合流
時間は僅かに遡り、流霞と美佳里はドローンを撃墜した後、30分ほど待機。
その後は一切動きもなく、背の高い木の上に登って様子を見ていても、離れた位置から見張っているような気配すらなかった。
来ないという確証はないが、このまま待ち続けていてもしょうがない。
もともと〝鴉〟の話でも、ドローンが立て続けに落とされたことで、監視ルートを一時的に放置するということは神奈川でもあると聞いていたため、流霞と美佳里は戻ることを決意した。
「もうドローンいないし、空移動した方が早くね?」
「あ、そっか。そうする?」
「うん。木にぶつかりそうになるよりマシ……――あれ? でもそれって結構な高さになるんじゃあああぁぁぁ!?」
ドローンに見られてしまう可能性があるからこそ木々の上を通らないようにしていたが、もうドローンが近くに来ていないことは確認できている。
このまま合流予定地点まで進むだけなら、そこまで過敏にならなくてもいいだろう、というのが美佳里の判断でもあり、半ば冗談のつもりだった。
だが、流霞としても早めに戻りたいところではあったので否やはなく、さくっと重力操作を開始した。
「障害物なし! いくよー!」
「ちょっ、るかち、やっぱ――ひいいいぃぃぃ!?」
美佳里は軽々しく空を飛ぶなんて言わなければ良かったと強く後悔しながら、しかしふと気が付いた。
――これ、ダンジョンの中とか重力移動するよりよっぽど安全だし、なんなら気持ちいいかも。
元々絶叫マシーン系大好きタイプの美佳里がそんな事実に気が付いたのは、ある意味では必然だったのだろう。
悲鳴がいつの間にか歓声のような代物に変わっていく。
もっとも、それだけの速度で空を移動していれば、当然風も凄いことになる。
風の音で完全に遮断されてしまい、流霞には聞こえてすらいなかったが。
ともあれ、そうして凄まじい速度で移動を実現してみせた流霞と美佳里であったが、合流予定ポイントは空から見れば一目瞭然であった。
予め〝虎〟から聞かされていた道路の特徴と、〝鴉〟が目印にと教えてくれた建物は遠目から見てもかなり分かりやすいものであった。
「――ッ、今の……」
一瞬、何かとてつもないものが起こる予感がして、流霞が美佳里と共に目的地の建物が見える廃墟の屋上に着地する。
「ひゃー、ちょっと楽しかったわ……って、どしたん、るかち?」
真剣な表情を浮かべて真っ直ぐ合流予定地点近くを見つめる流霞の様子に気が付いて、美佳里も気を引き締めて身構える。
刹那、世界が一瞬、合流地点の方へと引き寄せられるように歪んだ気がして、次の瞬間には巨大な爆炎が上がるのが見えた。
「――は……?」
「ッ、ミカミカ!」
「えっ、うわっ!?」
咄嗟に流霞が美佳里の腕を引いて、『魔導防具』を利用して魔力障壁を展開。
不可視の衝撃が襲いかかり、ずん、と建物を揺らして通り抜けていった。
「さ、さんきゅ、るかち……」
「大丈夫?」
「うん。てか、今の……」
「うん、多分奏星だと思う。行こう」
「……おう」
返事をしてみるものの、美佳里はそれどころではない程度に奏星の新たなスキルに軽くドン引きしている。
流霞の力もかなりのものであったのは確かだが、しかし今しがた、これだけ離れたところでも感じられた衝撃や巨大な爆炎は、本能的に恐怖に繋がるというものだ。
しかし同時に、魔力障壁でそれらを完全に防ぎきれることも判った。
基本的には回避が最優先だが、こうした余波で人は簡単に傷つけられる。それをしっかりと防げる強度は確実に有していると証明されたとも言える。
そんなことを思いながら、流霞がうまく重力を操って美佳里を連れて再び建物の上から飛び上がり、爆炎が噴き上がったその近くへと移動。
美佳里が呼びかければ、一行が流霞たちに気が付いた様子で振り返った。
「――なんかすげー爆発見えたんだけど何あれ!? 奏星がやったん!?」
「到着していきなりそれかい。いや、気持ちは分からんでもないんやけど」
早々に声をあげて奏星に駆け寄っていった美佳里に瑛里華のツッコミが綺麗に入り、流霞は苦笑しつつも周りを見回して、未だに健在な個体がそれなりの数いるらしいレッドヒュージスライムを見やる。
「スライム……。それに……あれが、〝超常級〟」
流霞の目に映った、2体の巨大な魔物。
周囲の球体型の魔物であるレッドヒュージスライムとはサイズも、纏っている空気も、何もかもが違う、超常個体グラトノスが2体。
先ほどの奏星の攻撃を脅威と見たのか、こちらを警戒するような素振りを見せつつも、〝虎〟と〝椿〟に完全に封じられている。
簡単に動きを封じられていると言えば、まるで相手の魔物が弱い魔物であるかのようにも思えるが、それは違う。
かつて中級深部に飛ばされた流霞が対峙した魔物たち。そして、中層で出会った異常進化個体のフリュムたちよりも圧倒的な速さを持つ魔物であるのは間違いない。
ただ、〝虎〟や〝椿〟が《《速すぎる》》のだ。
だから、まるで簡単なように見えてしまう。
そのせいで、奏星や美佳里、雅や雪乃。それに〝魔女の饗宴〟の面々も心にゆとりが生まれているに過ぎないのだと、流霞は悟る。
「あっ、〝鴉〟ちゃん! ドローン撃退成功したから安心して! 30分ぐらい待っても全然来なかったわ!」
「了解にゃりにゃー。そういうことなら、さっきの爆発も気付かれてすらいない可能性があるにゃりねー」
