【プラベ配信】下層下見 Ⅰ
ダンジョン中層突破を成した〝金銀花〟の面々は、そこで帰ることはなく下層へと足を踏み入れていた。
あくまでも今回は中層のフロアボスである死霊王の攻撃パターンの割り出しがメインではあったが、今後は下層での戦いも視野に入れているため、攻略ではなくその下見という意味合いが強い。
ダンジョン下層。
未だに世間には情報が出ていない、未知の領域。
裏では中層を突破している者もいるであろうことから、世界初だとか、そういった気分にはなれずにいるが、それでも見たこともない場所に足を踏み入れるというのは、なんだか心が弾む。
今のところ、下層に足を踏み入れることに油断はないが不安もない。
ダンジョンは次の層の浅いところよりも、その層に入るためのフロアボスの方が強い傾向にあるためだ。
苦戦を強いられるほどでもなかった死霊王に比べても、下層の浅い階層の魔物は弱いだろうことは予測がついていた。
そうして、3人はポータルを潜った。
「……眩しい。それに、風もある……」
目の前に広がっている光景に、思わず流霞がぽつりと呟いた。
東京第3ダンジョンの下層は、中層の崖際の道を進むようなそれに比べて、随分と見晴らしも良く景色のいい草原地帯――そのド真ん中とも言えるような場所に、移動で使った光の渦とでも形容するようなポータルがぽつんと浮かんでいるようだ。
足元、ポータルの周囲は草なども生えていない砂地の地面が広がっていて、春先を思わせる、少し冷たい風が吹き抜けて、草原を駆け抜けるように過ぎていって草原の草を揺らす。
見えない巨大な何かが草原の草を撫でるように、直線上に繋がって風の軌跡を表して通り抜けているのが見えた。
周囲には道らしい道というものがない。
東西南北は分からないにしても、前後左右を見てもどこにでも行けそうな場所であるため、どちらに向かって進めばいいのか、いまいち判然としなかった。
「これ、どこ進めばいいんだろ?」
「看板とかもないかんねー。ずっと遠くに森とかあるけど」
「というかこれ、どこまで続いてるんだろう」
奏星、美佳里、そして流霞が困惑したように呟いた。
ダンジョンの中層でも、凄まじい広さを有した空間というのは珍しくもない。
かつて流霞が飛ばされた『指定ダンジョン』の中層深部でも、通り道と思しき砂利の道から離れた崖を落ち、その先に川などもある場所に着地し、〝虎〟と出会った。
あれぐらいの広さがあるのも珍しくはない。
それに比べれば、むしろ東京第3ダンジョンは分かりやすい道だったと言える。
それにしても、大草原が広がっていて、そのド真ん中に突然放り出されてしまうというのは、なかなかに困る。
これからどう動くべきか、プライベート配信を観ているであろう雅に声をかけて相談しようとしたところで、奏星と美佳里のARレンズにコメントが表示された。
『ほっほー。ボクらは下層はあんま行かねーにゃりけど、なんか綺麗なトコにゃりねー』
「お、〝鴉〟ちゃんのとこまだ観ててくれたんだ。つか、下層あんま行かないん?」
流れてきたコメントを見て奏星が問いかければ、すぐにコメントで〝鴉〟が続けた。
『僕らは〝不法探索者〟にゃりよ。あんま目立ちすぎる素材や魔石を売るような真似はしねーにゃりにゃ。物資調達のための資金集めは、必然中層の深いとこの魔石とか素材で落ち着くにゃりにゃ』
「あー、そゆ感じかー」
『虎がるかちーと偶然会ったのはまさにそのためにゃりにゃ。買い出しのために中層深部で狩りをして、表の企業とかに売って調達を頼んでたにゃりよ。まー、浅く付き合ってたせいでだいぶ足元を見られてたにゃりにゃけど』
「へー」
『で、下層にゃりにゃけど、つばきちが言うにはどこに向かって進んでも戻れるように、ポータルの位置を覚えて進んだ方がいい、だそうにゃりよ。時間がかかっても太陽が動かないなら、影の方向で方角はある程度絞れるはず、だそうにゃ』
「おー、ありがとー!」
早速とばかりに、奏星が流霞にも情報を伝えていく。
雅も経験者である〝鴉〟たちの助言はありがたく受け入れる方針であり、その通りに動く方向を支持するチャットを送っていた。
