最初の夜
拠点での最初の夜。
緊張感がなかった訳ではないのだが、魔素濃度の影響もあって強い魔物が出てこないということもあり、ダンジョン内野営を試した夜に比べれば幾分かは気楽に過ごせていると言っても良いだろう。
幸いにして、魔物の影は近くにはなかった。
武装ゴブリンは唯一この辺りを出ていた魔物たちであったようで、その後は静かなものである。
その状況で、素人である流霞たちに緊張感を持て、警戒心を保てというのも難しいのだが、それでも流霞だけは物音がする度にそちらに意識を向けている。
奏星たちを不安にさせないことを選び、物音に必要以上に警戒はせず、瞬時に周囲を守れるように僅かに身動ぎしていた。
その姿に〝鴉〟と〝影〟が気が付いていたが、特に言及することはなく、今は戻ってきた〝虎〟と〝椿〟の報告を聞いていた。
「浅い場所なら魔物の分布に大きな変化はあまり見られなかった。が、少し進んだ先じゃ〝超常級〟の魔物が行動範囲を広げてやがるせいで、他の魔物も引っ張られてやがるな」
「〝虎〟の言う通りだ。とは言え、〝《《かぷりふぉろぉ》》〟のメンバーと〝魔女の饗宴〟のメンバーが遅れを取るクラスのものではない。予定通り、〝超常級〟の討伐は此方と〝虎〟、それに〝影〟とで確実に屠る」
「増援はいらないにゃりにゃ?」
「不要だ。〝超常級〟如きに遅れを取ることはない。まして、取り巻きについても対応してくれると言うのであれば、むしろこちらが向こうの増援に回っても余裕があるというもの」
相変わらず横文字が苦手な様子の〝椿〟ではあるが、強者としての自負と矜持を滲ませながら強気に〝鴉〟へと答える姿は、やはり絵になる。
焚き火に照らされた揺れる炎の灯りの中で、新たな『魔導防具』である着物の柄も相俟って、どこか幻想的な印象すら受ける、というのが流霞の感想であった。
真剣な話をしているのに、どこか現実感のない光景に緊張感もなく自然体で「ほぁ~~……」と声を漏らしているのは、強者の余裕と言うべきか、それともコミュ障オタクの面目躍如と言うべきか。きっと後者でしかない。
「はいはい、しつもーん」
「なんにゃりにゃ?」
「ぶっちゃけ〝超常級〟の強さってどんなもんなの?」
名前を聞くだけでも強そうな存在ではあるが、具体的にそれがどの程度の強さであるのかがいまいち想像できていない。
そんな奏星の質問であったが、質問はしていないものの雅や雪乃、〝金銀花〟のメンバー、そして〝魔女の饗宴〟メンバーにとっては未知数なのは間違いなかった。
その質問にどう答えたものかと〝虎〟と〝椿〟が僅かに言葉に詰まり、〝鴉〟もまた僅かに唸るような声を漏らした。
「にゃー……、どう表現するべきか迷うにゃりにゃぁ~……」
「お? そうなん?」
「〝超常級〟、それに〝超越級〟は、ダンジョンみてェに奥に進んで純粋に強くなっていく、ってのとはちっとばかし話が変わってくるからな」
「単純な強さの上昇、というよりも、ステージそのものが上位になった、とでも言うべきであろうな。此方らが〝超常級〟を討伐できるようになったのは、当時レベル7になったばかりの頃であったはずだ。相当に苦労し、傷だらけになったな」
「レベル7……!?」
「それって世界一レベルってことかいな」
言葉に詰まった〝鴉〟に代わって〝虎〟、そして〝椿〟が少しずつ分かりやすい表現を探るようにして告げられた特徴――単純な強さの上昇ではなく、ステージそのものが上位になった、というのは、朧気ながらにどのようなことか想像もつく。
要するに、中層13階層の異常進化個体に近いような形だ。
あれらは群れの中の長とも呼べるような存在が、一つ上位の存在に進化しているとも言えるだろう。
その更なる上位版と考えれば、なんとなく想像もつくというものだ。
しかし、そこに加えられたレベル7で初めて倒せたという言葉は、まだまだ〝表〟の常識が抜けきれていない美佳里や瑛里華にとっては聞き捨てならないものであった。
表の探索者の最高レベルは6。
それ以上に至った探索者はいない――とされている。
