【配信】氷の繭討伐 Ⅳ
流霞の一撃はヴェーゲルの持つ氷の大鉈をパワーで破壊した、というわけではない。
確かに流霞の一撃、ロッドの重さは凄まじいが、先程の打ち合いは氷塊に強烈な力と重さのあるピッケルを打ち込んだようなものだ。
僅かな亀裂が入ったその場所へ、【潮汐破断】と同じく分子運動の破壊を流し込み、内部から破壊したという形が正しい。
だからこそ、大鉈は爆散するように粉砕し、弾け飛んだのである。
もっとも、押し返される形となったヴェーゲルにとってみれば、パワーで破壊されたのと同じようなものではあるのだが。
ダイヤモンドダストのようにきらきらと氷の破片が舞う中、流霞の動きは止まらなかった。
ヴェーゲルが仰け反ったことを確認するなり、その上半身を真上から重力を叩きつけるかのように加重させながら、着地して次の一歩で再び地面を蹴って高くジャンプする。
ヴェーゲルの巨躯を呑み込み、加重させているゾーンは不可視ではあるが円柱形だ。
その加重ゾーンの真上で、流霞が自身の重力を操り、落下を開始する。
「――きひっ! 耐えれる、かなぁっ!?」
漏れ出た笑みは強者への挑戦で笑いを浮かべたものではなく、思いついた攻撃への純粋な興味によるものだ。
もっとも、そんな流霞の顔を映したドローンの映像に、視聴者たちは流霞の本気モードと呼ばれているきひり具合に盛り上がっていたが。
『きひっ! いただきました!』
『本気モードきちゃ!』
『めっちゃ跳ぶww』
『目ぇかっ開いてんのこわこわw』
『落ちた!?』
『はっや!?』
無防備に上体を晒すヴェーゲルへ、真上から飛び込んだ流霞が重力に引っ張られ、加速しながら落ちていく。
真っ直ぐ落ちてくる流霞を掴もうと腕をあげようとするが、しかし重力に引っ張られる形となるヴェーゲルの動きは鈍重だった。
伸ばした手の間をすり抜けるように、放たれた矢どころか、撃ち出された弾丸のような速度で飛び込んだ流霞が、ヴェーゲルの額にロッドを叩きつけた。
流霞の強烈な一撃は凄まじい音を立て、直後に叩き出されて加速したヴェーゲルの後頭部が地面に直撃。大地を割り、跳ねるように僅かに浮かぶ。
力なく投げ出された身体が倒れ込んでいく中、重力の向きを変えて横に飛び、滑るようにして着地した流霞が距離を取る。
『は!?!?』
『うわ、えぐ!?』
『すっげぇ音……』
『きひ子ちゃんゴリラ過ぎんかww』
『こわ……』
『頭割れるわ、あんなん』
「――速攻! ここで仕留めるわよ!」
流霞たち〝金銀花〟のコメント欄がそんな言葉に埋め尽くされている中、〝魔女の饗宴〟側のドローンカメラは莉緒菜の姿を映し出していた。
莉緒菜の足元に広がった黒い闇から、闇の戦士たち、それに先程から莉緒菜が新たに生み出していたフリュムの姿と同じ姿の闇人形たちがせり上がるように姿を現して、一斉にヴェーゲルへと殺到する。
しかし、ヴェーゲルもこのままやられてくれる程、甘くはなかった。
朦朧とした意識と激痛に耐えながらも、この状況で好きにやられれば負けるということは理解したのだろう。
倒れて起き上がれないまま、それでも自分の周囲に氷を広げ、大地から隆起させ、闇人形たちを貫いていく。
単調な動きをしている闇人形では避けきれないが、それでも全てを貫ける訳ではなかった。
先程流霞に粉砕されたとは言え、元は自身の能力で生み出した氷の大鉈だ。
当然、新たに生み出すことは難しくない。
朦朧とした意識の中で右手に大鉈を生み出すと、自分の周りに近づけないようぐるんと振り回し、どうにか上体を起こして仕切り直し――といくその前に、ヴェーゲルの顔面に光が直撃した。
光の軌跡を辿れば、それが遠方、崖の上からこの瞬間を待っていた美佳里による、【竜咆砲弾】による狙撃であることは容易に理解できた。
『おぉ!?』
『ミカミカナイス!』
『びっくりしたww』
『倒れろ!』
『今の内に!』
『いけいけ!』
遠方の戦闘を見ながらも、それでもARレンズが映し出すコメントに美佳里は小さく苦笑した。
「さすがに、【竜咆砲弾】だけじゃ威力不足かぁ。《《次のスキル》》ならやれんだろーけど、ま、今回は《《新技一つ縛り》》だし、素直に譲るしかなさげかなー」
魔法銃を肩に担いで美佳里が呟いた声は、配信には拾われていない。
たまには主役級の仕事をしてみせて、配信を観ている視聴者の度肝を抜いてやるのも悪くはないのに、と口を尖らせる美佳里を観て、隣にいる〝魔女の饗宴〟の【支援魔法】使いである聖奈だけがくすくすと笑った。
「まあまあ~、気にしなくていいじゃない~。私なんて、レベル3スキルまでしか使う出番もないのよ~?」
「いやいや、せーなんのアレはほら、使わない方が安定してるって言えっからね?」
「でも、私だってたまには活躍したいわ~?」
「まあ、縁の下の力持ちって立場だかんね、せーなん」
「ふふ、それはミカミカちゃんも一緒、でしょ~?」
