【プラベ配信】中層フロアボス討伐戦 Ⅰ
《――雅、聞こえてるー?》
「バッチリ問題ないよ。プラベ配信も開設した」
『にゃっほー、頑張るにゃりにゃー』
《おっ、〝鴉〟ちゃんじゃん! 観てくれてんだねー》
スピーカーから聞こえてくる奏星の声に答えつつ、プライベート配信――限定URLからアクセスしなければ開けない、一部の人向けの配信モード――を映し出せば、早速とばかりに『亡霊の庭園』のメンバーである〝鴉〟からコメントが飛び、奏星がカメラに向かってピースしてみせた。
『今日はこっちに虎とつばきちもいるにゃりにゃー。ちゃあんと応援してるにゃりけど、コメントとかはするつもりねーにゃりよ。3人もいれば余裕だと思うにゃりけど、応援してるにゃりにゃー』
《おー、太鼓判もらっちったわ。るかちー……は相変わらずARデバイスつけてないわ》
《え? うん。目に入れるの、やっぱり慣れなくて……。必要ない限りはつけたくない》
《意思がかてーんだわ。あ、あーしは見えてんよー。ありがとねー、がんばりまー》
――いやぁ……、やっぱ普通じゃないんよなぁ、これ。
相手は〝不法探索者〟である上に、崩壊地域で活動している者たち。
さらに言えば、密かに政府関係者から命を狙われているお尋ね者的な立場ではあるのだが、そんな相手にも変わらずにコミュニケーションを取って、奏星も美佳里も答えているし、流霞もまったく気にしていない。
雅は改めてそれらを普通のことではないと実感しつつも、そんなことはどうでもいいと言いたげに肩をすくめて続けた。
「中層エリアボスの魔物は、通称〝死霊王と配下〟。何度か配信とか録画の映像が話題になったけど、侵入者の数に合わせた数が出てきて、中に入った人のダンジョン因子と似たような力を使ってきて、そこに死霊王が魔法で邪魔したり攻撃してきたりする感じらしいけど、前半は死霊王は何もしてこないで戦いを見てるだけ」
《分かってるってー。あーしが前でミカミカが後ろ。るかちーは遊撃で戦う予定。心配いらんって》
「うん。……分かってるとは思うけど、めっちゃ強いから。ホント気をつけて」
《あいあい。んじゃ、いくよー》
心配するな、と言われてあっさりと納得できるはずがない。
何せ相手は、これまで表の世界では破られなかった相手だ。
多くの探索者が、「コイツらなら行ける」と言われていた世界的にも有名だった探索者パーティですら、騎士たちを一体も倒すことができなかった。
騎士たちの身体能力は、レベル6探索者すら凌駕する。
それに加えて戦い方も洗練されており、技術がなく身体能力だけで押し切るような戦い方をしている探索者では、手も足も出なかった。
どうにか耐えてはいたものの、死霊王が動き出した途端にあっさりと負けてしまったのは、多くの人々の記憶に残っている。
だからこそ、表で活躍し、挑戦する『明鏡止水』の配信には、祈るようなコメントが多数寄せられている。
向こうはまだ移動中で、挑戦自体は明日の予定となっているが、それでもやはり引き返してほしいというようなコメントがあることに、雅も気が付いていた。
そのせいで不安になってしまったのだ。
もし、この戦いで〝金銀花〟が、そして『明鏡止水』の主力パーティとして参戦している父が、二人の姉が帰ってこなかったら、と。
一方、雅がそんなことを考えている内に、特に緊張した様子もなく流霞が、奏星が、美佳里が中層20階層へと足を踏み入れた。
中層20階層は、さながら石造りの闘技場のような様相を呈している。
真っ直ぐ進んだ先、円形の舞台へと近づいていけば、そこには表の世界でも名の知れた、フロアボスである死霊王が佇んでいる。
黒いボロボロのローブを身に纏った骸骨で、身体の近くには黒い靄がゆらゆらと揺れている。
身の丈ほどもあろうかという杖を持った死霊王は、舞台の上に上がった流霞と奏星、美佳里を見るなり、眼窩に緑がかった炎を揺らめかせた。
直後に、死霊王の足元に影が広がり、3体の甲冑に身を包んだ騎士が出てきた。
銀の騎士は槍を持ち、金の騎士は盾と片手剣。そして紫がかった鎧の騎士は、クロスボウのようなものを手に持って、死霊王の前に佇んだ。
《銀がるかちー、紫がミカミカ。で、金があーしってことね》
配信画面越しに聞こえてくる、奏星の声。
僅かに緊張に強張っていた。
奏星もまた、エリアボスの映像は見たことがあった。
いつかはこれに挑むんだ、なんて思ったのは、1年と少し前の話だ。
思えばずいぶんと長いようで短い1年だったな、と思いつつも、気持ちを落ち着かせるべく小さく深呼吸する。
そんな姿を見ていた雅と雪乃、紅音と那波、真琴の〝がちけん〟メンバーと同じように、神奈川で配信を観ていた、〝鴉〟と〝虎〟、それに〝椿〟の3人もまた小さく会話していた。
「……おい、ちょっと待て。配信画面越しに見る感じ、あれは……」
「うむ。この気配、おそらくだが異常進化個体であろう」
