〝実験〟
奏星の放つ炎は、魔力を焼失させる。
その力はレッドヒュージスライムたちにとってみれば、己自身が文字通りに焼失し、消えていくような、そんな根源的な恐怖を感じさせるものであった。
故に、そのような炎が生み出している炎の壁をレッドヒュージスライムたちは無理やり突破しようとはしなかった。
彼らは〝超常級〟の魔物、グラトノスの取り巻きでもある。
もしもここにグラトノスがいて、奏星たちを標的とした上で炎の壁を踏み越えろと命じられれば、レッドヒュージスライムたちは己を犠牲にしてでも炎の壁の中に身を投じていたかもしれない。
真相は定かではないにしろ、雅には〝レッドヒュージスライムは危険を躊躇い、避ける〟という事実は大きな要素だと考えられた。
だから、即座にスライムの特徴を発見されたダンジョンの深度と共に照らし合わせて、一つの仮説を語った。
「――……スライムに知恵があると言いたいの?」
「そそ。もしもレッドヒュージスライムが虫とかみたいな知能レベルだったりしたら、奏星の炎を物量で押し潰してくると思う。ただただ獲物を捕食するためだけに進むような存在なら、自分たちに有効な攻撃をされても躊躇う理由はないからさ。けど、レッドヒュージスライムは躊躇してんじゃん?」
「……っ、確かにそうね」
「上層とか中層のスライムの情報を検索かけたけど、基本的にスライムは躊躇なんてしないっぽいんよ。なのに、コイツらは自らの死を躊躇い、炎に恐怖した。つまり、そんだけの知恵、思考能力があるってこと」
炎を挟んだ向こう側に留まる、レッドヒュージスライムの群れ。
それらを観察していた雅は、その可能性に気が付いて即座にAIで検索をかけた上で情報を整理し、莉緒菜と会話しつつ弱点を調べていく。
スライムの弱点は核を潰すこととあるが、しかしその方法に細かく言及している情報は見当たらなかった。
低い階層で見つかるスライムの方がよほど多いせいか、特筆されて倒し方などが見つかっていないようにも見えた。
それでも、小さな情報も拾い上げつつ雅は続けた。
「今回のケースってさ、物量で押される方がキツいっつーのが本音じゃん? こっちはあっちを簡単には倒せない。けど、あっちはこっちに接触すれば勝ち。多分だけど、レッドヒュージスライムもこのまま時間を稼ごうとすればそれに気が付く。だから、ウチらも次の手を打たなきゃまずいってこと」
「時間稼ぎは破綻する、という話かしら」
「十中八九はね。攻勢に出てないとキツい」
「……瑛里華、雷撃はどう?」
「いけるで。けど、さすがにこの数は無理やな」
現状、レッドヒュージスライムを倒せる攻撃を有しているのは奏星と瑛里華。
しかしその他の面々では、なかなか核を破壊するというのが難しく、かと言って奏星と瑛里華では負担が大きすぎる。
さらに〝超常級〟の特殊個体は『増殖型』であり、時間を稼いで膠着状態を続ければ続けるだけ不利になっていく。
今回は〝虎〟たち『亡霊の庭園』のメンバーがいるおかげでどうにかなるが、だからと言って自分たちが何もできず、流霞に頼りきりになるというのもよろしくない。
何か他にも討伐する方法はあるはず――と焦る雅の横で、雪乃がいつもと変わらない調子で口を開いた。
「ねー、りおなんの死霊でレッドヒュージスライムどんどん増やしていくってのは?」
「それは可能だけれど、死霊で召喚した存在の戦闘能力は召喚前の個体に比べてどうしても劣るわ。特に、ああいうスライム系になると特にね」
「どゆこと?」
「死霊として私が使役する存在は、見た目と身体的な能力は似たようなものになるわ。でも、肉体構造や特殊なスキルによって発現される能力は使えないのよ。呑み込まれて溶かされるだけね」
莉緒菜が【接続/死霊召喚】を使って生み出した黒い影のような存在たちは、確かにその対象となった魔物の姿形を模倣したものにはなるが、物理的な戦闘以上のことはできないのだ。
「つまり、るかちーに使ったらるかちーの見た目の黒い人っぽくなるけど、物理攻撃だけしかできないってことかぁ」
「なんでるかちー出したんよ」
「つかるかちーは物理攻撃だけでも充分過ぎるほど強いんだわ」
雪乃が唐突に流霞を亡き者にして使うようなことを言い出し、それに雅がツッコミを入れるも、奏星が笑って言い切った。
もしも召喚された流霞もどきが、今の流霞の物理攻撃を可能にするのであれば、それはもはや脅威以外の何者でもないのである。
「んー、あのぶよぶよを倒せってんでしょー? でも、核に攻撃届かないし、奏星の炎で魔力を燃やすっていうのも魔力が足りなくってー……――お?」
笑いながら改めて雪乃が思考しつつ、何かを思いついたように声をあげ、じっとレッドヒュージスライムを見やる。
