新入りに覚悟を問う
雅や紅音の狙い通りに事が運んだと実感したのは、翌日の問い合わせ件数の推移をAIが表示してくれた時の話であった。
つい先日までは「おたくの『魔導防具』の職人、貸し出してやがれください。お願いが通らなかったらしょうがないけど数とか権力とか、そういうのが牙を剥くかもしれませんのでせいぜい考えて返事と覚悟しやがれください」ぐらいの内容を送ってきたクランの幾つかが、非常に長々とした謝罪文を送ってきていた。
それがどうなったかと言えば。
「……二度とこのようなことがないよう、再発防止に努めて……って。どこもかしこも同じようなメール送ってきてっけど、別に教育しようがしなかろうがこっちにゃ関係なくね? 教育しようがどうしようが、そんなん知らんし」
ビジネス的な言い回し、「それぐらいこちらとしても問題視しております。だからこそ弊社は徹底して教育を行っていくと、ここに宣言いたします」的なアピールは、単純明快に直接的な感覚に生きるギャルである雅にとってみれば、「だから?」というレベルでしかなかった。
そういった建前に慣れてしまっていた、〝がちけん〟の新メンバーである後輩系人妻という女性――〝古鶴 那波〟は、思わず「確かにそれはそう」と目を丸くしており、もう一人の王子様系こと〝河瀬 真琴〟は笑いを堪えてそっぽを向きながら肩を震わせている。
ビジネスシーンにおけるマナー、大人になれば誰もが一度はぶつかるそれも、直情型のギャルを前には呆気なく論破されるものであるらしい。
そんな完全敗北っぷりに耐えられない痛快さがあったようだ。
「所長、対応はどうしますか?」
「ブラックリスト入りさせてもらう、二度とウチに関わろうとしてくんな、でいいよ」
「えっ」
「承知しました」
「えっ!?」
雅の断言に困惑、さらに紅音が承知してしまったことにもっと困惑の声をあげたのは那波だ。
その近くに座っていて、ようやく笑いの波に浚われた状態を脱した真琴が、まだ少々苦しそうに、しかし真剣な表情を浮かべた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、紅音。相手は中堅規模のクランばかりだ。そんなクラン相手との関係をここで断ってしまうなんて、それはあまりにももったいないじゃないか。いっそのこと、ここはこちらが譲歩して貸しにしておいた方が――」
「――馬鹿やった相手を許してやる義理なんてないんよ、まこっちゃん」
確かに、真琴の言いたいことは分かる。
それがビジネスの常識と言えば常識であって、そういった貸し借りがあるからこそ、お互いに迷惑をかけても信頼関係を続け、互いに支え合い、成長し合うこともあるのが一般的な企業間の感覚とも言えるだろう。
だから、ここは譲歩してみせて、一度関係をリセットしておくのが妥当だと真琴はもちろん、那波もそう思う。
雅とて、それは理解している。
それでも雅は、そこに付き合うつもりはなかった。
人為的『魔物氾濫』の時も、探索者協会の騒動の時も。
その後に流れてはくれたものの、崩壊地域の奪還がどうの、なんて話の時も。
常識通りにやろうとしてたら、そういうのにもいちいち付き合っていかなきゃいけなくなる。
そんなものに付き合っていたら、いつまで経っても先に進めなくなる。
雅が、〝がちけん〟が目指しているのは、ダンジョンのもっと先、もっと奥なのだ。
だから、雅は断言する。
「準備期間は終わったんよ」
「準備期間……?」
「そ。これまでは表で大きくは動けなかった。けど、〝金銀花〟も〝魔女の饗宴〟も、もう表側の日本の探索者業界の中ではトップに近い実力を持っていると見せつけた。力のある探索者なら、あれが本気じゃないことぐらい見抜いてるはずだしねー」
椅子の背もたれを斜めに倒して上体を預け、椅子に座ってゆらゆらと身体を揺らしながら天井を見上げた雅が、咥えていたスティック付きの飴を口から抜き取って続けた。
「力を見せた以上、もうウチらは侮られる側じゃなくなった。だから、こっからはウチらはウチらのやり方で、我を通してやってく。我を通したって誰にも文句は言わせないし、それが許せないような連中なら付き合う価値はない。だから、その一発目に、先に喧嘩売ってきた相手には厳しく対処する」
「そうすることで、他のクランにも話が回るように、ですね。そこで同調してこちらを批難するか、それとも、こちらの実力を認めて尊重してくれるか、篩にかけていくことにも繋がるでしょう」
「そそ。さっすがあかねぇ、分かってるぅー」
椅子から身体を起こした雅が、ニィっと笑いかける。
その笑みに思わず那波と真琴がびくりと肩を震わせるが、そんなことは気にせず雅は続けた。
「ななみん、まこっちゃん。ウチはそういう探索者を抱えてるし、そういう風に進む事務所だよ。もちろん、セキュリティとか強化するし、守衛とかも常駐させてくつもりだけど、恨みを買うことなんて気にせず、突き進む。ウチはそういうクランだよ」
――そういうクランが怖いのなら、辞めても構わない。
