崩壊地域侵入
崩壊地域に入り込むまで、道なき道を進む。
ここで活躍したのが、〝影〟の【認識阻害】と流霞の重力制御だ。
うまくお互いがお互いにスキルを使うことで、体力の消耗を抑えつつ、さらに隔離壁が崩れてしまった山の中腹を飛び越えて進むことができた。
進み続けて、およそ1時間ほど。
探索者ではない者が普通に徒歩で進もうと思えば、半日以上はかかるような距離をそれだけの時間で移動できたのは、足場の悪さによる弊害、迂回などが必要ないおかげだ。
上手く時間を短縮することに成功し、崩壊地域内部を進んでいる中、上機嫌な様子で〝鴉〟が口を開いた。
「にゃー。やっぱるかちーの重力魔法は便利だにゃー」
「えっ? へへへ、そ、そう、かな……?」
「実際、他人の動きの補助にも使えるってのは便利なのは間違いねーにゃりよー。……まあ、普段から普通の生活してる人にはちょーっと怖いかもしれないにゃりにゃー……」
ちらりと〝鴉〟が視線を向けた先にいるのは、奏星に抱きついている雅と、美佳里に抱きついている雪乃である。
普段からダンジョンで戦ったり、レベルアップによって身体能力が向上したことを実感していない二人にとって、なんの固定具もないのに空に引き上げられるように浮かび、それから地面に向かって落ちていく、というのはなかなかに怖かったようである。
軽く腰が抜けかけているようにも見えるが、レベル2となったこともあってか、ちょっとずつ回復しているらしい。
「聖奈は大丈夫そうやな」
「ふふふ、なんだかアトラクションみたいで楽しかったわ~」
今回の重力操作による移動で対象となったのは、〝金銀花〟のメンバーと雅と雪乃、そして高速移動などが不慣れな〝魔女の饗宴〟のメンバーの聖奈だ。他のメンバーは自分たちの足で木々を飛び越え、飛び移って移動している。
重力操作での移動はある程度の信頼、着地後に足を蹴り出すように動きながら、進行方向に重心を傾けていく必要がある。
それをしないと、体勢を崩してしまい着地に失敗してしまうからだ。
一応流霞が聖奈の手を引き、声をかけながらフォローしていたのだが、さすがはレベル4探索者と言うべきか、しっかりと言われた通りに実践してみせた。
これがダンジョンアタック時のような速度を重視した移動であったのなら難易度は跳ね上がるが、この程度は造作もなかったようである。
「それよりも、菜桜。あなた器用ね……」
「にんにん。忍者は枝から枝へと飛び移っていくもの」
半ば呆れたような莉緒菜の声に、菜桜が枝に膝裏をひっかけて逆さまにぶら下がったままそんな言葉を返す。
今回の装備もなかなかに忍者的でグッドだった、という菜桜は、その衣装と森を駆け抜けるというシチュエーションにテンションが上がっているらしい。
枝から枝へと飛び移り続け、時折膝裏を枝に引っ掛けてくるんと回ってみせてその下の枝に着地したりと、ずいぶんと楽しそうであった。
「そろそろ拠点の設営予定地が見えてくるにゃりけどー……あ、あったにゃ。あそこの開けた場所が予定地にゃりね」
「おぉー、大自然感」
今回の野営ポイントとして〝鴉〟が選んだのは、佐久間ダムから南南東方面にほぼ真っ直ぐ山々を通り抜けるようにして進んだ先、背の高い木々が生い茂った場所だった。
周囲の木々が自由に生い茂り、空を覆うように塞いでいる。
「空見えた方が良くない?」
「それはお勧めしないにゃりねー。基本、崩壊地域はドローンが飛んでくるにゃりよ」
「ドローン?」
「んにゃ。崩壊地域の魔物の徘徊範囲に変化がないかを調べるために、だいたい3時間から4時間おきに飛んでくるにゃり」
「あ、それあーしも聞いたことあるわ。確か、オートで空を飛ばして映像に変化があるかをAIで判断するっていうシステムを使ってたはず」
このシステムが実装されたのは、雅がまだ小学生の頃であった。
AIというものが世の中に出回り、修正を繰り返しながら徐々に人々に知られ、浸透していくと同時に、より便利なものを追求していくような時期だ。
その頃に完成したのが、人の手がどうしても入らない崩壊地域の監視システムだった。
