届いた情報
「――では、今夜はこのまま野営となりますので、配信再開は明日、午前10時となります。皆様、本日は応援ありがとうございました。明日こそが本番となりますので、お楽しみに」
短い挨拶をして、傑は東京第2ダンジョン――『明鏡止水』がいつも潜っている、中層の10階層で挨拶を締め括る。
チャンネルの評判などについては、随時事務所勤務のスタッフからも送られてきている。
今回は中層突破への挑戦ということもあって多くの注目を集めているようで、テレビ局からも配信画面を使わせてほしいというようなオファーが多かった。
大手のクランとしては、収入源が多いに越したことはない。
良くも悪くも、この数年はそこまで代わり映えのしない配信ばかりであったが、今回はそうではないということもあって視聴者も多く、宣伝効果を認めてもらって多くの金額が振り込まれるだろうことは分かっている。
だが、それ以上に。
この数十年、果たせなかった夢に手が届きそうだという実感がようやく湧いてきたようだった。ついつい現実感が薄れてふわふわと気持ちが浮ついているようにも思えて、深く深呼吸して冷静さを取り戻した。
「お父さん、お疲れさま。配信切れたの確認できたって返事きたよー」
「あぁ、柚芭。お疲れさま。こうして一緒に潜るのはずいぶんと久しぶりではあるけれど、強くなったね」
「そりゃーね? お父さんとダンジョンに潜ったのなんて、私が探索者になったばっかの頃を抜かせば、クランで当たるような仕事の時ぐらいだし」
「パーティが違うからね。もっとも、今回の挑戦で下層に行けるようになれば、またパーティの入れ替えなんかは多く起こることになるだろうけれどね」
支援スタッフたちがテントを張ってくれていた場所へと娘と共に話しながら移動しつつ、傑と柚芭が軽口を交わし合う。
今回下層に挑戦するのは、配信では傑率いる精鋭パーティであり、その誰もがスキル拡張に手が届いた者たちとなっている。
もう一班、実力者で揃ったパーティが明朝にダンジョンに突入する予定となっている。
今夜は早めに配信を切り上げた。
あとは明日に向けて英気を養い、万全の態勢で挑むのみ。
そう思っていたのだが、何故か傑の胃がしくりと痛み未満の何かを発したような気がして、傑は首を捻った。
「どしたの、お父さん?」
「……ははは。いや、気のせいだろう。なんだか、雅ちゃんが何か凄まじいことを平然とやってきた時に感じる胃痛の前兆みたいなものを感じた気がしてね」
「雅かぁ……。そういえばついこの間だったもんね、転送事件」
「……あぁ、うん」
いきなり物理法則と物流をぶっ壊すようなものを「作ったー、貸すよー」とか言いながら見せないでほしい、切実に。
そう思わずにはいられない傑である。
あの末娘、常識をこの1年で何度壊せば気が済むのか、と。
「雅のおかげでスキル拡張とか物資とかも充実したし、装備も手に入ったけど……ちょっとやり過ぎだよね、あの子」
「知っているかい、柚芭。最近、僕ぁ雅ちゃんから凄まじい情報を受けて、雅ちゃんに渡された魔法回復薬を飲むまでがセットになっているんだ。胃に優しい特別バージョンをわざわざ用意してくれたんだってさ。優しい子だね」
「え、やだ、DVされてる女の人みたいなこと言わないでよ」
感情が高ぶって手をあげた癖に、その後になって妙に優しくしてくるようなそれに「本当は優しいんだよ」とか言い出す何かを感じ取った柚芭が本気でドン引きした。
ちなみにこの傑の発言に、周りの『明鏡止水』メンバーたちも軽く本気で引いている。
この場にいる面々と、明日から攻略開始予定の第2陣は、雅とのオンライン会議に参加した主力メンバーたちだ。
矢ノ沢家の末っ子で『第3世代』。
特別扱いするように何くれと支援をしている傑に「親馬鹿が過ぎる」と辛辣な目を向けていたこともあった。
だが、もはやそんな感想は残っていない。
というのもこの一ヶ月の間に、彼らの矜持やプライドは圧し折られたのだ。
スキル拡張を持つ者の強さを見せつけられ、自慢の技をあっさりと破壊され、強さへの自負を粉砕され、どうにかスキル拡張を覚えることで成形に成功したメンバーである。
雅――延いては〝がちけん〟とそのメンバーたちの恐ろしさは、骨の髄まで叩き込まれている。
そんな雅のことだから、「分かっていてやってる可能性が高い」とすら思ってしまう。
それぐらい、雅たちのヤバさは理解できていた。
――――つもり、だった。
「雅から、夜配信を切ったらみんなで観るようにってURL送られてきてるっぽい」
「え……っ?」
柚芭がスマホに届いていた連絡を読み上げれば、傑が情けない声を漏らし、他の面々が一斉にバッと柚芭に視線を向けた。
なんだか傑の顔色が悪くなっているような気がしなくもないのだが、そんなことを気にせずに柚芭がURLをクリックする。
「……は?」
すん、と表情を失った様子で柚芭が声を漏らした。
その瞬間、他のメンバーたちが一斉に肩を震わせ、傑がしくしくと何かを訴えて素振りを始めた己の胃を無意識に押さえた。
スマホをじっと見たまま、柚芭の目が見開かれていく。
一瞬も見逃すまいと、探索者としての持ち前の能力をフルに活かして、情報を叩き込み、イメージを固めているのだ。
そうして【星喰み】を見て、再び「は?」と宇宙を背景にしていい顔をしている猫のような表情を浮かべた。
ごくり、と周囲の者たちが息を呑んだ。
一体何が起こっているんだ、何を見ているんだ、そこに何があるんだ、と言わんばかりに、柚芭の言葉を待っている。
やがて柚芭が固まったまま動かなくなって、しばらく。
空気が張り裂けそうな程にピンと張っているような感覚を味わいながら待っていると、柚芭が突然顔をあげて、傑を含めたメンバーたちを一通り見て、満面の笑みを浮かべた。
「――全員、履修してね」
息を吸った勢いで変な音が鳴った『明鏡止水』の面々であったが、柚芭の目は「はい」か「イエス」か「今すぐ見る」以外の答えを認めないような、言い知れぬ迫力があった。
――下層に挑戦している最中に送ってくるなんて、なんて娘なんだ……ッ! このタイミングで全員に負荷をかけようってのか……ッ!
そんな本音を誰もが抱きながらも、しかし諦めた。
柚芭の満面の笑みに青筋が立ち始めたことを悟ったからだ。
「……じゃ、じゃあ、見よう、か……。全員、テントの中へ移動しよう……」
もはや避けられる未来はない。
傑が観念して見ると決めた以上、今更これを覆したり否定したりというのは難しい。
それでもなんとか逃れようと他のメンバーが口を開こうとした時、柚芭が容赦なく口を開いた。
「中層エリアボスの攻撃パターンを〝金銀花〟の子たちが倒しながら調べてくれたみたいだから、全員、ちゃんと、見ようね?」
「ぁ……っ、ッスゥーー……。ハイ」
この後、全員が胃に強烈な一撃を受けた。




