後始末
戦いの熱だけが取り残されて、静寂が辺りを支配した奇妙な時間。
流霞のロッドから放たれた黒球が齎した一撃が、アイスのスプーンでくり抜いたかのように地面もろとも完全に消し去り、生み出された空間に空気が吸い込まれるように流れ込んだ後、誰もがその光景を見つめたまま身動ぎせずに固まっていた。
戦いが終わったこと。
大物である〝超常級〟が討伐されたことに喝采をあげるでもなく、本当に終わったのかと考えてしまう程度には、現実味の薄れる一撃であった。
そんな空気を払拭させたのは、流霞が放った一撃の跡を見学しにとててっと穴に近づいた〝鴉〟だった。
そんな彼女の後ろを〝虎〟と〝椿〟も追従している。
「――にゃはー。派手にぶっ壊しちまったにゃりにゃあ」
「広い道路だからな。さすがに上空から見られれば目立ちそうだ」
「魔物同士で争いになることもある。この程度ならば良かろう。いい技であった」
「いや、問題になってんのはテメェの斬撃だろーが。どう見ても斜めにぶった斬られてんだろ、そっちのビル」
「ぬ……」
当所の予定では、〝超常級〟との戦いは『亡霊の庭園』が行う予定であった。
しかし、レベルアップ後特有のちょっとした万能感、好戦的な気分になる高揚感といったものが後押しして流霞たちが戦い、さらにそれぞれのスキルを組み合わせるという予想外な行動により、通常のスキルよりも圧倒的に凶悪かつ強力な力によって蹂躙された。
流霞の【月】、奏星の【太陽】、莉緒菜の【悪魔】の力によって生み出されたスキル――【黒触月】による破壊は、まだいいだろう。
魔装に纏わせることで使用できるこのスキルは、最後の一撃で空間そのものを焼失させるようなものを除いて、無用な破壊を撒き散らさずに済んでいる。魔物同士の激しい争いで破壊された破壊跡のように見えなくもない。
だが、そんな流霞たちに当てられて無用な斬撃でグラトノスの個体だけではなく、その後ろにあるビルまで斜めに斬り裂いた〝椿〟の一撃は、ただの破壊として処理されるとは思えない。
異常な強さを持った魔物が一直線に斬り裂いたと思われれば、無駄に注目されかねないのだ。
直接〝虎〟に指摘された〝椿〟であったが、かと言って〝椿〟がさらに斬撃を放って細切れにしても、破壊跡からは斬撃によって生み出されたものであると特定されかねない。
魔物は基本的に力押ししてくるような存在だ。
基本的に崩壊地域における建物の崩壊は、圧倒的に打撃、衝突などによって衝撃が加えられたものが一般的である。
斬撃で細切れにしたところで、切断面から斬撃だと割り出される可能性が高く、そのような技量を持つ魔物は今までに発見されていない。
つまり、〝椿〟の一閃が生み出したこの一帯は、悪い意味で目を惹いてしまうということだ。
「あー、そうだな。奏星」
「お! 〝虎〟っち。どしたん?」
「〝虎〟っちはやめろ」
一方、後始末と撤収について考えている『亡霊の庭園』の面々とは裏腹に、【月】と【太陽】、さらにそこに【悪魔】の力を混ぜた【黒触月】というスキルを使ってみせた流霞たちは、他の面々からの質問責めに遭っており、盛り上がっていたようだ。
そこに〝虎〟が話しかけてきたおかげで会話が途切れ、全員の視線が〝虎〟へと向いた。
なんだか居心地が悪いとも気恥ずかしいとも言うような、なんとも言えない気分を味わいながら〝虎〟が頬を掻いてから続けた。
「おまえさんの力で、あっちの〝椿〟が斬っちまった建物を爆破したりできねェか?」
「お? できるよー」
「軽々と爆破できると言い切るJKってどないやねんな」
