閑話 酒カスと百合豚に挟まれて
日本のトップクランと名高い『神風』。
彼らは堅実な攻略と細かな作戦を綿密に計画してダンジョンに挑んでいる。
それもダンジョン攻略に挑戦する探索者のためではあるが、延いては『神風』の後を追いかける若い世代の者たちの手本であり、参考になるようにという想いがあってのことだ。
しかしその堅苦しさ故に、なかなか若い世代に定着できず、どうしても人気という面では他のクランに劣ってしまうのが玉に瑕であった。
ダンジョンに潜らないものにとって、ダンジョン配信はエンタメに過ぎない。
必然、エンタメであるのなら、地味で堅実なものよりも派手で劇的なものを選びたくもなるというものだ。
どうしても視聴者が増えない、『神風』の配信。
――――だったのだが。
《――ぷはああぁぁぁ……。あー……しゃーわせー》
『この酒カス過ぎるのどうにかならんのかw』
『これが天下の神風さんですかww』
『安いお酒で満足してくれるのは親近感湧くw』
『暴飲暴食とは違うから見ていてほっこりするんよなぁ』
『さすが聖女サマ、ここ最近でガチ恋勢全滅させただけのことはあるww』
画面に映る、おそらくは揚げ物が載っていたであろうお皿。
その画面の隅に置かれた空き缶が、飲み終わった本数を物語っているようだ。
なんとなく私生活を垣間見ていると言うか、密着しているというか、むしろもっと隠せというか、なんとも表現に窮するものである。
なかなかに頭が痛い気分で、使いなれたパソコンで男は配信のチャンネルを切り替えた。
《――どうも皆さん、百合伝道師の周郷 徠人です。推しが配信をしない日もあるのだから、新たな百合の花、あるいは大輪が咲くであろう蕾を探せばいいじゃない。そう思い立ったが吉日ということで始まりました。新人探索者パーティ配信探し。〝金銀花〟に続く新たな花を見つけようの第4弾を始めます》
『伝道師様!』
『このイケメン面でなんちゅー業の深い……w』
『もうダメだ、最初っから腹痛いww』
『なんか微妙な占い師っぽい穏やかな表情やめろww』
『こいつほんまww』
『自分で伝道師とか名乗り始めんのホント草なんだわww』
微笑を湛えてカメラの前で朗らかな口調で語りかける、徠人の姿。
その姿に酷い脱力感を覚えつつもコメントを見れば、もはやイジられキャラとして愛され始めているのが、男にとっては色々な意味で辛かった。
酒カス有紗の配信は、同接――同時接続人数――4万弱。
百合豚の配信は始まったばかりだというのに同接2万少々から徐々に増えていっている。
「……なんで……」
パソコンの前、キーボードの横に肘をついて自分の顔を覆うように両手を当てた男が、ふるふると肩を震わせながらぽつりと声を漏らし、そして、叫んだ。
「……なんで、こいつらこんなので人気出ちゃうんだよ……! なんか最近俺まで本当の顔があるんだろみたいにSNSとかで言われてんじゃん……っ!」
心の底から叫ぶような声をあげた男――羽矢 隆二。
日本のトップクラン、若手でありながらも有紗と徠人と共に名を馳せる、若き『神風』のエースと呼ばれる男。
鍛え抜かれた身体を有し、しなやかな動きを得意とする肉体派。
短髪爽やか系として、甘めの王子様系と言われる徠人と共に若い女性ファンが多かったイケメン男子として知られている。
そんな彼は、最近配信をする度に視聴者から言いたい放題言われるようになってきた。
ちょっと前までは強さや見た目の良さを褒めてくれたり、デートしたいと言ってくれる視聴者が多かった。
だが、若干2名のせいで最近は違う。
『で、隆二はいつ本性出すん?w』
『百合豚と酒カスときたら、やっぱそれなりにインパクトのある感じか』
『段階的に見せていくスタイルだとしたら、それ以上ってことか』
『何があっても隆二のファンだよ!』
『安心して隆二!』
