アクシデント
翌朝、早朝。
一行は一通りの魔物の処理が終わった魔素濃度レベル4地帯の一角へと向かって移動を完了し、軽い休憩を取っていた。
今は〝超常級〟を〝影〟が偵察。
この後、本格的に接敵する前に最後のミーティングをしているところである。
「ドローンは相変わらずこのルートで見回っているみたいにゃりよ。この一帯は通ってないっぽいにゃり」
「多少派手にやっても問題はなさそうだな」
「多少、の範疇が狭いのは間違いねーにゃりにゃ。あんま目立つとドローンが飛んでくるにゃりよ。特に、〝超常級〟はタフな魔物にゃし」
「こちらが気を遣っていたとて、魔物はそんなものはお構いなしに攻撃してくるものだ。〝鴉〟よ、あまり配慮ばかりしてはいられんぞ。場合によっては討伐して即撤収を視野に入れておくべきであろう」
「んにゃり。むしろそのつもりでいてほしいにゃ。るかちー、りおなんもそれでいいにゃりにゃ?」
「うん、大丈夫」
「えぇ、問題ないわ」
最終確認を済ませる『亡霊の庭園』メンバーから話を振られ、流霞と莉緒奈がそれぞれに頷いた。
会話にも出ていた通り、魔物はこちらの事情など汲んではくれない。
派手な攻撃を仕掛けてくるようなタイプのものも決して珍しくもなく、そのせいでドローンで様子を見に来られてしまっては面倒だ。
故に、〝鴉〟は戦闘を行う時間帯を指定していた。
「戦闘時間は8時20分頃にドローンが近くを通ったそのすぐ後――8時30分にする予定にゃ。〝影〟がその時間に合わせて〝超常級〟をここに連れてくる予定になっているにゃりよ」
「ドローンが戻ってくるのは?」
「プログラム通り飛んでるだけなら11時過ぎにゃりね」
「そんだけ時間がありゃぶっ潰すにゃ充分だ」
「にゃー、〝虎〟はそれまでに倒せばいいと思ってるにゃりね。そーじゃねーにゃりよ。それまでに倒して撤収、魔素濃度レベル3地帯を抜けておきたいにゃりよ。じゃねーとドローンのせいで逃げ道を失いかねないにゃりよ」
「となると、流霞殿のおかげで余裕はあっても、せめて10時には戦闘を終えておきたいところか」
およそ1時間と半分ほどの時間で戦闘を終わらせる。
これまでに〝超常級〟や〝超越級〟というような魔物と戦ったことがなかった流霞たちの感覚では、「そんなに時間のかかる戦闘があるのか」という感覚が強い。
ましてや、『亡霊の庭園』のメンバーは雅から聞いた話ではレベル9であることを、流霞たちも昨夜耳にしたばかりだ。
そのような実力者たちですら、そこまで時間がかかる相手なのかと首を傾げていると、〝鴉〟がそれに気が付いて苦笑を浮かべた。
「あー、ボクらが本気で戦った場合はそんなにかかんねーにゃりよ」
「え、そうなん? だったらなんでそんな時間気にしてるん?」
「今回はみんなに〝超常級〟の取り巻きと戦いながら、〝超常級〟を知ってもらうことが目的でもあるにゃりにゃ。そういう時間を作ることを考えるとちょっと短いにゃりねー」
「そっかそっか。ありがとね」
「気にしなくていいにゃりよ。みんなもいずれ〝超常級〟や〝超越級〟と戦うことになるにゃりにゃ。そん時に知ってんのと知らねーのとじゃ訳が違うにゃりね。今回ボクらっていう、確実に勝てる存在と一緒に体感しておいてほしいにゃりよ」
横合いから理由を訊ねてくれた奏星と〝鴉〟の会話を聞いて、流霞もようやく得心が行った様子で頷く。
――レベル9かぁ……。凄いなぁ……。
改めて流霞は目の前にいる3人を見てそう思う。
この崩壊地域での経験で思ったことは、とにかく魔物の数が多い、ということだ。
ダンジョンに比べて障害物も多い上に数も多く、実力もある魔物たちを相手にするというのは、肉体的にも精神的にも苦しい戦いを強いられる。
特に、流霞のように物心ついた時から孤児院で色々と教わり、戦い慣れているようなタイプではない奏星や美佳里たち、それに〝魔女の饗宴〟のメンバーたちにとっても、足場の悪さや視界の悪さというのはかなりのディスアドバンテージとなってしまい、対応が後手に回る面倒さというものを強く実感させられた。
目の前にいる〝虎〟や〝椿〟、そして非戦闘系のダンジョン因子持ちであるという〝鴉〟と、斥候役を担っている〝影〟でさえもが、そんな場所で戦い続け、表の最高レベルであるレベル6を大きく超えた先にいる。
一体どれだけの戦いを乗り越えてきたのかと思うと、その研鑽は称賛に値するものだと思う。
それと同じぐらい、『どれだけの強さがあって、どう差を埋めれば届くのか』と考えて口角をあげていたりもするあたり、実に流霞らしい感想を抱いていると言えた。
