ラウンジルームにて
流霞には他人との距離感というものが分からない。
本人としては悪気もなくただ気になったことを聞いたり、口にしただけだというのに、何故かそれが相手の機嫌を損ねてしまったり、あるいはおかしなことを言っているように受け止められてしまうことがある。
その理由が、流霞には分からない。
家庭環境によって〝普通〟というものは異なるというのに、けれど子供たちは他人が自分とは違うことをすれば、それが〝異常〟であるかのように騒ぎ立ててしまう。
それは一種の防衛本能とでも言うべきか、自分の知らないものをおかしなものとし、自分と価値観を共有できるものを仲間とし、個として未熟だからこそ群れを作りたがる。
そうやって自分は群れの一部だと、正しい場所にいるのだと自分の居場所を確認できて初めて安心できるのだ。
だから、〝自分たちと違うもの〟を弾いてしまうのが子供たちのコミュニティというものだ。
それは価値観に対しても、見た目に対してもだ。
特に流霞は、施設の環境が環境だった。
魔物の被害に遭って孤児になったからこそ、そのような不幸に二度と悔やまないように〝強さ〟を手に入れさせる。
それは武術でも、あるいは知識、感性、特技であってもなんでもいい。
とにかく、個として生きていけるように。
それが流霞のいた孤児院のスタンスであり、流霞はよりにもよって武術の方面に突出していた。
だから、厳しく鍛えられていたし、あちこちに怪我をして包帯を巻いていたり、大きなガーゼが貼り付けられていたりもした。
結果、流霞は周りから少し浮いていた。
子供たちにとっての〝普通〟に当て嵌まらなかったから。
コミュニケーション能力が自然と培われることもなかった。
だから、流霞には他人との距離感というものが分からない。
自分にとっては当たり前のことを、思ったことを言ったつもりが、「それは違う」と否定されたり、「何言ってんだ」とでも言いたげな視線を向けられてしまう。
そういう反応をされてしまうからこそ、段々と相手と喋るのが苦手になり、苦手意識から言葉が出なくなってしまい、段々と口数が減っていった、というのがコミュ障になるまでの経緯とも言う。
そうして気が付けば、コミュ障オタク少女のぼっち街道まっしぐら武闘派少女にクラスチェンジしていた。
だから――――。
「――で、るかちーも落ち着いたってわけ。ヤバかったよ、あの空気。担任のおがにゃんが上手くまとめたからなんとかなったって感じ」
「……それはまた、話を聞く限りでは凄い空気になっていそうですね」
――――放課後、〝がちけん〟のクラン事務所兼研究所で、唯一歳上のメンバーにして〝がちけん〟の内部の業務を行ってくれている紅音――霧島 紅音――が頬を引き攣らせて反応した姿に、自分がやったことが〝普通〟とは違ったのだと理解した。
奏星たちは笑って受け止めてくれていたが、それはギャル特有の妙な器のデカさと言うべきか、「ありのまま受け入れる」という度量の広さを発揮されただけであったのだと気が付いたのである。
――うぅ……、ギャルだけが私を受け入れてくれる……。
少なくとも流霞が奏星たちには変わらずに受け入れられているのは確かだ。
ただ、ギャルはギャルでも相手を選ぶのは間違いない。
重力で相手を潰し、まともに立てなくしながら淡々と正論を無表情、無感情にぶつけてくるなんて、どう考えても怖がる人の方が多い。
そんな現実に目を逸らしているのか、それとも本当に気が付いていないのかも分からない流霞を他所に、紅音がスマホを取り出して誰かからかかってきた電話に出て、短く返事をして通話を切ると、雅へと顔を向けた。
「では所長。着いたみたいですので、迎えに行ってきます」
「あいあいー」
特に驚く様子も訊ねる素振りも見せずに見送る形となった雅を他所に、紅音がラウンジルームから出て行く。
そんな紅音に視線を向けていた一行が、雅に視線を向けた。
「雅、来客でもあんの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「なんも聞いてないけどー?」
「あー、そっかそっか。結構前に決まったんだけど、言い忘れてたや。ま、来てのお楽しみってことで」
奏星と雪乃に問われて答えをはぐらかす雅。
思わず流霞も美佳里に視線を向けるが、視線に気が付いた美佳里も肩をすくめるだけで、何も聞いていないらしいことが窺えた。