そんな雲の上のような実力者たちの、更に上ですらギリギリ勝てるというようなレベルなのかと考えると、恐ろしくも思えてくる。
奏星もそんなことを思わず感じてしまって、ついつい流霞を見て――ふっと感心したような、呆れたような、なんとも言い切れない溜息を吐いた。
――ははっ。さすがはるかちー、って感じ。笑えるとか、すげーわ。
それが、流霞の表情を見た奏星の素直な感想であった。
レベル7になってギリギリ勝てた、という表現を聞いて、流霞は一人笑っていたのだ。
口角をつり上げて、流霞特有の「きひっ」という笑い声が漏れそうな、獰猛な笑みを浮かべている。
そんな流霞の笑みが、かえって奏星の胸を熱くさせた。
――負けらんねーわ。相棒としては、さ。
奏星は、自分が流霞に劣っていると感じている。
ダンジョンでの戦いの実力も、いざという時の判断力も、冷静さも、そういった方向で流霞に勝てていると思ったことはない。
初めて出会ったグレーホブゴブリンとの戦いのあの日から、ずっとずっと流霞と共に肩を並べる力を得たいと考えてきた。
今回の遠征で力をさらに得て強くなるのだと、流霞の笑みを見て密かに決意していた。
そんな二人を他所に、〝椿〟が続けた。
「とは言え、当時の此方たちはスキル拡張もまだ未熟な頃であったからな。もしかしたら、そなたらならばレベル5にもなってスキル拡張が進めば充分に倒せるかもしれん」
「あぁ、それはそうだな。あの頃の俺たちは、まだ今みてェに組織化もしてねェ上に、技術の大切さも分かっちゃいなかったからな」
「へー……。っていうか、組織化してなかったってどゆこと? それ聞いてだいじょぶ?」
美佳里の問いかけに〝虎〟たちはお互いに目配せし合ってから、小さく頷き合った。
「おまえさんたちも薄々気が付いているだろうし、俺らも隠すつもりはねェんだが……俺たち『亡霊の庭園』は、崩壊地域となった神奈川の生き残りだ」
「……うん。それは、なんとなく察してた」
「だろうな。で、だ。俺らは神奈川が崩壊する前から組んでいたって訳じゃねェんだ」
「そうなん?」
「あぁ。それぞれに生き残って、それぞれに神奈川に《《忘れモン》》を取りに行こうとしていたり、あるいは、神奈川崩壊事件と呼ばれるあの一件の《《汚名を雪ぐ》》ために、その証拠を探すために神奈川を取り戻そうとしてるヤツもいる。そういうヤツらが、個の活動に限界を感じて結成されたのが『亡霊の庭園』だ」
当時を思い返すようにしながら、〝虎〟は焚き火の炎を見つめたまま静かに続けた。
「なんだかんだで、あの地獄みてェな場所で生き残ってる連中はみんな顔見知りになったのさ。お互いに協力できるとこは協力して、困った時には助け合う。そういう関係が出来上がっていただけで、けれど群れようとはしなかった。そうやって戦い続けて、レベル6になって――限界を知った」
「レベル6になって、限界……?」
「当時のボクらは、全員が全員レベル6まで鍛えあげていたにゃりにゃ。けど、誰一人としてレベル7には届いていなかったんだにゃ。そこで、お互いに試した諸々を集積するために、とある男の声で神奈川の生き残り同士でできた正式な情報交換の集会が定期的に始まったにゃ。今思えば、それこそが『亡霊の庭園』の始まりだったにゃりにゃ」
ただただ、それぞれの目的があって神奈川の魔物と戦い続ける者たちが、壁にぶつかり、試行錯誤を繰り返す。
そうして過ごしている間にも時間ばかりが流れていき、手詰まりになって閉塞感を覚えていた頃だ、と〝鴉〟は当時を思い返しながら語っていく。
「その男っていうのが、〝鴉〟ちゃんたちのボスってこと?」
「ま、その辺は改めてボスと会うことがあれば話させてもらうにゃりにゃよ。――話はここまでにゃりにゃー。明日からは本格的に狩りを行うにゃり! 順番を決めてちゃーんと寝るにゃりよー」
半ば強引に話を区切って、〝鴉〟はそれっきり口を閉ざし、〝虎〟や〝椿〟も口を噤んだ。〝影〟は元々喋っていないが。
ともあれ、そんな風にして最初の夜はゆっくりと更けていき、やがて朝が訪れる。
ついに崩壊地域の本格的な狩りが始まろうとしていた。