「むぅ……、まあ、そうありたいとは思ってっけどさぁ」
他人を強くする【強化魔法】系統だけが取り柄だった聖奈は、今となっては結界を構築したり、さらにはレベルアップによって新たな力も手に入れている。
そんな聖奈が活躍するのは、どちらかと言えば同等から格上との戦闘が主流になってくるのだ。格下相手にはそもそもやることすらない。
「ま、でも今回はサポート役で終わりだよ。ほら」
美佳里がそこまで言って、前方のヴェーゲルの真上で眩く輝く光を見つめた。
倒れたヴェーゲルには、きっとよく見えているだろう。
自分の頭上で輝く小さな太陽が、轟々と燃え上がりながら自身を見下ろしているのだから。
『ええええ!?』
『めっちゃ太陽じゃんww』
『やば』
『え、こんなん見たことないんだけど』
『つかカナっちもきひ子ちゃんも強くなりすぎだろ……』
『めっちゃ熱そう』
『なにこれ、スキル……?』
配信のコメント欄が、好き勝手に感想を並べていく。
だがそうした感想を打ち込んでいられるのは、あくまでも探索者として活動したことのない者――つまり、この異常な太陽の存在を、「凄いスキル」と純粋に受け止められる者だけであった。
事実、この配信を観ている探索者たちは、高レベルの者たちであればあるほど、奏星の太陽の恐ろしさに気が付いていた。
特に、魔力と密接するスキルを持つような者たちほど、その太陽が凄まじい力を内包しているであろうことを、肌で感じ取っていたのである。
「……あ、あんな、ものが……」
どうにか言葉を紡いだのは、『明鏡止水』の主力メンバーの一人だ。
二十代中盤。
今が正に最盛期とも言える彼女は、ダンジョン因子で【属性魔法】という因子を手に入れており、ありとあらゆる属性の魔法を操れる、まさに魔法のエキスパートとも言える存在であり、【魔力操作】などに関しても優れた実力者である。
そんな彼女が、奏星の太陽を見て大きく目を見開いて、身体を震わせながら呟いた。
彼女には理解できた。
あの小さな太陽は、凄まじい魔力を凝縮させた代物である、と。
熱で周囲が歪んでいるように見えるが、それだけではない。
空間が歪むほどの、超高密度の魔力が周囲を覆い尽くし、今も静かに成長しているのだということが。
あれが、あんなものがあるなんて、想像はもちろん、理解すらしたくないほどだ。
「あ、あんなものが爆発でもすれば……! 一体どれほどの破壊を撒き散らすか……!」
《――騒がないで》
我を失い、半ば恐慌状態に陥りながら口を開いた女性探索者の声を、恐怖を一刀両断するかのような、涼やかな声だった。
はっと我に返った女性の目の焦点が合ったことを見届けて、映像越しに雅が続けた。
《見ているといいわ。あなたたちにこれからスキル拡張を教える者の力を。あれは、ウチの奏星にとってはまだ本気じゃない。でも、その威力はあなたたちが、普通の探索者が知るものを大きく超えるのだという、その事実を》
「は……?」
配信の画面を真っ直ぐ見つめたまま、雅が告げた言葉に、『明鏡止水』の者たちは息を呑み――傑が密かに胃の辺りを擦った。
末娘とその仲間たちという、この1年程で数多くの胃痛を与えてきた存在の力を改めて見たせいで、なんだかちょっとキリキリしてきた。
そんな傑を他所に、ドローンは小さな太陽を見上げて呆然としたヴェーゲルと、少し離れた位置に佇む奏星を映し出した。
ヴェーゲルは動けない。
暴れることはできたかもしれないが、目の前にある小さな太陽が、その異常さが、ヴェーゲルの心を完全に砕いてしまっていた。
ヴェーゲルにはただ、見ていることしかできなかった。
「――爆ぜろ、【恒星炉心】」
奏星が告げる。
刹那、小さな太陽が白く輝くように光を放ち始め――一際眩く輝いたかと思えば、ヴェーゲルの全身を覆い尽くし、周辺一帯を呑み込んだ、綺麗な球体状の大爆発を引き起こした。
ずんっ、と地響きが響き渡ったと同時に生み出された球体は熱も衝撃も全て球体の中で完結させているのか、周囲に余波が漏れるようなことはないようだ。
ただただ、眩い赤みがかった白い炎が、球体の中で激しく暴れ回っているのが見て取れた。
『は????』
『……なぁにこれぇ……?』
『えぐ……』
『これ、あの中燃えてんの……?』
『文字通り骨も残さないでしょ、これ……』
『というかこれ、もしかして球体に閉じ込めずに解放したりできるんじゃ……?』
『怖いこと言わないでww』
『お、縮み始めた』
『……いやいやいや』
『巨人どこいった……? え、ガチで骨も残ってない感じ?』
『なーんもないんだが』
奏星の【恒星炉心】が、萎むように消えていったその場所には、ただただ何もない空間だけが広がっていた。
まるで歯牙にもかけずにフリュムの群れとヴェーゲルを屠ってみせた一行の姿は、雅たちの狙い通りに色んな意味で注目を集めることになったのであった。




