おいでよ胃痛のry
《――にゃるほどにゃりねー。るかちーの考察はなかなか的を射たものだと思うにゃりにゃ》
昼食を出前で頼み、お昼過ぎ。
矢ノ沢家で作成したオンラインミーティングツールで画面上に顔を映して答えているのは『亡霊の庭園』の研究者にして技術者でもある、〝鴉〟である。
相変わらずのショッキングピンクの長い髪をツインテールは健在で、どこか猫っぽい目を細めながら、椅子をくるくると回転させて喋っている姿に、雅が苦笑する。自由過ぎる。
流霞の考察というよりも、むしろ思いつきに近い階層による環境と魔物の性質という着眼点は、〝鴉〟にとっても意外と言えば意外なものではあった。
というのも、『亡霊の庭園』はダンジョンの下層に潜るだけの実力はあっても、活動しているのが崩壊地域である。
いちいち下層に潜るメリットがない以上、潜る機会が多くはない。そのため、そうした要素があることを知らなかったのだ。
《昨日るかちーが言っていた下層から始まる魔物の正統な進化、とでも言うべき現象は、確かにこっちの魔物データを洗ってみたら共通点があったにゃりよ。魔素濃度レベル4から5に差し替わるあたりの地域――つまり、あの〝超常級〟スライムをそっちが倒したあの場所よりもちょっと浅い辺りから出てくる動物系魔物の特徴と合致しているにゃりね》
「そう考えると、魔素濃度レベル5はダンジョンで言うところの下層レベルってことかな?」
《だいたいそれぐらいってトコにゃりね。ただまあ、階層で分かりやすく分かれていない分、崩壊地域の場合はちょっと進んだだけで魔物ががらりと変わることもあるにゃりね。でも、この話を聞いて〝超越級〟の強さが見えてきたにゃりよ》
「どゆこと?」
雅と話していた〝鴉〟が椅子でくるくる回るのをやめて、カメラを見てにやりと笑う。
《まだ下層ダンジョンを進んで戦ってる映像を見てねーにゃりからなんとも言えねーにゃりけど、ボクらが〝超越級〟と呼んでる魔物は、ダンジョンで言うとこの下層の魔物の上位種と考えていたにゃり。けど、るかちーの配信を観る感じ、おそらく下層深部にいるような異常進化個体クラスってトコが正しい可能性が高まったにゃ》
「下層深部の、異常進化個体……」
《そうにゃりよ。で、しかもそんなのが、崩壊地域の中でも《《それなりに深いとこ》》で出てくるってことにゃ。これが何を意味しているのか、分かるにゃりね?》
〝鴉〟の言う「それなりに深いところ」ということは、一番奥の方、もっとも深いところに届いていない、という意味に他ならない。
そんな場所に出てくるのが、『亡霊の庭園』ですら苦戦し、本気でも場合によっては負ける相手とも言える〝超越級〟であるという。
順当に強さが跳ね上がっていった場合、〝鴉〟は〝超越級〟を下層の深部にいる異常進化個体程度と評価した。
つまり。
「っ、まさかダンジョンには……下層よりもさらに先がある……?」
《ま、そういうことになるにゃりね。だからこそ、るかちーの言ってた〝中層突破がチュートリアル〟という言葉は、ボクにとってもしっくりと来るものになっているにゃりにゃ。それに、レベル9でウチのメンバーは完全に成長が止まってしまって、崩壊地域の奥に行けなくて行き詰まっているにゃりにゃ》
「……それってなんか、中層突破に行き詰まっていた表の状態に近くない?」
《そう、まさにそれにゃ。ボクらも壁を乗り越える何かが必要になるタイミングだと思っているにゃ。るかちーたちを見ていたら、その壁を超えるヒントは、もしかしたらダンジョンにあるんじゃないかって思えてきたところにゃりにゃよ》
「じゃあさじゃあさ、ウチらが下層を攻略していきながら何かを見つけたりすれば、それが巡り巡って〝鴉〟ちゃんたちの支援にも繋がるかもってこと?」
雅と〝鴉〟の会話を聞いていた奏星が横から声をあげれば、〝鴉〟は明確に頷いた。
《そうにゃりにゃ。そこで、今後の話にゃりよ。ボクらはこっちの深い場所で手に入った魔石や魔物素材を基本的にそっちに譲っていくにゃ。その代わり、装備と魔法薬が必要な時は依頼したいにゃり。できれば、属性に特化した防具とかも作ってほしいにゃりにゃ》
