【配信】氷の繭討伐 Ⅲ
フリュムの軍勢から見れば、この戦いはあまりにも想定外なものであった。
どれだけ戦力を割いてぶつけても怯まず、切り裂いて突き進んでくる赤と紅。
天を翔ける竜を思わせる咆哮と共に放たれる、一条の光。
黒い風、激しき雷光、そして、倒れた戦士たちの姿を模した闇の人形。
そのどれもが、あまりにも想定外だった。
圧倒的な量と質を有していたはずの軍勢を、中層14階層を支配した絶対的な王者を戴く群れを――ことごとく蹂躙していく。
フリュムたちにもしも感情が、思考ができる頭があったのなら、いっそこの時点で降伏し、負けを認めることができたかもしれない。
これ以上の被害は看過できないと膝を突き、頭を垂れて許しを請うたかもしれない。
あるいは、以前に一度この場所に来た時を覚えていて、あの時に確実に仕留めていればと臍を噛むような想いを胸にしながらも、最後の一兵となるまで抗い続けたかもしれない。
しかし、所詮はたらればの話だ。
彼らにそこまでの知能はなく、ただただがむしゃらに〝王〟を守るために立ち塞がるしかない。相手を屠ることしか考えられない。
勝てるかどうかではない。
ただただそう定められた存在であるのだから。
「――ふ……っ!」
短く息を吐きながら振るわれた奏星の細剣を、腕を直接剣のように鋭利な形にしたフリュムが受け止めた。
瞬間、紅炎が侵食するように腕を溶かして切断される。
切断された腕を見つめたフリュムの肩口を、細剣が貫き、燃え上がった。
動きが止まる奏星をフォローするように、奏星の後方から飛び出した流霞が、赤い霧を拡散――襲いかかるフリュムの腰の辺りを破壊する。
耳障りな振動音と破裂音が混ざった奇妙な音を奏でながら、フリュムの身体が倒れていく。
そんなフリュムに、黒い影が一斉に襲いかかり、次々と奏星が斬り裂いた腕先と同じように鋭利な剣状にした腕を突き刺し、完全に停止させる。
そうしてまた一つ、影が増える。
襲いかかった配下が闇に染まったようにも見えるその光景に、フリュムは恐怖することもない。
ただただ、向かってくるばかりだ。
だが、氷の繭は少し違った。
――――どくん、と脈動して振動と音が響き渡った。
かつてこの場所に来た時は、目覚めを知らせるようなものであった。
だが、今回は明確に怒気のようなものを孕んでいるようで、ぴりっと皮膚に軽い刺激が走ったような気がして、奏星と流霞が顔をあげた。
二人が佇む先。
氷の世界のその向こうにある巨大な氷の繭――その中の何かと、目が合ったような気がした。
「――起きたみたいだね」
「あれが割れる前に燃やしたらどうなんだろ?」
「それは……アリ、だと思う、けど……」
「――飛べ、【火輪連斬】!」
――え、ホントにやるの? 貴重な覚醒シーンなのに?
横合いから聞こえてきた声と、直後に放たれた三日月状の紅炎。
それが氷の繭へと真っ直ぐ向かっていく姿に気が付いて、ぎょっとした表情を浮かべた流霞が奏星へとぐるんと顔を向けた。
お約束のシーンになんて真似を、とでも言いたげな表情である。
自分だって相手が強いと分かっていたら、迷わず攻撃を仕掛けに行く癖に、だ。
『カナっち容赦ねぇww』
『きひ子ちゃんの顔よwwww』
『まあでも、ニチアサじゃあるまいし相手が本気を出す前に攻撃仕掛けるのは残当』
『いっけえええ!』
『当たった!』
『……燃えてなくね?』
この瞬間をしっかりと配信で見ていた視聴者たちの反応は、おおよそコメントにある通りであった。
流霞の気持ちは分かる。
分かるが、それはそれとして、わざわざ相手のタイミングに合わせる必要などない。
攻撃を仕掛けられるのであれば仕掛けるのが道理である。
ダンジョンとは命のやり取りを行う場なのだから、そこに綺麗も汚いもない。
それどころか、攻撃をしない方が相手を舐めているようなものとも言えなくはない。
そんな視聴者たちの反応を他所に、氷の繭にぶつかった紅炎は轟々と音を立てて火柱をあげたものの、次の瞬間には掻き消えてしまった。
氷の繭には、傷一つもついていない。
炎の着弾地点から放射状に広がる、虹色に輝く光の帯。
その存在に気が付いて、流霞がぽつりと呟いた。
「魔力障壁、だね。効いてないっぽい」
「おー、防御力だけは一級品ってヤツかもなー」
流霞たちの『魔導防具』にも使われている、魔力障壁。
強いものであればあるほど視覚的にも視認しやすいという特徴があるのだが、どうやら氷の繭のそれは奏星の言う通り一級品と言える程度には強固なようだった。
次の一手をこの場から放つか、それとも近づくか。
そんなことを逡巡していたその時、カォォンと独特な音が聞こえて、光が二人の頭上を貫いて進む。
崖上から放たれた美佳里の【竜咆砲弾】が真っ直ぐ着弾、しかし、魔力障壁にぶつかり、そのまま消え去った。
『いったああああ!!』
『あれ、でも……』
『耐えやがった!』
『なんだよあれ』
『繭が開いて……何あれ、巨人?』
『でけぇ……』
