【配信】氷の繭討伐 Ⅰ
「――やぽやぽー。配信始まるよー。今日は合同で、こっちは〝金銀花枠だかんねー」
「こっちも開いたでー。〝魔女の饗宴〟枠はこっちなー」
『待ってた!』
『おつおつー』
『今日はどこ行き?』
『ぶっちゃけもうアレにも勝てそうだけど』
『相変わらずのお揃い装備感いいなー』
『羨ましいわ、『魔導防具』持ち』
ダンジョン配信の枠を奏星が開いて挨拶。
ちょうどそのタイミングでもう一方、少し離れた先で〝魔女の饗宴〟のメンバーであり、特徴的な関西訛りで喋る汀 瑛里華の声が響き渡った。
今年に入ってからも配信はそれなりに行っているが、昨年末、崩壊地域に行く前に撤退した、流霞たちがいつも潜っているダンジョン――東京第3ダンジョンの中層14階層に現れた氷の繭への再挑戦は行っていなかった。
かの魔物は『亡霊の庭園』の〝鴉〟が言うには、〝超常級〟の一歩手前クラスと流霞たちも聞いている。
つまり、崩壊地域で流霞たちが戦ったレッドヒュージスライムの群れとその〝超常級〟、グラトノスに近い戦闘能力を有しているという話だ。
あの配信から、東京第3ダンジョンに挑戦し、先に倒してやろうと息巻いた探索者たちもいるが、どうやら取り巻きである氷の人型ゴーレム、フリュムを前に敗走しており、氷の繭となって眠っている〝超常級〟のお披露目には至っていないようであった。
「今日はレベルアップしたっていうのもあるから、また中層14階層で戦いだねー。上手くやれそうだったら倒すよ、あれ」
『おおおお!』
『マジか!』
『実際大手クランとかが動く前に初見の敵は倒したいところ』
『大丈夫なの? レベル5のいるパーティが敗走してたけど』
『うーん、さすがに心配』
『カナっちたちならいけるっしょ!』
コンタクトレンズ型のデバイスであるARレンズに次々流れてくるコメントの数々。
AIである程度は絞っているとは言え、さすがに多くの探索者が敗走している相手との戦いともなれば、勢いで応援する者もいれば心配そうなコメントを投げてくる者もいる。
――ま、視聴者を騙してるようで気が引けるんだけど、ウチらなら勝てちゃうからなぁ。
コメントを視界の隅で確認しつつ奏星は内心で苦笑を浮かべた。
というのも、〝鴉〟の見立てはしっかりとした根拠のあるものだったからだ。
ダンジョン内、中層程度では魔素濃度が低いため、本来ならば〝超常級〟は生まれようがない。
フリュムたちが守る氷の繭が通常通りに〝超常級〟になれない以上、そのルールを破るためには他の魔物たちを狩り、拡散した魔素を使って育つしかないということだ。
だが、すでにこの中層14階層はフリュムたちに完全に占領されてしまっている。
こうなってしまえば、『魔物氾濫』でも起きない限りちゃんとした〝超常級〟には至れない、とのことだった。
事実、数ヶ月経っても氷の繭は未だ健在で、当時と何一つ変わっていない。
ダンジョン中層の魔素程度では育ちきれていない証左でもある。
もちろん、今の段階で成長を諦めても〝超常級〟に近い戦闘能力はあるため、一般的な探索者にとっては脅威なのは間違いないが。
それに引き換え、すでに流霞たちはレベル5になり、〝魔女の饗宴〟メンバーに至ってはレベル6となった。
そこにスキル拡張、独自魔法というものもあるため、実質的な戦闘能力ではとっくに凌駕している。
ただ、それをいきなり披露する訳にはいかないため、先延ばしにし続けていたのである。
それでも何故今回、この〝超常級〟もどきを倒す流れになったかと言えば、力をある程度は見せつける必要が出てきたから、の一言に尽きる。
というのもここ最近、『魔導防具』の提供を依頼する者たちが、遠回しに圧力をかけることを仄めかすようなものが混ざり始めたからだ。
新技術である『魔導防具』の出現。
作り方の開示はされたものの成果が出ずに苛立ちや焦りが生まれ始め、クラン内の首脳陣、あるいは戦闘のトップ層などから、生産組や交渉などを行うような者たちに対して無茶な命令などを出すようにでもなったというところだろう、というのが紅音や雅たちの見解である。
そういった相手たちに対し、『手を出せば手痛いしっぺ返しがくる』と思わせるためにも、手っ取り早く強さが証明され、それなりに話題になったフリュムの集団を叩き潰すのがちょうど良かったのだ。
一般的な探索者たちに負けない力を持ち、かつ、万が一にも裏側で活動しているような者たちが出てくるようなことがあれば、『亡霊の庭園』も協力してくれる。
であるのなら、ある程度の力を見せつけて黙らせてしまう方が、今後の活動も楽になる。
故に、高校2年目のこのタイミングで、〝がちけん〟は力の一端を見せつけることを決意した。
「――来たっぽいね」
中層14階層の入口。
かつてはこの場所で急襲を受けて応戦、どうにかフリュムを倒した後で氷の繭を見つけて撤退したその場所。
