可能性の話
「――明日の本番に備えて、今日はここまでだ」
周囲に転がる無数の魔物であったものたちが、物言わぬ屍となって辺りを埋める。
その中心に佇む白銀色の髪をした流霞と、そんな流霞に背中合わせで佇む、オレンジがかった金色に髪が染まりきった奏星の二人。
そんな二人と少し離れた位置、瓦礫に腰掛けた美佳里が深く溜息を吐きながら、夕陽に染まった空を見上げた。
「ぁ゛ー……、マジで疲れた。るかちー、だいじょぶ?」
「……すぅ……、はぁ。うん、色々とできることも増えたし、満足」
「ははっ、そーゆー話じゃなくね? んじゃ、こいつら全部燃やすから、下がってー」
「うん、ありがとー」
流霞が離れていくのを確認した奏星が、魔力を操って炎を放つ。
自らの周囲に広がった炎は意思を持った大蛇のように、周囲に転がっている魔物たちの身体に触れて焼いていった。
魔物の身体は生きている間は様々な抵抗力を有しているが、命を落とすとそれらは消える。これはダンジョン内であれば消えてしまうために確認できないことであったが、崩壊地域では誰もが知っている変化であった。
これには魔物自身が有した魔力障壁が関係している。
魔力障壁はあくまでも生きている間にのみ発生するものであり、命を落としてしまったただの魔物では魔力障壁を発生できなくなるためだ。
いくら奏星でも、生きている魔物が相手であればもっと魔力を込めなければ燃やし尽くすことはできない。
それを踏まえたとしても、魔物という生き物は皮膚も分厚く、なかなか処理が面倒ではあるのだ。
奏星がいとも容易くそれらを炭化させるだけの炎を容易く扱っていることに、〝虎〟も最初に見た時は驚愕させられたものであったが、今となっては処理が簡単であることを素直に喜んでいる。
もしも魔石を一匹ずつ抜き取れと言われれば、きっとげんなりとしたに違いないだろう。
一通りの魔物の処理を済ませ、前線拠点として利用している立体駐車場に戻れば、すでにそこには〝魔女の饗宴〟だけではなく、後方の拠点で活動していたはずの〝影〟と〝鴉〟、そして雅や雪乃の姿があった。
「あれ、雅にゆっきーじゃん!」
「やっほー、きたよー」
「おつおつー」
「おっつー。つかここ魔素濃度レベル4地帯の目の前だけど、だいじょぶなん?」
「へーきへーき。つかウチら、魔素濃度レベル2地帯の奥で狩りしてっし」
「はっ!? どゆこと!?」
きゃっきゃしながら話し合う奏星と美佳里、そして雅と雪乃。
そんな4人と少しだけ離れたところで会話に参加している風に話を聞いている流霞であるが、流霞も奏星に話を振られ、雪乃に手を引かれ、円陣を描くような位置に引っ張り込まれた。
流霞が自ら輪の中に入れなくとも、周りがこうして引っ張り込んでくれるおかげで浮くことはないのである。
そんなJK組のきゃっきゃしたやり取りとは裏腹に、『亡霊の庭園』メンバーもお互いに情報交換を行っていた。
「二人とも、おつかれにゃりにゃー」
「おう、そっちもな。非戦闘員組まで連れて来たのか?」
「にゃっふっふーん。実はあの二人、《《レベル3》》に上がったにゃりよ」
「は……?」
「なんだと……?」
予想もしていなかった〝鴉〟の報告を聞いて、〝虎〟と〝椿〟の二人が思わずといった様子で声をあげる。
二人の視線を受けながら、〝鴉〟は得意げになって続けた。
「やっぱり、ボクらが思っていたレベルアップの3要素は、正しくもあり、けれど足りていなかったんにゃりにゃ。あの二人を見て確信したにゃりにゃよ」
「あの二人?」
「んにゃ。あの二人、アイテム作りで魔力の扱いが尋常じゃなく上手くなってるっぽいにゃ。多分だけど、そっちもレベルアップ要素の一つに加わってくる可能性が多いにゃ。つまり……」
「……レベル9の壁を超えるのは、魔力の扱いも関係する可能性が高い、ってことだな?」
「その通りにゃ」
もともと、雅や雪乃はひたすらに己のダンジョン因子である【魔法薬調合】と【魔導裁縫】を使い続けてきた。
レベルアップのための3要素である『因子の活性化』、『方向性の拡張』、『魔素汚染度』で考えた場合、その最初の二つがすでにレベル3のラインに達していて、遅れて『魔素汚染度』の上昇によってレベルが上がった、とも考えられるかもしれない。
だが、〝鴉〟は「それはない」と考えている。
何故なら、まだ雅や雪乃は『方向性の拡張』については低い水準であると言わざるを得ないからだ。
であるのなら、他の要素が噛み合って、レベルアップを押し上げる形になったと考えるのが妥当だろう。
そう考えた時に、あの二人の魔力操作の繊細さや技術というものが気になった。
この数日で雅と共に、研究者目線でダンジョンの様々な謎に対する仮説をぶつけ合った。
時には自分の知る知識、発表されて公開された情報などをお互いにぶつけ合いながら。
そうして話し合った中で、確証はまだないものの、確信めいたものを抱かせるものがあった。
