りはびり
「――んぁー……、ぅー……っ」
――冬の布団というものは、何故こんなにも抗い難い魅力を発揮するのか。布団の中にぬくぬくと包まれているだけで眠気が一瞬で復活してしまう、起きれぬ、抗えぬ……。
比較的寝覚めの良いタイプである流霞ではあるが、たとえ意識が覚醒していようとも、だからと言ってテキパキ起きれるかと言えばそれは別の話であった。
うとうと、うつらうつら。
時折冗談にならない本気睡眠に入りそうになって「はっ!?」と慌てて目が覚めて、スマホを見て「まだいける」となってまたうとうと。
理想を言えば「まだいける」となった時点で起きるべきだ。
そんなことは分かっている。
でも、正しいだけで物事は動かないのである。
結果として寝過ごしてしまい、自分の判断の甘さを後悔することはあるのに。
そういうことを何度もやらかしているのだが、何故か毎回こういう時は欲に負けてしまう系コミュ障オタク少女、それが流霞である。
――布団から出たくない、まだ寝たい、でも喉乾いた、でも出たくない……。
葛藤と呼んで良いものかも怪しい悩み。
そこで流霞が考えたのが、布団に包まれたまま無重力で移動するという、この時の流霞にとっては完璧過ぎる計画であった。
もっとも、冷静に考えれば無駄極まりない技術かつ、だったら普通に起きて歩いた方が簡単な技術であるのだが。
ふわりと浮かぶ流霞――と一緒に浮き上がるベッド。
そう、布団から出たくない、起きたくないのなら、起きないままやってしまえばいいではないか。
重力の向きを洗面所に向かわせ、途中にある諸々を全て巻き込み、ドアへとぶつかり、引っかかった。出れない。
そこでようやく身体を起こす気になった流霞が、部屋の中が大惨事になっていることに気が付いて、ゆっくりと重力操作で元の場所に戻っていく。
よくよく見れば、ベッド以外の物もベッドと一緒に浮かび上がっているせいで大惨事になりかけている。
深い溜息を吐いて、意識が覚醒する。
ベッドから降りて無駄に整理する時間を生み出すあたり、実に行き当たりばったりであった。
「んぬぁー……。まうすうぉっしゅしなきゃ」
寝起きは口内細菌がうんたらかんたらと聞いたことがあった流霞は、寝起きでマウスウォッシュ系のものを使うか、歯磨きをするのが日課だ。
喉は乾いているが、何かを飲む前にそれをしないとお腹が痛くなる、気がする、ぐらいのものでしかなかったりするが、そういうところを実施することで意識高い系っぽく振る舞えるのである。形から入っているだけとも言える。
ふらふらとしながら洗面所に行き、そして――べゴンッ、と音を立ててマウスウォッシュのボトルが潰れた。
「お、おぉ……。そーっと、そーっと……」
自らに言い聞かせ、プルプル震えながらマウスウォッシュをコップへ。
なんだか身体の節々を痛めたような有様だが、そうしてようやく、口をゆすぎ、顔を洗って鏡を見た。
「……レベルアップの影響、パネェ……」
幾分かスッキリした表情と声色で、流霞は改めて己に戦慄した。
――――千葉県、安房地域。
崩壊地域となったあの場所での〝超常級〟との戦いの後、一行はレベルアップした。
流霞ら〝金銀花〟は全員がレベル5になり、〝魔女の饗宴〟はなんと莉緒菜を含めて全員がレベル6に。
レベルアップの3要素の中でも、最も大きな壁となっていた『魔素汚染度の上昇』――つまり、魔素濃度の高い場所での戦闘、しかも〝超常級〟とその取り巻きを倒したことでレベルアップするだろうことは、〝鴉〟らにとっては予想通りと言えば予想通りの展開であったようだ。
短い期間でレベルが2つ以上も上がってしまうと、無意識の力の制限すら難しくなってくる。
そのため、もう数日は崩壊地域で活動を続ける予定ではあったのだが、残念ながらそうもいかなくなってしまった。
というのも、奏星の力のおかげで磁場が乱れてドローンが落ちるという現象は一時的に広範囲に渡って影響を出してしまい、異常事態と判断されたのか、ドローンが大量に飛び回り始めたのである。
