第7章 プロローグ
高校生活2年目、春。
ちょうど1年前は、「【月】ってなんぞや」となっていたのに、この1年間で随分と生活が変わったな、と学校の敷地内を歩きながら少女――八咫島 流霞は慣れた様子で進む。
白銀色の髪。
瞳の色も同じく銀色がかった色合いになってきた流霞の見た目は、すでに同じ学年の生徒や上級生の多くは見慣れたものだが、新1年生である新入生たちには珍しい色合いに思えたのか、視線を多く集めている。
流霞に向けてわーきゃーと歓声のようなものがあがっているのは、昨年度の全国新人探索者パーティ対抗戦で圧倒的な勝利を飾ったせいもあるだろう。
かなりの人数から注目されるようになってしまうのも無理はないのだが、そもそもコミュ障オタク少女の流霞にとっては注目されるというだけでかなりのストレスであり、精神をガリガリと削られる。
疲れた様子でふっと小さく息を吐きながら、本人のイメージの中では堂々と風に髪を靡かせながら颯爽と歩く流霞――なお、現実では俯き気味かつ、無重力状態で滑るように動いている――は、慣れた様子で廊下を進んでいく。
偶然にも近くを通った生徒がぎょっとした様子で声をあげるが、「あ、そういうのいいんで」となる流霞である。
やれやれ、目立ち過ぎてしまった、みたいに思いながら澄まし顔をするタイプではないのだ。
ただほんと、ちょっとそういうのいいんで、という拒絶でしかない。
できれば黙ってそっとしておくか、気付かずに路傍の石の如く無視してほしいタイプである。
「――いやいやいや、るかちー。それダメだってば」
「んぇ?」
曲がり角をすぅーっと滑るように進んだ流霞の肩が、横合いから伸びてきた手に掴まれた。
流霞の肩を掴んだ相手は、同じ探索者パーティの仲間。
この東京第三区画探索高校――通称サンコーのスクールカーストトップに位置するギャル――姫屋 奏星だった。
1年前は明るい金色の髪で、毛先だけを僅かに色を変えて染めていたのだが、彼女もまた流霞と同じようにダンジョン因子の強い影響を受けて変色。
金色に近いオレンジ色の髪と瞳となり、すでにヘアカラーにも手を出していない地毛である上に、カラーコンタクトレンズも入れていない。
ちなみに本人は髪や目の色が変わったことに対して、「この色気に入ってっから、地毛で全然オッケーだわー。つか髪も目も色変わるとか、おいしくね?」だそうだ。
目立ってしまうだとか、普通の人とは違うとか、そういうものは一切気にならないようであった。流霞にはとても理解できない回答だ。
そんな奏星が制服を着崩している姿に、流霞は改めて思う。
――うわー……ま、眩しい……。ギャルの陽キャ力のせいで私が成仏というか浄化されそう……。
たとえ付き合いがもうすぐ1年になるとは言っても、自分は自分、相手は相手。
一緒にいるからって自分も陽キャデビューして明るくなれるなら苦労はしないのである。
そんな奏星に釘を刺すように言われて流霞が首を傾げていると、奏星が笑った。
「るかちー、また無重力移動してたっしょ? あれ、幽霊っぽいから人前でやらない方がいいよって言ったじゃん」
「えっ」
「え?」
「えっ?」
「まさか、気付いてなかったん?」
「……ぅん」
ゆっくりと両手で顔を覆って、弱々しい声で流霞が肯定する。
さっきから視線を集めていたのも、歓声があがっていたのも、全てはそれが原因だったことに、今さらながらに流霞も気が付いたようである。
ダンジョン因子を手に入れ、魔力の扱いに慣れることで、人は〝独自魔法〟という、ダンジョン因子に関係する不思議な力――つまり、魔法とも言えるようなものを扱えるようになるのだ。
流霞のダンジョン因子、【月】。
その独自魔法は重力を操作するというものであり、流霞はこれを利用して高速移動をしたり、空中を飛んだりという真似ができる。
この独自魔法で重力の向きを変え、滑るように進んだり、高い場所から超スピードで移動したり、あるいは空に飛び上がったりというような動きをするため、流霞は日常的にそういった感覚を養うことを意識していた。
