第7章 エピローグ
ゴールデンウィークを皮切りに、世間は中層突破、下層突入に浮かれている。
日本国内でも『明鏡止水』に続けと言わんばかりに大手のクランが、『明鏡止水』を介してスキル拡張を得るための基礎訓練を行っており、ついに日本最大手クランである『神風』と『天照』がそれぞれ主力メンバーでの中層突破を配信で実現させていた。
もっとも、日本に比べて大国は動きが早く、中層突破パーティが多く出てきたところでは、すでに下層の探索を始めていると大々的に発表。
その割に、「配信でリアルタイムにお届けするには、まだまだ探索者側にも余裕がなく、リスクが高い」という言い訳で下層の攻略配信は世間に出回っていない。
これについては日本でも似たようなことが起こっている。
実際、『明鏡止水』も後続パーティの育成や下層突破のためのメンバー組みなどもあって、なかなかに忙しい日々を過ごしているようで、下層の配信は行っていないためだ。
下層の情報がなかなか手に入らないのは残念ではあるが、徐々に下層で入手したと思われる素材などを用いた研究への着手であったりが世間に公表され、確かに前進していることを実感する日々だ。
ゴールデンウィークを過ぎて、すでに2週間。
5月も半ばを過ぎて、早くもじめじめとした夏らしい蒸し暑さを感じる日も増えてきた。
そんな中、流霞はと言えば。
「…………」
「いや、るかちー気にしなくていいって。あの3馬鹿のせいじゃん」
「そうそう。それにあの一件がなくたってるかちーは配信で元々怖がれてたし」
「ぅ」
「ちょ、ミカミカ。それフォローになってないから」
「え、ごめん。ガチでフォローのつもりだったわ」
放課後、生徒たちもまばらになっていった教室の隅で、梅雨時期であるというレベルを通り超えてジメジメどんよりとした空気を放っている流霞に、奏星と美佳里が声をかけ、雅と雪乃がそれを見て笑っている。
進級早々に教室で起こった、全員とりあえずやったんぞ宣言。
迷わず他の者にも手を出す躊躇わない系ガールとしての名を手にしている流霞は、見事にクラスの生徒に恐れられている。
おかげで『特2―Sa』クラスの生徒たちは、流霞が来ると露骨に目を合わせないように視線を逸らされている。猛獣か何かのような扱いであった。
「まー、しょうがないと思うぞー? ぶっちゃけ先生もあん時ゃちびるかと思ったからなー」
「おがにゃん普通に接してくるじゃん」
「そりゃー、センコーが生徒を贔屓したり差別しちゃダメだろー? 俺はそーゆーの好きじゃねーからなー」
「おぉ、おがにゃんまとも!」
「おがにゃん言うなー? つかなー、ぶっちゃけあれに関して言えば、どう考えたってアイツらが悪いからなー。俺は八咫島が無意味に暴力振るわないって知ってるしなー」
相変わらずどこか力の抜ける間延びした喋り方をする、このクラスの担任である織方。
そんな彼の言葉に、あの一件以来肩身の狭さが尋常ではない3馬鹿こと〝風の道〟というパーティ名の男子生徒たちがびくっと身体を震わせる。
格付けはしっかりと済んでいるような光景だ。やはり猛獣のような扱いである。
「ところで矢ノ沢ー」
「ん、なに、おがにゃん?」
「もうおがにゃん定着してきてんだがー? ま、それはもうしょうがねーとしてなー。矢ノ沢が出してくれた提案書だが、うまく先生がたに通ったぞー」
「マ?」
「マジだなー。正式に決まったら教えるから、それまでは我慢してくれなー」
「りょー」
「そういうことだから、先生は職員室行くなー。んじゃ、気をつけてなー」
「うぃー」
「おがにゃんまた明日ー」
教室を出ていく織方を見送る雅たち。
隅っこで壊れかけの人形のように手を振っている流霞に織方が僅かに顔を強張らせたのは、きっと気のせいだろう。
さて、織方が言っていたのは、学校内でのクランへの勧誘に関する活動についてだ。
探索高校である以上、必然、学校内の面々と一緒にパーティを組んだり活動をしたり、というのは特に珍しくもなく行われる。
そこについては特に制約もなければ問題もない。
だが、クランとして在籍をさせるための声掛け等になってくると、少々話が違ってくる。
