【プラベ配信】中層フロアボス討伐戦 Ⅲ
「――ミカミカ、後ろッ!」
奏星の叫び声がその場に響いた。
姿を消した死霊王は美佳里の後ろで、手に持っていた杖の先端に黒炎を固めたような刃を生み出して、その先端を美佳里へと突き出し、串刺しにしようとしていた。
完全に裏を取った一撃。
背を向けたままの美佳里の無防備な身体に刃が迫る。
しかし、《《相手が悪すぎた》》。
「――あーし、《《上から見てんだよね》》」
ズドンッ、と激しい音を立てながら、美佳里の左脇腹の横から飛び出していた魔法銃が、拡散型の魔弾をばら撒いて死霊王に直撃し、魔力障壁を砕いて死霊王のローブに穴を開けた。
死霊王が後ろに出たその直後から、近距離戦闘用のショットガンタイプの銃口が、とっくに死霊王を捉えていたのだ。
空から俯瞰するように情報を手に入れられる、【鷹の目】。
そんなスキルを使っている美佳里の背後を狙ったところで、最初から奇襲の一撃には成り得なかった。
それでも死霊王は手を止めず、せめて痛み分けをと考えたのか、再び杖を突き出す。
しかし、美佳里が伏せるようにその場に倒れ込むと同時に、死霊王の杖を彩度の高い紅い炎を纏った剣閃が焼き斬った。
「やらせっかっつーの!」
杖を斬ったのは奏星だ。
美佳里が倒れた先から飛び出しながら右手で細剣を振るって杖を斬り、左手に炎を集めて突き出し、死霊王の顔面を殴りつけた。
顔面部分を炎に巻かれ、もがくように両手を顔の近くに寄せた死霊王が見たものは、目の前に現れて獰猛な笑み浮かべた流霞が、ロッドを振り被っている姿だった。
「――魔力障壁、なくなってるね?」
美佳里の魔法銃の一撃によって粉砕された魔力障壁。
死霊王に張り直す余裕がなかったというのも確かにあるが、もしも魔力障壁を再び展開しようとしたとて、奏星の炎によって魔力そのものを焼かれてしまっている。
魔法を構築しようとしても阻害されていることに死霊王が気が付いたのは、流霞のロッドが迫ったその時だった。
危機感を覚えて咄嗟に死霊王が腕を身体の前で交差させる。
流霞のロッドは寸分違わず死霊王の両腕が交差した胸元の中央部を狙って襲いかかり、死霊王の両腕を粉砕しながら吹き飛ばした。
「ミカミカ、無事?」
「もち。つか、あれ瞬間移動みたいな感じ?」
「多分だけど。るかちー、どう思う?」
「そうだと思う。掻き消える寸前、少し空間が歪んで見えた」
ここで畳み掛けるという訳でもなく、お互いに意見を交換しながら死霊王の次の動きを待つ3人。
そんな3人の姿を観ている雅たちは、今の一瞬で何が起こったのか、未だに理解できておらず、半ば呆然とした様子で映像を見つめていた。
「……ぇ? どゆこと?」
「ミカミカは死霊王が後ろに出てきてても気付いてて、反撃した、とか?」
「……死霊王の動きも凄まじく速いのは確かなのですが、それ以上に〝金銀花〟の3人が速すぎて、何が起きたのか……」
雪乃、雅、紅音といった〝金銀花〟の戦いを観てきた3人ですらこの状況であり、一方で那波と真琴に至っては、あまりにも速すぎる動きに完全に理解が追い付いていないせいで、唖然とする他なかった。
この一ヶ月ほど、〝金銀花〟の戦いは観てきた。
中層15階層からの戦いをコツコツと続ける配信なども行っていたため、戦っている場面を見たことがない訳ではないのだ。
だが、死霊王との戦いはそもそも意味が分からなかった。
流霞や奏星、美佳里は無自覚にギアをあげて対応しているが、配信の映像で観ている側からすれば「速いけど理解ができる範囲」と、「画面が切り替わって一瞬の間に一連の動きが終わっている」とでは、明らかに次元が違う。
流霞が最初に避けた大量の黒い魔法の矢にしても、雅や雪乃といったレベルアップした者には「凄まじく速い攻撃」として認識できているが、紅音たちにとっては「銃弾と同じようなもの」に見えている。着弾して跡が残って、初めて何かが起こったと実感できる、というのが関の山だ。
呆然としてしまうのも無理はなかった。
そんな一行の視線の先、映像越しに戦いは動いた。
死霊王は両腕を再生させることなく倒れたままの体勢で浮き上がり、身体を起こす。
奏星の炎で燃やされ、流霞に殴りつけられたせいでもはや満身創痍といった有様だが、最後の力を振り絞ったのか、口を大きく開いてその先に魔法陣を浮かべた。
周囲の空気が渦巻きながら吸い込まれていくように、死霊王の眼前の魔法陣に力が流れ込む。
暗い紫色の球体が生み出され、膨張と収縮を繰り返す。
