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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第7章 下層へ

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矢ノ沢家にて




 結論から言えば、『明鏡止水』の中層突破配信は大成功を収めた。

 フロアボスのいる階層に足を踏み入れ、騎士が出現。

 それらを6人パーティの彼らは、個々に己との相性の良い相手を見極めて分断し、各個撃破。


 その後、死霊王が動いたその瞬間、陣形を散開。

 流霞があっさりと避けてみせた機関銃よろしく迫ってくる大量の黒い弾丸を、自分で回避できる傑と柚芭が左右に分かれてそれぞれに回避、防御役の男性が支援役と後衛の前に飛び出して結界を構築させて耐えきり、即座に反撃。


 姿を消す度に全員が背を合わせて円形を作り、隙を作らずに対応しきってみせる。


 そして最後には、傑が抜刀術の構えを取って力を溜めている間に、柚芭が死霊王との距離をひたすらに詰めて時間を稼ぎながら、後衛陣が逃走方向を限定させて対応。

 溜め行動の後に放たれた傑の不可視の斬撃は、地面と壁、天井を一直線に斬り裂く傷跡を残しながら、死霊王を縦に両断し、討伐は成功した。



『うおおおおお!』

『歴史的瞬間過ぎる!』

『すげえええ!』

『おめえええええええ!』

『連携完璧過ぎて最早動き読んでたってレベルじゃん!』



 配信のコメントは祝福に溢れ、テレビで、雑誌で、あるいは駅前では号外まで配られて、ついに表の世界で初の中層突破が配信された。

 止まらないコメントの勢いは凄まじく、ついに同時視聴者数は1000万人を突破するという尋常ではない数字に達している。


 カメラに向かって手を振ってみせる彼ら彼女らに声援は届かないが、それでも凄まじい勢いで流れるコメントは見えていることだろう。

 まだどこか実感が湧いていないのか、配信画面越しの一行は割と落ち着いているようにも見えて、それがかえって偉業を達した実力者の風貌であるかのようにも思えた。


 その一方、『明鏡止水』のトップチームの面々の顔をよく見ている面々などは、なんとなく同じ感想を抱いていた。


 ――なんか今朝とか、フロアボスに挑む前の休憩明けの時もそうだったけど、なんでたまに、こんななんとも言えない表情しているんだろう、と。


 まさか傑にとっての末娘であり、柚芭にとっても一番小さな妹である雅の仲間である〝金銀花(カプリフォリオ)〟が、世間には内緒にしたまま中層を先に突破し、死霊王の攻略法を伝授しているとは思いもしないだろう。


 故に、彼らは素直に喜べないのだ。

 いや、元々色々な情報を貰っていたからそもそもここに来ることができたのだし、気にしなければいいと言えばいいのだが、それでもなんというべきか、複雑な心境にもなろうというものだ。


 とは言え、世間はお祭り騒ぎだ。

 長年停滞していた中層を、ついに突破した。

 初代『明鏡止水』のリーダーであり、創設者であった父が諦めた中層突破の偉業をその息子と孫娘がやってのけた、なんて騒ぎ立てるテレビもある。


 当時は「偉大な父には届かない」なんて騒いでみせるコメンテーターを使っていたテレビ局が、手のひらを返してこれだというのだから、なんとも言えない気分である、と翌日の夜になってテレビを見ることになった傑が苦笑する。



「――それでも、中層のフロアボスが異常に強いのは事実よ。それを打ち破ったのだから、私はあなたが誇らしいわ」


「それが、雅ちゃんからの情報を貰って力をつけ、ボスの動きの情報も貰ってのことであっても、かい?」


「馬鹿ね。当たり前でしょう? そもそもそこに至れるだけの地力がなければ意味がないものじゃないの」


「まあ、それはそうだけどね」


「それに、そこに至るまでの道のりを整えながら、『明鏡止水』を育て、後進の道を常に整えてきた。そんなあなたがいたからこそ、雅だって、柚芭や渚沙、冴香だって、自分の道を歩いてこれたのよ。それが巡り巡ってあなたを後押しした。否定する理由なんてある訳がないじゃない」