そんな流霞の内心に気が付いたのか、〝椿〟がふっと小さく笑った。
「さすがにレベル6以下では荷が重い相手だ。――しかし、此方はもしかしたらそなたたちならば、とも思っている」
「それって……」
「此方たちの判断次第ではあるが、場合によっては〝超常級〟本体との戦いにも参加してもらうことになるだろう」
反応はそれぞれであった。
奏星や莉緒菜、瑛里華は僅かに息を呑んでから真剣な眼差しを返して頷き、美佳里や聖奈は己がどのように立ち回るかを思考する。菜桜は相変わらずであったが、相手が何者であろうとやることは変わらないと割り切っているようにも見えた。
そして流霞は、いつもの「きひっ」という笑いが漏れそうになって、慌てて止めた。
「――おっ、〝影〟から連絡にゃりね。ちょい待つにゃ」
イヤホンマイクを抑えて背中を向けて数歩ばかり離れたところに進んでいく〝鴉〟を見送りながら、そういえば、と瑛里華が口を開いた。
「〝影〟やん一言も喋れへんかったわ。雅っちゃんとかどないやった?」
「話しかけようとすると離れてったからむりー」
「るかちーの強化版って感じ」
「えっ!?」
「るかちーはほら、ウチらがわーって行っても逃げないじゃん? 〝影〟やんはこう、すーって離れて行ったり姿消えたりするんよ」
「……私も【朧帷】使えばワンチャン消えれる……?」
「いやいやいや、そっちに突き抜けようとすんなし」
根っからのコミュ障オタク少女の流霞は、今でも陰キャであると自負している。
最近は配信の影響からか、学校でも大して親しくない相手から声をかけられ、一言二言喋っては気まずい沈黙が流れるという事例も増えている。
今度からは〝影〟を見習って自分も【朧帷】や【潭月鏡身】を使えば、もしかしたら人から逃げられるのでは、と思いついたのだが、奏星にツッコミを入れられて断念した。
そんな平和な時間であったが、しかしその流れは突然終わりを告げた。
「――〝影〟から連絡! 〝超常級〟が増えたらしいにゃ!」
「っ、まさか『増殖タイプ』か!?」
「そうらしいにゃ! 〝影〟がわざと見つかった瞬間、増殖が始まったそうにゃ! 時間が経てば経つ程厄介になる相手にゃよ! 早急に叩かねーとまずいタイプにゃ! 全員、戦闘準備!」
「だが、複数となれば戦闘の余波は派手になる。ドローンに見つかるぞ」
「それは……っ」
唐突に訪れた、平和な時間の終わり。
この場にいる〝鴉〟ら『亡霊の庭園』の面々が何を言っているのかは分からないが、しかし予定通りに事が運ばなくなったことだけは明確であった。
当所の予定では、ドローンが通り過ぎた後で討伐を開始する予定だった。
だが、〝超常級〟が『増殖タイプ』だと聞いた途端に、時間をかける訳にはいかなくなった、ということだけは、流霞たちにも理解できた。
そして、問題は偵察のドローンである、ということも。
「――だったら、あーしがるかちーと一緒に行動して、ドローン撃ち落とすってのはどう?」
そんな言葉を口にしたのは美佳里であった。
その場にいる全員からの視線を受けて、美佳里が続ける。
「こっちに来るドローンのルートを教えてもらって、あーしがるかちーと一気に移動する。んで、ドローンを離れた場所で見つからない場所から撃ち落とす。そうすりゃ、他のドローンが来たとしても、ドローンが落ちたとこの周辺を調べにいく流れになるだろうし、時間も稼げんじゃね?」
ドローンが落ちれば、その情報はドローンの発着を管理している場所に知られる。
そうなれば、必然的にドローンの落下ポイントで何かが起こっていると勘違いして、その場所や周辺を調べるべくドローンをそこに飛ばすだろう。
ドローンのルートは〝鴉〟がすでに割り出しており、流霞の移動速度を使えば、かなりの距離を稼いでおける。
さらに美佳里が離れた位置から撃ち抜けば、ドローンが〝超常級〟と戦う場所に近寄らせずに時間を稼げるはずだと考えたのだ。
最善とは言えないかもしれない。
だが、何もしないよりは圧倒的にマシというものだろう。
「……迷ってる暇はねーにゃりにゃ。るかちー、ミカミカちゃん、お願いできるにゃりか?」
「るかちー、勝手に決めちゃってごめんけど、いい?」
「うん、大丈夫。すぐ行こう」
「おけ! 〝鴉〟ちゃん、ドローンのルートちょうだい! るかちー、行くよ!」
「うん!」
こうして、〝超常級〟との戦闘は予期せぬ方向に転がるアクシデントを伴って、今、始まろうとしていた。