一瞬で大爆発を引き起こすような強烈な力を無理やり押さえ込んでいるような、そんな代物であろうことが窺えた。
対して、美佳里が魔法銃を構える。
先程反撃に使ったショットガンタイプではなく、【竜咆砲弾】を撃つ時に使った、対物ライフルを思わせるような魔法銃だ。
「どーする? 核は胸部っぽいし、このままやらせる前に撃ち抜けるけど」
「んにゃ、あれは《《ウチら》》の力で破壊すっから、その後でよろ」
「りょー。んじゃスタンバっておくわ」
「おけおけ。るかちー、《《アレ》》、やろ」
「分かった」
短く言葉を交わした3人は、死霊王を見上げながら流霞と奏星が前に出て、その後ろで美佳里が魔法銃を構えるという形で迎え打つことにした。
奏星が左手を前に出して、【紅炎穿】を放つ際と同じような小さな太陽を生み出したかと思えば、流霞がそこに右手を差し出し、魔力を流し込んでいく。
太陽が、黒く染まっていく。
炎の塊であったはずのそれが、闇そのものに塗り潰されて変質したようにすら見えた。
真っ黒な、塗り潰したような黒。
見ているだけで吸い込まれそうな黒い球体が、二人の手の先に浮かぶ。
死霊王は本能的にそれが危険だと気が付いたのだろう。
一刻も早く、二人の力によって生み出された黒い何かを消さねばならないと考え、死霊王にとっての最強の一手を解き放つ。
放たれたのは、光の奔流だった。
巨大な紫色の光の奔流が、3人へと襲いかかり、消し去ろうと真っ直ぐ伸びてくる。
人など簡単に呑み込んでしまうような巨大な光の砲撃を前にして、しかし3人は動かない。
石造りの舞台を砕きながら迫ってくるそれを前に、微動だにせずに流霞が静かに口を動かした。
「――蝕み、呑み干せ。【星喰み】」
短い一言と共に収縮した黒い球体は、ゆっくりと前に飛んでいった。
襲いかかってくる紫色の光の奔流を前に、あまりにも頼りなく見える程の小さな黒い球体が滑るように進んでいく。
死霊王の放った一撃に飲み込まれて消えてしまいそうなその小さな球体が、紫色の奔流にぶつかった、その瞬間。
死霊王の放った攻撃は全て黒い球体の中に自ら進行方向を変えたかのように吸い込まれ始め、消えていった。
流霞のダンジョン因子である【月】と、奏星のダンジョン因子である【太陽】。
以前、崩壊地域でそこに莉緒菜の【悪魔】の因子からも力を混ぜて生み出した、付与系統の【黒触月】という代物があったが、あれの前に密かに流霞と奏星で生み出したスキルが、この【星喰み】だ。
眩い太陽が、月に覆われて闇に染まっていくように見える日蝕。
もちろん、現実には距離と角度の問題で、地球から見たらそう見えるというだけの現象に過ぎない。
しかしその光景は、まるで太陽が月に喰われていったようにも見える。
そのイメージは二人に共通していて、力を集め、重ねた途端にこの【星喰み】という力が生み出された。
星を、宇宙を終わらせかねない、光の届かない闇を思わせるこの魔法は、奏星の〝焼失〟と流霞の〝破壊〟の二つの特性を色濃く現している。
触れたものを呑み込み、破壊し、消し去っていくというイメージが重なり、【星喰み】という名の、見た目だけなら宇宙を終わらせるとも言われているブラックホールにも似た代物を生み出す、そんなスキルである。
ハッキリ言って、危険極まりない力である。
これに【悪魔】の力、拡張スキルの接続させる力が混ざったことで、むしろ扱いやすくなった力が【黒触月】なのだから。
ともあれ、死霊王の一撃は【星喰み】に触れ、全てを吸い込まれ、吸い尽くされて消えていく。
巨大な光の奔流が、手のひら大の球体の中に全て呑み込まれて、消えていった。
光の奔流の向こう側にいた死霊王には、意味が分からなかったのだろう。
己の放った最大出力の攻撃がどこかへと消えてしまい、黒い球体だけが滑るように自分の方へとゆっくりと進んでいるのだから。
奏星と流霞の二人が【星喰み】を消すように念じれば、ようやく黒い球体は消えて――直後に、カォォン、と独特な音を立てて放たれた白い光が、死霊王の胸部、あばら骨の内側にあった核を撃ち抜き、その身体を呑み込んだ。
「……終わったっぽいね」
「最後呆気なかったわ。隙だらけだったし」
「いや、つかやっぱ【星喰み】ヤバすぎっしょ……。りおなんいないと使いにくいレベルだわ、あれ」
「それなー」
死霊王が立っていたその場所から落ちてきた赤い魔石を見つめて、3人がそれぞれに感想を口にしていた、その瞬間。
3人の後方、真っ直ぐ奥に次の階層――下層へと続くポータルが生み出されると同時に、巨大な宝箱が出現したのであった。




