スライム系の魔物の特性
目の前に現れた、巨大な半透明の赤い魔物。
2時間程のスパンで同じ強さ、特徴を持った個体を増やすという『増殖型』の〝超常級〟個体、グラトノスが2体。
最前線で〝虎〟と〝椿〟、そして〝鴉〟と対峙したかと思えば、周囲の建物という建物から水が溢れ出しているかのように出てきた、取り巻きであるレッドヒュージスライム。
個体の大きさとしては、成人男性が立って両手を広げたようなサイズのスライム系の魔物たちだが、小さな隙間からも出入りできたり、壁や天井を平べったい形になって這ってくることもある、厄介な魔物でもある。
そんな存在が、3桁を越えて左右の建物や路地からうぞうぞと姿を見せてくる。
「――レッドヒュージスライムは跳ぶぞ、捕まるなよ!」
「ッ! 全員、一旦下がって包囲を脱出!」
包囲されれば、逃げ場はなくなり呑み込まれる。
その危険性を察知し、〝虎〟の声に即応して声をあげたのは莉緒菜だ。
前に進めば超常個体との距離がなくなり、密集すれば不利になる。
即座に後方に下がることを選択した莉緒菜の判断に、〝鴉〟がひらひらと手を振った。
「それでいいにゃりにゃ。取り巻きをある程度引き付けて、なんとか倒すにゃりよ。〝影〟、護衛は頼むにゃりよ」
「……った」
「一旦距離を取るわ! 道路の中央を通って下がるわよ! ――きなさい、下僕たち!」
莉緒菜が叫びながら死霊――黒い影たちを召喚。
道路の左右から迫ってくるレッドヒュージスライムたちに突っ込み、押し留める中で、莉緒菜たちが一斉に駆け出した。
ぞわぞわと左右の道から押し寄せてくるレッドヒュージスライムたちから逃れるように離れていく。
地面を滑って近づいてくる姿はお世辞にも速くはないが、しかし合体して切り離されるように分離しながら、波が迫るように近づいてくるレッドヒュージスライムの動きは、常人では逃げ切れない程の速さになっている。
「この……ッ!」
奏星が走りながら、魔装の細剣を抜いて炎を生み出し、左右の道沿いに放つ。
放たれた炎がゴオ、と音を立てながらレッドヒュージスライムの表面を焼いたが、しかし炎が消え、まったくもって変化のないレッドヒュージスライムの波が迫ってくる。
「こいつら、燃えない……ッ!?」
「硬ったぁ!? なんやこいつら、殴ったらやたら硬くなりよった!」
「よく殴ったね!? つか硬くなるって何!?」
「上位スライムの体液の都合上、核に向かう衝撃にはダイラタンシー現象を引き起こすから!」
「ダイラ……なんて!?」
「ダイラタンシー現象! 片栗粉を水に溶かすと叩いたら硬くなるアレ!」
奏星と瑛里華のやり取りに、横合いから声をあげたのは雅だった。
雅は今回の崩壊地域遠征で、自分の力が通用するとは思っていなかった。
だからこそ、イレギュラーな事態に対応すべく、徹底して魔物の情報を頭に入れると同時に、魔物の情報を即座に呼び出せるように情報を登録していたのだ。
駆けながらも器用にARレンズと指に嵌めた操作用リングを上手く使いながら、情報を確認していく。
「スライム系の魔物はダイラタンシー現象からの復帰まで動けなくなる! 間合いを取るためって割り切ればそれはありだよ、えりりん! でも、絶対核を狙う攻撃にして! 浅い攻撃は敢えて受けて溶かしてくるみたい!」
「こっわ! 了解や!」
ダンジョンの最上層にいる、最弱の魔物と言えばレッサースライムだ。
そうしたイメージが定着してしまっているせいか、探索者として活動していない者たちや、配信の視聴者たちは、スライムと言えば弱い魔物であるという認識を抱く者が多いのだが、実のところそうではない。
確かにスライムは核を潰せばあっさりと倒れてくれるのだが、上位――つまりダンジョンで言うところの深い層にいるスライムになればなるほど、その厄介さは跳ね上がる。
まずそもそも、スライムは熱に強い。
身体となる液体は強酸性の魔法液体とでも呼ぶような代物であり、周囲の水を吸い上げて体内で強酸に作り変えるという性質を持っている。