「――安心も何も! 俺に! そんな特殊な隠し事なんかねぇよッ!」
隆二、魂の叫び――なお、自室で一人きり、防音室付きの家賃の高いマンションなので誰にも届かない――。
優しく声をかけているようで、ネタフリみたいになるの本当に勘弁してほしい、というのが隆二の本音だ。
そんなことをされても何も出てこないのだから。
ちなみに、隆二は徠人と有紗と組むからこそよく言われているが、最近は『神風』に所属している探索者が全体的にこういうイジりの対象になりつつある。
その無茶振りに応えるかのようにちょっと頑張った若い探索者もいたのだ。
徠人や有紗のように人気が出るのではないかと思ったのだろう。
だが、中途半端に格好つけようとしたのが良くなかった。
くっさい芝居めいたものを見せられ、ダダ滑りして視聴者数が一気に減っていった配信は、隆二も見ていて心が痛くなるほどであった。
他の『神風』のメンバーでそいつに妙に優しくなった者たちが数名ほどいたが、きっと同じようなことをしようとしていたものの、その男の配信を見たおかげでギリギリのところで踏み止まれた者たちだろう。
同じ轍を踏まずに済んだことを深く感謝しているに違いない。
だから、隆二は絶対に暴露配信なんてやらない。
そもそも暴露するものもないのだから。
あってもやらない。
そんなことになったら耐えられない。
決して『神風』のビジネス部門の担当者から「何か面白いネタがあると思っていても、必ず配信する前に一度相談してくださいね。必ずですよ? ホントのホントに、絶対ですよ?」とか釘を刺されたから尻込みした訳ではない。
それでダダ滑りしたら傷つくからだ。
男のハートは繊細なのだ。
「……クラン、抜けよっかな……」
思わず出てきた独り言であったが、それは半ば冗談めいたものだった。
配信で人気が出たのはともかくとして、徠人も有紗も実力だけならばピカイチなのだ。
レベル6探索者という、二十代前半の若者の中でも突出した実力を有し、戦いの中では凄まじい力を発揮してくれる、頼もしい仲間なのだ。
隆二もレベル6になれたのは、そんな二人と共に戦ってきたからだ。
苦楽を共に乗り越えて、苦しい戦いを生き抜いて、ようやくここまできたのだ。
今更、他のメンバーと組むつもりなんてない。
ないったらない。
「……まあ、いいか……。俺は本当にこういうのないんだし、ファンのみんなをガッカリさせるのは申し訳ないけれど……。あの二人みたいに面白みなんてないし」
ふ、と小さく自嘲気味に笑ったところで、防音室のパソコン近く、棚に置いてある回転灯が光る。
隆二がカッと目を開いてパソコンをロック画面に戻すと、レベル6探索者の運動神経を余すことなく使い、防音室を出て、玄関に向かった。
引き延ばされた時間の中で、扉がゆっくりと開いていく。
扉のキーが反応してから回転灯が光り、それからここに来るまで、ほんの2~3秒程度の話ではあるのだが、レベル6探索者の隆二にこの程度のことは造作もない。
そうして玄関にやってきて、隆二が静止――優しい笑みを浮かべた。
「ただい……――お兄ちゃん、いちいちここまで来なくていいから」
「おかえり、結花!」
「話聞いて? っていうか、ホントいちいちそういうのしなくていいからね? ホントだよ?」
「おう、分かった!」
「その返事、今週月曜から数えて通算3回目だからね? 今日水曜だよ? 毎日同じやり取りしてんだよ?」
「疲れただろう? 食事とお風呂の準備もできているから、ゆっくりしておいで」
「聞けよ、クソ兄貴」
――――『酒カス聖女』こと有紗と、『百合王子』こと徠人のパーティメンバーである、羽矢 隆二。
自分には面白いことなど何もないと悩んでいるが、かなり重度のシスコン世話焼きお兄ちゃんキャラだったりすることを、世の中はまだ知らない。