今回雅が行おうとしているのは、『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』というクランが、そのクラン所属になる探索者を雇う、という話だ。
在籍中の生徒がいるからと、その伝手を使ってクランが生徒を勧誘するというのは基本的にはあまり良い顔をされないのである。
過去にこうした手法を利用して、ブラッククランとでも言うような、いわゆるブラック企業系であったり、非合法なものに手を出すクランが学生を上手く勧誘し、闇バイトよろしく利用したりといったことがあった。
そのため、学校側としては在籍中の生徒の勧誘などは認めなくなったのだ。
そうしたルールを確認した雅がちょこちょこと何やら動いていたのは知っていたが、決まったら話すとだけ言われていたため、雪乃たちもその詳細までは分からなかった。
ただ、それがどうやら上手く進んでいるらしい。
雪乃が改めて雅に顔を向けた。
「雅、さっきのって勧誘の件? 許可取れたん?」
「勧誘の件だけど、許可とは違うんよね。実は、〝青田買いコンペ〟を行おうって学校に提案したんよ」
「青田買い……コン、ペ?」
「金平糖食べたい」
「るかちーがなんか言い出しててうける」
聞いた単語から直結して現実逃避をしている流霞を他所に、雅は改めて奏星たちに向かって何の話なのかを説明していくことにした。
コンペとはコンペティション――直訳すれば競技会という意味だが、雅が言っているのは企業側がやるビジネスコンペに近いものだ。
一般的にビジネスコンペとは、複数の参加者などがそれぞれに考えてきたビジネスアイデアを競い合わせ、その価値、将来的な展望といったものを審査員に評価してもらったり、場合によっては拾い上げてもらう、というようなものである。
とは言っても、それだけを言われてもいまいち何の話なのか分からない。
どゆこと、と首を傾げている一行に、雅が改めて説明した。
「――最近、下層進出で探索者業界がまた大きく盛り上がってきたじゃん? で、色々なクランが動くことになるし、ウチみたいに『第3世代』の探索者で成功したいって考えているとこも増えてるみたいなんよ。そこで、学校側で勧誘を禁止している今の状況を、正規クランを招いたコンペで解消したらどうかって提案書、企画書を提出したんよね」
「んー? つまり、ウチはこういうところに力を入れていて、こういう支援を行いますよーっていうのを新人向けに発表する場を設けた、って感じ?」
「そそ。一般的な就職活動ってさ、いわゆる『働きたいって考えた動機は? 何ができる?』って感じで、どうしたって雇う側のイメージに合わせろって話になんじゃん? でもスキルは違うじゃん?」
「あー……ね。確かに、自分が向かいたい方向に伸びてくって感じ」
「でしょ? ってことはつまり、己に合っている環境であればあるほど、探索者はよりスキルを伸ばせるんじゃないかってあーしは思ってんだよね。だから、〝青田買いコンペ〟っつか、正確には、むしろクランアピール逆求人、みたいな。そういうのをやって、自分に合ったトコを選んでもらおうって話」
要するに雅は発想を逆転させたわけだ。
探索者ファーストとも言えるやり方を学校に持ち込み、それをオーソドックス化させていけば、探索者はより伸びて、より成長しやすい環境が手に入るかもしれない。
最近では企業も単純な説明会ではなく、より詳しく、より深い説明会を実施したりもしているが、それをやろう、というのが雅の案であった。
もちろん、大手に対する憧れ、憧れの探索者がいるクランに入りたい、などがある生徒も多いかもしれないが、それでも色々なクランがそれぞれの特徴を語ることで、探索者の選択肢を広げ、より探索者が大成してくれる。
それが、巡り巡って自分たちにとってもやりやすい環境の構築に繋がるのだと、雅は考えていた。
「停滞していた時代の終わり、新時代の幕開け。だからこそ、ここで止まらない。ウチらは世界を獲りに行く」
力強い雅の声は、静かな教室の中でも確かな熱を持って響いていた。
第7章 〈了〉




