ドローン対策
千葉県内、自衛隊安房崩壊地区監視基地。
もっとも、建物は元は消防署であった場所を利用しているだけなのだが、それはともかくとして、ここは安房地域で引き起こされたダンジョンブレイクによる、魔物の動きを監視するための自衛隊によって設営、運用されている基地だ。
崩壊地域の監視と巡回、隔離壁よりもこちら側に出てきた魔物たちを発見次第、討伐することを目的とした基地である。
「くあぁ……っ」
「おいおい、監視員が寝落ちなんて勘弁してくれよ?」
「……さすがにそんなことはしねぇけどな。ただ、肉眼でモニターだけを見てるって、ある意味地獄だろ。どうせAIが異常を検知したら音と映像で報せてくれるっつーのに、人がつく必要あんのかよ、これ」
「くくっ、違ぇねぇわ」
そう言いながら男が顎で指した先にあるのは、巨大なモニターだ。
複数機のドローンが空を飛び、崩壊地域の周辺地帯――隔離壁周辺をゆっくりと蛇行するように設定されたルートを飛び、人の領域に魔物がいないかを監視しているドローン映像が分割して切り替わりながら表示される。
動体を検知してAIが解析、人であれば特に反応することはないが、データベースに登録されている魔物に照会しつつ、合致すれば発見警報が鳴り響き、合致しないものがあれば肉眼での確認を人間に依頼するための効果音が鳴り響く。
これに加えて、境界壁に近いところでは監視カメラも点在しており、魔物が通れば同じシステムが働くようになっている。
一昔前の信頼性に欠けるAI技術とは異なり、正確なシステムは見逃しを許さず、これまでもしっかりと魔物を感知し、人的被害が生じるような事態を招かずに、未然に発見、討伐に成功している。
とは言え、ダンジョンブレイクが起こった地域――いわゆる崩壊地域から魔物が境界壁を越えて侵攻してくるということは起こっていない。
こうして監視員が常駐しているとしても、せいぜいが弱い魔物が数匹程度、崩れた隔離壁を抜けて出てきたことを報告するか、内部の魔物たちがおかしな行動をしていたり、地形が変形するような事態が発生した場合に確認、哨戒部隊に連携するという程度の仕事だ。
だからこそ、椅子に座った男は欠伸を噛み殺しながら愚痴るようにそんな感想を漏らしたのである。
24時間勤務の警衛勤務にも近い監視任務に就いている者は、愚痴を口にした男を入れて5名、2名ずつの常駐で対応する。
その内の一人である同僚が、休暇を利用して買い出しに行く前にと立ち寄りついでに差し入れてくれたコーヒーを受け取って、短くお礼を言って口に運んだところで、立ち寄った方の男が改めてモニターを見つめた。
「システム様は相変わらずか」
「当たり前だっつの。何かあったら俺だって目も冴えてるっつの。あー、ったく。せめて8時間勤務の3交代とかにしてくんねぇかね、これ。24時間缶詰じゃなけりゃもっと気楽なんだが」
「ま、そう言うなよ。割と自由にやれる仕事なんだからな。俺たちみたいな、規律だとか縦割り組織に根っから向いてねぇような人種にゃ、こういう仕事の方が案外楽ってもんだろ」
「……ま、それもそうだわな」
こういった基地に飛ばされるのは、基本的に出世コースから外された者たちだ。
出番もなく、誰でもできるような簡単な仕事を任せられる。簡単な仕事である一方で、出世とは無縁な立場に追いやられるのだが、この二人にとってはそれぐらいでちょうどいい、というようなスタンスで任務に就いていた。
「んで、今日はどこまで買い出しに行くんだよ」
「大したもんじゃねぇんだけどな。ちょいと冬用の肌着だとかを買い替えたくってな」
「そんなんかよ。ったく、つまんねぇな」
「うっせ。なんかついでに買ってきてほしいモンとかあるか?」
「あー……。いや、特にねぇわ」
「そうかい。ま、なんかあったら携帯に連絡くれや――」
差し入れついでに軽い会話を男がしていた、その時だ。
突然、ピーピーピーと甲高い警報音が鳴り、ブラックアウトした映像と地図データが表示され、バツ印のついたポイントが表示された。
ドローンの反応が消失したポイント。
墜落原因は不明と表示されている。
一見すれば異常事態にも見えるものではあるのだが、しかし男たちは何一つ焦ることもなく、それどころかどこか面倒臭そうな表情を浮かべていた。
「ドローンが落ちたか」
「マジかよ、運のないドローンだったな」
「だなぁ。だーっ、アラートうるっせぇ! はいはい、確認指示出しますよーっと」
安房地域の崩壊地域では飛行型の魔物は滅多に出て来ない。
そういった魔物が多い神奈川のような場所ではドローンが撃墜されるケースも多いため、衛星写真などを利用して内部を確認することもあるのだが、安房地域の場合はそれがない。
