雅と雪乃の戦い方
雅と雪乃の二人は戦闘に不向きなタイプのダンジョン因子を持ったタイプだ。
魔装も、雅は投擲物が狙い通りのところに行くという不思議な白い手袋であり、雪乃は青みがかった黒い鋏だ。
雪乃は自身の因子である【魔導裁縫】用に素材をカットする際などに魔装を使っているが、雅はあまり日常的には利用していないような状態である。
だから、ダンジョン探索を諦めるのか。
そう問われれば、二人はノーと答えるだろう。
何も彼女たちはダンジョン探索を諦めた訳ではない。
可能であればダンジョンに潜りたいとも思っているし、〝金銀花〟として活躍している大切な仲間たちのようになりたい、という憧れだってない訳ではない。
じゃあ、そんな仲間たちのように戦えないからこそ、嫉妬するかと言われればそれもまたノーだ。
雅も雪乃も、「まだ見つかっていないだけで、きっと何か《《正しい攻略法》》が見つかる」と信じている。
だから、戦いに不向きな自分のダンジョン因子であっても、腐らず、めげずに試行錯誤を繰り返してきた。
その結果が、魔装以外のものを利用した戦闘スタイルである。
「――雅、どする?」
「あ、これ使っていい?」
雪乃に声をかけられた雅が肩にかけていたバッグから取り出したのは、ティッシュ箱と同程度の箱だ。
中を開ければ、緩衝材で動かず割れないように固定されている、二つの手のひら大の半透明の球体が姿を見せた。
内部には半分ばかり紫がかった液体が入っているようで、雅が手に取ると中で揺れているのが見えた。
「あー、それなんだっけ? G試薬だっけ?」
「そそ」
「G試薬……」
なんだか黒光りする何者かが関係しそうなすごく嫌な想像をしてしまい、流霞が頭を振って頭に浮かんだ映像を振り払う。
そんな流霞の反応に何を想像したのかを察して、雅が苦笑した。
「アレじゃねーから。ま、見ててみー。よっと」
雅の手から投げられた球体が、武装ゴブリンたちの間に見事に落下した。
相変わらずのコントロールである。
着弾と同時にカプセルが割れて、地面に散った液体が触れた箇所の砂という砂が一斉にぞわぞわと動き出して、カプセルが落ちたポイントへと凄まじい速度で引き寄せられるように殺到していく。
さらに割れた拍子に飛び散った試薬がかかった武装ゴブリンたちすらも、引きずり込まれるようにその中心へと引っ張られていくと、薬品がかかった一帯の砂に埋もれながら固まっていく。
やがてそれらはそのまま人型の姿を取ろうとして、倒れ込んだ。
「……なんにゃのにゃ、あれ?」
「あちゃー。異物判定かなー? ダメっぽいねー」
「えー、でも途中までいけてたくね?」
「だよね? やっぱ砂とかでも作れるんだ、《《ゴーレム》》」
「は……?」
唖然とした〝鴉〟を他所に検証結果をきゃっきゃしながら話し合う雅と雪乃。
そんな中、雅から突然漏れた単語――ゴーレムという言葉に、瑛里華が思わず声を漏らした。
ちなみに、声が出たのが瑛里華だっただけで、〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟メンバー、それに『亡霊の庭園』の面々も――〝影〟は表情は見えないが――似たような声を出しそうな顔をして、雅に視線を向けている。
そうした視線に気が付いた雅が、同じタイプの薬を箱から取り出した。
「これ、【魔銘抽出液生成】を使ってアイアンゴーレムの魔石から抽出した、『ゴーレム製造薬』の試薬――通称G試薬ね」
「なんて?」
「内部の液体をばら撒くと、薬が触れたものが集まってコアになる魔石の破片を中心に身体を構成するみたいでさー。もしかしたらゴーレム作れんじゃね? って思ったんだけど、集まる時に余計なもん巻き込むと失敗するっぽいねー」
「あれじゃサンドゴブリンゴーレムみたいな感じじゃんね」
「無駄に名前なげーわ」
「えぇ……? 意味わからんにゃりにゃ、こわぁ……」
説明を聞いても意味の分からない代物であることに〝鴉〟がドン引きした瞬間であった。