今日は〝魔女の饗宴〟のメンバーは来ていないが、もしも彼女たちが来たのであれば、わざわざ紅音が迎えに行く必要もなくこの建物に入ってくることができる。
それをわざわざ迎えに行ったということは、セキュリティの許可対象ではないということだろう。
雅にヒントを求め、ヒントを出し渋って、というようなやり取りを雪乃や奏星、美佳里と共に始めた姿をぼんやりと見つめている内に、ラウンジルームの扉が開いて、紅音と一緒になって二人の女性がやって来た。
片方は、紅音が美人系のキリッとしたタイプであるのに対して、どこか小動物っぽい印象を受ける可愛い系の若い女性だ。
茶色いゆるふわパーマの髪が肩にかかるような長さで、大きな目を丸くして周りを見回していて、ラウンジルームの充実ぶりに驚愕して「ふわっ!?」と声をあげて驚いている。
一方もう一人は、ベリーショートのヘアスタイルが似合う、細身で背の高いモデル体型で、なんだか歌劇団の男役が非常に似合いそうな雰囲気の女性だった。
ふ、と口角を上げてキザな笑い方が似合いそう、というのが流霞のどうでもいい感想であるのだが、当の本人はそのスタイルの良さや端正な顔立ちを崩すほどに目をキラキラさせてラウンジルームを見て感動している。
趣味全開、理想を詰め込んだようなラウンジルームは、矢ノ沢家の者でも驚愕し、羨んでいたぐらいではあったが、やはりインパクトが強いようであった。
「わぁ……、すごぉい……!」
「こ、こんなに充実しているのかい、紅音……!?」
「はいはい。あとでちゃんと設備の説明してあげるから、今は先に挨拶」
「挨拶……――わわっ、ほ、本物の〝金銀花〟ちゃん……!」
「本物の、きひ子《《様》》……!」
――《《様》》?
誰もがそんな疑問を抱いた瞬間に、モデル体型で男役が似合いそうな女性の後頭部を紅音が遠慮なく小突いた。
「そういうのは後にして。……所長。この二人が、私が直々にスカウトした人材です」
紅音が声色を変えて雅に声をかければ、ゆるふわ系の女性も、モデル系の女性も、表情を引き締めて雅を見つめた。
――この子が……矢ノ沢の末娘……。
――たった一年足らずでこの事務所を買った、女子高生所長……。
両者がごくりと息を呑んで雅を見つめる中、雅は二人をちらりと見てから紅音に視線を向けた。
「内部の人事はあかねぇに一任するよ。きっとあかねぇが連れて来たんだから、必要な能力もあるだろうし、人柄的にも信頼できるんでしょ?」
「えぇ、もちろんです」
「ん、りょ。内部は色々やってもらうから、給料は最低でも相場の倍は出して」
「承知しております」
「へっ!?」
「ば、倍……!?」
突然雅から告げられた言葉に思わず声をあげる二人に対して、雅が視線を向けた。
「ハッキリ言って、ウチらにはあかねぇに頼んでる仕事がぜんっぜん分かんないんよね。でも、クランとして色々動いて行くにはやってもらわなきゃいけないことがいっぱいあるじゃん? そういうのをやってもらう以上、やっぱ見合った給料は出さないとね」
「で、でも……」
面接の段階では、最低でこれぐらい、という話はして合意してもらっていたのだ。
だがそれが蓋を開けてみれば相場の倍と言われて、手放しに喜べるかと言われるとなかなかに難しい。
それほどまでの給料を貰える能力があるのか、それほどまでの給料を貰うような大変な仕事をしなくちゃいけないのか、といった不安の方が大きいからだ。
しかし、そんな二人の心情を読んでいたのか、紅音がくすくすと笑う。
「心配しなくていいわ。二人とも、面接――というか、私から話した仕事内容に変わりはないわよ。所長はこういう人なの。利益をしっかりと従業員に還元してくれるのよ」
「それは有り難いけれども、いいのかい……?」
「フ……ッ。ちなみに、私は前職の3倍になったわ」
「さ……っ!?」
「所長は実力主義でもあるけれど、ちゃんと見合った給料を払ってくれるし、ボーナスもきっちり出してくれる人よ。おかしな縦社会の風潮もなければ、馬鹿なことを言う上司もいない。自由にやれて、結果を出せば応えてくれる。ハッキリ言うけれど、二人にとってもここ以上の環境はそうそうないでしょうね」
紅音の言葉を聞いて唖然とする二人を他所に、紅音が流霞たちに顔を向ける。
「皆さんにも紹介させてください。この二人が、今後〝がちけん〟の内側の業務を私と共に担ってくれる二人です」
こうして新たな内部メンバーが、〝がちけん〟に加わったのであった。




