【配信】氷の繭討伐 Ⅱ
『強すぎwwww』
『ふぁーww』
『いや、ホント強すぎるって』
『どうなってんだよ、これ』
『カォォン、って音が鳴る度にビーム飛んでんのマンガみたいで草』
流れるコメントは、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟のあまりの強さに感嘆とした視聴者たちの声だ。
氷の人型ゴーレム、フリュム。
かつては流霞だけがスピードに対応でき、まともな攻撃も通らなかった相手。
そんなものが大量に存在しているという、悪夢のような場所と、その親玉と思しき氷の繭が築き上げた氷の楽園を、赤い風を纏った流霞と、紅い炎を纏った奏星が真っ直ぐに切り裂いていく。
「――シィッ!」
凄まじい風切り音を奏でながら振るわれたロッドが、フリュムの胸部を粉砕し、破片を弾丸のようにして他の個体に撃ち出される。
さすがにそれだけで穴が空くほどではないが、衝撃は凄まじいもののようで、どうしてもフリュムたちの体勢が崩れて動きが止まる。
そこに、【紅炎穿】と同じ彩度の高い紅を纏った奏星が、空中でくるりと横に回転しながら細剣を振るえば、一直線に放たれた紅炎がフリュムたちを斬り裂き、溶かし尽くす。
それでもフリュムの軍勢は止まらない。
仲間が倒れたことに憤るような感情はなく、ただただ止まらず、怯まず、突っ込んでくるという性質は、集団戦においては厄介極まりない。
しかし、フリュムの集団の手は二人には届かない。
崖上から飛んでくる、美佳里の狙撃。
最初に放たれた【竜咆砲弾】は、そのあまりの威力であるが故に【虚空射撃】と言う銃を持たずに撃ち出すスキルの対象外となるため、いちいち魔法銃を用意しなくてはならないが、それでも威力は破格だ。
そんなものが、ことごとく死角に回り込もうとする個体を撃ち抜いている。
そして、さらに。
「――ん。遅い、ね」
駆け抜けた黒い風が、フリュムの身体を細切れにして通り過ぎていく。
足を止めた先にいたのは〝魔女の饗宴〟のメンバーである、柳田 菜桜だ。
涼やかに呟いたその声は決して大きくはないが、全てを細切れにして音が止んだその場所ではよく響く。
刹那、飛び込んできた別個体。
だが、菜桜は動じることもなく冷静に後ろに跳んで距離を開け――その個体に落雷、眩い光と轟音が静寂を貫いた。
菜桜の近くに飛び降りてくるように着地した。
「――アホ抜かすなや。菜桜が速すぎんねん」
バチバチと放電した身体で呆れたように言うのは瑛里華だ。
そんな瑛里華に、菜桜がじとりとした目を向けた。
「ん、あんなの近くに落とされたら危ない」
「避けとったやんけ。いや、それも大概おかしいんやけどな? つか自分、なんで避けれたん?」
「落雷の前兆現象が見えた」
「はぁ?」
飛び込んできたフリュムの背が僅かに放電して青白く光、落雷の前兆現象が引き起こされていた。それに気が付いていたからこそ、菜桜は瑛里華の一撃が来ることを察して距離を取っていたのである。
僅か1秒にも満たない一瞬で確認、判断、行動を起こしたのである。
常人では有り得ない反応。
しかしそれを可能にするのが、菜桜の【《《身体能力強化》》】の真髄であったことに気が付いたのは、今年に入ってからのことであった。
ともあれ、配信の中でそれを明かすつもりはないため、菜桜は気を入れ直した。
「それより、さっきの遅いって話。瑛里華が対応できているなら、相手が遅いってこと。これは事実」
「ぁ゛? おうこらどういう意味やねん、それ?」
「――行く」
「待たんかいあほんだらぁ!」
文句を口にする瑛里華の声を無視して、掻き消えるように菜桜が再び動き出す。
菜桜を追うように視線を向けていた瑛里華であったが、しかしそんな彼女の目の前で、フリュムが黒に侵食され、覆われ、やがてフリュムを黒い影を凝縮して模倣したような存在が立ち上がる姿に苦笑しながら崖上を見上げる。
「……ったく。シャレにならんで、ウチのリーダーは――って、あれ? 何処行ったんや?」
美佳里と後方支援役のもう一人のメンバー――藍沢 聖奈を残した崖の上。
その場所から、いつも通り余裕の表情を浮かべて見下ろしているであろう莉緒菜へと視線を向けようとして、そこに立っているのが莉緒菜ではなく、フリュムの影であることに気が付いて目を丸くした、その時だった。
