栄誉とか名誉とか
「――中層完全攻略に向けた、訓練と合同探索依頼……?」
ラウンジルームのモニターに映し出された映像は、プレゼン用の資料と思しき代物の表紙。
その表紙に書かれた内容を読み上げた奏星と、その隣に座っている流霞が二人揃って首を傾げた。
「まず前提なんだけど、この前の崩壊地域探索で、あーしの服につけてたボディカメラが撮った映像をウチの家族に見せるっつったじゃん?」
「『亡霊の庭園』からも許可もらった、っつってたヤツっしょ?」
「それ。〝表〟の協力者が欲しいってことで、『亡霊の庭園』の実力の一端とか、ウチらとの関係とかも見せた方が色々伝わるだろうしさ」
その話なら流霞も雅から予め聞いており、特に問題ないと承諾していた。
日頃探索でドローンで撮影し、配信にまで参加しているのだ。
今更撮影されてそれを誰かに見られても気にすることはないのである。
もっとも、正確に言えば「自分が見なければ関係ないから気にしてない」が正しいところであり、配信中に視聴者と会話なんてできないのが流霞なのだが。
「で、あれを見せて今回の話が来たんよね。実は今、『明鏡止水』がガチめに下層への進出に向けて準備を進めてんの」
「おー」
「ウチらから提供した技術と各種知識、要するに独自魔法とかスキル拡張、『魔導防具』の装備を主要メンバーに広めて、まずは実力を向上させていく。で、中層のボスを討伐して下層に行けるだけの実力がついたと証明でき次第、スキル拡張を改めて大手クランにだけ伝えていく、って感じにしたいんだって」
親子2代に渡って運営されてきた『明鏡止水』だが、傑がクランリーダーとなってからはダンジョン攻略よりもそのノウハウを広めたり、地道な活動に注力することが多くなった。
そうした変化は派手にダンジョンに挑み続けた初代の時代に比べれば酷く地味に見えているため、今では世間から「眠れる獅子」、「牙を失った」と揶揄されるようになって何年も経っている。
傑も、甘んじてそういった評価は受け止めてきた。
そもそもダンジョン黎明期とも言えるような、父であり初代リーダーが築き上げた時代と過渡期とも言える傑の時代では、色々なことが違い過ぎたのだ。
外様の者がどれだけ騒ぎ立てていようが、そんなものは傑にとっては痛痒には値しなかった。
しかし、それでも傑とて男だ。
いつかは父のように、ダンジョンの深部へと挑んでみたいと、そう考えて生きてきた。
だが、その機会はなかなか訪れなかった。
もしかしたら自分の世代では難しいかもしれない、と感じていた。
レベル6になって頭打ちしてしまい、それ以上の強さがなかなか手に入らなかった。
そんな状態で無理に挑んだところで、中層の突破は不可能だ。
故に、組織としての成長を優先した節もあった。
燻り続けるような時間は長く、『明鏡止水』のクラン内も当時はかなり荒れていた。
積極的に中層突破に力を入れるクランに移籍してしまった者たちもいたが、そうした仲間たちが無理に挑み、命を落としていくことが珍しくはない――そんな時代があったのだ。
しかし今、〝がちけん〟が、〝金銀花〟が、新たな道を切り拓くに至ったのだ。
己の役目と、己の夢。
傑はその両方を果たせると考え、今こそ進むべきだと判断したのだ。
「伝えていくって、中層突破配信とかやったりしないん?」
「それはある程度根回しが済んでから改めてやるんだってさ」
「へー、なんか大変そう」
「それな。でも、そうしてくれるとウチらとしても助かるんよね」
他人事のような反応をしてみせた美佳里の態度に苦笑しながら、雅が改めて続けた。
「ほら、『亡霊の庭園』とかを抜きに表で活躍してるだけだとさ、中層突破って前人未到ってヤツじゃん? そんなんしちゃうと、めっちゃ注目浴びるし、取材だとかなんだとかって色々面倒になるのは確実っしょ? 実際、ウチらもしばらくは配信では下層には触れないようにするつもりだしさ」
「それはそう」
「想像しただけでめっちゃだるいヤツだしね、それ」
「そーゆーこと。そこで、〝表〟で下層に最初に至ったクランっていう栄誉を『明鏡止水』が受ける代わりに、〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟が下層に到着しても、珍しいけれど不可能じゃないってぐらいに敷居を下げる。そうすれば、余計なことに煩わされないだろうって気ぃ遣ってくれてるみたい。もちろん、『明鏡止水』としても下層には行きたいっていうのもあるのが大前提なんだけどさ」
「あー……、なるほどね。そりゃ確かに助かるわ」