「んで、ちょっと面倒な話は先にさせてもらうにゃ。実は昨夜、雅ちゃんと話していて、ボクらは一つの仮説に辿り着いたにゃりにゃよ。それは、〝ダンジョンには明確な意思があるのではないか〟というものにゃ」
「ダンジョンに明確な意思?」
「んにゃり。それを伝えるには、『第3世代』と呼ばれている、ここ3年程で出てきた世代が関係しているにゃりにゃ」
「『第3世代』か。此方も聞いたことはある」
「俺もだ」
若い世代――特に、この3年程で出てくるようになった、不思議なダンジョン因子。
これまでの分かりやすいシンプルなものとは違い、どうにも答えが見つかりにくいような、どこか迂遠な名称をしているようなダンジョン因子を持つ者たちを指した言葉、それが『第3世代』と呼ばれている。
「雅ちゃんたちは、【魔法薬調合】と【魔導裁縫】っていう、ダンジョン因子としては意味の分かりにくいものにゃりにゃんね。こういう、なんだか専門的なダンジョン因子が増えているのが『第3世代』の特徴にゃ」
「そうだな。確かに、此方らのものはもっと分かりやすい」
「んで、『第3世代』はどうも魔力を使えるようになることでダンジョン因子としての役目を発揮できるものが多いらしいにゃりにゃ。これは雅ちゃんパパのとこの『明鏡止水』も協力してくれて、明確にその傾向が強いことが判明しているにゃり」
「……ッ。〝鴉〟、そなたはまさか、ダンジョン側が魔力というものに着目するよう誘導するために、『第3世代』を生み出した、と……?」
「そうにゃ。雅ちゃんとボクは、その可能性がかなり高いと考えているにゃりよ。ダンジョン発生から半世紀。この節目とも言える時期に、どうしてダンジョン因子にこんなに分かりやすい変化が生まれた理由は、ダンジョンに意思があり、そういう方向に誘導しようとしている、と考える方がいっそ自然にゃりよ」
その仮説にぶつかった時、雅や雪乃はただただ単純に「有り得る!」と盛り上がるだけではあった。
しかし、〝鴉〟だけは真剣な表情をしたまま何も言わず、雅たちにどうしたのかと訊かれても誤魔化して笑うだけに留まったという経緯があった。
雅や雪乃は、気が付いていなかったのだろう。
その仮説がもしも真実だったとした時に、崩壊地域に思うところがあるメンバーがそれを聞けば、どんな感想を抱くのかを。
「――……フザけんじゃねェぞ……ッ!」
込み上がってくる怒りを堪えきれずに吐き出した〝虎〟の声は、思いの外、大きく周囲へと響き渡った。
きゃっきゃしていた〝金銀花〟と雅と雪乃、そして少し離れた〝魔女の饗宴〟メンバーも、何事かと〝虎〟を見つめた。
そのことに気が付いて、〝虎〟は瞑目して深く深呼吸しながら、怒りを呑み込んでいく。
まだ言いたいことは、叫びたいことは山程あるとでも言いたげな〝虎〟であったが、それでも、この場で爆発しない程度には冷静さを取り戻していた。
「……〝鴉〟。そなたは本気でそう思っているのだな?」
「んにゃり。もちろん、さっきも言った通り、確証はないけれど確信した、というような状態なのは間違いねーにゃりにゃ。これの答えがあるとしたら、それはきっと、ダンジョンの奥深く。踏破した先にあるかもしれねーってレベルにゃりよ。でも、ボクはこれが正しいとも思っているにゃりにゃ」
「……そうか。とりあえず、ここで話していても机上の空論を脱しないのは確かだ。頭の片隅には入れておくが、あまり考え過ぎないようにするとしよう。〝虎〟も、それで良いな?」
「……あぁ、分かってんよ、んなこたァよ」
「そうか。〝影〟もそれでいいな?」
静かな口調で続ける〝椿〟に問われて、〝影〟もまた静かに頷いた。
そもそも〝虎〟が怒るのも無理はない。
それどころか、『亡霊の庭園』の面々であれば、誰もが苛立ち、行場のない怒りを抱いたに違いない。
――ならばそのダンジョンの意思は、何故、自分たちの大切な場所をめちゃくちゃにした。
そんな思いがあることは、〝鴉〟にも分かっていたことであり、同じような感情を胸にしたからだ。
だからこそ、〝鴉〟は隠すことを諦めた。
いつか、どこかでこの仮説には行き当たることになる。
それを下手に抱え込んで『亡霊の庭園』内で不和が生じるよりも、仮説としてそうである可能性が高いと理解している方が、何かそれに関係するような情報を得た時に相談しやすい下地ができるだろうと、そう考えたからだ。
「とりあえず、この話はあくまでも仮説にゃりよ。今は明日の〝超常級〟との戦いを終わらせて、あの子たちを無事に帰すことに集中するにゃりよ」
「……はあ。そう思うなら、明日の戦いが終わってから話せば良かったではないか」
「え、嫌にゃりよ。なんでボクだけこの微妙な気持ちを引きずらなきゃいけないにゃりにゃ?」
「コイツ……」
「……こういう性質であったな、そういえば」
あっさりと言い放ってみせた〝鴉〟の態度に、なんとなくイラッとしつつも毒気を抜かれて、一行の間に流れる空気が緩む。
そうして改めて、それぞれの情報を確認した上で、ようやく〝超常級〟との戦いを前に改めて話し合うことになったのであった。