その無意識が、流霞を幽霊のような存在にしてしまうのだが。
もちろん、流霞が考えていた通りに全国新人探索者パーティ対抗戦や、諸々の騒動を知ってから〝金銀花〟のファンになった者たちもいない訳ではないため、そういう子からは「本物だ!」とばかりに歓声がない訳ではなかったが、そういった少数の歓声は圧倒的大多数の悲鳴にかき消されていた。
「おっはー。奏星、るかちー」
「お、ミカミカおはおはー」
「……はょっ……す」
「なに、るかちー。朝からめっちゃ落ち込んでね? だいじょぶそ?」
がっくりと肩を落とした流霞を覗き込むように告げたのは、同じく〝金銀花〟のメンバーである少女――川邊 美佳里ことミカミカと呼ばれる少女であった。
クリームベージュ色の長めの髪をポニーテールにして赤縁のスクエア型メガネをかけた美佳里は、咥えていた棒付きキャンディーで催眠術でもかけるかのように流霞の前に突き出してくるくると回した。
思わず流霞がそれを目で追いかけてはっと我に返る頃には、流霞が幽霊ムーブを見事に無意識に実行していたことが伝わっていた。
「――あー、やっちゃったわけかー。るかち、どんまい」
「せめて胸張って堂々としてんならいいんだけど、るかちーって朝弱いせいか、いつもより顔が下向いてんからねー」
「それはもうホラーなんよ。服が制服で血まみれとかじゃないだけマシなだけで」
「うぐ……」
ごもっともである。
なんなら最近、夜にコンビニに行こうとしたら、配信者だかなんだか知らない人たちがカメラを持ってやんややんややっていて、近くを通ろうとしたら叫びながら全力ダッシュで逃げられたこともあったのだ。
その話を奏星にしたところ、夜にその移動方法を使うな、と怒られたのも記憶に新しい。
夜じゃなくても心臓に悪いので使わないでほしい、というのが世間の声であるが。
「いっそるかちーさ、空飛んで学校来たらいんじゃね?」
「えっ?」
「ほら、空飛んできて屋上とかに着地すれば、学校では使わないようにとか意識切り替えられそうじゃね?」
「あーね。それいけそう」
一般的な人の高さにいるから怖がられるのであって、建物の僅かに上のあたりを移動しているのであれば気付かれることも少ないし、気付かれてもそこまで騒ぎにはならないのではないか。
そんなことを考えた美佳里であったが、それをさらに横から届いた声が遮った。
「――空を飛べたり飛び越えたりできる探索者であっても、建物の上を通ったりするのは違法だよー。上空およそ300メートルまでは空中権の侵害ってヤツになるからダメだねー」
「あれ、雅じゃん。それにゆっきーも」
「おっはよー」
横から声をかけてきた少女は、オレンジ寄りの茶色い髪をミディアムショートヘアにして、前髪をヘアピンで留めているギャル――矢ノ沢 雅。
それと、その後ろにいるのは波打つ長いハイトーンのアッシュベージュカラーの髪を持つギャル――東 雪乃であった。
流霞たちのパーティである〝金銀花〟が所属する探索者事務所、『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』――通称〝がちけん〟のメンバーであり、〝金銀花〟の裏方も担っている二人だ。
メガネ型のデバイス――ARグラスで空中権についてを確認しながら、雅が続けた。
「うん、やっぱそうだわ。緊急時の一時的な通行は認められるには認められるけど、その場合は探索者協会で飛行技能講習を受けて、空中移動免許っての取得しなきゃいけないっぽいね」
「えぇ……」
「300メートル以上高く飛べばいいん?」
「法律的にはグレーっぽいねー。基本は取ってもらわなきゃダメっぽいし、公道の直上であるなら文句は言えないって感じっぽい」
「……めんどくさそう」
「んじゃ諦めて普通に歩くしかないかなー」
そんな会話をしながらも、一行は高校生活2年目となる教室へと向かって歩き出したのであった。