その上、魔法液体の沸点が異常に高く、炎が舐めるように触れたところで揮発して蒸発してくれる訳ではない。
では、内部の核を直接狙えば良いのではないかと考えるところではあるのだが、そう簡単にはいかない。
上位のスライムになってくると、雅が言う通りに攻撃で加えられた圧力によって硬質化――いわゆるダイラタンシー現象にも似たような現象を引き起こし、防御力を強化することができるからだ。
そのため、中途半端な打撃や斬撃では攻撃が通らずに倒せないというケースは多い。
そうした情報を素早く見極め、雅がさらに声をあげた。
「――奏星も、炎を使って蒸発させようとするのは諦めて!」
「マジか……!」
「でも、スライムは《《魔法液体》》! 奏星、燃やして消すのは水分じゃなくて、魔力を燃やして!」
「ッ、なる! さっすが雅、ナイスぅ!」
相手が液体ならば、蒸発させて消してしまえばいい。
そう考えていた奏星だが、それが難しいならば〝別のものを燃やせばいい〟のだ。
魔法液体とはつまり、魔力を宿した魔力水だ。
アーティファクトでもある『魔力水の水差し』を有し、魔力水という魔力を宿した水の特性を知っており、かつ、それを扱って様々な実験をしてきた雅だからこそ、魔力水の特徴はよくよく理解している。
魔力水は、魔力を一度失うとただの水に戻ってしまうのである。
奏星の〝焼失〟という特性が、魔力を標的にした炎を生み出す。
放たれたオレンジがかった炎がレッドヒュージスライムたちを呑み込んで巻き上がる。
すると、意に介さずに近づいてきていたレッドヒュージスライムたちの動きが変わった。
どうやら今回の炎は自分たちを害するものであると判断したらしく、それぞれに球体の姿を取ると、炎から逃れるように統制を失って他の個体にぶつかり始めたのだ。
「あーっ、逃げんなし!」
「無茶で草」
「一旦退避優先でいいわ。奏星の炎で混乱している内に、下僕で封鎖して包囲を突破するわよ」
「了解!」
奏星の炎が自分たちの脅威になり得ると判断したらしいレッドヒュージスライムだが、それでも一瞬で完全に焼失させられる訳ではない。
このままこの場にいると、いずれ炎を無視して突っ込んでくる可能性もあるため、包囲から脱出しなければならないことは間違いなかった。
奏星の炎に慌てたレッドヒュージスライムが逃げるようにして隙間が空いて、そこに莉緒菜の死霊召喚によって生み出されたオーガのような黒い影が入り込み、道を作っていく。
時折、ころころとレッドヒュージスライムの上を転がるようにしてやってくる個体もいるのだが、そういった相手には敢えて瑛里華が素早い蹴りや殴りで吹き飛ばしていく。
そうしてどうにか非戦闘組である雅や雪乃、それにいざという時は動くつもりでいたらしい〝影〟と、運動能力という意味では劣る聖奈が包囲網を抜けたところで、奏星が炎をレッドヒュージスライムの前に広げ、バリケードよろしく道を遮った。
「どうにか抜けた……! けど、これ全部燃やすのはちっとキツいかも……」
でしょうね、と莉緒菜は嘆息した。
すでに〝超常級〟と対峙している〝虎〟と〝椿〟とは、かなり距離が空いてしまった。
幸い、取り巻きの狙いは自分たちのようではあるが、その取り巻きですら厄介な魔物の代名詞であるスライム系、しかもそれが3桁に及ぶ程の数がいる。
「瑛里華、雷撃で核を破壊できるかしら?」
「やってみる価値はありそうやな。けど、電気通るんか、あれ」
「魔力水なら電気は通るよ。けど、それが核にダメージを与える程になるかはあーしも分からないかも」
「なら、試してみましょう。正直、るかちーがいればどうにでもなったと思うのだけれど……、仕方ないわね。彼女たちが戻るまでは時間をかけていきましょう」
流霞の【潮汐破断】があったのなら、レッドヒュージスライムでも破壊を付与したり、あるいは振動を利用してダイラタンシー現象を回避したりもできるかもしれない。
ハッキリ言って、今回の敵は相性が悪すぎる。
そう言わざるを得ない魔物が眼前を埋め尽くしていた。




