安定した戦いと、さらなる決断
牽制に強い魔力を込めた魔弾を撃つ必要はない。
当たれば傷を負う無事では済まないもの、警戒すべきものと認識さえしてもらえればそれで良い。
だから、そのラインを見極めながら魔物たちを踊らせ、足止めさせ、時には逃げ場はないと錯覚させて飛び出させる。
美佳里が発現したスキル、【鷹の目】。
俯瞰した状態から周囲を見ているかのように、周辺の情報を完璧に把握できるこのスキルは、まさに後方からのサポート役に徹する美佳里にはぴったりだった。
時には背後から来ようとする魔物たちもいるが、美佳里はそれを冷静に牽制して前衛組へと報告し、即座に穴が空いた場所をさらに牽制、あるいは足止め用の弾丸で完璧に調整してみせた。
「なんかすっげー戦いやすいわ、ミカミカやば」
「うん、本当によく見えてる……」
炎を纏った細剣で接近した魔物を斬りつけ、その炎を半円状に広げるようにして他の魔物たちの動きを止めた奏星。
そんな奏星の横合いから前へと出て、大鎌をくるくると回しながら斬りつけていく流霞が答える。
「いやいやいや、二人もやってんことヤベーから」
たった二人で数十という魔物たちの襲撃を喰い止め、それどころか屠っているのが流霞と奏星の二人だ。
自分はあくまでも順序立てて小さく流れをコントロールしているが、そんな自分の役目とは比べ物にならない派手さだと言いたい美佳里である。
奏星の炎がどう動くのか、流霞には伝えていなかった。
それでも流霞は、炎が消えると分かっていたかのようにその一瞬を狙って動いているのだ。
美佳里にとってはそちらの方が理解ができない。
阿吽の呼吸とでも言うようなそれに比べれば、自分一人がやっていることはそんなに難しいものではない、と考えているようである。
が、そんな3人を見ていた〝虎〟が溜息を吐いた。
「どっちもどっちだ。普通の探索者たちじゃできねェよ、どっちの役目だってな」
「お、虎っち褒めてくれちゃう感じ?」
「虎っちはやめろっつってんだろうが。ま、それは抜きにしても、普通の探索者とじゃ比べ物にならねェのは事実だ。ただ……」
美佳里の横に並び、戦場の流れを上手くコントロールしているその横。
感心しながらも戦いぶりを観察している〝虎〟の視線は、真っ直ぐ流霞に向けられた。
――アイツは《《こんなもん》》じゃねェとは思うんだがな。良くも悪くも周りに合わせちまう癖でもついてんのか?
どこか不満げな感情を綯い交ぜにしながら出てきた感想は、〝虎〟が流霞を実に高く評価しているからこそ出てきたものだ。
以前見た〝適合反動〟。
あれは〝虎〟との会話の中で急激に因子に対する理解が進んだこと。
それに加えて、環境――つまり、魔素濃度の高い中層最下層、しかも『指定ダンジョン』の奥で、〝虎〟が異常進化個体の群れを軒並み潰して回ったことが原因で、魔素濃度がさらに上昇していたこと。
さらに、そんな場所でレベルアップしてしまい、流霞という器が広がったことで反動が発生したものだった。
ともあれ、そんな流霞の〝適合反動〟状態は〝虎〟でさえ『油断できない強さを持った存在』であったのだ。
攻防を兼ね備えた能力に、圧倒的な破壊力。
細腕からは想像もできない天性の戦闘の才能とでも言うべきか、インパクトの瞬間に独自魔法で重力を操って重量を増やし、加速させるという厄介過ぎる戦い方。
そこに加えて破壊という特性を有した赤い霧、重力を利用した高速移動。
それら全てを高い水準で使い続けるという異常性は、お世辞にもレベル3程度とは思えない強さであった。
つまり、流霞はそれぐらいの地力がすでに備わっている、とも言える。
あの〝椿〟ですら【権能】を用いて対応することを視野に入れる程の、厄介な強さをあの時の時点で有していたということだ。
あの時のスキルを流霞はあまり多用していない。
その姿が〝虎〟には、手を抜いているというよりも、どこか遠慮しているようにも見えてならなかった。
しかし、流霞から言わせればそんなことはないのだ。
もちろん、【潮汐破断】は仲間に当たるのが怖いということもあるのだが、その点の調整はすでに完了している。
