『拡張スキル:制御』
明けて翌朝、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟のメンバーの多くは寝不足であった。
「もうすぐ眠れそうやっちゅー時に頭ん中でレベルが上がりました、やねんぞ? はいそうでっかって寝られるかっちゅーねん」
「私も似たようなものだったわね~……。さすがにびっくりして目が覚めちゃったわ~……」
「うわぁ……。なおなおんはだいじょぶだったん?」
「ん、ご飯食べてる時にあがったから。でも、気になって動きたかった」
「あーね……」
瑛里華と聖奈は眠りに就こうとして、今まさに意識が消えようとしているタイミングで突然脳内に聞こえてきた声にびくっとしながら起きてしまい、その驚きのせいですっかり眠気が覚めてしまった。
そんな二人とはまた違い、美佳里に答えたように菜桜は食事中にレベルが上がっていた。
おかげで睡眠を阻害されたということはなかったのだが、レベルアップによる身体能力の向上などの度合いを確認したくてうずうずしてしまい、なかなか寝付けなかったようである。
「ウチらはバラバラだったけどさー。でもなおなおんの気持ちめっちゃ分かるわー」
「ホントそれ。早く動いてみたくてさー」
一方で〝金銀花〟組はバラバラにレベルアップしていた。
流霞が最初にレベルアップしてからしばらく、奏星が食事中に。そして美佳里が食休み中に、という具合である。
レベルアップによる身体能力の変化は早い内に確認したいという気持ちはあった。己の認識の修正と僅かな踏み込み、踏み出しの感覚の違いなどは早めに修正する必要もあるからだ。
とは言え、ここは崩壊地域であり、魔物が当たり前に跋扈している場所である以上、気安く出かけるのは難しく、諦めざるを得なかったのだ。
おかげで熟睡するよりも気持ちばかりが前のめりになっていた一行であった。
「まったく。せっかく追い付いたと思ったのに、またレベル差があるままなんてね」
「そんなん気にすることないって。それに、〝虎〟が言うとった通りなんやとしたら、すぐに追い付くっちゅー話やんか」
「あー、りおなんの気持ちマジで分かるわー。あーしも昨夜レベルアップするまで、るかちーと奏星に追い付いてたのにまた置いてかれたー、って思ってちょっとへこんだし」
莉緒菜と美佳里の二人は、同パーティ内でもレベルが低くなってしまうメンバーだ。
お互いにお互いの気持ちがなんとなく理解できて、奇妙な共感が芽生えていた。
「おう、それぞれ上がったっぽいな」
「上がったぜー。〝金銀花〟は全員レベル4!」
「こちらは私がレベル4、あとは全員レベル5ね」
「差があるのはしょうがねェ。どっちにしたってレベル6から7に上がるまでで一つの《《壁》》にぶち当たるからな。それ以下の間なんて誤差でしかねェよ」
「壁?」
聞いたことのない一言に食い付くように声をあげた流霞に、〝虎〟がひらひらと手を振った。
「ま、その辺はそこに辿り着いたら教えてやる。――ま、話はここまでだ。〝影〟から報告があったが、〝超常級〟との対決は明後日の明け方頃になるだろう。それまでに雑魚狩りを済ませる。今日は徹底的に狩りだ。行くぞ」
今回の目的はレベルアップによる戦力の増強、崩壊地域の実態を知るためのものだ。
――こいつらなら、レベル4と5になって地力が上がったんなら、もう一段階深い場所の魔物も戦わせるのもアリだな。
そんなことを思いながら、〝虎〟は外で待つ〝椿〟と合流し、魔物たちのいる場所に向かって一行を引き連れて移動を開始した。
魔物との戦いが始まってからというものの、レベルアップの効果を分かりやすく実感することになった。
流霞は移動時の速度の調整、重力の調整になかなか苦戦していたようにも見えたが、他の面々も、個々のスキルの威力調整などに難儀していた。
そんな面々を後方から見ている美佳里は、己の拡張スキルについて思考を割いていた。
スキル拡張がなければ、置いていかれるかもしれない。
美佳里が様々な話を聞いて感じたのは、その一点に尽きた。
このメンバーの中で、唯一スキル拡張ができていないのが自分なのだと、改めて突き付けられたような気がしたのだ。
流霞の『反転』、奏星や菜桜の『特化』に、瑛里華の『変換』。
どうやら聖奈も己のスキルと改めて向き合うことで、ようやく『操作』という拡張を得たのだと昨夜の食事中に話を聞いていた。
――そもそも拡張スキルのタイプは、己のスキルの伸ばしたい方向とイメージによって決まるのではないか。
