グラトノス戦 Ⅲ
――ウチらの因子ってさあ、やっぱりおなんの言う通り関係あるっぽいよね。
そんなことを改めて話すきっかけとなったのは、莉緒菜が流霞と奏星の魔装に触れて変化したせいだ。
かつて流霞と奏星との間でのみ起こっていた魔装の接触による変化。
その意味は分からず、ただシンプルに見た目が変わり、多少強くなったかもしれない、という程度に留まっていたものではあったが、それだけのことだった。
とは言え、通常他人が他人の魔装に触れて変化が引き起こされることなど聞いたことはなかった。
流霞と奏星の一件のこともあり、雅が父親である傑の協力の下、『明鏡止水』でもダンジョン因子の系統が似ている者同士で触れ合わせてみても、それらしい反応を引き出すことはできなかったため、何か珍しい事例であることは間違いないだろう、ということで棚上げされていた話題でもあったのだ。
流霞の【月】、奏星の【太陽】。
もしかしたら太陽系の星であることが関係しているのか、とも考えられたが、残念ながら【地球】はもちろん、【火星】だのなんだのというダンジョン因子は見つかっていない。
【月】と【太陽】だけに起こる不思議な現象、と言われても納得できてしまいそうな程度には、情報が見つからなかったのである。
そんな中で交流するようになったのが莉緒菜だ。
彼女は自分たちを『運命に導かれし者』と呼び、流霞の【月】や奏星の【太陽】は、タロットカードで言うところの大アルカナと関係している、という《《設定》》で語りかけた。
そう、最初はただの作り話に過ぎなかったのだ。
特殊なタイプの探索者である莉緒菜によって作られた、妄想や空想のそれだ。
だが、その妄想や空想がヒントを手繰り寄せた。
似たような事例を〝がちけん〟の唯一の大人メンバーである紅音が見つけたのだ。
流霞たちと同じアルカナにちなんだものではなかったが、『ゾディアックシリーズ』とでも呼べるような、いわゆる黄道十二宮に関係する因子を持つ者同士での接触。それにより、流霞たちのように魔装が変化した、という話だ。
とは言え、魔装が変化したことで何ができるようになったのかは、その『ゾディアックシリーズ』所有者たちにも分かってはいなかった。
分かることと言えば、見た目が多少変わり、それぞれ触れた相手の因子の影響のようなものを受けているらしい見た目に変わった、というところぐらいだろうか。
何も変わらず、何も分からない。
もしかしたらそれだけのことで、それ以上の何かが隠れていないのかもしれない。
だが、それだけだとはどうしても思えなかった。
そこで考えたのが、「魔装が反応するなら、お互いのスキルを混ぜ合わせてみることぐらいできるんじゃ?」というものに至ったのは、ある意味必然とも言える流れですらあった。
「――ほっ!」
迫るグラトノスの触手を奏星が振るった細剣が斬り裂いた。
黒く染め上げられた剣身が、彩度の高い紅い炎を残しながら軌跡を描いて振るわれ、斬られたとグラトノスが理解すると同時に触手が突然異様な重さになって地面に沈み、燃えるようにグラトノスの触手を辿って本体へと迫ってくる。
慌てて触手を切り離せば、魔力液体となったそれが瞬時に紅く燃え上がり、焼失した。
グラトノスはその一撃だけで悟った。
――あの黒は、こちらを侵食して焼き尽くそうとしている、と。
触れればそこから辿られ、本体――核そのものに食らいついてくるだろう黒い影と紅い炎。
侵食速度もかなり速く、僅かにでも反応が遅れれば、核を守る魔力液体の多くを切り離して捨てなくてはならない。
まるで毒のようだった。
触れただけで即座に侵食してくる、危険極まりない毒。
そんなものを宿した存在が、3人も目の前にいる。
危険性は感じ取っていたが、よもやこれは危険などという次元ではない。
「――【火輪連斬】!」
本来ならば炎の斬撃を飛ばす奏星の一撃が、黒い三日月状の斬撃を飛ばしてくる。
グラトノスは咄嗟に回避して――自身の巨狼型の前足をつこうとしたその場所に染み出るように現れた黒い水溜りに気が付き、慌てて身を捩る。
同時に、黒い水溜りの中から奏星の斬撃と同じ【黒触月】の力を纏った太い鎖が5本、じゃらじゃらと耳障りな音を立てながら飛び出してみて、グラトノスの身体を僅かに削るように空に伸びていく。
「ふふふ、気をつけなさいな。そこの影、《《私の影と繋がっている》》のだから」
くすくすと笑いながら莉緒菜が真横に翳した右手を、そしてその手の先から伸びた鎖を見せつけるようにして揺らした。
鎖が伸びて影の中に沈んでおり、その先端がこちら側の影から出てきたのだ。
グラトノスの身体を掠めた鎖が空の先で一斉に散開し、グラトノスに次々襲いかかる。
