その選択は
「……所長。これ、世間に出たらどうなるとお思いですか?」
「物流革命とか起きんじゃね?」
「分かってはいるんですね……」
真剣な顔をして訊ねる紅音に、雅があっさりと返す。
流霞から見れば「ほへー、便利だなぁ」ぐらいの理解でしかなかったのだが、紅音はもちろん、那波や真琴、それに〝魔女の饗宴〟といった大人組は、この転送バッグの危険性というものを理解していた。
ちなみに、奏星や美佳里も「おぉー、すげー。便利になるんなら良くね?」ぐらいの理解だったりしたのだが、物流革命と聞いて少し考えを改めることにしたようだ。
「たった一つや二つの超絶レアなアーティファクトであったのなら、まだいいでしょう。ですが、これが『人の手によって作れる』となれば、その意味は大きく変わります」
「んだねー。さすがにしばらくはアーティファクトってことにするしかないんじゃないかなーって。ほら、ちょうど〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟で、中層14階層の群れを倒したことだし。あれで出た、ってことにしよっかなって」
「……それで大丈夫なのでしょうか?」
「んー、考え過ぎてもしょうがないかなって思ってんだよね」
これまでは、あくまでも『ダンジョンに関する発見』の範疇で収まっていた。
しかし今回の件は、あまりにも話の規模が大きすぎる。
それこそ、『ダンジョンにも関係のない人間社会に変革をもたらすような代物』となれば、当然表に出せば今以上の騒動にもなるだろうことは明白だ。
そんな代物を「さぷらーいず」と緩いテンションで取り出され、実演されてしまって頭の整理がまだ追い付いていないせいか、どこか不安そうな紅音を前に、雅はひらひらと手を振った。
「これ〝鴉〟ちゃんと話してたんだけどさぁ。ぶっちゃけ、今の世の中の状況って結構ヤバいんよ」
「今の状況、というのは?」
「〝表〟の停滞と〝裏〟の現実の乖離っての? 〝鴉〟ちゃんが言うにはさー、この状態は確実に意図的に作り上げられてんだって」
「意図的に……!?」
突拍子もない話が飛び出してきたことに目を丸くする紅音を他所に、雅は世間話をするかのような軽い調子のまま続けた。
「そそ。で、そうすることで自分たちだけが得しようって連中が、たくさんいるんだってさ。ほら、〝金銀花〟を人為的『魔物氾濫』で批判したりしたヤツとか。その後ろで隠れてるヤツとか、さ」
「……そういう存在がいる、と?」
「少なくとも〝鴉〟ちゃんっつか、『亡霊の庭園』はそういう連中がいるって思ってるっぽいよ。実際、そういうヤツの刺客みたいのと戦ったこともあるらしいし」
「雅、それマ?」
「ガチだってさ」
唖然とする大人組を他所に、奏星が眉間に皺を寄せて訊ねた。
人為的『魔物氾濫』事件で叩かれた際は煮え湯を飲まされたようなものだ。その後ろに首魁めいた存在がいると言われれば、当然思うところはある。
それは流霞や美佳里もそうだが、何より、〝がちけん〟の仲間にそんな真似をしてきたことを、雅自身が誰より許せなかった。
「――だからさぁ、こっからは戦争なんよ」
「は……?」
「そういう〝表〟をコントロールしてるヤツらでさえ、知らなかったこと、できなかったことを次々に発表してく。そうすることで、そいつらの既得権益を、後生大事に抱えてるもんの価値を一気に叩き落としてやんの」
口角をあげて、目に剣呑な光を宿しながら、雅は獰猛な笑みを浮かべてみせた。
「ウチらにナメた真似した連中でさえコントロールできないとこまで、一気に突き抜ける。少しずつ表に出して危険だって思われて変に手ぇ打たれて後手に回る前に、裏から操った気になって偉そうにしてる連中を、一気にスピード勝負で情報ぶっ放して、引きずり出して蹴り落とす」
「……そ、れは……」
紅音には、〝社会のルール〟に適応した大人である彼女には、雅の言い分が一瞬理解できなかった。
そもそも『大人になる』とは何か、と言えば、『社会に適応する』ことであるとも言える。