「なるほどにゃりにゃ。下層突破が見送られ続けて、歳月だけで異常進化に至った可能性があるにゃりにゃ。おそらく、どのダンジョンの中層エリアボスも異常進化個体化してるにゃりね」
最初に気が付いた〝虎〟に続いて、〝椿〟も肯定し、〝鴉〟も頷く。
異常進化個体であるのなら、一段階上の実力を持つ相手とも言えるため、危険度はかなり跳ね上がっていると言ってもいいだろう。
とは言え、だ。
「まー、普通の探索者だったらそりゃ大変にゃりにゃー。けど、スキル拡張に至って、しかもボクらも知らなかった独自魔法なんて代物もあるるかちーたちが、負けるはずがねーにゃりよ。というか……」
「そこまでにしておけ、〝鴉〟。――始まるぞ」
3人が見つめるモニターの向こうでは、流霞がカツカツと足を踏み鳴らしながら、数歩前に出て――消えた。
ほぼ同時に聞こえてきた、強烈な音。
音の方向をカメラが見れば、槍を持った銀色の騎士が砕かれ、その破片が死霊王のすぐ傍を通り抜け、金と紫の騎士が横に吹き飛ばされていた。
3体の騎士がいたその場所には、ロッドを振り抜いた姿で佇んでいる流霞の姿があった。
まっすぐ死霊王と視線を交錯させている。
《――きひっ。前哨戦なんて、いらないよ? 戦おうよ》
直後、金の騎士は突然飛んできた鮮度の高い紅い線に貫かれて激しく燃え上がり、紫の騎士はその周囲から一斉に放たれた魔弾に撃ち抜かれ、穴だらけになって崩れていった。
たった数秒。
ただそれだけで、多くの探索者を、表の世界の視聴者たちを絶望させた騎士たちが、消滅したのだ。
「……は……?」
「……やば……」
「……え、え……?」
「わぁ……」
「……おいおい、本気で……?」
雅と雪乃が思わず固まるその横で、紅音が困惑し、那波が感嘆したような声をあげて真琴がドン引きする。
その一方で、〝鴉〟は映し出された映像を観て、実に愉快そうにお腹を抱えながら両足をバタバタと動かしながら笑っていた。
「――にゃっははははっ! そりゃーそーなるにゃりにゃー!」
「……おい、〝椿〟。見えたか?」
「……此方でも一瞬遅れた。〝事の起こり〟が全く見えなかったとなると、歩きながら最善のタイミングで【朧帳】を使って一気に加速して肉薄、そしてあの強烈な一撃を振るったのであろうが……あれは正直、厄介なんてものではない。本気の此方でも避けられない可能性がある」
「え゛っ!? ちょ、つばきち、それマジで言ってるにゃりにゃ?」
大笑いしていた〝鴉〟ですら、〝椿〟の一言はさすがに聞き捨てならなかったようで、本気で目を見開いて訊ねるが、〝椿〟は冷や汗をかきながらも頷いた。
「……おそらくだが、流霞殿の天性の戦闘センスに、レベル5の身体能力を扱いきることで《《ようやく肉体が追い付いてきた》》のやもしれない」
「は……?」
「おい、どういう意味だよ、そりゃ?」
それは通常ならば有り得ないことだ。
しかし、〝椿〟はその仮定を考えれば考えるほどに、流霞の異様な空間把握能力や戦闘中の視野の広さというものの説明がつくと、そう感じていた。
だからこそ、〝椿〟は《《笑った》》。
それは面白さや可笑しさに対する笑みではなく、一人の剣士として、一人の戦士として、本能が浮かべた本来の笑み――強張り、威嚇して表情が笑って見えてしまうそれであることに、本人すら気が付いていなかった。
その意味が未だに理解できていないらしい二人に、〝椿〟は続けた。
「分かりやすく言えば、レベル5になった身体能力をフルに扱うことで、流霞殿はようやく《《本当の意味での人並みの本気を出せるようになった》》と考えればいい」
「は……」
「今までは、ずば抜けた流霞殿自身の認知能力に、どうしても身体が追い付いていなかったのだ。だから、どうしても手札が限られた。最善手よりも妥協案を選び取って戦ってきたのだろう。しかし、身体が追いつかないが故に不可能であった最善手を、今ならば選べるようになった。それこそが、完全に身体を制御してみせたが故に〝事の起こり〟すら見せない【朧帳】の正体だ」
唖然とする〝鴉〟を他所に、〝虎〟にはその意味が分かった。
探索者協会の刺客によって中層深部に飛ばされた当時の流霞が、〝適合反動〟によって箍が外れた時の動きは、速さという意味ではそこまでのものではなかったが、反射神経や攻撃の組み立て方、容赦のなさというのは尋常ではなかった。
当時の〝レベル3の探索者が、レベル9の〝虎〟に無傷で誘導させなかった異常性〟は、どうにも言語化が難しかった。
だが、もしも〝椿〟が言った通り、〝適合反動〟によってセーブしている本気が表出し、肉体の無理を無視したことで得られたものだったというのであれば、納得すらできた。
「つまり、〝椿〟。要するに、《《ここから化ける》》ってことだな?」
「……そうだ。流霞殿はおそらく、ここからさらに加速度的に強く、そして巧みになるだろう。それこそ、レベル差すら埋めてくる可能性が高いぞ、あれは」