ドローンが設定された航路を自動で定期的に飛び回り、魔物の徘徊地域に大きな変化が生まれていないかを、リアルタイムで数時間前の映像と比較しながら飛行する。
大きな魔物や力の強い魔物は木々を薙ぎ倒しながら進んだり、派手に暴れ回ることもあるため、そうした地帯を発見次第、待機している人員にアラートを飛ばせるようになり、手動操作に切り替えて詳細を確認するという役目を持つ。
「あれ? でも満を持して投入されたみたいな話をしてた割に、あれって神奈川じゃ使えなかったんだよね?」
「そうにゃ。鳥系の魔物と、それなりに強い魔物たちが棲息しているような場所は、自分たちのテリトリーに定めた地域の上空にいる存在も襲うにゃりにゃ。ドローンが使える場所はあくまでも崩壊地域でも外側の浅瀬がメインになるにゃりね」
「あー、そういう感じかー」
崩壊地域の浅いところしか監視できず、奥に行けば無情にも落とされてしまう。
当所の想定では、ダンジョンの奥にいる魔物の種類を洗い出し、その生態を調査することに繋がるのではと期待もされていたというのに、蓋を開けてみればダンジョン配信で見飽きたようなレベルの魔物しか見れないときた。
きっと、当時の研究者たちの落胆は凄まじいものだっただろうな、と雅は苦笑する。
「けれど、それでも有用性は高いにゃりにゃ。外側の動きを察知できれば、隔離壁を破られたり、人里に辿り着く前に打てる手も増えるってもんにゃりにゃ」
「確かにそれもそうだわ」
「ねー。けどさ、〝影〟さんの【認識阻害】があったらどうにでもなるんじゃないん?」
突然美佳里から名前を出されたことに〝影〟がびくりと肩を震わせるが、そのことには一切触れずに〝鴉〟は続けた。
「【認識阻害】も永続って訳じゃねーにゃりよ。それに、〝影〟がいつも一緒にいる訳じゃないにゃりにゃー。自分たちでドローンに見つからないようにしておくに越したことはないにゃりにゃ」
「なーほーねー」
「ま、ドローンの飛行ポイントはこっちで洗い出してある。この辺は飛ばねェから、そんなに気を張り過ぎる必要もねェ。ただ、派手に木を吹っ飛ばしたり、燃やされたりしちまうとさすがにバレるからな」
「うぇー、マジかー。りょー、気をつけまー」
「あ、き、気をつけます」
奏星の炎で木々が燃やされたり、流霞が魔物を殴り飛ばして木々にぶつけて折ったり、あるいは重力を操作して圧し折ったりといったことをすれば、それはもう目立つだろう。
ドローンで撮影され、AIで比較されて何かがあったと判別されれば、数台のドローンが近隣一帯を調べ始め、身動きも取りにくくなってしまう。
崩壊地域の浅い場所では存分に力を振るえないという制約をかけられ、なんだかちょっと窮屈に感じる奏星と流霞の二人が、〝虎〟に返事を返しつつ苦笑した。
「にゃー、外側にいる間だけは気をつけておいてほしいにゃりにゃよ。ま、ドローンが入って来れない場所まで進むのが今回の目的にゃりにゃんね」
「うむ。この辺りで出てくる魔物で厄介なものと言えば――」
そこまで言って言葉を区切り、〝椿〟が流霞へと視線を向ければ、流霞はその場で身動ぎ一つせずに自分に向かって飛んできた矢を空中に静止させて、矢を放ってきた先――野良の武装ゴブリンを見つめていた。
流霞の防御系スキル、【零月障壁】によって中空に縫い付けられるにように止まった矢は、パキパキと音を立てながら凍りつき、落ちていく。
その姿を見て、かつて自分が相対した際の技を使いこなす姿に口角をあげる〝虎〟と、一方で落ちた矢を一瞥して【零月障壁】の影響を確認した〝椿〟の二人であったが、ともあれ〝椿〟はそのまま言葉を紡ぐことにした。
「――ああいう連中による不意の奇襲、と言いたいところだが、流霞殿は気付いていたようだな。さて、雅殿と雪乃殿、出番だ」
「おけおけー。んじゃ、久しぶりに見せちゃうかねー、あーしの鞭捌き!」
「目立たないタイプのものだとこっちかな。おけ、ゆっきー」
「フォローはボクらがするにゃ。まずはやってみるにゃりにゃ」
短く告げた〝鴉〟の声援を受けて、雪乃と雅が武装ゴブリンたち相手に動き出した。