「……もちろん、そこには瑤子さんの存在が大きかったというのもあるけれどね」


「……もう」


「……バカップル夫婦」



 中層突破から帰ってきて、風呂を済ませて食事をしながらのろけ合う傑と瑤子。

 普段は傑がくだらないことを言ったりするせいもあって、瑤子の塩対応が際立つ夫婦ではあるのだが、なんだかんだで二人はこういう空気を醸し出す時がある。

 ワインを手にしている時は特に要注意である。


 だが、それも仕方のないことではある。

 中層突破を目指した挑戦で、命の危険がある探索だったのだ。

 そのせいか瑤子もいつも以上に甘々で、見ているこっちが胸焼けしそうだ、と苦い表情を浮かべた雅がぽつりと呟いた。


 聞こえないように言って邪魔をしない辺り、なんだかんだで雅も傑の無事の帰還を喜んでいるのだが、あの空気を前にするとそこに割り込みたいとは思わない。



「雅、あっちは放っときな」


「そうそう。もうあの二人の視界にウチら映ってないからね」


「……いつものこと」



 ソファーに腰掛けているのは矢ノ沢4姉妹。

 今回中層突破を成した柚芭、残念ながら精鋭メンバーに選ばれなかったものの、スキル拡張に至った渚沙。そして、天才とも研究馬鹿とも言える冴香と雅だ。



「――それより、《《早速これだよ》》」



 柚芭が忌々しげに口にしたのは、他国の探索者による中層突破配信だ。

 まだ『明鏡止水』の中層突破の熱が冷めやらぬ中、日本に続けとばかりに様々な国で中層突破への挑戦が行われ、成功を報じるニュースが流れている。


 大国から小国まで、次々に続いて中層突破に挑戦、成功している。

 彼ら彼女らの言い分は「日本の『明鏡止水』の戦い方は、実に安定していた。あれを参考にすることでクリアすることができた」とは言っているのだが、どう見ても戦術を参考にして倒していないような者もいる。


 プライドの高い探索者であるからか、そういう部分に「自分はいつでも倒せるんだぜ」と言いたげな色が見え隠れしているのに、よくもまあそんな殊勝なコメントを残せるものだ、と思わなくもない。



「ま、後出しに対してはかなり色々言われてるみたいだけどね。『明鏡止水』が突破した途端にそれをするなんて、本当は突破できていたんじゃないか。独占していたんじゃないか、とかね」



 遠い目をして呆れたような雅に、柚芭がからからと笑って告げる。

 ニュースの記事を翻訳すれば、なるほど、確かにコメントでは「嘘を吐くならもうちょっと面白いものにしてくれ」だったり、「自分のキャラクターを忘れたのかい? キミがそんな殊勝なコメントをするなんて似合わないにも程がある」だの、散々なものばかりが並んでいる。



「そうは言っても、下層の魔物の魔石や素材を表に出すチャンスでもあるし、外交上のパワーバランスとかもあるだろうからねー。足並み揃えてる、とも言えるんだよね」


「ま、『明鏡止水(ウチ)』は政府の依頼で中層突破したり配信した訳じゃないからね。政府の人間にとやかく言われることもないんだけどさ。ただまあ、こうして見てみると……」


「中層突破に至っている――つまり、スキル拡張に至っている探索者はやっぱりどの国にもいたってわけ、だね」



 柚芭と渚沙の会話に応じて、雅がぽつりと呟く。

 どの国も色々言われていて、日本だって実は諸外国から色々文句を言われているかもしれない。

 だが、中層突破、スキル拡張を隠し通せる段階ではなくなった以上、どの国も自国の対応に追われて他国にちょっかいをかけている場合ではなくなるだろうな、とも雅は思う。


 こうなってしまった以上、下層素材は自然と世間に流れ始める。

 高品質な深い層の魔石や素材を表に出すことによって、そういった牽制ゲームに関係していない企業などは、ここぞとばかりに諸々の研究を進め始めるであろう。

 情報を表に出し、探索者を育てなくては需要に供給も追いつかなくなってしまい、国力に差をつけられる可能性も高まる。


 そうである以上、自国の探索者を育てるためにも情報を隠してはいられなくなる。

 裏で情報を隠すことで利益を貪っていた者たちは、その利益を失うことになるだろう。


 停滞していた一つの壁をぶち壊したという意味で、自分たちに不利益を被らせていた連中に対する嫌がらせにもなるだろうな、と雅は思うが、だからと言ってこの程度で止まるつもりはない。



「そういえば雅。あんたのとこの子、下層行ってみたんでしょ?」


「あ、うん。様子見だったけどね。そっちも様子見したんだっけ?」


「まぁね。ただまあ、アレを進むってなると装備とか色々考えなきゃなぁって感じだったけどね。映像見てみる?」


「お、見せてー」


「んじゃ、こっち見たらあんたのトコも見せてよね」


「はいはい。あ、そうだ。ちょっとその前にさーねぇ」


「ん……?」



 オフモードに入っているのか、どこかゆったりとした空気で静かに反応を見せた冴香に、雅がにんまりと笑った。



「新しいアーティファクト、ウチの事務所に見に来ない?」


「行く」



 返答は凄まじく早かった。


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