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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第6章 常識を覆せ

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遭遇戦




 山を貫くように伸びる道路は、打ち捨てられて久しい。


 崩壊地域では魔物が当たり前のように跋扈する。

 魔物の行動制限はあくまでも魔素濃度に左右されるものでしかないため、同一の魔素濃度地帯であれば、どの魔物がどこにいてもおかしくはない。

 そんな魔物たちがアスファルトを踏み砕き、粉砕するようなことも珍しくはない。


 それでも、落ち葉があちこちに散乱し、ひび割れていてなお原型を保っているおかげで、車輌を走らせるのは困難だがよっぽど移動や戦闘が楽になる。

 改めて舗装された道、整備された道がいかに重要で楽なのかを実感している流霞を他所に、美佳里は魔装の眼鏡越しに周囲を見回した。



「――っ、2時方向、崖上から弓!」



 美佳里の叫ぶような声に即座に全員が顔をあげた。


 崖上にいる魔物は、レッドリザードマン――二足歩行の人型で、太く長い尾と鰐を思わせるような堅牢な皮を持つ魔物たちの群れで、武装型。

 中層最下層近くで発見される、厄介な魔物たちだ。

 

 美佳里の声に気が付いて全員の視線が向けられたその瞬間、三体の個体から放たれた矢が次々に一行へと襲いかかる。

 凄まじい速度で飛んできた矢をそれぞれに躱すと、直後にレッドリザードマンが数匹、崖から滑り落ちるように降りてくるのが見えた。


 崖上では新たに矢を番えようとした個体が、しかし美佳里が魔法銃を構えていることに気が付いて、太い樹の後ろに身体を隠して美佳里の銃弾を回避すると、遠距離攻撃持ちの美佳里を先に狙うべく、矢を撃ち返す。

 美佳里も上手くそれらを回避していたが、上を取られ続けているのは不利だ。

 流霞と奏星がアイコンタクトして頷き合うと、一斉にレッドリザードマンたちに向かって突っ込むような形で駆け出した。


 そんな二人の横合いからやってきた瑛里華と菜桜が並んだ。



「るかちー、奏星! 下は任せてくれてえぇで! 二人は上を頼むわ!」


「お願い! 奏星! 向こうの車線の真ん中辺りから重力を魔物に向けるから、思いきり跳んで!」


「おけ!」



 崖上までの距離はおよそ10メートルといったところだ。

 崖の斜面を降りてきたレッドリザードマンたちが得物を構えて襲いかかろうとする中、奏星が流霞の指定ポイントに到着する前に炎の壁を一瞬だけ展開――視界を遮った。


 レッドリザードマンからすれば、その程度の炎は恐れるようなものではない。

 彼らの皮は非常に分厚く、炎に晒され続けでもしない限りは致命的な傷に至ることはないのだから。


 だから、レッドリザードマンたちは止まらなかった。

 ただただ真っ直ぐ、炎の壁を貫くように飛び出して――目を瞠った。


 狙っていたはずの二人の姿が消えていて、真正面にはバチバチと周囲に放電させながら雷を己の身体に纏った瑛里華が、拳を大きく振り被っていたのだから。



「――うぉらあぁッ!」



 突き刺さった拳、同時に放たれた雷撃が、先頭を駆けていたレッドリザードマンの命をたった一撃で刈り取った。

 体内に叩き込まれた雷撃は彼らの強固な皮を貫通して体内を焼いたのだ。


 仲間の仇を討つべく、他の個体が瑛里華に襲いかかる。

 だが、その瞬間に風を吹き抜けて、レッドリザードマンの身体に銀閃が走った。

 己が斬り刻まれたことにも気付かずに崩れていくレッドリザードマンの個体が見たのは、冷たく表情を変えないまま、すでに己に興味を失ったかのように後方の同胞たちを見据える菜桜の姿だった。



「かーっ、ぎょうさんおるやんけ」


「だいたい30ぐらいが降りてきてる」


「上は?」


「心配ない」



 菜桜の言葉にちらりと瑛里華が上――弓持ちのレッドリザードマンたちがいたその場所を見れば、流霞と奏星が蹂躙している姿が見えた。


 炎の壁は、目眩ましであり、同時に弓持ちたちへの接近を誤魔化すための時間稼ぎだった。

 流霞は重力を操りながら加速するように奏星と共に弓持ちへと迫った。

 重力の方向を操るだけではなく、さらに地面を蹴ったことで一気に距離を詰め、まずは【潮汐破断(ちょうせきはだん)】を遠距離攻撃モードで放ち、一体を屠りながら、もう一体目掛けて空中で大鎌を振るう。