もっとも、衛星写真もドローンも、崩壊地域の深い場所――〝鴉〟の言う魔素濃度レベル6以上の場所は撮影ができない。レンズ越しに表示しようとしても空間が歪んだように表示されてしまうため、その全容を解明できずにいるのである。
特に神奈川崩壊地域は、複数のダンジョンがダンジョンブレイクを引き起こしたため、その範囲はかなりの広範囲に及ぶ。
神奈川に比べればマシなのが安房崩壊地域ではあるのだが、武装型の魔物などの中には、わざわざ鳥を狙って石を投げつけたり弓を射って撃ち落とすようなものがいたり、野鳥がそういう類の魔物から逃げるために慌てて移動し、ドローンにぶつかってしまい、運悪く落下する、というような事故は起こる。
故に、この時点で二人が慌てることはなく、一番近いポイントを飛んでいるドローンの二機に、落下ポイントを確認しに向かわせるよう指示を出し、アラートを止めただけで対応は完了する。
それが彼らにとってのいつも通りの対応、というわけだ。
「落下寸前のレポートでも、地形変動なんかはねぇみたいだな。ってなると、事故の類だろうな。やっぱ武装ゴブとかにやられたパターンか?」
「あいつら弓の腕はそれなりにいいんだよな」
「ほんとうぜぇわ。このアラート心臓に悪いしよ。ちょっと眠くなってきた時に鳴ったりするとビビるわ」
「分かるわ、それ」
「つかもう事故って分かってんだから、いちいち確認しなくて良くねぇか?」
「レポートは上にも送られるからな。さすがにそれやっちまったらマズいだろ。一応確認はしておかねぇと、俺らの給料に響く」
「分かってんだけどさぁ……」
まったくもって緊張感のないやり取りをしながら、現場へと向かうドローンの映像を大きく表示させる。
別のモニターには過去にその一帯を飛んで撮影した際の映像が映し出され、その比較によって地形の変化が大きくなっていないか――つまり、強い魔物が移動してきていたり、大きな動きはないかをチェックしているが、それらしい情報は一切ない。
そうして10分ほど、落下地点の近くへと到着したドローンが減速――その瞬間、一条の光線が木々の間から放たれてドローンを撃ち抜いた瞬間を、もう一機のドローンが映し出した。
「なんだ、今の。魔法攻撃か?」
「発射ポイントの確認急げ」
「了解――って、え!? なんだ!? いきなり落ちたぞ!?」
攻撃されることもなく、エラーも吐かないまま突然《《地面に引っ張られるように》》落ちていく、もう一機のドローン。
木の枝にぶつかったのか、ぐるぐると回って落ち始めたドローンが落下すると同時に、すぐ傍にあった魔物の姿を映し出してから、映像がブラックアウトした。
「あー、今の魔物って武装オークか?」
「っぽいな。魔法系のオークにやられた可能性が高いわ」
「最悪じゃん。うわー、だる。3機も落とされるとなると、ちょっとあのルートは飛ばさない方がいいな。下手に何台も飛ばすと、全部やられちまう。ドローンも安くねぇし、お小言じゃ済まなくなるわ」
「報告書決定じゃん」
「ほんとクソだわ」
「報告書作成の前に、他ルートのドローン飛ばしておけよー。んじゃ、俺はもう行くわ」
「おう。あーっ、報告書だりー……」
ドローンが落とされたことに対して危機感を抱くこともなく、ただただ「運が悪かった」というような二人は、大してこの状況に固執することもなく、淡々と処理を続けていく。
ただ、こればかりは彼らが悪いと一概に言えることでもなかった。
そもそも崩壊地域に好き好んで入り込む者はいないし、そんな存在がドローンから隠れるならばともかく、ドローンが落とされることも決して珍しいことでもないため、人が打ち落としているとは考えもしなかったのだ。
「――ナイス過ぎっしょ、るかちー」
「うーん、どうだろ。わざと武装オークの近くに落としたから、勘違いしてくれたらいいんだけど」
最初のドローンは、完全にドローンのカメラの視覚外からの美佳里の狙撃であり、その次も同じ。
さらに少し離れた位置から、ドローンが落とされる瞬間を見守るように動きを止めたドローンは、流霞が重力操作を利用して叩き落としつつ、軽く小突いて近くにいた武装オークのすぐ傍に落とし、武装オークが振り向いたタイミングでドローンを上から踏み潰しつつ着地、武装オークを狩り尽くしたところである。
これで魔物に落とされたと勘違いさえしてくれればいいな、という流霞の思いつきの策を聞いて、美佳里が素直に称賛の声をあげていた。
「〝鴉〟ちゃんが言うには、30分ぐらい待って追加が来なければ、今日はこのルートの監視を諦めるって感じらしーね」
「……普通、逆に警戒を強めたりしないのかな?」
「どうだろ。神奈川でもドローンを落としたりして確認したことがあるみたいだから、それがマニュアルになってんじゃね? とりあえず、ウチらもそれまで待って何もなければすぐ戻りだね」
「うん、分かった」




