まさかのレベルアップ?
《――レベルが上がりました》
頭の中に唐突に響いた、無機質な女性の声。
普通に考えれば喜びのあまり声をあげるなども有り得るのだが、しかしその声を聞いた当人である流霞は、僅かに困惑し、首を傾げた。
――えっ!? あれ、でも……いや、今それが聞こえるはずない、よね?
冷静に振り返って考えてみても、やはり何かがおかしい。
だからやっぱりそれは気のせいだったのだろうと頭を振っていると、そんな行動を取った流霞に隣にいた奏星が気が付いた。
「どしたんるかちー?」
「……幻聴……?」
「え、何それ? どゆこと?」
まったくもって意味の分からない返しに奏星が困惑し、流霞と一緒になって小首を傾げた。
そんな奏星を見て、相変わらず奏星って顔が整っているなぁ、なんて明後日の方向に思考を飛ばしつつ、流霞もまた首を傾げたまましばし固まり、お互いに首を傾げたまま見つめ合うという謎の状況が数秒生まれ、はっと流霞が我に返った。
「あ、その、なんかレベルアップの時の声が頭の中に響いて……」
「え、なんそれ? いや、今戦ってなくない?」
そう、今はみんなで廃墟と化した立体駐車場の中で焚き火をつけて、夕食の準備をしているところなのである。
今回の崩壊地域探索は年末ギリギリまでを予定している。
つまりはおよそ9日から10日間も崩壊地域で過ごす予定となっている。
初日に拠点は設営しているが、それはあくまでも非戦闘メンバーであった雅や雪乃の実力を加味した結果だ。
さらに今回は〝超常級〟の討伐も予定に入ってきたため、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟メンバーのレベルアップを急ぐため、魔素濃度の高い地域での野営にシフトすることになったのだ。
今日の野営場所は、山の麓にある商店街近くのホームセンターに併設された立体駐車場だ。
空からも見えず、換気も申し分ない上に、可燃物も近くにないため、野営には向いている、というのは〝椿〟の言である。
立体駐車場で焚き火して野営というと、なんだかちょっといけないことをしている気分になる流霞たちJK組であった。
ともあれ、そんな訳で今は魔物と戦っている訳でもなければ、何かスキル拡張のために試行錯誤しているということもない、ほんの一コマといったところなのだ。
「多分、聞き間違いという訳ではないのでしょうね」
「んぇ? りおなんどゆこと?」
「私も今、レベルアップしたみたい」
「は……? え、りおなんも!?」
横から会話に参加してきた莉緒菜が告げれば、奏星が目を見開いて訊ね返し、思わずあがった声が反響した。
そんなやり取りを少し離れた位置で聞いていた〝虎〟がくつくつと笑いながら流霞と奏星、それに莉緒菜がいる焚き火に近づいた。
「やっと始まったみてェだな」
「どゆこと?」
訳知り顔で近づいてきて語る〝虎〟に、奏星が遠慮なく質問する。
強面で筋肉質な身体に、高い背。そんな〝虎〟であるが、実は面倒見の良い兄貴分的な立ち位置として、奏星たちに懐かれている。
どちらかと言えば怖がられるかと思っていた〝虎〟が、遠慮なしにわちゃわちゃと話しかけてくる〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟という若い女子メンバーに若干困惑しつつも答える〝虎〟を見て、〝椿〟が思わず笑ってしまうこともあったのだが、今ではそんなことを誰も気にしない程度には会話も自然と交わすようになっていた。
「〝鴉〟が言った、レベルアップの3つの要素――『因子の活性化』、『因子の方向性の成長』、『肉体の魔素汚染度の上昇による因子成長』――を満たせばレベルは上がるって話は覚えてンだろ?」
「そりゃあまあ」
「おまえさんらはここに来る前の段階で、その内の『因子の活性化』、『因子の方向性の成長』っていう点においては、すでにスキルを拡張に至るまでに成長させてる。なのにレベルが3だの4だのってのはつまり、最後の部分である『魔素汚染度の上昇』が足りてなかったわけだ」
「……そういうことだったのね」
いまいち意味が分かっていない流霞であったが、莉緒菜が納得した様子で呟く姿を見て無理やり納得しておくことにした。
なんかとりあえずそういうことらしい、ぐらいの理解度である。
