二人の経歴
「――これまで、〝がちけん〟の内部の作業は私とAIである程度は進めてきました。ですが、それでも業務量が増えてきています。このままでは私一人では支えられないと判断し、早急にフォローできる人材を増やす必要があると常々感じていました。そこで、内部の事務作業や各種バックオフィス業務に強い私のかつての先輩、それに元同期に声をかけさせてもらいました」
これは紅音と雅の共通認識でもあったことだ。
少しずつではあるが〝金銀花〟、〝魔女の饗宴〟が所属しているクランとして〝がちけん〟の名前は知れてきている。
特に大きいのは、『魔導防具』の一件だろう。
雅の家族である『明鏡止水』を通して技術発表は行ったが、未だに〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟以外に『魔導防具』を使っている探索者は見つかっていない。
そのため、〝金銀花〟に『魔導防具』の製作を行える職人を紹介して欲しいというような旨の連絡が次々と来ている。
こうした連絡を利用して交渉し、関係を築いていくことで〝がちけん〟の影響力を増していきたい、とは紅音も常々考えていた。
問い合わせしてきた相手の情報をAIが精査し、ピックアップ自体は進んでいる。
ただその一方、いくら社外交渉を得意としている紅音であっても、交渉という他者が介入してくるようなものに踏み出すとなれば、自分だけで完結している作業とは違い時間を取られることになる。
今の〝がちけん〟でそれをしてしまうと、他で手が回らなくなってしまうのは明らかだった。
故に、人材の補充は急務であった。
社外交渉は紅音が得意とするところであるため、その辺りの業務は紅音が担うつもりだ。
情報についてもどこまで出すべきかを判断できる上に、相手がクランであっても有名所であれば探索者協会で見聞きしていた情報もあるため、判断が楽というのもある。
となると、紅音が外に出ても内部をしっかり回せる人材がいてくれるのが、紅音にとっても一番有り難かった。
そこで、内側の業務をしっかりと行える上に、能力、人柄で信頼できる二人を選んだ、というのが背景であったことを、紅音は一通り改めて説明していった。
「それであかねぇが選んだのが、元先輩と、元同期」
モデル体型の女性の方を見ながら先輩、もう片方の可愛らしい小動物のような女性を見ながら同期と口にした雅に、紅音が苦笑する。
「所長、逆です」
「へ?」
「こちらが元先輩です」
そう言いながら手を向けられたのは、小動物っぽい見た目をした女性の方であった。
もっとも、当の本人は相変わらずラウンジルーム内の充実ぶりに感嘆したまま、まだ呆然として視線を彷徨わせて口を大きく開けている。
――え、こっちが?
思わずそんな感想を抱いた流霞たちの視線に、紅音が頷いて返してから、件の女性の腕を肘で軽く押した。
「――那波さん。挨拶をお願いします」
「っ!? ごご、ごめんね、紅音ちゃん! えっと、古鶴 那波ですっ! 探索者協会では紅音ちゃんの教育係をしたりしていました! でも3年前に子供ができて、そのまま退職しました。あっ、えっと、事務作業を含めた各種バックオフィス業務を得意としていますので、よろしくお願いします!」
「子持ち……!?」
「はいっ! 今は2歳ですね!」
「おぉーよろしくー、拍手ー」
なんなら紅音よりも年下にも見える那波が、まさかの子持ちであったことに雪乃が声をあげる横で、雅が締め括るように告げる。
流霞たちがパチパチと拍手してみせると、なんだか気恥ずかしそうに頭を掻きながらぺこぺこと頭を下げ、那波が一歩後ろに下がった。
そのまま紅音がもう一人のモデル体型で背の高い女性の方に視線を向ければ、そちらの女性が一歩前に出た。
「紅音の紹介でこちらで働かせていただくことになりました、河瀬 真琴です。紅音よりも先に探索者協会を退職してからは、『スティグマ』というエンタメ系探索配信寄りの探索者事務所でマネジメント業務を担っていました。よろしくお願いします」
背の高さもあるからか、女性にしてはハスキーな声をしている女性だ。
とても先程流霞を見て「きひ子様」などと言ったようには見えない、クールな女性という印象を受ける相手である。
見た目に加えて落ち着いた声色と口調も相まって、凛々しい笑みが似合う女性だ。
ちなみに、流霞はすでに人見知りモードを発揮している。
