父と娘の一幕
雅の父である傑がリーダーを務める『明鏡止水』では、合同探索に向けて下層進出を目指す主力パーティ2つの部隊が、スキル拡張のためにイメージを固める訓練を続けている。
訓練の場所となっているのは、〝がちけん〟が最初に使っていたクラン事務所の下の階――地下駐車場を改装した場所だ。
時折流霞と奏星も使っていた場所なのだが、実のところこのスペースはクランの主力パーティしか使えない空間であったらしく、〝金銀花〟が使えたのは傑の一存であったらしい。
「つまりあーしは、お父さんのせいで親の七光りに縋ってるって思われてたわけだ」
「……まあ、そうなる、かな……?」
「……はあ。ま、しょーがないけどさ。ウチらも助かってたってのは事実だし、さらに言えば、ウチらじゃどうしようもなくて親を頼ったってのも間違ってないからさ」
苦笑しながら頬を掻いた傑の横で、訓練の流れを見ていた雅がぽつりと呟いた。
まさか設立当初も当初、早い段階でアーティファクトを発見するなんて思うはずがなかったのだ。
そこから色々と問題に巻き込まれながら、それでも確実に、着実に成長していった〝金銀花〟の成長速度は、ハッキリ言って一般的な探索者のそれとは比べ物にならないだろう。
もしも雅にコネと呼べるものがなかったら、『魔力水の水差し』の存在だけは、絶対に外には漏らさないよう徹底しただろう。
当然、それに伴う独自魔法に関する発表、魔力を感知、操作するといった諸々についても世間には発表できなかっただろうし、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟だけが異常に成長していたかもしれない。
そうなれば、確実にどこかのクランが動いて〝がちけん〟を取り込もうとしていただろう。
もっとも、そもそも雅自身が父を、家族を見て、様々なことを学んで、想定して動いていなかったのならば、きっと〝がちけん〟はもっと迂闊な行動をして、大手のクランの言いなりになっていただろうことも容易に想像できた。
その場合は、もしかしたら探索者協会で自分たちを糾弾してきた連中の手駒になるよう誘導されていたかもしれない。
そんなものは「たられば」に過ぎないが、いずれにせよ、探索者として行動する上で雅の知恵や知識、家庭環境というものがあったからこそ、世間に隠し続けてこれたのは間違いないだろう。
雅もそれを自覚しているからこそ、親の七光りと言われても甘んじて受け入れても構わないと思っている。
「――ただまあ、もうこっからは逆だけどね。スキル拡張も独自魔法も、『明鏡止水』よりウチの方が詳しいし、情報を手に入れたのもウチらだかんね」
「まったくだよ。せめて学生の間ぐらいは、全部パパを頼りにしてくれると思っていたんだけどなぁ」
「頼りにはしてっから。けど、〝がちけん〟はあーしの、ウチらのクランだかんね。ウチらがウチらの手で切り開いていかなきゃ意味がないじゃん」
「……うん、そうだね」
すでに中層14階層――フリュムの軍勢とヴェーゲルを討伐した〝金銀花〟、〝魔女の饗宴〟の実力は、SNSや掲示板などでもレベル4、5級の中でも頭が一つ飛び出ていると話題になってしまった。
元々レベル3でも独自魔法を使いこなして異常に高い実力を有している、と言われていた〝金銀花〟だったが、さすがにあの戦いはこれまで以上の圧倒的なインパクトがあったのだろう。
そしてこのタイミングで、『明鏡止水』のクランリーダーである傑と、〝金銀花〟らが所属する新興クランである〝がちけん〟の代表である雅が親子であるという情報が公になってきた。
もっとも、こちらの情報は「調べれば分かる範囲」の情報に過ぎないため、あまり必死になって隠してはいなかった。そのため、知る者は知っているというような情報ではあったのだが。
しかし発言力のある者がSNSで騒ぎ立て、これまでの『明鏡止水』の研究発表に絡んでいたことも含めて、わざわざ動画にして取り上げて発表した結果、大きく拡散されることになり、今になって公になった、というのが正しいところではある。
ともあれ、末娘があっという間に大人になってしまったと感じながらも、傑も雅の言い分には納得していた。
「それで、スキル拡張の進捗についてなんだけれども、どう思う?」
「……ぶっちゃけ、ウチもるかちーとか奏星とかが基準だからなんとも言えないんだけど、ハッキリ言うとまだ全然じゃんって感じ」
「……まあ、そう感じるだろうね」
少し離れた場所でスキル拡張を実践しようと考え込んでいる『明鏡止水』の面々を見て、雅は少々辛口な評価を下さざるを得なかった。