これまでに突破されなかった中層ボス。
それを倒して下層に行くなんてことになれば、まず間違いなく目立ち、話題になり、何かと手を煩わされるのは間違いないだろう。
――ホントは下層に行ってるクランって意外と多かったりして。
いちいち煩わされるのが嫌で明かしていないだけの〝表〟の探索者も、もしかしたらいるのではないかと流霞は思う。
配信をしている探索者は承認欲求を満たしたがる傾向にあるためそういう確率は低いが、録画だけで対応している無名の凄腕なんて者がいてもおかしくないような、そんな気がしたのだ。
もっとも、それは単純に流霞の感覚が鈍ってしまったせいとも言えるだろう。
そもそもレベルアップというのは、以前までは〝命を落とす程の危険な戦いを乗り越えなくてはならない〟とまで言われていたし、流霞たちもその通りだと感じる程度には、レベルアップはしなかったのだ。
レベル6に至るほどの戦いに身を投じずとも、ある程度のところで満足する探索者の方が圧倒的に多数ではあるのだから。
ぼんやりとそんなことを考える流霞を他所に、雅が続けた。
「中層突破する実力をつけたってなったら、さすがにそれは公開しろとかなんとか、色々言われると思うんよね。秘匿してるとか独占してるとか言われたり、『魔力水の水差し』ん時みたいに裏で狙われんのもメンドーだし。それを避けたかったら、ちゃんと対応しなきゃいけなくなっちゃう。そういうの、やっぱ〝がちけん〟じゃ対応しきれないじゃん?」
「あー、分かるわ。あーしも他人にいちいち教えたりすんのはめんどくさいからパスだなー」
「あーしもさすがにそれはちょっとヤかも」
「奏星もミカミカも、それにるかちーも嫌でしょ? で、そういうのを『明鏡止水』で受け止めるためにも〝表〟での初の中層突破という栄誉を手に入れる。そうすれば、基本的に問い合わせとかも『明鏡止水』で受けることができるし、コントロールしやすいってのもあって、何かと都合がいいんだって」
「なーほーねー……」
何も手柄を横取りしようという訳ではなく、純粋にこれからを見据えての行動であるということを、雅は改めて説明していく。
そもそも独自魔法も、スキル拡張も、〝がちけん〟のみんなで手に入れてきたものだ。
それを利用して手柄を掠め取るように世間の注目を浴びるなんて――と考えてしまう者も、決して珍しくはないだろう。
もっとも、この場にいるギャルとオタクにとってみれば、「最初にクリアした栄誉とか、そんなんいらんし」というものでしかないのだが。
「名誉とか栄誉とか、だる。他人にいちいち教えたりすんのもめんどくさいし」
「別にそんなんいいから下層行きたくね?」
「それなー。今のままじゃ配信だけのために中層いたりしなきゃだしねー」
奏星、美佳里、雪乃が順番に本音をぶち撒け、流霞もまたうんうんと頷いている。
流霞たちは名誉や名声が欲しくてダンジョンに挑んでいる訳でもなければ、それどころか「下層に行きやすい環境をさっさと作ってほしい」ぐらいのことしか考えていないのである。それは雅も、そして雪乃も同じだ。
ダンジョンを本気で攻略、研究していく。
それができるのであれば、名誉や栄誉は二の次でいい。
もちろん、しっかりと事業として成り立ち、充分な給料が支払えるだけの稼ぎは必要だが、正直に言えばそれさえできていれば充分だ。
ちゃんと生活できるお金さえ手に入れば推し活にも困らないのだし、そういうのめんどい、というのが流霞の本音である。
「ま、みんなならそう言うよね。つかあーしもそうだしさ」
「そりゃそうでしょ。疑ってたんかよ、雅ぃー」
「ないって。ま、一応意思確認しとこっかなって」
元々、今の実力を隠して配信せずに下層に行くという方針でまとまっていたのだ。
かつての人為的『魔物氾濫』事件の時にもそうだが、目立ってしまうと面倒なことに巻き込まれる、という意識もある。
今更、やっぱり中層突破配信で目立ちたい、とは思う者はここにはいなかった。
奏星や美佳里、そして流霞もその意識は変わっていないのだということを確認した上で、雅は改めて本題に入った。
「そこで、今回のコレってわけ。今『明鏡止水』で、独自魔法とスキル拡張について極秘に訓練を続けているんだけど、なかなかそれが上手くいってないメンバーが多いっぽくてね。そこで、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟にコツを聞いたり、イメージを聞いたりとか、戦い方を見せ合ったりとかっていうイベントを行いたい、っていうのが『明鏡止水』からの依頼なんよ」