学生気分で自由に、思ったように発想して、柔軟に思考するのではなく、何をするにしても、どんなことをしていくにしても、『社会のルール』というものをどうしたって考えなくてはならなくなる。
だから、転送バッグを見た時に最初に考えるのは、『この技術をどこまで露出させて、〝今の社会〟に適合させるか』というところに意識が向いた。
しかし雅は違う。
彼女はそもそも、『閉塞感のある〝閉じて調整された社会〟に合わせる気なんてない。いっそぶっ壊した方が手っ取り早い』という、ともすれば過激とも言えるような発想で、今の現代社会を加速させようとしているのだ。
「〝今の社会〟に合わせてたら、いつまで経ってもなんでも配慮しなきゃいけなくなる。ウチらが何か見つけて、それを使う度に世間が~とか配慮が~とか、そんなんに合わせてたらダンジョンの解明なんて出来やしない。だったら、突き抜けていいと思ってる。別に世の中に破壊だのなんだのをばら撒こうって話じゃないんだし」
「……それは……」
確かに、今がまさにそういう状況だろう。
何かを見つける度に社会が、世間が、常識がと邪魔をされてしまっては、自由な発想なんてものは生まれようがない。
雅とて、〝今の社会〟を形成したのが悪かった、なんて思ってはいない。
ダンジョン黎明期に急いで法整備を進め、これは世間に出せる、これは難しい、というような話し合いや葛藤など、様々なものを乗り越えて、ようやく今の形に安定したであろうことは理解しているつもりだ。
だが、もうそうではないのだ。
「――あーしはさ。『第3世代』ってさ、ダンジョンからのメッセージだと思ってる」
「ダンジョンからの……?」
「そそ。魔力ってものをしっかり使えよ、って。いつまでそのままやってんだ、って。こういうことに意識を向けろ、っていうダンジョンからのメッセージなんじゃないかって。あーしさ、最初に【魔法薬調合】ってダンジョン因子を手に入れた時に、そりゃ落胆もしたけど、さ。でも、こうしてみんなと行動してる内に、なんかそういうのがあるんじゃないかって思ってきたんよね」
雅も最初の内は、自分が何者にもなれなくて、なんとなくそういう風に思い込んで、どうにか自分を慰めていただけだった。
なんとなく『第3世代』と呼ばれるような新しいものに選ばれたから、だから、何もできなくてもしょうがないかもしれない、なんて自分で自分に言い聞かせたりもした。
けれど、雪乃や美佳里、そして奏星と出会って。
さらに流霞と出会い、アーティファクトを手に入れて、魔力というものを知ることになって、新たな技術である独自魔法という分野を切り拓いた。
そこにさらにスキル拡張を学んだことで、今となっては下層へと辿り着くことすら視野に入ってきている。
停滞していたこの数十年とは比べ物にならないぐらい、大きく前進していると言ってもいいだろう。
ついには再現不可能とさえ言われていた、アーティファクトのような代物まで作れるようになったのだから。
「中層で詰まり続けた〝表〟の常識。ここをぶち抜くのを、ターニングポイントにする。『明鏡止水』からは『第3世代』の技術を一気に解放――同時に、国内大手クランとの同盟を通して情報を一気に放出する。これはもう、お父さんと決めた話」
「――っ、そんな話が……!?」
「それだけじゃなくて、レベルアップのための3つの要素や魔素濃度といった情報も、世間に公表する予定。これには〝鴉〟ちゃんを通して『亡霊の庭園』側から正式に許可を得た」
「っ、ちょ、ちょっと待ってください……! それらの情報を表に出せば、ありとあらゆる意味で混乱が起きるはずです……! まさか、さっきの話は本気で……っ!?」
「そーだよ。〝今の社会〟じゃ受け止めきれないってんなら、ウチらが合わせんじゃなくて、そっちが合わせろよって言ってやれるぐらいに、突き放してやろうってこと。準備期間は終わったっつったっしょ?」
にやりと笑って、雅は告げた。
「――もちろん、何も無策に全部公開しようって訳じゃないし、対策は取ってくよ。イニシアチブはウチらが取れるよう色々仕込みながらね。ただまぁ、いつまでも受け身じゃないって話。こっからは攻勢に出て、一気に進むよ。まだ誰も見たこともない、〝下層〟へ向かって」