迂回するように坂道を登ってこちらに向かって歩いてくる、一体のフリュムを見て、奏星が呟く。
「奏星」
「ん、どしたん?」
「あーしにやらせて」
短く告げて、美佳里が『創造の石板』を操作する。
ホログラムのようなものを浮かべて作り出されたのは、以前から美佳里が使っていたスナイパーライフルよりも《《ゴツい》》魔法銃を生み出した。
相変わらず、奇妙な歯車がついていたりと不思議な見た目をしているが、現実に存在している銃にもシルエットだけは似ている。
『スナイパーライフル?』
『いや、対物ライフルに近い見た目』
『銃口の先端が妙にデカいけど』
『何これ初めて見る』
『こんなん持ったらスピードに対応できないよ!?』
『いやいやいや、なんでみんな動かないんだよ!?』
焦りだしたコメント欄を他所に、美佳里がその対物ライフル型の魔法銃を立ったまま構えた。
「お、いいね。お披露目?」
「ま、ウチらの中じゃ《《一番地味》》だかんね。後出しに向いてないし、向こうも一体だけ。ちょうどいいじゃん? ――【竜咆砲弾】セット」
対物ライフル型の魔法銃のスコープを覗いて、美佳里が小さく告げる。
通常の銃であれば火薬を使って爆発させるため反動が生まれる。
対物ライフルともなれば凄まじいものになるため、寝そべって射撃する方法――いわゆる伏射が必要になるのだが、魔法銃であるこれには反動らしい反動もないため、狙いさえしっかりと定められるなら伏せる必要はなかった。
周囲に生み出された光の粒子が次々と魔法銃の先端部に吸い込まれるように集まっていき、巨大な魔法陣を構築――中心部がバレルに貫かれる形で後退していく。
また新しい魔法陣が同じように生み出され、同じくバレルに貫かれ、最後に小さい魔法陣が銃口の先に浮かび上がった。
「ミカミカ、動き止める?」
「いや、平気。――つか、撃たれてから避けようって時点で、アイツの負けだから」
流霞に訊ねられた美佳里が口角をあげて言い終えると同時に、引き金を引いた。
魔法順の先端の魔法陣が一斉に輝き、カォォン、と甲高い音を立てながら巨大な青白い光が放たれてフリュムの上半身をあっさりと消失させ、どこまでも遠くへと光の線を描いて消えていく。
『は????』
『え』
『マジか』
『はあああ!?!?』
『一撃!?!?!?』
『やべえええええええ!』
『なんだそれええええ!?』
『ミカミカ最高過ぎんだろ!!!!』
『ちょwwww変な笑い出たwwww』
大量に流れていくコメントを他所に、美佳里は魔法銃を立てて肩に担ぐように起こしてみせた。
「うん、いけるわ」
「おけ。んじゃ、ミカミカはせーなんと一緒に後方から。護衛役は……」
「私の影にやらせるわ。――起きなさい、下僕たち」
涼やかな声が奏星に答える。
声の主である〝魔女の饗宴〟のリーダー、鷺宮 莉緒菜の影が一瞬で広がり、そこから5体の黒いオーガを思わせるような姿で現れた。
同時に、氷の繭の近くを彷徨いていたフリュムたちが顔をあげ、崖上にいる流霞たちを見上げるようにして集まり始める。
先程の美佳里の一撃の音と光の線を見て、無視できない脅威であると認めたかのように、全勢力が流霞たちへと向かって動き出している。
当所の予定では、このまま先程フリュムが登ってきた坂道を下っていくつもりだったが、狭い場所で大量のフリュムとぶつかることになりそうだ。
であるのなら――と奏星が考え、流霞へと視線を送った。
「――るかちー」
「うん。私と奏星は、《《先に降りるね》》」
「は? って、飛び降りるんかい!?」
『は!?』
『あ、きひ子ちゃんならいけるか』
『いやいやいや、そんなんしたら囲まれるって!』
『きてるきてる!』
『映像越しなのにタマヒュンするんだがww』
『それ以上にあの化け物たち大量に来てるって!』
奏星と共に、崖から飛び降りる流霞。
そんな二人を追うようにドローンが動けば、その光景と行動に困惑したコメントが大量に投げ込まれ、凄まじい勢いで流れていく。
その動きを視界の隅で捉えながら、奏星はなんだか楽しくなってきて、口角をあげる。
去年の年末は、フリュム一体にも苦戦する程だった。
でも今は、美佳里の【竜咆砲弾】の一撃で確実に屠れる上に、それに負けない範囲スキルも持っているなんて、きっと視聴者たちには想像もできないだろう。
自由落下しながら、ちらりと横にいる流霞を見やる。
もしもこの状況が危険極まりないのであれば、きっと流霞は「きひっ」と笑っていただろう。
だが、今の流霞はまだ表情を動かそうとはしない。
つまりは、《《そういう相手》》に成り下がったのだ。
「――るかちー、下に集まってきてるのはあーしにやらせて」
「うん、任せる」
落下しながら、奏星が近づいてきているフリュムの大群を一瞥して、魔力を練り上げた。
「――【紅炎穿】」
彩度の高い真っ赤な光線が、横薙ぎに駆け抜けてフリュムの集団を両断した。




