閑話 酒カス配信
『はじまた』
『きた!』
『待ってた!』
『配信タイトルよww』
『いつものw』
流れていくコメントを無視したように、配信の枠が開始する。
同時に――カシュッ、と軽快に空気が抜ける音が鳴り響いた。
『おいwwww』
『挨拶もねぇww』
『いつも以上の早さで草』
『おいいいwwww』
『画面切り替わらんw』
『映った』
『唐揚げww』
始まった配信、オープニング画面から切り替わって映し出されたのは、今しがた二度揚げしてきたばかりなのか、未だに気泡がぷくりと広がっては消えていき、湯気を立てている唐揚げの山。
油切り網に載せられ、しっかりとその下のトレーにキッチンシートが敷かれている。
そんな映像が突然映し出されたかと思えば、ゴクッ、ゴクッ、と喉を鳴らすようにしながら飲み物を飲むような音が聞こえてきた。
渇ききった身体を潤すための恵みの水を勢い込んで飲むような、そんな音だ。
「~~~~ッ、っかああぁぁ……。生き返るわ~~……」
『第一声がこれw』
『これが少し前まで清楚系聖女と呼ばれていた女の成れの果てよw』
『飯テロやめろおおおお!w』
『この時間にwwww』
『乾杯!』
『あれ、反応なくなった』
『カシュッて聞こえてんだよなぁwwww』
『2本めww』
『飲んでたんかいww』
「いっただっきまーっす。――っ、はふ、あっっふぃ……っ!」
口に運んだ唐揚げをざくりと噛む。
熱された鳥の旨味がじゅわっと押し寄せるように広がって、火傷しそうな熱さに思わず声が漏れた。
はふはふと息を吐き出して熱を外へと追いやりながら、それでも空腹と旨味の暴力に抗えず、構わず噛み締めてしまう。
特製のにんにく醤油に漬け込んだ唐揚げから、噛む度にその風味と甘みを染み出てくる。
吐き出したくなる熱さ、逃したくない旨味。
後者に抗えず熱さに耐えながら味わい、そして咀嚼しきって飲み込む。
直後、手に持った柑橘系炭酸の缶チューハイをぐっ、と流し込む。
口の中に唐揚げが残っている間は唐揚げの味を堪能するために我慢していたが、その熱さと後味を爽やかなお酒が炭酸と一緒に押し流してくれる。
「……あぁ……、さいっっこう……」
『えっっっっっ』
『いや、酒と唐揚げっていう定番だからなぁw』
『えっっっは求めてねぇんだわ、この配信に』
『ひゃっはー! たまんねぇ! 唐揚げ冷凍庫にある俺勝ち組いいい!』
『ああああああ! 唐揚げ食いてええええ!』
『聖女サマ、この唐揚げ手作り?』
『相変わらず料理美味そうなんだよなぁ。なお、種類が大体居酒屋メニュー』
今も絶賛配信中だというのに、配信開始の挨拶もへったくれもない。
まず酒を飲み、唐揚げを口にしていた彼女こそ、日本最高と名高いトップクラン、『神風』のメンバーにして、レベル6探索者にして『聖女』と呼ばれる――過去もあった、東雲 有紗である。
なお、最近では配信で晩酌配信と称して堂々と酒を飲み、その量と勢い、反応と酒好きっぷりが思いきり露呈してしまったが故に、『酒カス聖女』だの『飯テロ女王』だのとなんだか好き放題に言われているが、そんなことは有紗は気にしなくなっていた。
しかもこの聖女、最近の晩酌配信ではカメラに自分すら映さない。
料理をアップで映し出しているのだ。
理由を聞けば、「んなもん、お風呂も済ませてあんだからあたぼーでしょーが! 化粧落ちてんだよぉ!」と視聴者に半ギレで宣った強者である。終わったら寝る気まんまんだった。つよい。
もっとも、これはこれで人気が爆発しているのだが。
気取った女が化粧でバチバチにキメておきながら、「えー、家だから化粧薄いし微妙だよぉ」なんて宣いながらお上品に飲むなんてものは求めていない層が、この配信で晩酌を一緒に楽しんだりもするようになったのである。
いっそ努力しているならそう言った方が潔いし好感が持てるというものなのだが、それはさて置き。
ちなみに、女性視聴者も爆発的に増えた。
親しい友人とマウントの取り合いもなく気兼ねや遠慮なしに居酒屋に行っているような気分になれると好評だ。
「ぁー……っく。あぶな、げっぷ出そうだった」
『取り繕わな過ぎてくそ笑うww』
『これが聖女サマと呼ばれてたんだからww』
『なんか聖女サマ見て女性もそんなもんなんだなって』
『夢と幻想壊されたヤツおって草』
「はぁー? あのさー、男が女に変な幻想持ってんのは知ってっけどー、そんなん付き合ってやってられんの学生の間だけなんだわー。理想の彼女やってる私かわいいし可哀想、ってか。社会に出てまでそんなメンドイことやってる女、ふっつーに猫被ったクソたわけだけだわ。性格軒並み終わってる地雷よ?」