なかなかの無茶振りではあるものの、あまりに簡単に返すものだから瑛里華がついついツッコミを入れる。
先ほどの【紅炎穿】と【紅炎爆発】があればできなくはないだろう、とは思うものの、だからと言って世間一般の女子高生がこうであるはずもないのである。
しかしそんなツッコミを気にすることもなく、奏星が続けた。
「でもさぁ、そういうのなら多分だけどるかちーの方が自然にぶっ壊せんじゃね?」
「……殴んのか?」
「え゛っ!?」
「いやいやいや、さすがにそれは……できそうだけど、つか殴って破壊すんだったら〝虎〟っちがやれんじゃん。じゃなくて、るかちーがあの赤い霧で根本の方ぶっ壊しちゃえば自然と倒壊すんじゃん? 斬られてんのがバレたらめんどいなら、斬ったとことかもさ」
「なるほどにゃりねー。それならるかちーにお願いした方が良さそうにゃりにゃー」
殴って破壊という話題が出て焦った流霞が、奏星の説明を聞いて安堵した。
確かに重力を操り、かつロッドを使えばできそうではある。
流霞が殴った威力と奏でる衝撃音は尋常ではなく、老朽化した建物ぐらいならば柱を砕きかねない。
とは言え、〝椿〟が一閃したのは元々は商業ビルであったらしい5階建て程度のものと店舗が二つとかなりの数に及ぶ。
「そいえばるかちー、あの赤い霧って自由に扱えるようになったん?」
「うん。レベル4になって細かな調整がしやすくなったっていうか」
「へー、そなんだ。あ、第4スキルどうだったん?」
「まだちょっと感覚が掴めてないから、少し練習しないと使い物にならないかも……――【潮汐破断】っと」
雅と会話しながら、流霞が【潮汐破断】を発動し、赤い霧が流れていき――それぞれの建物の一階部分に接触し、ジジジジと耳障りな音を立てながら粒子を撒き散らして貫いたかと思えば、左右に分かれて一階部分を蹂躙し始めた。
ものの数秒程度で建物の一階部分が削り取られていき、バランスを崩し始めていく光景というのはなかなかに衝撃的なものがあり、ぽつりと雅が口にする。
「なんつーか、こうして生で見るとやっぱえぐいわ、るかちのそれ」
「ホントそれな」
「えっ」
「奏星のさっきの【紅炎穿】と【紅炎爆発】だっけ? あれもめっちゃヤバかったけどさぁ。合体技みたいのとかもそうだけど、こう、るかちーのスキルってえぐさが増すっつーか」
「えぐさ……」
「るかちーじゃないヤベーヤツとかが手に入れてたら、これガチめに完全犯罪できるっしょ」
「完全犯罪……」
雅と雪乃の悪気のない意見にぐさぐさと胸に何かが突き刺さっているような気がして、流霞が「そんなことないもん」と思いながら顔をあげた瞬間、建物がバランスを崩し、倒壊していった。
――……よくよく考えたら私、すごいことやってるような気がしてきた。
建物をあっさりと崩壊させる力というものを、改めて客観的に見たような気がする流霞が半ば呆然としていると、奏星が炎を放って火柱をあげ、舞い上がった砂塵を引き込むように吸引させ、上昇気流に乗せて吹き飛ばしていく。
「これぜってー遠くから見えるくない?」
「目立つかもしれねーにゃりにゃー。とりあえず片付けはこんなもんでいいにゃりよ。撤収するにゃりにゃー」
「おう。助かったぜ、流霞」
「すまない、流霞殿。手間をかけさせてしまった」
「えっ、あ、いえいえ! お気になさらず! はい!」
自分で気にするなと言って自分で返事をするような形になってしまった流霞の、変わらないコミュ障オタク少女ぶりを発揮したところで、一行は撤収するべく動き出したのであった。
――《レベルが上がりました》、という機械的で無感情な声が頭の中に響いたのは、その時であった。