「でも、まだまだレッドヒュージスライムは多いわね。爆発から逃れていた個体たちが集まってきているわ」
「さっきの一撃でだいぶ減ったんにゃけど、まだまだそれなりの数はいるにゃりよ」
爆風で焼失した数は多かったが、それでも生き残った個体は多かった。
爆風によって吹き飛ばされていた個体が這うようにして近づいてきている姿を見ながら、〝鴉〟はどうしたものかと思案する。
――数はいるって言っても、レッドヒュージスライム程度じゃこの子らの敵じゃあねーにゃりにゃあ。相性が悪いだけで、苦戦するほどでもにゃし。
このままレッドヒュージスライムたちと戦わせる予定ではあったのだが、先ほどの奏星の力を見る限り、はっきりと言って役不足と言ってもいいだろう。
奏星も極度に消耗した気配はなく、まだまだ余裕があるようにも見える。もう一度同じことをやれと言われれば、あっさりと頷けそうなほどだ。
――ま、困ることでもねーにゃりにゃ。〝超常級〟を知って心が折れず、現実逃避もしてねーにゃりにゃ。これなら、もう少しレベルが上がれば充分にボクらと肩を並べられるぐらい強くなれそーだにゃぁ。
そう割り切って、改めて〝鴉〟が口を開いた、その時だ。
「とりあえず、残りのレッドヒュージスライムは処理して……――にゃ?」
「あれ、るかちー?」
突然、〝鴉〟の横をすたすたと流霞が歩いて行き、真っ直ぐこちらに迫っている数体のレッドヒュージスライムに近づきながら右手にロッドを持ってくるくると回しながら、歩みを止めず、走ろうともせずにただただ歩き続けている。
そんな流霞に、レッドヒュージスライムが一斉に襲いかかる。
身体を触手のように伸ばして流霞を捕らえようと、一斉に動いたそれらを前に、流霞はただただ構うことなく、避けることなく歩き続ける。
「ッ、何してるにゃ――!?」
「――大丈夫だよ、〝鴉〟ちゃん」
横から聞こえてきた奏星の声を証明するかのように、流霞に襲いかかっていた触手が流霞に当たる直前でぴたりと動きを止めて、凍りついていく。
次々に伸ばした触手も、その全てが流霞に当たる寸前で突然動きを止めて、先端から凍りついていくのが見える。
そうして無造作にロッドを振りかぶり、レッドヒュージスライムのコアへと振り下ろす。
当然ながらにその衝撃はダイラタンシー現象を引き起こす――かと思われたが、ヴィィン、と奇妙な音を立てて揺れたレッドヒュージスライムの体内で突然核がぼろぼろと崩壊し、どろりとその身体を保てなくなって崩れていった。
さらに流霞の身体から赤い霧が左右へぶわりと広がって、レッドヒュージスライムの身体を突如、爆発するような音を立てながら真っ二つに両断され、爆散した。
「――……は?」
目の前で起こった数々の現象に、その理解が追いつかずに、〝鴉〟と〝影〟の二人が驚愕する。
一方で、他の面々の反応は「あぁ、やっぱりな」と言わんばかりのものであった。
雅や雪乃、奏星や美佳里は「るかちーならそうなるわ」と分かりきったものを見たような気分であり、〝魔女の饗宴〟の面々は流霞の力の性質を考えればレッドヒュージスライムなんぞ相手にならないことぐらい、予測がついていた。
同様に〝虎〟と〝椿〟もまた、グラトノスやレッドヒュージスライムという魔物たちを見た時から、こうなることを理解していた。
――コイツらにとっての最大の天敵とも言える存在がいるのだ、と。
一方で、流霞にはもう、レッドヒュージスライムは敵として見られていない。
獰猛につり上げられた口角が、爛々と輝かせた目が、真っ直ぐグラトノスに向けられている。
――あれは、強そう。
そんなことを思ったからこそ、流霞の戦闘に特化した頭は早々に決断を下し、力を行使する。
「――【潮汐破断/《《満月》》】」
流霞を中心として放たれた赤い霧が、周囲で蠢くレッドヒュージスライムたちへと一斉に殺到。
触れた先から激しい音を立てて両断、爆散されていく光景に、〝鴉〟と〝影〟以外の面々はいっそ笑うしかないとでも言いたげに苦笑し、肩を竦めた。
「――ったくさぁ。るかちーはホント、あーしの見せ場潰すなよなー」
奏星が笑いながらそんなことを言ってみせれば、周りからもくすくすと笑うような声があがり始めて、けれど流霞は反応することもなくただただ真っ直ぐ〝虎〟と〝椿〟の近くへと歩み寄っていく。
「――やる気みたいね」
「ま、るかちーだしね」
「にゃ……? にゃ、にゃにを言ってるにゃりにゃ?」
笑いながら流霞の行動の意図を察した莉緒菜と雅の会話に、〝鴉〟が珍しく困惑しながら声をあげる。
そんな彼女たちの視線の先で、〝虎〟がグラトノスを敢えて強く殴り飛ばしてから、流霞へと振り返った。
「――ハッ。1体よこせ、ってか?」
「できたら、戦ってみたい」
「にゃ!?」
ニヤニヤと、まるでこうなることを予見していたかのように訊ねる〝虎〟に、流霞が真っ直ぐに告げて、〝鴉〟が声をあげる。
やっぱりこうなった、と奏星たちや莉緒菜たちも気を笑い、そして、気を引き締め直した。
そんな中で〝虎〟はふっと小さく笑った。
「いいだろう。だが、時間がかかり過ぎるようなら俺が狩る。それまでに倒せるな?」
「うん。私たちで勝てない相手じゃない」
「ハッ、いいだろう。――存分にやれ」
その一言を聞いて、流霞はただ小さく、いつも通りに笑った。
「――きひっ」