削られた箇所から侵食されそうになり、その魔力液体を捨てながらなんとか逃げるグラトノスが着地する度に、鎖がその場所に襲いかかり、大地を染めて紅炎が舞い上がる。
一撃一撃が、確実にグラトノスを屠ろうとしているのがよく分かった。
「追いかけっこのつもりかしら? なら、こういうのはどうかしらね?」
莉緒菜がパチンと指を鳴らして見せれば、【黒触月】の力を帯びているらしい紅炎を纏った4体の影の戦士たちが次々と地面から現れ、グラトノスを睥睨するように顔を向けた。
「追いかけっこをするのなら、こういう存在の方が楽しいでしょう? ――いきなさい、下僕たち」
放たれた矢の如く、影の戦士たちが一斉に肉薄する。
苛立ちを顕に強酸水を濁流の如く放ってみせたグラトノスであったが、しかしそれらは黒い戦士たちに触れるとあっさりと蒸発すらせずに焼失し、跡形もなく消え去った。
その光景を見てくすくすと笑う莉緒菜が、グラトノスを睥睨する。
「――ダメじゃない、よそ見しちゃ。一番見失っちゃいけない相手を見失っているわ」
グラトノスには言葉を理解する程の知恵はない。
だが、本能がそれを察した。
核が魔力液体の中を凄まじい速度で移動した、その直後にグラトノスの身体が文字通り、言葉通りに穿たれたのだ。
「――っ!?」
「あれ、避けられたかも? ――きひっ、みーつけたぁ!」
いつの間にか懐に飛び込んでいた流霞が、グラトノスの核とその周辺を穿つように【黒触月】の宿ったロッドを回転させながら突き出していたのだ。
咄嗟に回避した核は、穿たれた箇所もろとも切り離した半身を他所に、即座に魔力液体を操り、先ほどまでの半分以下のサイズの巨狼となって距離を――取ろうとしたところで、【潮汐破断】の赤い霧によってさらに破壊された。
魔力液体の形を変えて、流霞に攻撃を仕掛ける。
だが、くるくると器用に回されたロッドに殴られ、その全てが【黒触月】に侵食され、次々に核を狙ってくる反撃に切り替わる。
使い捨てながら攻撃し、距離を取る。
避け、ロッドを振るい、飛び、赤い霧でその全てをことごとく破壊しながら、流霞は距離を縮め続ける。
グラトノスの身体が、みるみる縮んでいく。
すでに一般的な狼程のサイズにまで身を削られ、それでもどうにか流霞から離れようとしているが、その全てがことごとく蹂躙される。
小さな強酸の霧のようにして放ってみても、赤い霧を身に纏う流霞には届かずに全てが消される。
大きな一撃を見舞おうとしても、【黒触月】を宿したロッドによってあっという間に焼失させられる。
離れて距離を取ろうとすれば奏星の斬撃が飛び、莉緒菜の鎖が飛び出してくる。
さらに追いすがるように黒い戦士たちが先回りして、逃げ場を限定させている。
グラトノスは、理解した。
もはや逃げ場はないのだ、と。
「――詰んだな、ありゃあ」
「ぶっちゃけ、あんな力はもう反則にゃりにゃ……」
「……あれと戦うのは此方も骨が折れるであろうな。もっとも、まだ負けてやれそうにはないが」
「つばきちもそっちはもう終わらせていいにゃりよ」
「そうさせてもらおう」
時間を稼ぎながら戦いを経験させることにしていたが、もはや【黒触月】が発動してしまった以上、あとは消化試合になるに過ぎない。
そう判断した〝椿〟が、流霞たちが戦っているグラトノスの本体の方に加勢しようと動いたところで、眼前に移動し、腰に下げた刀の鯉口を切った。
その音に、グラトノスのもう一体の個体が動こうとして、しかし。
「――此方の斬撃は、そなたには反応できまいよ」
甲高い金属音が鳴り響いたかと思えば、グラトノスとその足元から背後の建物に斜め横に銀閃が走る。
その次の瞬間には、グラトノスの魔力液体の身体が、その内側にあった核が銀閃の走った通りに魔力液体の中で割れ、ぼろぼろと崩れていく。
退屈そうに振り返った〝椿〟の視線の先では、ついに追い込まれていたグラトノスに向かって、流霞がロッドを突き出すべく身体の横に引いた状態で飛びかかっていた。
もっとも、もはやグラトノスに見る影はない。
魔力液体はすでにほぼ全てを削り取られており、核をどうにか覆う程度しかなくなっている。
反撃しようにも、操れる魔力液体がないのでは、もはやどうすることもできない。
「――きひひっ! つ、ぶ、れ、ろおお!」
ロッドの先に【黒触月】が集まり、小さな黒い球体を生み出した。
紅炎を上げる奇妙なそれが、ロッドと共に押し出され、グラトノスの核にぶち当てられた。
黒球体は核を呑み込みながら真っ直ぐ飛んでいき、その先で一瞬で爆発するように膨張して、音も立てずに紅炎を纏った黒い球体が建物や地面を焼失させて、集束――消滅した。
「…………ぇぇ……、こゎ……」
ぽつりと呟いた〝影〟の声が、戦いの終わりを告げるようにその場に妙に大きく響いた。