 一方、奏星もまた自身の前に細剣を突き出し、放射状に炎を維持した。


 対峙していたレッドリザードマン側の視点では、奏星の姿は見えなかった。

 攻撃魔法の炎球が近づいてくると勘違いしたレッドリザードマンが咄嗟に横に跳んだ瞬間、奏星は己の炎を消して近くの樹に足をつけ、再び方向が切り替わった重力に押し出されるようにレッドリザードマンに向かって突撃し、首を斬り裂いた。


 そのまま地面に足をつけて着地すると、地面を滑りながら進んでいきつつ、さらにその奥にいる個体へと襲撃を仕掛けていた。


 高所を押さえて有利な状況を作っていたはずのレッドリザードマンたちは、たった数秒のこのやり取りの間に優位性を失った。

 そこにさらに、莉緒菜の涼やかな声が響いた。



「――起きなさい」



 ずずず、と流霞と奏星に倒されたレッドリザードマンから。さらに瑛里華と菜桜に倒されたレッドリザードマンから影が浮かび上がり、レッドリザードマンのシルエットを持った黒い人型の異形が生み出された。


 数的優位性すら、莉緒菜というたった一人の一言で崩れ、さらに黒い影が崖上から崖下に降りたレッドリザードマンたちを挟撃するべく突っ込んでくる。


 それに気が付いた個体が号令するように声をあげたが、刹那、その頭に風穴が空いた。

 冷静に狙うべき個体を見定めていた美佳里による狙撃であった。



「――にんにん」



 身体能力が凄まじく強化され、およそ常人では視認することすら難しく思えるほどの速さで、菜桜がレッドリザードマンの膝裏と足の踵の腱を斬り裂いて駆け抜ける。

 ずざっと地面を滑るようにして駆け抜けた菜桜の姿を視認して、莉緒菜が楽団を率いる指揮者のようにすっと指をしならせながら虚空に振るった。


 黒い影たちがレッドリザードマンたちを包囲し、内側に固めるように押し込んでいく。


 刹那、聖奈がこの瞬間を待っていた仲間――上空に跳び上がった瑛里華に向けて魔力強化系の支援魔法をピンポイントで発動させると、同時にレッドリザードマンと影たちを覆うように円柱状に半透明の結界を発動させた。



「えりちゃんの一撃は、結構痛そうね~」


「支援したあなたが言うの、聖奈?」


「ふふふ、ダメかしら~? あ、えりちゃん~。道路も強化しておいたし結界で拡散も防いだから、遠慮しなくて大丈夫よ~」


「ハッ、さすがやな!」



 おっとりと微笑みながら告げた聖奈に莉緒菜がツッコミを入れたところで、瑛里華が右手の拳に雷を集めて、その手を影たちに押し込まれた群れに向けた。



「――ぶっ飛べや、トカゲぇッ!」



 カッ、と眩い光を放ち、放たれた雷撃がレッドリザードマンの群れに叩きつけられ、聖奈がくるりと人差し指を回す。

 円柱状に生み出された結界の上部、瑛里華の射線上は開いていたが、そこを塞いだ形だ。


 円柱状の結界の中で雷撃による眩い光が爆ぜる中、莉緒菜がさらに結界の周囲に影を這わせて光を覆い隠す。



「どやぁ!」


「派手過ぎだわ。ドローンに見つかるじゃないの」


「そこまで強いの放たなくても良かったんじゃな~い?」


「ん、いいから魔法回復薬飲むといい」


「もうちょい素直に称賛してくれてもえぇやんか!?」



 凄まじい一撃だったのは確かだが、派手に雷光が周囲に拡散されるため、遠くからでも目立つのは間違いなく、威力過多であったのも事実である。

 そういった部分をフォローしてもらっておきながらドヤ顔をされても、という莉緒菜と、困った子を窘めるように声をかける聖奈。そして、その一撃の代償を考えてさっさと回復しろと現実を突き付ける菜桜という仲間たちに、瑛里華が口を尖らせた。


 とは言え、突発的な戦いであっても上々の結果であったと言えるだろう。

 レベル3の〝金銀花(カプリフォリオ)〟とレベル4の〝魔女の饗宴〟が、レッドリザードマンの群れをここまで一方的に完封して勝利するのは称賛に値する結果だ。


 そんな風に〝虎〟が評価している中、〝鴉〟と連絡をしていた〝椿〟が連絡を終えて口を開いた。



「〝虎〟、〝影〟が〝超常級〟の偵察に動くと〝鴉〟から連絡が入った」


「あぁ、分かった。アイツならしっかり見つけてきてくれるだろう。俺らはこのままもう少し東へ進むぞ。〝超常級〟の進行ルート的にも、ここじゃ遠すぎる」



 徐々に、しかし着実に。

 流霞たちと〝超常級〟との邂逅の時は迫っていた。


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