干渉優先度
雅と雪乃によって確立された、レッドヒュージスライム討伐方法。
最前線で〝虎〟と〝椿〟の援護に回りつつも、しっかりと後方の様子を窺っていた〝鴉〟も、あまりにも予想外過ぎる発想力に思わず感心した。
「無茶苦茶するにゃりにゃあ」
「なんか言ったか!?」
「にゃーんでもねーにゃりよ」
グラトノスの身体を体術で殴り、蹴り、吹き飛ばしながら時間を稼いでいる〝虎〟の質問に、ひらひらを手を振って答えつつ、〝鴉〟は改めて雅と雪乃の行き着いた方法が通用した理由を推察する。
干渉の優先度とでも言うべきか、あるいは役割の優先度、強制力とでも言うべきだろうか。
魔物にはそういったものが確かに存在していることを、〝鴉〟は知っている。
というのも、過去に今回の雅たちと似たようなことを、【鍛冶】持ちの仲間を利用して魔物に使ったことがあったからだ。
強大な魔物の牙を、戦いの中で生産系ダンジョン因子持ちが加工しようとしたのだが失敗。その因子持ち曰く、「干渉が弾かれた」というものだった。
それ以降、他の魔物たちを相手にしてもどうしても同じ結果しか見つからなかったため、生きている魔物の肉体には干渉できない、という結論に至っていた。
だから、もしもこれがスライムではなく狼型の魔物が相手であれば、皮や血液、骨などであれば支配権を横から奪うような真似はできないだろうし、スライムにも干渉が弾かれたのであれば、「あぁ、やっぱり」としか思わずに済んだ。
――「では何故、スライムに対して通用したのか」と考えれば、明白にゃりにゃ。〝スライムという存在はそもそもその法則の適用外の存在だから〟と言えるにゃり。
つまりスライムという存在は、『核を有した液体状の魔物』ではなく、『液体を支配する特性を持った核だけの魔物』ということ。
要するに、核を覆う水分はスライムという個体を構成する要素ではなく、『外部装甲として利用されている素材』に過ぎないのだとしたら、可能だった理由に納得がいくというものだ。
そして同時に、外部装甲とでも言うような代物に過ぎないからこそ、水などによって『身体を補充する』というような真似ができてしまう上に、干渉順位や強制力が低く、故に雅からの干渉を弾けなかったことにも得心がいく。
――にゃるほどにゃりねー。スライムは核を中心とした魔力液体。その魔力液体をそのまま素材に指定するなんて、普通は考えねーにゃりにゃ。
「〝虎〟、ちょいとテストしてきていいにゃりにゃ?」
「おう、構わねぇぞ」
グラトノスと対峙しながらも余裕を持った〝虎〟の言葉を聞いて、〝鴉〟は早速すぐ近くのレッドヒュージスライムへと一瞬で近づいて、特製のナイフで表面に傷をつけた。
スライムの液体表面に皮らしい皮はないのだが、ほんの薄い水の膜のようなものが生まれるのだ。それを破ってやれば、どろりと液体が流れ出す。
一般的には即座に膜を回復させて流出を止めるのだが、〝鴉〟はそこに魔力を流し込んで主導権を奪おうと試みる。
いわゆる『【水魔法】が発動した状態』と似た状況を作り出し、スライム側からの魔力液体への干渉を防げるのか、奪い合いになるのかを検証しようとしたのだ。
そうして得た結果を鑑みて、ニタリと笑った。
「――にゅふっ。にゃーるほどにゃりにゃあ。《《順位》》があるのは確定っぽいにゃりにゃ」
触手を伸ばすようにしてレッドヒュージスライムが〝鴉〟に向けて攻撃を仕掛けてくるが、それらを踊るようにくるくると避けながら、〝鴉〟はじっとレッドヒュージスライムを観察する。
――拡張スキルでの干渉魔力を流し込んだ程度じゃうんともすんとも言わないにゃりねー。ってことは、〝本来なら操れない代物〟にゃりにゃ。ってなると、やっぱり『生産スキルだからこそ起きた優先順位の違い』によるバグ、みてーなもんにゃりにゃ。
生産スキルというのは色々な意味で『法則を捻じ曲げている』というのが〝鴉〟の見解だ。
世間一般に知られている【鍛冶】もそうだが、それ以上の最たる例が、魔力障壁を作り上げるという効果を付与した『魔導防具』だ。