「お、なにそれ面白そう。こっちも下層で必要になるだろうから引き受けるよ」
「魔法薬もねー。けど、そんだけでいいの? 物資とかは?」
《そっちは『明鏡止水』に頼むにゃりよ。『明鏡止水』に売るのは、向こうが手に入れられる素材と同等かそれより少し上のものに限定しておくにゃ》
「あ、つまり最前線の情報とかは『明鏡止水』に渡さないで、商売だけを『明鏡止水』と行う。で、研究とかはウチらとやる、ってことかな?」
《そうにゃ。実際、『魔導防具』はウチのメンバー全員から製作希望をもらっているにゃりよ。近い内にスリーサイズとか丈の長さとか測ったのを送るにゃり》
「ひゃふー、腕が鳴るぜー」
雪乃が新装備を作ると聞いて喜ぶ中、雅が「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういや〝鴉〟ちゃん。あーし、〝鴉〟ちゃんに転送バッグのことって話してなかったよね?」
《なんにゃ、それ?》
――あ、これ〝鴉〟ちゃんの反応が面白くなりそうな流れ。
流霞だけではなく奏星や美佳里、そして雪乃はもちろん、紅音まで。
さらには、少し離れた位置で同席して話を聞いているだけであった、昼前にやってきた〝魔女の饗宴〟の面々が内心でほくそ笑む。
そんなことを知らない〝鴉〟に、雅が転送バッグの価値と説明を行っていった。
「――って訳で、転送バッグってわけ。これがあればこっちとそっちのやり取りもそうだけど、前線メンバーと後方メンバーの物資移動とか、めっちゃ楽になるくね?」
家族の胃を破壊することに定評のある雅による、まるでお役立ち商品を友達に紹介するような軽いノリと説明。
そんなものを聞かされている〝鴉〟の顔は、しばし宇宙を感じて呆然とした猫と言うべきか、フレーメン反応をした猫そのもののような、なんとも言い難い表情で固まった。
全員の腹筋が試されている。
「あれ? 電波悪い? 固まった?」
《……な……っ》
「お、動い――」
《何作ってん――――ぁぁぁっ!? そんなのあったら普通に世界が傾く――――りよ!?》
ノイズキャンセリングされるレベルの〝鴉〟の叫びに、雅と雪乃以外の全員が耐え切れずに顔を背けて噴き出した。
そりゃあそうなる、と言いたげな〝魔女の饗宴〟メンバーたちに至っては、一瞬噴き出したものの全員が全員頷いているレベルだ。
不幸中の幸いは、ノイズキャンセリングが発動しても幸い何を言わんとしたのかは通じたこと、だろうか。
ともあれ、ぜえぜえと息を荒らげる〝鴉〟であったが、彼女の受難はこれで終わらない。
もしも傑がいたら、そっと予備に用意されているであろう魔法回復薬を差し出したかもしれない。
「それとさあ、中層突破で死霊王倒したとき、ちょっと《《変わったもの》》が手に入ったんだけど」
《……え、あの、宝箱の中身にゃりか? 魔法薬とか装備品とか、アーティファクトとかじゃねーにゃりか?》
「アーティファクトはアーティファクトなんだけど、これ使うとちょっと面白いことできそうでさ。期待してていーよ」
《え、な、なんにゃりか、その言い方……! なんか一周回って不安になるにゃりよ……!?》
「まあほら、次回予告的な?」
《そういうの気になって眠れなくなるからやめてほしいにゃりよ……!》
「そう言われても、実際ウチらもちょっと気になってんだよねー。で、まあそっちを成功させるために、ちょっと探している因子があってねー。休み明けにクラスの因子持ちとかに当たってみようと思ってるから、結果は待っててね」
《な、生殺しにゃりよ……! せめて何するか言っておいてほしいにゃり!》
画面越しに「んんんん!」と言いたげな表情を浮かべて、両手の裾が余った白衣をじたばた振り回しながら〝鴉〟が叫ぶ。
ちなみにこの話はまだ〝魔女の饗宴〟メンバーも聞いていないだけに、そちらもそちらで気になる様子で雅に視線を送っている。
そうした視線を受けて、しょうがないなあ、と雅は笑い、ヒントを口にした。
「――とりあえず、みんなの得意武器も教えてくんない?」




