超常個体グラトノス
流霞と美佳里がドローンを迎撃しに向かっている、ちょうどその頃。
前線に残った奏星と、雅と雪乃。そして〝魔女の饗宴〟のメンバーは、〝虎〟と〝椿〟、それに〝鴉〟に先導される形で崩壊地域内の魔素濃度レベル4地域の端、レベル5地域に入ってすぐの片側二車線道路に到着していた。
かつては主要道路であったことが窺える、この辺りにしては広い道路。
しかし今ではアスファルトもひび割れ、落ち葉や土で汚れ、道路沿いの建物という建物の全てが廃墟と化しており、冬の冷たい風が、底冷えさせるような冷たさを伴っているようにすら思えた。
もっとも、神奈川の崩壊地域をホームグラウンドとしている『亡霊の庭園』メンバーにとっては見慣れ、感じ続けたものであったのか、それらの光景を前にしても特に気にした様子はない。
神奈川に比べればマシ、とでも言いたげな空気すら放ちながら、〝鴉〟が口を開いた。
「もうすぐ〝影〟がこっちに来るにゃりにゃ。通信によると、今回の〝超常級〟は『増殖型』にゃ。戦闘状態に入った途端にスイッチが入ったように増殖して、その後は時間経過で際限なく増えていくにゃりよ」
「は……!? 際限なく増える!?」
「そうにゃりにゃ。一回戦闘モードに入ると、まずは一度目の増殖。そこからはおよそ2時間単位でそれぞれの個体がまた増殖を発生させるにゃ」
「はぁ!? なんやそれ!? ってことは2時間後には4体、4時間で8体になるっちゅうんか!?」
「んにゃり。しかも強さは変わらず、ただただ同じ強さの個体が増えるにゃりにゃ。強さが1として、それが半減したり割られたりなんてことにはならず、単純に2倍になっていくにゃりよ」
雪乃と瑛里華の二人が、〝鴉〟の説明を聞いて絶句する。
もしもそんなものが際限なく増え続ければ、この魔素濃度レベル5の地域に〝超常級〟が溢れることになるのである。
魔素濃度レベルが低いところに出ていくことはないとは言え、そんなものが溢れれば、攻略はまず不可能になるだろう。
それどころか、さらなる進化を行う可能性すらある。
故に、『増殖型』は発見、接敵次第確実に処理しなければならない。
それが『亡霊の庭園』のルールでもあるという。
一方で冷静に説明を聞いていた莉緒菜は、冷静にその意味を理解して、並走する〝椿〟へと声をかけた。
「つまり、カウントダウンは始まっていて、次の増殖までにその2体を倒しきらなきゃ負担ばかりが増していくのね」
「その通りだ。しかもそれぞれに取り巻きも生み出している。数だけで言えば、2体に増殖しただけでも面倒過ぎる状態だと言えるだろう」
「なるほどね。ちなみに、『増殖型』なんて言い方をするということは、色々他にも特徴があるということね?」
「そうだ。下層の魔物はただでさえ強いが、その異常進化個体であり、かつ異様な能力を持つものたち。それが、〝超常級〟や〝超越級〟と呼ばれる連中だ」
「……それはまた……。強さはともかく、相手にするのが面倒そうね」
「ふふ、その通りだ。此方もそう思う」
中層の異常進化個体の強さを、奏星や〝魔女の饗宴〟の面々もよく分かっている。
それが下層クラスの魔物のものともなれば、その脅威度は今の自分たちでは想像もできない。
レベル9という猛者の集まりである『亡霊の庭園』であっても踏破できないのも無理はないだろうな、と莉緒菜は思う。
とは言え、だ。
「相手が強いのなら、こちらの得意を押し付ける方が良さそうね。〝影〟がこちらに来るまで、あとどれぐらいかしら?」
「10分はかかんねーにゃりにゃ」
「10分、ね……。菜桜、少し偵察をお願い。近くに魔物の群れがいたら教えてちょうだい。相手が増殖するというのなら、こちらも手数を増やして対抗しましょ」
「ん、おけ。ちょっと見てくる。――【韋駄天】」
相手が増殖してそれぞれに群れを連れてくるというのなら、通常の倍の数の魔物が現れるということだ。
それだけの数が相手であるなら、いちいち倒して増やしてと繰り返すだけで済ませるよりも、最初からそれなりに数を増やしておいた方が戦いやすい。
そう考えて動きだした莉緒菜と菜桜、そして「いってらー」と見送った瑛里華と、【支援魔法】で強化系の魔法を付与して見送った聖奈の落ち着きぶりに、〝椿〟はもちろん、〝虎〟や〝鴉〟は感心していた。
これから戦う〝超常級〟が増える。
それはつまり、自分たちよりも強い相手が増えたと言っているようなものなのだが、それでも冷静に勝つための準備を進め、冷静に必要な最善のために動ける判断力と胆力は、称賛に値する。
数分と経たずに菜桜から合図が届いたのか、莉緒菜が菜桜の方に向かって駆け出していった。