『くっっっそwwww』
『断言ww』
『こいつ、炎上が怖くないのか……!』
『炎上しても物理で消せるレベル6探索者サマやぞww』
『それはそうw』
『レベル6探索者に怖いものなんてないわなw』
ごきゅっ、ごきゅっと缶チューハイを飲んで、唐揚げをまた一つぱくり。
じゅわっと広がった旨味に頬が緩む。
唐揚げにレモンをかけるのも否定はしない。
むしろ好きだが、缶チューハイが柑橘系なので今はいらない、というのが有紗の持論である。
むしろここでレモンがかかっていると、缶チューハイの味のノイズにしかならない、とか言い出すタイプだ。
純粋なる旨味の暴力である唐揚げを、レモン味の缶チューハイで流し込むことこそが有紗流であった。
そんな有紗が手繰り寄せたのは、ボウルに入った枝豆だ。
茹でた枝豆に塩をまぶし、少々味が濃いぐらいの味付けにしてこそ酒の肴。
その横には塩キャベツ。塩昆布で味付けしている。
「~~っ、かあ~~、んまぁい! 缶チューハイは今日は2本だけー。こっからは梅酒ちゃんでーす! ささ、準備してくるからねー。そしたらお話ししようねー」
『ご機嫌ww』
『いつものパターンw』
『最初は補給から入るからなぁw』
『それ配信前に済ませておけば良かったのでは……?』
『いやいや、この時間もいいもんだよ』
『分かってないなぁ、新人か?』
『今日は百合豚来ないんだ』
「ふんふーん――うん? 百合豚? アイツは来ないわよ。つか来る時言うじゃないの。最近は一緒に配信してても変なこと言う視聴者減ったわよねー」
『それはそうww』
『半年前は徠人様と呼ばれ、今は百合豚で通じる例のあの人ww』
『百合豚と酒カスなんだもん……w』
『色気のいの字も見当たらん』
『絶対恋愛にならないって見ててよくよく理解できた』
「それにさぁ、なんか最近アイツ萎れてんのよねー」
視聴者のもっともな意見を見もせずにグラスに氷を入れて梅酒を注ぎながら、有紗が呆れたような声を出した。
「ほら、あのバカが推してる子たち……〝金銀花〟ちゃん、だっけ? あの子たちが冬休み中は配信しないからってさー。なんかみんなの予定が合わないとかなんとかで」
『あーね』
『誰?』
『期待の新人枠』
『全新対で優勝したチーム』
『きひ子ちゃんたちか』
『きひっ』
視聴者たちも配信は色々漁っている層が多いということもあって、〝金銀花〟のことは知っている者が多かったようだ。
この1年で大きく飛躍した新人探索者パーティ。
一時はマスコミに叩かれたりと、何かと世間を騒がせていた、という印象が残っている者も少なくはないのだろう。
「つかさー、あのバカがあんな騒ぐから私も配信観たんだけど、あの子たち、普通にヤバくない? あれ絶対伸びるよ。伸びる子ってだいたいああいう――んくっ、あああぁぁぁ~~っ、おいしー!」
『最後まで喋れww』
『なんでそこで飲んだよww』
『梅酒もたまにはいいんだよなぁ』
『カロリーバカ高いから常飲はできないけど』
『ほんとカロリーヤバい』
「はー……。で、なんだっけ? あ、カロリー? ハン、探索者でアホみたいに消費してるわよ。同士諸君も探索者になりなさい! 私みたいにカロリーなんて鼻で笑えるわよ!」
『その話じゃねぇのよww』
『草草草』
『伸びる探索者はどうのこうのじゃねぇんかいw』
『カロリー無視できるってすっごい魅力なんだよなぁ』
「いいわね! コーヒーショップのクソ長ネーミング系ドリンクとか、罪悪感なく飲めるようになるわよー!」
『クソ長ネーミングwwwwww』
『お口が悪いでございますわよ、聖女サマww』
『まあでも実際アレはカロリー爆弾』
『美味しいに決まってんじゃんって感じするわw』
『探索者ガチで頑張ろうかな……ww』
『山盛り唐揚げも気にしないもんなぁw』
「んく……っ、ぷはぁー……。ったりまえでしょー? カロリー気にして、ちょっとオシャレってだけで高いだけの美味しくもない料理なんて食べたって人は満たされないわよ。あれで『量も満足っ、美味しくてヘルシー』とかばっっかじゃないの? 意識高い風のこと言ってんけどさー、それをいちいち見せびらかしてる時点でただの《《自意識高い系》》で程度は低いクソたわけってヤツ。あー梅酒おいしー、とまんねー」
『草草草』
『まずいですよ!?w』
『色んな界隈敵に回すなぁwwww』
『火力たけぇww』
『でもめっちゃ言いたいこと言ってくれてるww』
『落ち着け、この前お気持ち飛んでたぞww』
『まあお気持ちに「だから?」で返したあたり、ホント強すぎんのよ、この酒カスw』
このように、酒カス聖女の配信は火力高めで続いていくのである。