というのも、スキル拡張に至れていない者があまりにも多すぎるのだ。
「……やっぱり、長い間スキルを拡張してこなかったせいでイメージが凝り固まってしまっている、という可能性は否定できないね」
「それはしょうがないと思うけどね。長い間、一緒に歩んできたスキルだし。スキル拡張する姿とかイメージとかより、実際に今まで自分と一緒に在ったものとして固定観念みたいなのがついてんじゃないかな」
「……そのようだね」
スキル拡張とは詰まるところ、自身がダンジョン因子をどのように成長させ、スキルとしてどういった力を手に入れたいかを自身に問いかけつつも、自分自身で方向性を定義付けて先鋭化させ、進化させるような代物だと雅は考えている。
実際にスキル拡張に至った〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟のメンバーにも確認したが、流霞を除いて、全員が自らのスキルがどのように強くなってほしいかを明確にイメージすることで拡張された、という経緯が強い。
流霞も中層の奥に一人で飛ばされ、そこで出会った〝虎〟からも、イメージが大事だと言われている。
己のダンジョン因子に対して、どのようなイメージを抱き、どのように付き合っていくのが合っているのか。それが合致したタイミングで、カチリ、と嵌まるように拡張スキルが手に入る。
その点、すでに自らのダンジョン因子と長く付き合い続けてきた者ほど、自分が使い続けてきたからこそ、自分のスキルはこういうものだという固定観念がどうしても付き纏う。
それがスキル拡張の邪魔になっているのではないか、というのが雅の、そして傑の見立てでもあった。
「その点、短い名前のダンジョン因子はシンプルだからね。だからこそ、色々なイメージを思い浮かべやすい。ダンジョン因子の名前が短い程強くなる、という理由は無自覚にスキル拡張を引き起こすから、だったね」
「らしいね。結局のところ、向き不向きはあっても優劣なんてないんよね」
「その辺りも徹底して周知していかないとね。諦めてしまっている人たちも奮起してくれるなら、探索者の業界にも色々な変化が起こりそうだ」
「意外と伸び悩んだ人とかがめっちゃ強くなったりしてね」
「それもいいことさ。少なくとも、停滞し続ける今よりはずっと、ね」
停滞している時代。
この十数年ばかり、ダンジョンの攻略更新がないためにそう言われてきたことは、ダンジョンや探索者を調べていれば誰もが一度は目にする言葉だ。
ダンジョンに対して人間ができるのは、『魔物氾濫』を起こさせないための対応だけ。
一度崩壊地域になった場所は二度と戻ることはなく、ダンジョンを攻略することもできない。
だから、停滞している、と。
そんな言葉を言われた傑の気持ちは、雅には推し量れないものだ。
少なくとも自分が言われたら、「じゃあ自分でダンジョン潜ってこいよ」ぐらいのことを言い出してしまいそうだが、そういう真似ができる立場ではないのだから、お世辞にも気楽な立場ではなかっただろうな、とは思うが。
そんな時代にありながらも、利権を牛耳ったり汚職に手を染めたりもせず、クランをしっかりと牽引してきた人であるからこそ、今回の中層突破の栄誉は、傑にこそ受け取ってほしいと雅は思う。
もちろん、その上で〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟が派手に下層に入り、下層素材をばんばん使えるようになってくれないと、自分も好き勝手に魔法薬の研究に手を出せないから、というのはかなり大きいが、それはそれとして、だ。
「……まあでも、課題は見えてきたね。みんなには、スキルに〝どうなって欲しいか〟を考えるように伝えといて」
「どうなって欲しいか、かい?」
「うん。スキル拡張には拡張タイプがあるから、その希望に合う拡張タイプの変わり具合をウチの〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟に実演して見てもらった方が、イメージを繋げることにも繋がるだろうしね。だから、今はまず、どう強くなってほしいかを決めてきてもらえればいいと思う」
「……なるほど。分かった、ありがとう」
「いえいえー。んじゃ、あーしはそろそろ事務所行ってくっから」
「あぁ、気をつけて行ってらっしゃい」
「へいよー」
傑に見送られた雅は、ひらひらと手を振って訓練場を後にしたのであった。