免疫がなさすぎるタイプであった。
「短い期間での退職となると、世間一般で言えばマイナスな経歴と見られそうなものですが、彼女の場合は事情がありまして」
「別にウチはそーゆーのは気にしないけど、事情って?」
「はい。元々彼女はエンタメ配信よりも本格的な探索に力を入れていく探索者の戦いを支えたい、という気持ちが強い人間です。『スティグマ』はエンタメ配信色の強い探索事務所でしたが、今後は攻略や探索活動を強化するという名目で真琴に声をかけ、スカウトされたのですが……」
そこまで紅音が説明してから、ちらりと真琴へ視線を送る。
すると真琴が苦笑を浮かべて肩をすくめてみせた。
「入ってみれば、口先だけでした。私の見た目を気に入ったという女性有名配信者が事務所に無理を言い、『スティグマ』の事務所にいる彼女の信奉者が彼女に喜んでほしいと考え、私に嘘をついていたのです」
「うわぁ……」
「えぐ……」
「契約の書面上はその辺りのことを書かれていなかったので、契約違反とも言えず。我ながら甘かったと悔いるばかりでした。ただ、そのまま泣き寝入りするつもりはなかったので、仕返しにマネジメントのノウハウをしっかり盗んでやりました」
元々、探索者協会で働くにはそれなりの大企業レベル程度には高い能力が求められる。
当時は紅音が辞職した理由にもあった通り、お役所レベルであり、かつ縦社会で上司がいつまでも居座り続け、功績も能力もなくとも年功序列とも言わんばかりに役職が埋まっていたが、それでも高水準の給料は約束されていた。
そんな場所から、たかが一人の配信者のために唆すようにして騙し、引き抜いてきたのだ。
それを知った時の真琴の怒りは、実に凄まじいものがあった。
そこで真琴が選んだのは、探索者事務所のマネジメント全般のノウハウを盗むことだ。
探索者協会にいるだけでは学べない現場感覚、それにマネジメントによって環境を整える際の考え方などを徹底的に学んでいた。
元同期として時折連絡を取り合っていた紅音は、そんな真琴の事情を知っていた。
だからこそ、諸々のノウハウを学んで辞めるのであれば、自分のところに来ないかと声をかけていたのである。
そんなやり取りを経て、真琴は紅音に言われるまま〝金銀花〟を、そして〝魔女の饗宴〟の配信を見るようになり、すっかりファンになってしまった。
かつての〝天秤トラップ〟にて、血を流しながらも格上の敵を相手に笑いながら戦ってみせる流霞という存在に強烈に魅入られ、そんな流霞と共に戦い続ける奏星に、実力が足りていないながらも必死に喰らいついて才能を開花させた美佳里に、どうしようもなく惹かれていった。
一言で言えば、どこぞの百合豚とは違った方向での強火ファンである。
「ん、りょーかい。んじゃ、ななみんとまこっちゃんでよろー」
「ななみん……!?」
「ま、まこっちゃん……」
唐突に渾名が決定されて困惑する二人であったが、雅たちにとってはすでに決定事項である。
かつて同じような流れで「あかねぇ」と呼ばれるようになった紅音にとってみれば、「あぁ、やっぱりそうなった」というような流れでしかないが。
ともあれ、そんな二人との顔合わせを済ませたところで、紅音は二人を連れてオフィスとして活用している部屋と建物の案内をすると言って退出していった。
「小動物系のななみんが子持ちかぁ。意外だわー」
「それな。つか何歳なんだろ」
「あかねぇの教育係だったって言ってたよね? ってことは、すでにその時にはベテランだった……?」
雪乃、奏星、そして美佳里の話題はどちらかと言えば那波の年齢に関するものに偏っていた。
見た目だけなら大学生、高校生と言っても通じそうなぐらいであったために、インパクトが強すぎたのだ。
ちなみに流霞は、ようやく知らない人がいなくなったことでほっと安堵したばかりである。
このコミュ障、初対面には緊張してしまうのだ。
教室のアレについては、苛立ちや怒りがそういったものを押し流していたのだが、本来はこちらがデフォルトであった。
そうして流霞が落ち着きを取り戻した、ちょうどその時。
雅が手を叩いた。
「――みんな、ちょっといいかな?」
「どしたん?」
「お? 真面目な感じ?」
しばし誰かとメッセージのやり取りをしていたらしい雅が、かけていたARグラスを外して続けた。
「うん。――実は、『明鏡止水』から〝がちけん〟に、正式な依頼が入ったんよね。それを受けるか相談させてほしい」




