めてデータを見ながら語り合う。
目の前のデータが如実にそれを示している。
だからこそ、傑は思う。
「やっぱり、〝ダンジョンの意志〟は確実に働いている、と考えるべきだね」
ダンジョン出現当時から言われていた話だ。
因子獲得時やレベルアップ時に聞こえてくる謎の声も含め、ダンジョンという存在を操る何者かがいること。
その者はダンジョンにより探索者が入り、攻略を進めさせようとしている、というような話は一年に何度かSNSでも見かける話題である。
この〝ダンジョンの意志〟について、明確なことはまだ何も分かっていない。
要するに、『確実にそれが正しい』という根拠がない。
あくまでも経験則と推測から導き出されたものでしかないのだ。
ただ、これまでの経験則と言うべきか、何がどういう風に働けばダンジョンが動くのかというのは、この半世紀弱の歳月の中で色々と判明している部分も多い。
分かりやすく言えば、ダンジョンを放置したことで起こる『魔物氾濫』なども、〝ダンジョンの意志〟によって引き起こされているものであることなどだ。
そういった代物であるため、〝ダンジョンの意志〟と呼ばれる代物の是非を語り合う論争が度々起こったりもするのだが、そんな中に『〝ダンジョンの意志〟は試練を乗り越える者を寵愛する』というものがあった。
それが今回、改めて実証されてしまった可能性が高いのである。
「雅っつか、あの神奈川の人らから送られてきたレベルアップ条件を知る前の、『死闘を乗り越えたらレベルアップする』ってのはその話から来てたんだよね?」
「そだね。分かりやすく数値とかで教えてくれる訳じゃないから、どうしてもそういう噂がフィルターになってたんだな、って思ったけどさ。それにしたって、なんていうか人為的っていうか」
「あー、なんとなく言いたいこと分かるわ」
「でしょ」
柚芭の言わんとすることが分かって声をあげた渚沙。
そんな渚沙の横で傑もまた改めて思う。
確かにダンジョンには明確な意志というものが存在しているのではないか、と。
「実際のところ、『第3世代』の因子と魔力の因果関係を知った時から、〝ダンジョンの意志〟を僕は感じていたよ」
「あー……、ね」
「意味の分からないダンジョン因子とスキル。そのほぼ全てが〝魔力を使うことで活性化する〟なんて話になったからね」
スキルは『レベルアップして覚えればすぐに使えるもの』。
そういうものだとしてそれまで使えていたものが、突如として使えなくなってしまった時に、第2世代以前の者たちは嘆くばかりだったという。
一方で、「最近の若いヤツは」と言い出すような、時代を超えて存在し続けるような自分たちの苦労自慢のような言葉を投げて、それを乗り越えた自分格好いいとでも言いたげに悦に浸る者たちもいたが、そういう存在は相手にしなくて良いとして、だ。
「おそらく、ダンジョン側がさっさと魔力の重要性を考え、物事の固定観念を捨てて奥に進め、って僕ら人間の腕を引っ張ったような、そんな気がしたからね。もっとも、そう思えるようになったのも雅ちゃんたちの意味の分からない快進撃があったからこそなんだけどね」
苦笑しながら告げる傑に、柚芭と渚沙は二人とも小さく頷きながら、雅が『第3世代』のダンジョン因子持ちであり、【魔法薬調合】という因子を手に入れたと聞いた時を思い出す。
傑や瑤子たちは「魔法薬って凄いの作れそう」ぐらいに考えていたが、元々雅は父である傑や姉らに憧れ、自分もいつかはダンジョンに潜り、謎を解き明かす最前線の探索者になりたい、と考えていた子だった。
もっとも、雅は運動能力に特化した柚芭と渚沙とは違い、どちらかと言えば冴香に近く、けれど冴香ほど《《尖って》》はいないというようなタイプであった。
そのため、魔法などを手に入れて傑たちのようにダンジョンに潜るか、それとも研究に向いている解析や鑑定系のダンジョン因子を手に入れることで、冴香のような研究職になるのもいいな、と考えていたのだ。
だというのに、そのどちらでもなく、意味の分からない因子だったのだ。
傷つかない訳がなかった。
雅はしばらく呆然としていたし、口数も減っていたのは確かだった。
だというのに、それでも心は折れず、高校入学から間もなく自分のクランを起ち上げるような異質な方向に進み、そして今や立派な胃痛クリエイターである。
主に傑と、最近は柚芭に向かって胃痛の素振りをするレベルになってきている気がしなくもないが。
「……いやぁ、雅ちゃんが元気になって……うん、良かったよ」
「そう、だね……」
「なんか二人とも変な間あるけどだいじょぶそ?」
傑と柚芭の二人が、どこか遠い目をしたことに、まだ胃に向けて素振りされていない渚沙だけがきょとんとした反応を示したのであった。
その瞬間、家族向けメッセージが着信し、ピコン、と甲高い音がその場に鳴り響き、遠い目をしていた二人が一瞬肩を震わせていたのだが、それにも渚沙は気が付いておらず、自分のスマホを手に取った。
「あれ? なんか雅からプレゼン資料みたいなのきたんだけど――って、ちょっ、えぇ!? 二人ともいきなり何!? いきなりボディーブロー打ち込まれたみたいな声出してなかった!?」
矢ノ沢家は今日も平和である。