一方、疑問を抱いたことを訊ねたりもできない流霞とは違い、堂々と疑問を口にするのが奏星である。
「つまりウチらはこのまま崩壊地域っつか、この辺にいたらレベル上がるってこと?」
「拡張スキルを手に入れてりゃ、最低でもレベル5にはなるだろう。もしも拡張スキルがまだ目覚めてなかったとしても、拡張スキル持ちと一緒に行動して試行錯誤してんならレベル4は確実に届くだろう」
「は? ガチで?」
「あぁ。魔素濃度の高い地域に居続けること。それが、レベルアップ要素の二つを満たして強さとレベルが釣り合ってねェおまえさんたちみてェな連中にとって、一番のレベルアップへの近道なのは確かだからな」
「ちょっと待ってちょうだい。それってつまり、普通にダンジョンに行くよりも崩壊地域の奥の方にいる方が強くなれる、ということになるの?」
軽い調子の奏星とは裏腹に、莉緒菜が驚愕を隠さずに問いかけたのは無理もない。
それが分かっただけでも、きっと多くのクランがそれを目指すか、ダンジョン内に留まり続けてレベルを上げようとするということも有り得るだろう。
そう考えての莉緒菜の問いかけであったが、それは〝虎〟があっさりと否定した。
「一概にそうは言えねェなぁ」
「何故かしら?」
「さっきから言ってるが、表の連中はどっちかっつーとおまえさんたちに足りない『魔素汚染度』っていう時間的な要素はクリアできてるケースの方が多い。逆に、そもそも因子の成長と方向性の確立ができてねェ。そんな状態でこんなトコに来ても意味がねェからな。条件が違うってこった」
そもそも〝金銀花〟はまだ結成して1年と経っておらず、ダンジョンにも毎日長々と籠もっている訳でもない。
それでありながらも『因子の活性化』、『因子の方向性の成長』という二つの要素をしっかりと満たしている方が珍しい、というのが〝虎〟を含めた『亡霊の庭園』側の見解である。
逆に、〝魔女の饗宴〟はバランスが良かったと言えるだろう。
レベルアップの要素の『因子の活性化』とはつまり、スキルを使用する頻度であるため、これについては3年という経験があるため問題はなかった。
その代わりに、『因子の方向性の成長』というところで詰まっていたものの、『魔素汚染による因子成長』という点ではダンジョン滞在時間は〝金銀花〟のメンバーに比べて非常に長い。
ただ、ある程度は下地ができているおかげで、拡張スキルの萌芽によって一気にレベルが上がる可能性もあったのだが、やはり学生という立場ではダンジョンへの挑戦頻度も短く、移動時間の兼ね合いから中層深部への挑戦回数は少なかったのが足を引っ張っている形となっていた。
それがこの崩壊地域の魔素濃度が濃い地帯での数をこなす戦闘と野営によって条件を満たしていけば、〝金銀花〟も〝魔女の饗宴〟も、レベル5はもちろん、レベル6にも届く可能性がある、というのが〝鴉〟の見立てである。
「ま、それに加えて、だ。おまえさんたちはある意味で別格なんだよ」
「へ?」
「表の連中程度じゃ、この場所じゃ生き残れねェ。実力が足りてねェんだよ。さっきおまえさんたちが潰したレッドリザードマンの群れだって、表の探索者連中のレベル3やレベル4のパーティ2つはもちろん、レベル5でも数に押されて弓持ちも潰せず、勝てても辛勝ってところだろう」
「……あまり自分たちを持ち上げるつもりはないのだけれど、それもそうかもしれないわね」
「自分の実力を自覚できねェようじゃ三流だ。だから、しっかり周りと比べろよ。特に流霞。おまえが一番そういうとこが鈍いだろ」
「へっ!? え、あ、はいっ!」
突然水を向けられて慌てて声をあげた流霞に、〝虎〟が呆れたように溜息を吐いてから頭を掻いた。
「〝超常級〟との戦いは、〝影〟の偵察次第だが、おそらく明後日の夕方かその次の朝ぐらいになる。それまでにもう一つレベルが上がる可能性が高いからな。明日からこの周辺の魔物を積極的に狩りながら、自分の能力を自覚して制御できるようになってもらう。しっかり休んでおけよ」
「あれ、虎っちどこか行くん?」
「その虎っちってのやめろ。……ドローンの監視ルートを洗うために、ちっとばかし様子を見てくるだけだ。飯食って寝とけ。今夜の見張りは俺と〝椿〟でやってやる」
短く告げて、〝虎〟は建物の外へと出て行った。