配信のコメントが、氷の繭の変化に合わせて段々と勢いをなくしていく。
美佳里の【竜咆砲弾】を耐えた氷の繭が、突然解けるように開かれていったのだ。
その中から現れたのは、体高およそ8メートル前後はあろうかという、灰色の肌を持つ巨人。
フリュムも二足歩行型で腕が2本あるという意味では人型と言えたが、こちらは明確に人のそれと同じような身体を有している。
灰色の肌を持つ巨人が、冷気を漂わせながらゆっくりと立ち上がった。
踏み出した足が大地に触れた途端、その地一帯が凍りついていくのが見える。
そうして立ち上がった巨人が――咆哮をあげた。
ぐるぉ、とも、ぐぅあぉ、と聞こえるような巨人の叫び声は魔力を拡散していることも相まって、凄まじい衝撃を周囲に撒き散らしながら、中層14階層を揺らしているようだった。
ぐ、っと腕で顔を庇うようにしていた奏星は、その時、視界の隅を流れていくコメントに気が付いた。
『こわい』
『まってがめんごしなのにふるえる』
『化け物……』
『普通じゃないぞ、コイツ……』
『にげて』
何やらコメントが、この魔物の異常性を強く感じ取っていたのである。
確かに、流霞たちにとってみれば〝超常級〟には届かない魔物――つまり、勝てない相手ではない。
だが、だからと言って弱い魔物であるかと言えば、答えはノーである。
この魔物の放つ気配や魔力、あるいは画面越しにでも本能的に感じ取れてしまうような風格といったものは、一般的な魔物のそれを大きく上回っていたのだ。
配信越しに、直接対峙していないにもかかわらず、本能的に危機を察知し、恐怖してしまう理由はまさにそういった余波のせいだろう。
もちろん、誰もがそうである訳ではない。
もともとそういった症状は強い魔物である場合に稀に発生することもある、と言われているが、そういったものを感じ取れない程度に〝鈍感〟な者の方が多い。
ダンジョン因子を持たない者ほど、こういったことには鈍感なのだ。
しかし、これは異常だった。
そういった者ですら、明らかに異質な存在の気配に身の毛がよだつ。
認めたくなくて、気のせいだと強がるように無意識に腕を擦っている者も多かった。
――あんな化け物に勝てるのか。
――もしかしたら負けるんじゃないか。
――あれには勝てない。
――逃げてほしい。
視聴者たちの中に、そんなネガティブな感情が浮かび始めた――ちょうどその時、ドローンが雅の操作によって〝金銀花〟の流霞と奏星を、そして〝魔女の饗宴〟の莉緒菜と瑛里華、菜桜といった者たちの顔を映し出した。
『えぇ……』
『この子たち、なんで……』
『怖くないのか……?』
『ちょっとぞわっとした』
『なんかもう、強者の風格がパネェなw』
『すげえ』
敢えて流霞たちの顔を映すようにドローンに指示を出して、コメントの流れが変わったことを確認した雅が口角をあげた。
――これが、ウチらの仲間なんだよ。
そんなことを思いながら、コメントにあった〝恐怖〟の流れをぶった切った。
その効果はコメントだけではなく、モニターに映った『明鏡止水』の面々の表情にも如実に表れた。
画面に映し出された面々の表情に恐怖や脅えは一切ない。
真っ直ぐ、鋭く魔物を見つめ、強張ることすらもなく泰然と、堂々と立っている。
その姿に、『明鏡止水』の主力メンバーたちの表情は呆気に取られているように思えた。
そんな風に見られていることなど露知らず、流霞が口を開く。
「――奏星、フォローよろしく」
「おう、まかせろー。一発派手にやってきてよ」
「分かった」
ひゅんひゅんと風切り音を奏でながらロッドを回していた流霞が、大地を蹴った。
空中に躍り出たと同時に、重力の向きが一瞬で切り替わる。
真っ直ぐ、氷の巨人――解析すれば個体名として〝ヴェーゲル〟と表示されるであろう灰色肌の巨人へと、一気に加速し、流霞が突っ込んだ。
対するヴェーゲルも、流霞には気が付いていたのだろう。
右手に巨大な氷でできた大鉈を生み出すと、振り被り、一気に振り下ろす。
対する流霞も、思いきりロッドを振り被り、横に回転しながら振り抜いた。
サイズの差で言えば、流霞の身体などあっさりと弾き飛ばされることは間違いないだろう。
それぐらい、圧倒的な質量の差がそこには存在している。
しかし、衝突と同時に凄まじい轟音と、衝撃の余波が放射状に広がったかと思えば、ヴェーゲルが生み出した巨大な大鉈が、その衝撃に耐え切れずに粉々に粉砕されて、衝撃に上体を仰け反った。
『はああああ!?!?』
『は!?』
『なんでそうなんだよwwww』
『耳いてえええ』
『意味わかんねえええええ』
『いけ、きひ子ちゃん!!!!』
『やっちまええええ!』
初撃の打ち合いに配信視聴者のコメントが凄まじい勢いで加速する中、すでに奏星が、莉緒菜と瑛里華、それに菜桜が、散開してヴェーゲルを囲むように動き出していた。
――〝狩り〟が始まったのはこの時だった、と。
この配信を共有画面越しに観ていた『明鏡止水』の者たちは、後にそう語ることになる。




