奏星の【太陽】
――あーしにとっての【太陽】ってなんだろう。
ダンジョン因子を手に入れた当初、奏星は己のダンジョン因子である【太陽】というものに、漠然と「ヤベー熱さ、炎、でっかい」ぐらいのイメージしか持ってはいなかった。
深く追究することもなく、ただただ自分が持つイメージの中で、【太陽】が持つ力と言えば、一も二もなく炎だと、そう感じていた。
しかし、流霞が〝適合反動〟によって【月】というものを自分なりに解釈した時、奏星は「るかちーにできんならあーしにだって解釈できる」という強い意思と共に〝焼失〟を手に入れた。
奏星が手に入れた〝焼失〟という力は、あまりにも強力だ。
対象を定め、燃やしたいものだけを燃やせる炎なんて、奏星から見て厄介で、危険で、強すぎる力だ。
――だって【太陽】って、ぜってーヤベーじゃん。
想像できる【太陽】という代物があまりにも強大過ぎて、なんとなく恐怖にも似た感情が奏星の根底には生じていた。
そうして無意識にブレーキを踏んでしまい、自分で自分の力を抑え込んでいることに、奏星はまだ気が付いていなかった。
ただ、今回の遠征の中で流霞と会話していて、分かったことがある。
「――イメージとかならいくらでもできるけど、私たちじゃまだまだ弱いから。多分、そこまでの力を発揮できないと思うんだ。だから、別にそこまで気にしたことはないかなぁ」
それは流霞が【月】に対してどういった印象を抱いていて、スキルを得ているのか。
その力が大きすぎて怖くはないのかと奏星がぽつりと訊ねた時に返ってきた言葉だった。
「ウチらじゃ発揮できない?」
「うん。多分だけど、どれだけ強い効果のものを思い浮かべても劣化版って言うのかな。そういうところのものしかできないから」
「あー……、なーほーねー」
「それこそ、私の【潮汐破断】だって近くの魔物を全部呑み込んで壊しちゃうとかできないでしょ?」
「確かに。つかそれできたらサイキョーじゃん」
「うん。だけど、私たちじゃそこまではまだまだできない。だから、あんまり気にしなくていいんじゃないかな」
なんというか、ある意味で割り切った言葉だな、と奏星は思う。
力の大きさとか、そういうのを考えるんじゃなくて、自分自身の限界を知ろうとするだけ、というか。
怖いもの知らずというか、変なところで覚悟がキマっているというか。
ただ、流霞という少女はそういう子だったな、とも奏星は改めて思う。
コミュ障オタク少女と自認していて、どこか自信がなさげだというのに、いざという時には誰よりも頑固というか、折れない芯の強さがあって。
そういう思いきりの良さという点では、自分たちは真逆だと奏星は思う。
「じゃあさじゃあさ、るかちーは【太陽】のスキルの案とかない?」
「えっ、私?」
「うん。あーしも色々調べてみたんだけどさぁ、なーんかしっくり来ないっつーか」
「うーん、奏星の〝焼失〟の方向に伸ばせばなんでも倒せたりしそうだけど……魔物そのものを〝焼失〟させる、みたいなのはできないんだよね?」
「生きてる魔物は無理っぽいなー。けど、魔霊系とかならいけるっぽい」
「【浄火】、とかはいけそうだよね」
「じょうか?」
「神聖な火っていうか、清められた火、みたいな。そこから派生して、毒とかを消したりとかもできそう」
流霞の話を聞いて、目から鱗が落ちるような気分であった。
「え、すご。なんでそんなすぐ思いつくん?」
「あ、あははは……。その、本とか、資料、的な……?」
「なにそれー? あーしにも教えてよー」
「え゛っ」
まさか流霞が言っているのがラノベやマンガ、アニメなどを指しているとは奏星も思ってもいないだろう。
生粋のコミュ障オタク少女こと流霞、ここにきて自分の聖域に踏み込まれる危機であった。
「で、でもさ! やっぱり奏星自身のイメージが大事だと思うなぁ!」
「あーしの、イメージ……?」
「そうそう! ほら、スキルって自分の解釈とか方向性でしょ!? だから、奏星としては【太陽】ってどういうものなのかなって!」
コミュ障オタク少女が自分の聖域に踏み込まれないために必死になる図でしかないのだが、しかしその言葉は奏星にも納得できるものであったのか、動きがぴたりと止まった。
この好機、逃すものかとばかりに流霞が続ける。
「〝焼失〟っていうのも、やっぱり太陽に引き込まれて燃え尽きるとか、そういうイメージが奏星にあるから発現したんだと思うんだ。ほら、私の重力はあれだけど、幻影とかは『鏡花水月』って熟語のイメージとかと重なったりするし。奏星は太陽って聞いたら、何を思い浮かべるの?」
「えー、っと。火、でっかい、熱い。あー……めっちゃ眩しい!」
「ってことは、光の性質もありそうだよね。ほら、レーザービームって光の束だし、装甲溶けたりするし!」
「そーこー?」
「おっふ、なんでもないですはい!」
思わずSFの宇宙船にお約束とも言える光線系の火器を思い浮かべていた流霞だが、そもそも装甲だとか言われても普通はピンと来るはずがなかったのである。