「ダンジョンだから、天気と時間は変わらないんじゃないかなって思うけど、一応、下層だかんね。念のため、時間で太陽の位置が変わるのかチェックしながら、ポータルを見える範囲でぐるっと回ってみよ」
「おけー」
「うん、了解」
「その前に、角度変わるかチェックできるように、っと。太陽はあっちだからー、あの辺にしよっかな」
奏星がポータルの近く、砂地になっている場所の端っこへと移動して、地面に細剣で円を描く。
そのままドローンに顔を向けた。
「雅ー、この位置からポータルと太陽撮っておいてー。あとで戻ってきた時に太陽の位置が変わってっか確認してほしー」
「おー」
「なるほどなー。奏星頭いいなー」
《いいね、りょー》
機転の良さを発揮してみせた奏星に、流霞と美佳里が一緒になって小さく拍手し、奏星も「どーもどーも」と言いながらフザけていた、その時だった。
美佳里が、何かに気が付いた。
「接近してきてんね。数は……5、速いよ」
「へー、おっけーおっけー。下層の初戦じゃん」
「……見えた。あれは、狼……?」
草原の中を真っ直ぐ走ってくる、深緑色の毛に身を包まれた狼たち。
先頭の狼が僅かに顎を動かしたかと思えば、2匹ずつ左右に散って斜めに進んでいく。
「包囲する気っぽいね」
「小手調べに――」
「――二人とも、魔法くる!」
奏星と美佳里が観察している中、流霞の鋭い声が飛ぶ。
刹那、先頭を走っていた狼と左右の狼が一斉に周囲に魔法陣を3つずつ展開して、何かが射出された。
草原の草を左右に押しのけながら迫ってくる、不可視の攻撃。
それらを美佳里が見て、声をあげた。
「風属性! 多分、弾丸! 左はあーし! 右は奏星! 正面るかちー!」
「おけ!」
「――しっ!」
不可視の魔法は厄介だが、相手が悪い。
流霞が【潮汐破断】で生み出した赤い霧で、奏星が魔力を焼き尽くす炎で風の弾丸をかき消して、美佳里は全ての風弾を【虚空射撃】で打ち抜いて相殺した。
飛び出す流霞が、正面からやってきた深緑色の狼と対峙する。
体高は四足歩行状態で胸を張れば自分と同じぐらいはあるだろう、と観察していた流霞が上体を真っ直ぐ倒れ込むような形で傾け、一気に肉薄する。
深緑色の狼は即座に先程と同じ魔法を幾つも展開、撃ってくるが、軌道が素直で読みやすい。
流霞が地面を踏み、重力の向きを変更させながら高く跳び上がると、深緑色の狼もまた流霞へと飛びかかってくる。
「――シィッ!」
太い前足、鋭い爪が伸びたそれに風を纏わせたような、緑がかった魔法の色。
それを真正面から流霞のロッドが迎え打ち、爪を殴りつけて粉砕した。
まさか小さな流霞に押し返されるとは思ってもおらず、さらに爪を粉砕されるとは思いもしなかったであろう狼の目が僅かに丸くなったが、流霞は止まらない。
「――たぁッ!」
回転しながら勢いをつけ、そのままロッドを掬い上げるように深緑色の狼の顎に叩きつける。
強烈な衝撃と轟音を周囲に拡散させながら、狼の顎が砕かれ、後ろに一回転しながら地面にべしゃりと崩れ落ちた。
着地した流霞が振り返れば、すでに美佳里と奏星の二人も戦いを終えていたようではあるが、いつもの気楽さとは異なり、少し考え込むような空気がそこに流れている。
流霞が近づいていくと、奏星が改めて口を開いた。
「――狼が魔法を使ってくる、しかもあんな連発で?」
「なんつーか、使い慣れてる感じあったくね?」
「それな。るかちー、そっちもそうじゃなかった?」
「うん。それと、かなり頭がいいかもしれない」
戦いの中で見せた魔法もそうだが、流霞が跳び上がって回避することを読んでいたかのようにあの狼は動いていた。
反射で跳び上がったというよりも、むしろそれを狙って、誘導されたと考えた方が良さそうな程度には、敵ながらいいタイミングだったと流霞は思う。
「もしかして下層の魔物って、魔法を使ってくんし戦術的なの組み立ててんのがデフォな感じ?」
その予測は、下層攻略が一筋縄ではいかない難しさを思わせる一言であった。