そんな〝魔女の饗宴〟メンバーを他所に、屈伸して足を伸ばしていた奏星は、大事な公式戦を前にしているアスリートのように集中した面持ちで真っ直ぐ前を見つめていた。
――るかちーとミカミカなら、上手くやってくれる。なら、あの二人が来るまでしっかりやんねーと。
集中して自分の世界に入り込むような奏星であったが、そんな奏星の目の前に液体の入ったアンプルサイズの瓶が差し出されて、はっと我に返って顔をあげた。
「緊張してんのかー?」
「珍しいじゃん、奏星がそんながっと集中してる感じー」
「……あー……、そんなだった?」
「うん」
「ガッツリ集中してたわ」
からからと笑ってみせる雅と、どこかニヤニヤした笑みを浮かべる雪乃。
そんな二人のいつも通りとも言える姿に、緊張感を抱いていたらしい身体からふっと力が抜けたことを感じつつ、雅が差し出していた瓶をまじまじと見つめた。
「これなに? 魔法回復薬?」
「うんにゃ、新作」
「新作?」
「そそ。『奏星専用炎強化薬』って感じ。これ投げつけたとこに火つけてくれたらボンっといくヤツ」
「……え、なにそれ? 名前聞いても全然わからんし。爆薬みたいな?」
「みたいな感じ? 魔法薬だから普通の火には反応しないっぽいけどねー。魔力由来の炎には反応するみたい。ほら、あーしが前に作った『発火薬』あったじゃん? あれは魔物由来の魔力に反応してたけど、今回は奏星の魔力専用にしたやつ」
「マ? そんなんできんの?」
「奏星の魔力水使って工程を少しいじったらできちまったわー。火属性系の魔物素材も使っててどんぐらい強くなるか分からないから、あーしが投げ当てたら言うから火よろー」
「りょー」
爆薬めいたものを作り上げ、軽く放課後出かけようぐらいのノリのやり取りで着火する計画が立てられたことに密かに〝虎〟が「こいつらマジかよ」と引いていた。
そんなやり取りをして数分。
菜桜と莉緒菜が戻ってくるまで、必要以上には固くならず、けれど心地良い程度の緊張感を保っていた時に、それは聞こえてきた。
「――来たにゃりね」
ずしん、ずしん、と地響きを伴って少しずつ近づいてくる音の気配。
廃墟となった建物から瓦礫の破片が崩れ落ち、ぱらぱらと音を立てるその中で、横合いの路地から黒い人影が飛び込んできて、滑るように停止しながら〝鴉〟の隣で動きを止めた。
その人影――〝影〟の前に、〝虎〟と〝椿〟が歩み出て、音の方向に身体を向ける。
奇妙な静寂が流れた。
嵐の前の静けさを思わせる、耳が痛くなるようなキィンと甲高い音が聞こえてきた――次の瞬間、〝影〟が飛び出してきた建物と建物の間、一車線程度の道幅がある脇道から、建物を叩き崩しながら、それは現れた。
「――半透明の赤い巨人……!?」
「チィッ、レッドヒュージスライムの〝超常級〟だ。人型になったり獣型になったり、変化は自由自在。倒し方は、あの体内で赤く光ってる魔核の破壊だ」
声をあげた雅に〝虎〟が淡々と答える。
そんな〝虎〟の声をかき消すように、廃墟と化した建物を壊す一体を飛び越えるように、巨大な狼の形を取ったレッドヒュージスライムの〝超常級〟が道路に飛び込んできた。
同時に、バラバラと人とほぼ同じサイズのレッドヒュージスライムが数十、数百とあちこちから滲み出るように出てきて、周囲を取り囲んだ。
「――囲まれた……っ!?」
「落ち着け。雑魚はおまえたちでも充分に倒せるはずだ」
「此方たちがそれぞれ一体ずつ〝超常級〟を相手取っていく。その間に雑魚の処理を頼む」
「ボクは二人の援護だにゃー。〝影〟は雅ちゃんとゆっきーちゃんの護衛にゃりね。あ、それと、こいつらは粘液の身体にゃけんど、攻撃する時には強烈な酸でできた身体に変わるにゃりにゃ。武器をぶっ刺したままにしたり、えりにゃんみたいに打撃で腕を突っ込んだりしたら焼かれるにゃりにゃ」
慌てた様子で声をあげる雪乃に、〝虎〟、〝椿〟、〝鴉〟が続ける。
その一方で〝影〟に「よくやった」とグーを突き出す〝虎〟に〝影〟が若干おどおどしながら手を突き出してコツンと当てて応えている姿は、もしもここに流霞がいたら「よく頑張った!」と称賛を送っていたであろう。
ともあれ、舞台は整った。
レッドヒュージスライムの〝超常級〟、解析個体名〝グラトノス〟2体と、その取り巻き数百というレッドヒュージスライムたち。
莉緒菜がつい先ほど狩ってきて死霊として従えた魔物たちと影の戦士たちを周囲に展開し、瑛里華が甲高い放電音を奏でながら口角をあげ、菜桜がトントンとステップを踏む。
雅と雪乃が息を呑む中、そんな二人の横に移動した〝影〟が小さく頷く。
そして奏星が、自らの周囲に炎の蛇のようなものを生み出し、くねらせて従えた。
「――戦闘開始だッ!」
咆哮するように告げた〝虎〟の声を合図に、両者は一斉に動き出した。