「実験では割と上手くいったんだけどなぁ。ゆっきー、残りのゴブとトドメよろ」
「おけー」
鞭を持って進む雪乃が、レベル2となって軽快になった身体能力を駆使して武装ゴブリンに向かって駆けていく。
困惑していた武装ゴブリンの弓持ちが慌てた様子で矢を放つも、雪乃が何をするでもなく鞭が一人でに動き、魔力障壁を出して矢を叩き落とした。
その光景を他所に、雪乃が鞭を振るうべく右手を左肩の上に持ってくるように腕を振り被った。
「改良型の鞭、なめんなし!」
本来、鞭を振るって一撃を当てようとするのであれば、しっかりと最大限の威力が発揮できるように鞭の先端や動きを調整する必要がある。
だが、【魔導裁縫】によって雪乃に作られたこの鞭は、雪乃の魔力操作によって自由に、それこそ意思を持っているかのように動かせる。
雪乃が腕を振り被るのに合わせて鞭がぐるんと雪乃の後ろに回り込み、腕の振りによって生み出されたうねりを加速させながら鞭が空中を走り、弓持ちゴブリンの顔面を横合いから凄まじい速度で殴打し、吹き飛ばした。
その寸前に音速を超えた鞭の先端が激しい音を奏で、流霞がびくっとしていたが。
「もいっちょ!」
ぎゅるん、と本来なら有り得ない動きをした鞭の先端が反転、地面を這うように進むと、もう一体の武装ゴブリンの足に巻き付き、一本釣りするように吊し上げる。
そのまま腕を振るうことすらなく、ただただ鞭を操作してゴブリンを近くの太い樹に顔面から叩きつけた。
「いえーい、やっぱ鞭つえーわ」
「ナイスゆっきー」
「それ鞭じゃなくてロングスカーフとかマフラーでもできそうじゃね?」
「だっしょー? っつーことで、ロングマフラー持ちのなおなおに期待だわ」
「ん、やり方教えて。覚える」
見慣れた様子の雅と美佳里に応えつつ、菜桜に教え込もうとする雪乃。
そんな一行のやり取りを見ていた〝虎〟が、頭痛がするとでも言いたげに一つ溜息を吐いてから、〝鴉〟と目を合わせた。
対する〝鴉〟は困ったように苦笑して小さく頭を振り、その姿に納得した様子で〝虎〟が改めて口を開いた。
「あー……、なんだ。さっきの薬品もその鞭も、戦いの方法、道具としちゃ面白ェが、そりゃダメだな。今回は使うのはナシだ」
「え?」
「小細工に頼り過ぎだ、っつー話だ。今回はおまえさんたちの因子の追求がメインになるからな。拡張させて上手く使えるようになることをもうちょい考える必要がある。だから、その戦い方は今回は禁止だ」
「えーっ!? マ!?」
確かに雅や雪乃の戦い方は、それぞれに工夫が見られるものだ。
いや、工夫を通り超えて常識外れなレベルになっている雅の薬品と雪乃の鞭を、果たしてその一言で片付けてしまうのは少々憚られるものもあるのだが。
とは言え、今回の遠征は、流霞たち戦闘組に〝超常級〟や〝超越級〟といった者がどういうものであるかを知ると同時に、それぞれの強さのステージを引き上げることが目的なのだ。
小細工などで寄り道をするのではなく、あくまでも因子の拡張によるスキルの成長などを指している。
「〝虎〟の言う通りだ。まずは魔素濃度がある程度高いこの場所で生活をしながら、自分の因子を成長させることを優先する。それらの道具は、そのための試行錯誤を邪魔しかねん」
「あー……、ただ倒すだけじゃダメって感じかー」
「そういうことだな。ともあれ、今日はまずは簡易的な拠点の設営を済ませてしまおう。本格的な探索は明日からだしな。〝鴉〟、拠点設営の指揮を頼む。此方と〝虎〟は周囲をしばし見回ってこよう」
「あいよ、まかせろにゃりにゃー」
短く告げて〝椿〟が〝虎〟に視線を送ると、鬱蒼と生い茂る木々が伸びた山へと向かって駆けていく。
そんな二人を見送って、〝鴉〟が手を叩いた。
「さ、まずは薪とか集めるにゃりよー。それぞれ二人一組ぐらいになって枯れた枝とか拾ってきてほしいにゃり。その間にみゃーびちゃんとゆっきーは、ボクに改めてキミたちの因子と魔装の話を聞かせてほしいにゃりにゃー」
崩壊地域での最初の一日は、こうして緩やかに始まったのであった。