自分の魔力を流し込んで魔力障壁を生み出せるようになる、というのもなかなかだが、そもそも攻撃を受けるその寸前に自動で魔力障壁が発生していた、というのもおかしな話なのだ。
何故、魔力が自動的に流れるのか。
それはひとえに、魔物の素材そのものが、それを装着している存在を『自分の身体』と認識、法則が適用された結果なのではないか、と〝鴉〟は考える。
ダンジョン黎明期に科学兵器も通用しなかったのは、魔物が持つ魔力障壁という存在が、銃や爆薬はもちろん、毒ガスなどを用いても決して貫けなかったからだ。
なのに人の手で振るわれた武器は、魔装は、それらを貫いてダメージを与えられる。
世間ではこれが『人の魔力やスキルの力』と言われ、そう考えられてきているが、ここに来て〝鴉〟はその考え方を改めた。
つまり、ダンジョンや魔物には『人間が知り得ない法則が働ている』上に、『ルールに則ったものしか認められない』というのが大前提なのだ、と。
それらを加味して、〝鴉〟は雅と雪乃の引き起こした事象について改めて考察をまとめた。
魔物に対する干渉力、強制力というものが存在する。
それが、ダンジョンと魔物の法則として設けられているのであれば、その法則にも順位があって然るべきだろう。
その順位を考えた場合、おそらくは『肉体の定義』が不動の第一位だったとしても、『生産スキルによる干渉』が第二位、『スキルや魔法による干渉』が第三位といったところになるのだろう、と。
「にゅふっ、にゃふふふっ!」
「……おい、〝鴉〟。なーにさっきから笑ってやがんだ」
「これを笑わずにいろって方が無理な話にゃりにゃー。やっぱボク、未知を解き明かすのが大好きにゃりにゃ」
「……そうかよ」
こうした法則が明確になればなるほど、できることはより増えていくに違いない。
あの二人の突拍子のない行動のおかげで、意図せずに法則を発見してみせたのだろうと〝鴉〟は結論づけ、高揚感のままに「にゅふふにゃふふ」と笑っている。
そんな〝鴉〟に「気持ち悪いから落ち着け、やめろ」だのと言ったところで、そうそう落ち着かないことを〝虎〟は知っている。
「おい、〝鴉〟。向こうはどうだ?」
「んにゃ、順調にゃけど、さすがに数が多すぎて混乱してるっぽいにゃりにゃー。うまく雅ちゃんたちが対処できてるのも、横から抜けてきたヤツだけみてーにゃりよ」
「チィッ、あんま時間をかけ過ぎんのも面倒だな。流霞が戻ってくりゃどうにでもなるだろうが、まだ時間はかかるだろうしな。いっそ先にレッドヒュージスライムだけでも処分しちまって――」
「――〝虎〟、それは不要だ」
「あん?」
声の主は〝椿〟だった。
もう一体のグラトノスの身体を斬り刻み、再生のために動きが鈍っている姿を見つめながら、一旦〝虎〟と〝鴉〟の近くに跳んで下がってきたのだろう。
刀を鞘に収めながら上体を起こして、〝椿〟は静かに告げた。
「気が付かないのか」
「あん? 何がだよ」
「細かなところに鈍感な〝虎〟では気が付かなくとも驚きはしないが……、〝鴉〟はどうだ?」
「おい」
「んにゃ? んー……――にゃにゃ?」
唐突に鈍感だと罵られるような〝虎〟を他所に、〝椿〟が〝鴉〟に訊ねれば、〝鴉〟もようやく未知の解明、発見の興奮から我に戻ったようで、冷静になって周囲を見回し、そして気が付いたらしく目を見開いた。
「……どうなってるにゃ、これ」
「おい、何があったってんだよ」
「〝虎〟も普通に考えれば分かるだろう。――《《暑くなった》》のだ」
「は? ――……ッ、言われてみれば……!」
冬の早朝、冷たい風が吹き荒ぶ崩壊地域。
そんな場所にいるはずなのに、冷静になってようやく気が付いた。
頬を撫でる風が、妙に《《暖かすぎる》》。
その事実に気が付いた〝虎〟がはっと慌てた様子で振り返り、思わずといった様子で目を剥いた。
「……ンだ、ありゃ……? 景色が、歪んでる……?」
「……にゃは……っ。あれはヤベェにゃりにゃ……!」
言葉を失った〝虎〟と、状況を察したらしい〝鴉〟のそれぞれの反応を他所に、〝椿〟が口角をあげた。
「――気をつけろ、二人とも。【太陽】が目覚めるぞ」