「褒め言葉として受け取っておくわね」
「おわあぁっ!? い、いつの間に来とったんや!?」
先程フリュムの影が生み出されたその場所から、突如として聞こえてきた莉緒菜の涼やかな声。
瑛里華が思わず情けない声をあげ、顔を向けた先では、莉緒菜が退屈そうに髪を手で払いながら、自身の周囲にじゃらじゃらと鎖を伸ばして浮かばせていた。
「《《入れ替わっただけ》》よ、そう驚くことはないでしょう?」
「驚くっちゅーねん!」
『え、いや、え?』
『莉緒菜様、今さっきまで崖上にいたよ?』
『え、どゆこと?』
『いや、それ以前にどうなってんの、この強さ』
『なんかめちゃくちゃ強くなってない……?』
『1レベル上がるだけでそんな変わるもんなの……?』
瑛里華についてきていたドローンの映像には、莉緒菜が現れた瞬間の映像は撮られていなかった。
しかし、つい先程、莉緒菜が上にいた姿は〝金銀花〟側のドローンでの映像に映し出されていたのだ。
俗に言う二窓をしていた者ほど、莉緒菜が瑛里華の目の前にいることに困惑していた。
それに加えて、配信のコメントもまた段々と強さを疑問視する声が上がり始めている。
一方的なフリュムの蹂躙。
かつては苦戦し、場合によっては負けるかもしれなかった相手を、鎧袖一触で倒しきる。
『すげええええ!』
『いっけええ!』
『いいね、このままなら勝てる!』
『めっちゃ強くなってる!』
『最高!』
探索者としての知識がない者は、これがレベルアップによる恩恵であり、独自魔法を使う自分たちの推し――〝金銀花〟と、その仲間である〝魔女の饗宴〟の強さなのだと盛り上がる。
『いやいやいや、強くなり過ぎでしょ』
『今の莉緒菜様、レベル5になったんだよね?』
『他のメンバーと並んで全員やっと5になったはず』
『いや、それにしても凄すぎないか……?』
『これがレベル5?』
地味に探索者界隈から支持されてきた〝魔女の饗宴〟側の視聴者たちは、盛り上がるコメントよりもそういった声の方が多く見えた。
既存のレベル5探索者の実力よりも、それどころか、レベル6の探索者パーティの戦力にすら勝っているような気がして、目の前の光景に困惑せざるを得なかった。
――――そして、その裏側で今、まさにミーティングで雅と紅音の二人と同席している『明鏡止水』の面々は。
「……信じられねぇな……」
「ウチのクランのフリュムの戦闘能力解析は、レベル5が3人がかりで一体に勝てる、という試算だったはずだ……」
「それが、逆どころか、それ以上の数を相手にこれか……」
「は、はは……」
目の前で見せられている光景に、理解が追いつかず、ただただ呆気に取られて見つめることしかできずにいた。
これは何も『明鏡止水』だけではない。
これまで『魔導防具』目的で〝がちけん〟に連絡を取っていた多くのクランもまた、今回の配信で『魔導防具』に関する情報は何かないかとチェックしているのだ。
そんな彼ら彼女らの中でも、権力や数の暴力を匂わせるようにしてメールを送った者たちは、顔面を蒼白にしていた。
「……ウチのトップより、圧倒的に強くねぇか……?」
「……ヤバい。こんな実力者を抱えてるとこに喧嘩売ったなんて知られたら……!」
「……マズい……、マズいマズいマズい……! あんな連中に脅迫まがいのメールなんて送って、それを理由に海外に行かれたりでもしたら、ウチは終わりだぞ……!」
あちこちで似たような叫び声が上がっていることなど知ったことかと言わんばかりに、配信される映像の先では流霞と奏星が、先陣を切って氷の繭へと接近している姿が映し出されている。
――今頃、慌ててる連中もいるんだろうけれど、ご愁傷さま。ウチらの邪魔をしようとしたクランについては、しっかり証拠も残ってっから。
多くの探索者クランが頭を抱えているであろうことを察しながらも、雅は口角をあげ、向かいに座る紅音に向かって頷いた。
《――間もなく氷の繭との戦闘が始まります。せっかくですので、細かいお話は氷の繭の討伐の後としましょう》
「……あ、あぁ、うん。そうだね……」
傑だけがまだどうにか紅音の声にしっかりと反応できたようであった。