流霞の戦闘スタイルであるロッドと大鎌だが、流霞はどちらかと言えばロッドの方が自分には向いている、というのが正直な本音であった。
パワーでぶん殴る系女子高生の流霞は、大鎌も扱えなくはないが、打撃よりも斬撃が有効なケースも発生するから仕方なく利用している、というのが正しいところである。
そんな流霞だが、最近は奏星と一緒になってスキルの拡張で何ができるのか、新しいスキルなどは手に入らないかと色々試しているところであった。
しかも流霞と奏星、適正レベル以上の魔物たちの群れを相手にそれを継続しているのである。
本気でまずい相手であれば出し惜しみはしないが、裏を返せば、たとえ群れが相手であっても《《思考を割く余裕がある》》という状態なのだ。
「――シィッ!」
奏星が次々に襲いかかるレッドウルフを細剣で斬りつけながら、鋭く息を吐く。
仲間がやられた一撃ではあるが、それでもレッドウルフは、それすらも織り込み済みで飛びかかっていた。
仲間の命を使って隙を作り、群れを生かすという狼の群れらしい一撃。
けれどその一撃は、目の前に突如として現れた赤い霧に阻まれ、レッドウルフはその霧に触れただけで破壊された。
さらに流霞の後ろから、今度は流霞を狙って飛んでくる他の個体。
アイコンタクトを送ってから流霞が頷いたことを確認し、奏星が大きく踏み出しながら上体を下げ、その上を流霞が飛び越えてから、奏星が斬り上げながら炎で燃やした。
「いえーい、ナイスーるかちー」
「そっちもありがと。結構倒したけど、体力は? もし疲れてたら下がってね」
「だいじょぶ。むしろるかちーこそ、今の内に休んでもいいけど?」
「ううん、大丈夫」
お互いにお互いをフォローしながら、次々に襲いかかる魔物たちを屠っていく。
レベルアップによる感覚のズレのようなものは、もう二人には存在していない。
伸ばした得物の先まで、踏ん張った足先、揺れた髪の先まで、自分の身体の何がどこを通るのかをしっかりと把握し、群れを相手に戦い続けている。
ダンジョンでは考えられない程の群れの規模、戦い続けるという過酷さを味わいながらも、それでもまだ新スキルがどうのと思考を割ける程度には余裕がある。
崩壊地域に無断で入り込んでいる以上、どうしても大技を使えない。
重力を操って相手の魔物の運動能力を下げる程度ならば使える。
しかしその一方、レベル4となり、これまでよりも圧倒的に強い魔力を扱えるようになった流霞ならば、独自魔法を使って重力を叩きつけ、それだけで相手を圧し潰すような攻撃もできそうだ、と自覚していた。
奏星もそうだ。
レベル4スキルがどんなものかを確認すると同時に、自分の魔力も膂力も充分に上がったことを自覚している。
この一帯を炎で包み込める程の力すら発揮できるだろうが、それをすれば仲間たちに被害が出るという意味でも使いこなすのは難しい。
そんな二人だからこそ、代わりに必要最低限のスキルを使い、炎を使い、コンパクトに戦い続けることを意識する。
これまでにはあまり経験したことのないやり方でもあった。
――――だから、二人は辿り着いた。
「――きひっ。分かっちゃった、かも」
「んふっ、るかちーも? あーしもちょーっとすげーの思いついたかもしんないわ、これ」
お互いがお互いに、何かを掴んだ様子で笑い合う。
そうしたやり取りは流霞や奏星だけではなく、〝魔女の饗宴〟側でも似たような空気が漂い出していることに、〝虎〟と〝椿〟は気が付いた。
「……これでは、相手にならぬであろうな」
「あぁ。予定より早いが、もう一段階引き上げるぞ」
「いけるか?」
「あぁ。〝超常級〟と戦う前に、この連中のレベルをもう1ずつ上げさせる。そのためには、多少無茶でもやった方がいい」
「……分かった。そなたの考えを支持しよう」
レッドウルフの群れと戦う〝金銀花〟、それに〝魔女の饗宴〟の後ろで、二人は短くそんな会話を交えていた。
そしてその日の昼過ぎには、一行はさらにもう一つ上の魔素濃度レベル5地域――下層浅層から中層手前までの魔物が跋扈する地帯へと足を踏み入れた。