魔物素材というものを色々見てきた。
その職業柄、とでも言うべきだろうか。
雪乃には魔物という存在も、どうしても素材単位で考えて見てしまう癖がついてきている。
――――だから、思いついた。
「……んー、いけんじゃね、これ。ってなると、やっぱテスト……お、一匹迂回してきてんじゃん。アイツ実験台にしよーぜ、雅ぃ」
「は? なんやて?」
「にっしっしーっ。ちょぉーっとおもしれーこと考えたんだわ。雅、ちょと耳貸してー。奏星、そいつ焼かないでー。あとりおなん、そいつすこーし動けなくしといてくれん?」
「んー? りょー」
「え、えぇ。行きなさい、下僕」
雪乃が雅に何か内緒話でもするかのように耳元で語り、それを聞いた雅が目を丸くする。
その光景を他所に、莉緒菜の生み出した影のオーガがレッドヒュージスライムに殴り懸かり、硬化させながらその場に留めていた。
一通りの話を聞いて、雅が目を丸くしたままイタズラを思いついたような表情を浮かべている雪乃へと顔を向けた。
「……ゆっきー、天才かよ」
「いけそーじゃね? っつー感じで、みんなー。ちょと実験すんわー」
戦闘の最中、しかもこのままではジリ貧に追いやられるような状況だと言うのに、緩いテンションで会話をしてみたり、実験をすると突然言い出している。
そんな姿に、相変わらず無言を貫いている〝影〟が「ギャルってやっぱヤベェ……」と密かに戦慄する中、雪乃が魔装の鋏を、莉緒菜の下僕が押さえているレッドヒュージスライムに向けて刃を開いた。
「――【裁断】」
雪乃が小さく一言を呟いて、鋏を閉じる。
刃と刃がこすれる、シャキン、という軽快な音が周囲に鳴り響いたかと思えば、レッドヒュージスライムの表面に薄い線が入り、どろり、と内部の液体が漏れ出した。
その光景に、何が起こるのかと見つめていた一行が一斉に目を見開いて、口を大きく開けて固まった。
「は……?」
「おっけー。雅ぃ、よろろーん」
「――【魔法薬素材指定/酸性魔力水/抽出】」
雅が魔装の白い手袋をつけた右手を掲げてぽつりと呟けば、刹那、雅の手の先にレッドヒュージスライムの表面、雪乃が【裁断】した場所から漏れ出たレッドヒュージスライムの体液が凄まじい勢いで雅の手の上に移動を開始。
レッドヒュージスライムはみるみる萎んでいき、最後には核だけがその場に残って乾いた音を奏でながら地面に落ちた。
「…………は?」
「……できちゃったわ」
「おほー、いいねー。雅ぃ、続きよろー」
唖然とする一行を他所に、雅は自分の手の上で半透明の赤い水球となって浮かんでいる、レッドヒュージスライムの体液を見上げて魔力を練り上げた。
「――【素材変化/特性削除】」
ぽう、と雅の右手の先に浮かんだレッドヒュージスライムの体液が光を放ち、半透明のただの水の塊へと変化した。
「……いけちゃったわ」
「やるじゃん、雅ぃ」
「……ねえ、待って? ちょっと待って!? 何!? どゆこと!?」
未だに状況が呑み込めていないらしいらしい奏星の叫び声に、雅と雪乃がきょとんとした表情を浮かべたまま互いに顔を見合わせ、そして雪乃だけがゆっくりと振り返り――ドヤ顔を浮かべてみせた。
「んふっ。雅、ほら、続き!」
「――んー、レッドヒュージスライムの対策を考えると……【魔法薬素材指定/中和魔力水/《《強アルカリ性》》付与】……あー、やっぱこっちはできないわ。素材が必要っぽい」
「中和はできんのに?」
「標準状態に戻す、っていうのが【特性削除】だかんね。そっちはスキル的には可能なんだけど、付与ってなるとちょい無理過ぎかも」
「あーね。けどさ、これでウチら、レッドヒュージスライム全部倒せるくない? 【裁断】でちょっとしか切断できんかったけど、あそこからでも干渉できるんっしょ?」
「それな。でも付与はできなくても、素材があれば対スライム用魔法薬とか作れそうだし……」
「んじゃ、レッドヒュージスライムの【魔銘抽出液生成】で抽出してから反転させたりとかできないん?」
「あっ! それアリよりのアリじゃん!」
「だっしょー? ――っつーわけで、もう一匹よろー」
「……お、おう」
いまいち何が起きているのかは分からないものの、しかし雪乃と雅が唐突に始めた〝実験〟とやらによって、レッドヒュージスライムが何もできずに処分されたという事実が目の前にある。
一体何がどうなって、というかどんなスキルを覚えて、どんなことをやろうとしているのかも分からないものの、きゃっきゃ言いながらレッドヒュージスライムを相手に〝実験〟を繰り返す雪乃と雅。
そんな二人を見て、〝影〟は「ギャルこえぇ……。近寄らんとこ……」と本気で考えて、そっと一歩離れたのであった。