それは前々から雅らとも話していたのだが、どうにもその言葉のイメージが上手く掴めずに今日この日を迎えているのが美佳里だった。
――あーしの役割ってなんだろうな。
魔物たちと戦いながら、改めて美佳里は己の役割というものを考える。
ダンジョン因子、【魔弾の射手】。
その名称から攻撃系統に特化していると考えていたものの、一撃の強さという意味では確かに相応の威力はあるが、圧倒的な破壊力を有する流霞や、炎という言葉通りの火力を担う奏星に比べれば、あまりにも頼りない。
でも、それがある意味で、実に自分らしいとすら美佳里は思ったことがある。
美佳里はダンジョンに対してそこまで強い熱意は持っていなかった。
ただ、どこか流されるようにして雅や雪乃、奏星という親友たちに引っ張られるような形で〝がちけん〟に関わってきたのだ。
初めてダンジョン因子を手に入れた時。
魔装が戦いに向いていない眼鏡であった時、心のどこかでほっとした部分さえあった。
奏星のような細剣や、流霞のようなロッドとは違う。
武器として使えない代物である以上は、無理に戦わなくていいのだから。
けれど奏星と雅、それに雪乃という親友たちが、それでもダンジョンに挑んだ。
その結果、親友が命を落としそうになって、流霞という新たな仲間がそれを助けて、二人でダンジョンに潜るようになった。
その姿を見て憧れた。
眩しくて、羨ましくて、自分もそこに行きたいと願った。
だから、『創造の石板』を利用して魔法銃を手に入れ、戦えるようになった時は嬉しかった。
人為的『魔物氾濫』の時も、憧れた二人のように、どうしても力になりたかった。
いつだって、二人の足手まといにならず、肩を並べ、一緒に進んでいきたい。
そんな人間で在りたいと強く思ってきたのだ。
でも、二人のように、とはいかなかった。
魔装の眼鏡が手に入れた効果も、周りのサポートに適したものだった。
最近覚えたばかりの【色彩豊かな魔弾】というスキルも、火力不足を補うよりも、補助に使うようなものの方が機会が多い。
今もそうだ。
中層最深部クラスの魔物たちを相手に、堂々と渡り合う〝金銀花〟の仲間たち。
そんな彼女たちの先輩として、危うげなく戦い続ける〝魔女の饗宴〟の仲間たち。
その背中を見て、眩しいな、と改めて思う。
けれど同時に、自分はそうはなれないんだな、とも思う。
でもそれは、決して諦念だとかそういうものではなくて。
ただただ、すとんとそんな結論が落ちてきて、むしろしっくりきた、とでも言うような、そんな気がして、己のことながらに一瞬唖然とした。
――あぁ、そうだ。あーしはきっと、主役にはなれないタイプの人間だ。だから、主役になれるようなるかちーや奏星を支えて、主役を輝かせる仲間になればいい。
カチリ、と何かが嵌まったような気がした。
――雅やゆっきーもそう。るかちーと奏星を支えていて、ホントにすごい。だから、あーしはあの二人とも違う場所で、戦場で二人を支えられる、そんな脇役を目指せばいいんだ。
そんな結論に辿り着いた瞬間、まるで風が吹き抜けたかのような錯覚を覚えた。
美佳里は視界が開けたように感じられて、口角をあげた。
――――そうして、【色彩豊かな魔弾】を発動させた。
「っ! ごめん、抜け――ぇ!?」
「10時方向来て――!?」
ドン、ドン、と。
リズム良く、まるで全てを把握しているかのように、美佳里が振り向いては【色彩豊かな魔弾】の【氷縛弾】と【掘削弾】を使い、次々に迫りくる魔物たちの動きを止めた。
「ははっ、ミカミカすっげー! ないす!」
「助かったで、ミカミカ!」
奏星と瑛里華の称賛の声を聞きながら、美佳里はただただ、小さく笑みを浮かべていた。
――あぁ、拡張スキルって《《こういうこと》》か。
そんなことを思いながら、すぅっと大きく息を吸い込んで、空を見上げた。
なんだか妙に青い空の下で、自分の拡張スキルの発現――『拡張スキル:制御』を手に入れたことを、なんとなく理解した。
「――【鷹の目】、起動」
まるで空から俯瞰しているかのように、美佳里は周囲の魔物たちの動きを完璧に把握して、魔法銃をくるりと回した。
崖から、曲がり角から顔を出した魔物たちに牽制の魔弾を放つ。
これまでは一発一発、確実に当てることばかりを考えていたけれど、そうではない。
こうして牽制することで、仲間たちが自由に戦う時間を作ることだってできる。
――――戦場をコントロールする魔弾使い。
後にそう呼ばれるようになる美佳里の、本当の意味での探索者としての始まり。
それはこの日の、誰も観客のいないこの場所での戦いであった。