オタク的認識で話した結果、無意味に火傷するところだった、と冷や汗を流しながら流霞は一人息を吐いた。
「太陽かぁ……。なんかこう、あーしにとっては圧倒的に強いっつーか、力がこう、ぶわーってなるイメージなんよねー」
「それって何か問題なの?」
「んへ?」
「だって、奏星の拡張タイプって『特化』でしょ? だったらそっちに突き抜けていいと思うよ?」
「……あー……。そっか、そうなんだ」
流霞に影響されてしまい、何か変わった力を追い求めるように迷走していた奏星の感覚が、そんな流霞の他愛のない一言で霧が晴れていく。
――――そんな会話を思い出しながら、奏星は自分の中の小さな【太陽】を自らの上に顕現させた。
太陽について調べてみた。
なんとなく知っていた知識、イメージは確かにあったものの、しかし改めて調べてみると、色々な現象が引き起こされ、観測されているのだと初めて意識した。
太陽の怖さと、力強さ。
そうしたものを理解し、追究し、引き出していくことこそが『特化』だと言うのであれば、もう、迷う理由はなかった。
これまでのような、漠然と、あるいは漫然と炎を使っていたそれとは違う。
本当の意味で、【太陽】を操る。
「迸れ、【紅炎穿】」
奏星の頭上に浮かんだ小さな太陽が、真っ赤な彩度の高い赤い線を放ち、一番手前側まで近づいているレッドヒュージスライムらを貫通し、大地を貫通し、赤い線を残して横薙ぎに放たれた。
――あぁ、そこにあーしの力が残っているって分かる。イメージした通りに。
知らず、口角が上がった。
不透明で怖いとすら思っていた【太陽】の力は、今、奏星の思い描く通りにその力を発揮している。
だからこそ、余計に分かる。
今までの自分の炎は、所詮は【太陽】から漏れ出た《《余波》》に過ぎなかったのだと、感覚的に理解する。
――本物の【太陽】の力を、顕現する。
「――解き放て、【紅炎爆発】
刹那、【紅炎穿】によって放たれ、赤熱した大地が目も眩むような輝きを放ち、膨張を始めた。
まるで空間がそこに向かって引き込まれるように、風が、レッドヒュージスライムが――世界が、吸い込まれていくように思えた。
その光景を見て、莉緒菜ら〝魔女の饗宴〟組は誰もが寒気を覚えた。
これから何かが、とてつもない何かが引き起こされるのだと、誰もが感じ取った。
それは〝魔女の饗宴〟だけではない。
雅や雪乃を護衛する〝影〟も、遠巻きにこの光景を見つめていた〝鴉〟も。
グラトノスと戦っていた〝虎〟も、〝椿〟も。
そして、〝超常級〟のグラトノスすらも、ぞわり、と悪寒が走り、誰もがその瞬間を見逃すまいと意識を向けていた。
そんな中、〝魔女の饗宴〟の面々が咄嗟に雅と雪乃の近くへと移動――自分たちの目の前に魔力障壁を展開させる。
ほぼ同時に、大地から噴き上がる紅炎を伴い、大爆発。
熱と衝撃を周囲に一気に振りまいて、廃墟である建物のガラスというガラスを砕き、建物が歪むほどの衝撃が周囲に撒き散らされた。
「きゃ――っ!?」
「ぐ……っ!?」
不幸中の幸いは、奏星の炎の熱が対象を指定していることだろう。
大まかに人を熱の対象から外しているおかげで焼けてしまうことはなかったが、大爆発が撒き散らした炎と衝撃はレッドヒュージスライムたちを一掃するほどの威力を有していた。
炎が消えて、莉緒菜たちがゆっくりと顔をあげる。
「…………め、メチャクチャやんけ……」
瑛里華が力なく呟いたのも無理はない。
奏星が【紅炎爆発】を発動したその場所は大きく抉り取られ、大量に周囲を埋め尽くすほどにいたレッドヒュージスライムたちは、じゅうじゅうと音を立ててレッドヒュージスライムだったものと成り果てていたのだから。
「……これ、やり過ぎたっぽくね……?」
「にゃー。シャレになんねーにゃりよ。さっきの光と今の大爆発、ぜってー気付かれるにゃ」
いつの間にかこちらまでやってきていたらしい〝鴉〟に気が付いて、奏星が慌てて魔装の細剣を腰の鞘へと収め、両手を叩いて合わせてみせた。
「〝鴉〟ちゃん、ごめん……!」
「にゃはははっ、気にしなくていーにゃりにゃ。さっさと済ませて帰るだけのことにゃりにゃ。それに……」
短く言葉を区切って、〝鴉〟はトントンと耳につけていたイヤホンマイクを叩いてみる。
だがやはり、なんの反応もない。
「ここら一帯、カナっちちゃんの爆発で磁気が乱れてるっぽいにゃ。ドローンなんて近づけようものならあっという間にスクラップ決定にゃりにゃ」
「わーお、マジかー……」
「もうちょい威力を抑えれるようにならねーと、ダンジョンで使えねーにゃりにゃ」
「ほんとそれだわ……」
そんな話をしていた、ちょうどその時だった。
遠くから「おーい」と消え入りそうな声が聞こえて、莉緒菜たちが振り返る。
「おっ」
「戻ってきたっぽいね」
雅と雪乃が振り返った先、空高くから斜めに落下してくる二人の姿。
流霞と美佳里が、ようやくこの戦いに合流しようとしていた。