言下にそんな言葉を突き付けられたことに、那波も真琴も気が付いていた。
紅音もこの場で話を聞いていて何も言わないということは、このことは最初から織り込み済みであったと考えるべきだろう、と二人も察する。
真剣な表情を浮かべた二人へ、雅は指を3本立てた。
「ここからは3択。一つは、このまま辞めること。次に、あまり踏み込まず、事務的な仕事だけやってくれるパターン。そんでもう一つは、ウチらが知ること、やることの全てをしっかりと知って、色々と巻き込まれてもらった上で動いてもらうこと」
那波と真琴は、紅音が信用し、信頼して呼び寄せた相手だ。
それは雅も充分に理解している。
だが雅自身、しっかりと私情を挟まないよう第三者機関に依頼を出して、それぞれに金銭的にトラブルを抱えていないか、付き合っている相手に厄介な手合いはいないか、SNSの運用でトラブルになりそうな気配はないかなどは調べさせてもらっている。
それは粗探しをしたいというわけではなく、〝がちけん〟が抱える秘密自体がかなり大きくなってしまっている以上、誰かの知人友人だからと安易に他者を信用するのは、かえってリスクになりかねないためだ。
そういった調査が入ることは紅音にも同意してもらい、結果として潔白と言えるからこそ招き入れたというのが実状である。
そうして共に働き始めて数日、ここからは本人たちの意思による。
深く踏み込むのなら迎え入れるし、逆に言えば、秘密を知らせずに業務だけを割り振ることもできる。
どちらを選んでも、お互いにとって後悔のないように明確に線引きしておくべきだろうと考え、雅はこの場を設けていた。
二人が僅かに逡巡する。
先に口を開いたのは、真琴だ。
「先に確認させてほしい。その秘密に、何か犯罪になるようなものかい?」
「ウチが犯罪に手を染めているか、というと答えは微妙かも」
「えっ」
「崩壊地域に用があって、そっちで狩りをすることもあっからね。これからはそういうのも増えるかもだし」
「あ、あぁ、そういうことか……――って、崩壊地域!?」
「そそ。まあ細かく言うのは、覚悟が決まってからだね。ただまあ、人を害するような犯罪とかって意味だったら、そーゆーのはないよ。ね、あかねぇ」
「はい、それは断言していいでしょう」
崩壊地域に入って魔物を狩るというのは、一般的には禁じられているのだ。
名目上は「崩壊地域内の魔物を刺激した結果、『魔物氾濫』が再発する可能性もあるため」という理由があるからだ。
もっとも、『亡霊の庭園』などが存在している以上、可能性は限りなく低いとは思われるのだが。
そういった場所に足を踏み入れ、さらには今後も何度も足を運ぶ予定にもなっている以上、完全無欠にクリーンである、とは言い難い部分もあるというのが本音ではあった。
「――私は、踏み込むよ」
「真琴ちゃん……」
「ほら、那波さんみたいに私は家族や子供がいるわけではないからね。独り者だから、背負うものも少ない。だから、多少の無茶だって許容範囲さ。それに、私の仕事はマネジメント。知らないことがあるなんて許されない。そうだろ、紅音?」
「別に踏み込まないなら、それはそれで私が調整したわよ」
「おいおい、そこはほら、真琴ならそう言ってくれると思ってた、とか言ってくれてもいいじゃないか」
「勝手な期待を他人に押し付けるなんて真似はしないわ」
冷静に言われてしまい、がっくりと肩を落とす真琴。
そんな二人の気安いやり取りに雅も那波も思わず笑ってしまったが、しかし真琴がぱっと顔をあげ、那波に視線を向けた。
「那波さんは、家族と相談したりもする方がいいだろう?」
「……うん、そうだね。一回家族と相談させてほしいな。勝手にオッケーしちゃうと怒られちゃうだろうし」
「うん……うん? え、オッケーするつもりなん?」
「はぇ? うん、私だって、最初からそのつもりだよ?」
家庭を持っているのなら深い場所に足を踏み入れず、割り切って仕事するものだと考えていた雅と真琴である。
実際真琴も、「家族に相談した結果、深く踏み込むことは許されなかった」と言って断りやすい状況を作り出せるよう、逃げ道を与えるために気を遣ったつもりであったのだ。
そこに返ってきた、あまりにもあっさりとした物言いに思わず雅と真琴が唖然としていると、紅音がくすくすと小さく笑った。
「まあ、那波先輩はある意味、その辺の男性よりも度胸がありますからね」
「母は強しだよ、紅音ちゃん?」
「えぇ、まあ、そういうことにしておきましょう」
――――結論から言えば、真琴はもちろんだが那波もまた、深く踏み入ることになった。
家族に相談するというのも、「旦那に認めてもらうための話し合い」ではなく、「旦那は文句を言わないタイプだけど、勝手に決めると拗ねちゃうから相談する必要があった」というのが正しかったようである。
「うふふ、拗ねる姿も可愛いから嫌いじゃないのよねー」
「ななみんって、なんか色々ギャップえぐいわぁ……」
二人が決断した際、思わず雅がぽつりと呟いた一言に、紅音が深く頷くことになったという。