最悪の場合、衛星写真などによって確認も行われる可能性があったため、急遽離脱することが決定。
流霞と同じくコミュ障系でもある〝影〟の力で車輌を隠したまま現地を離れたのであった。
そうして一行は各自帰路についた。
その翌朝――なお、もうすぐお昼――の流霞の姿がこれであった。
「ふぉおおぉぉぉ……。ち、力加減が難しい……」
いつも通りの力で物を持とうとしたり握ってみれば、何故かフルパワーで握り締めたような音が鳴ったり、柔らかい素材のものだとあっさりと凹んでしまったり。
幸い、ドアノブを握り潰したり破壊したりという程ではないのだが、感覚と力の乖離が大きい。
「……これは、ダメそう。ちゃんと力の強さを把握しないと……」
今日は休みの予定だったのだが、急遽流霞は出かける準備を始め、〝がちけん〟の新事務所へと向かうことにした。
「崩壊地域から帰ってきた翌日ぐらいゆっくり休んでもらいたい、と、私の立場からはそう言いたいのだけれど……――これじゃあゆっくりすらできないわけね」
新事務所の地下訓練室には、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟のメンバーが全員集まっていた。
ちなみに、昼前まで眠っていた流霞が一番到着が遅かった。
昨日は朝一番の戦闘を終えて帰宅したため、帰宅後は皆疲れてさっさとお風呂に入ってからは眠ってしまったらしく、朝早くに目が覚めてしまったとのこと。
サブスクのアニメ配信サイトでアニメを見ながら寝落ちしかけ、数分でまた起きてと繰り返し、挙句の果てに夜遅くなってきたところで完全に目が覚めてしまい、明け方までアニメ漬けだった流霞とは違う。
たった一晩で昼夜を逆転させかない女は流霞しかいない。
ともあれ、そんな一行に対して困惑したような、あるいは同情したような声をあげたのは紅音であった。
「いやー、ガチで焦ったよー。朝から物壊すわ、扉歪むわ、ホントあのままじゃ生活できんくなるとこだった。あかねぇ、ホントいいもん用意してくれてて良かった――よっと」
「それな。つかウチらでそれなんだから、るかちーが一番えぐそう――だよねっ」
「わ、私別に力が凄い強いわけじゃないよ……っ!?」
奏星と美佳里、二人と一緒になって会話しながらやっているのは、バトミントン。
打たれたシャトルがふわふわと高く飛んで、それをまた高く打ち返し合っている。
過去に大幅にレベルが上がったという報告があった訳ではないのだが、膂力を強化するスキルが発現してしまい、日常生活を送るのに支障が出るというケースは珍しいものの聞かない話ではない。
そこで紅音は、この〝がちけん〟の新事務所に、万が一の際に備えると同時に、事務員のちょっとした気分転換で遊べるような道具を買い揃えてもいた。
地下訓練室や、外の駐車場などでもできるようなものであり、かつ、運動能力で球速が速くなりすぎないものとして適している点から用意されたのが、バトミントンセットである。
もちろん、プロ選手であったりもすればシャトルの速度は凄まじいことになるが、素人が力任せに打ってもなかなか上手く飛ばないのがバトミントンである。
そういう意味で暴発もしにくく、山なりに打ち合いながら力の加減を身につけやすいため、非常に効率が良いとされている。
ある程度その打ち合いにも慣れれば、今度は試合だ。
もちろん普段の動作に慣れさせるためのものであるため、身体能力は抑え、ちゃんと一般人が混ざれる程度のものに限定する。
審判は紅音。
彼女の独断と偏見で、素人が対応できる範囲であるかどうかが決まる。
独裁政治の始まりだ。
そうして夕方頃までみんなで遊び、なんだかんだで盛り上がったところで、それぞれにシャワールームでシャワーを済ませてラウンジルームへと集合した。
そこで、雅は告げる。
「――今回のレベルアップは、公にはしないこと。ウチらはしばらくレベルを公言しないでいよう」
今後を見据えて、雅はそんな言葉を口にした。




