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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第5章 蠱毒の王

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一つの決断




 この話は〝がちけん〟側――〝金銀花(カプリフォリオ)〟や〝魔女の饗宴〟を含む――にとってみれば、決して悪くはない話だ。


 今の〝金銀花(カプリフォリオ)〟の力は普通の探索者のそれを大きく上回っている。

 その実力は、すでに全国新人探索者パーティ対抗戦などを通して、世間に広まってしまっているのだから、今更隠せるものでもないし、それを隠すつもりもなかった。


 これまで、探索者協会に、そしてマスメディアに振り回されてきた。

 だからこそ強さを求め、それをお披露目してみせた。

 すでに表の者たちから見れば、下手に手を出せば厄介な存在であることぐらいはアピールできたかもしれない。


 強さを見せつけ、下手な手出しをさせない。

 そういう方向で動いたのだから、そう見られることは狙い通りの状態ではあるのだ。


 ただ、こうして裏側に生きる者たちの常識を知り、世間一般の認識と現実の乖離が明らかとなってくると、どうしたって不安が過ぎる。


 表の世界では最強格だと思われていたレベル6探索者という存在は『表の世界だけの話』であった。

 それはつまり、裏側に繋がりを持つような人物が敵対した時に対処できる戦力を用意できないということにも繋がる。


 もしかして、探索者協会や政治家がそういった繋がりを持っていて、だからこそ自由に振る舞っていたのだとしたら?

 世間に知られていない強者を自由に使えるのだとしたら?


 不安になる要素ばかりを考えていってもキリはないが、それでも〝がちけん〟を、仲間たちを守れなくて、何が代表かと雅は自問自答する。


 そういった相手が動いてくる可能性を考えた時に、裏側に生きている実力者である〝虎〟たちとの協力関係が構築できるのは、悪い話ではない。

 特に〝虎〟や〝椿〟たちは無体な真似はしない上に、〝鴉〟もまた協力的な立場で話をしてくれているのだ。

 他の無法者たちが手出ししてきた時に、そんな彼ら彼女らの協力を得られるのであれば、それだけでも心強いのは確かだ。


 それに加えて、今後の活動のために力を求めるという意味でも、裏で様々な経験をしてきて確たる強さを有した者たちが協力関係になるのは、非常に大きなメリットだと言える。


 しかし、だ。



「……神奈川の、奪還。私たちではまだまだ実力が足りていないかと」



 先程の話を聞く限り、今の戦力では到底届きそうにない。

 いくら『魔導防具(マギア・ギア)』があって、独自魔法というものがあるにしても、それでもレベル9という凄まじい力を持った者たちとの繋がりの代価とするには、あまりにも心許ないのではないだろうかと雅は思う。


 そう感じたからこその雅の答えに、〝鴉〟はひらひらと手を振ってみせた。



「そーゆーのは気にする必要にゃーにゃりよ。さっきも言ったけど、あそこは他の崩壊地域よりも魔窟にゃーね。挑むのはまだ先の話にゃりねー。で、その時にはボクらとしてはキミのパパンにも助力を願いたいと考えているにゃり」


「っ、それはつまり、『明鏡止水』とも協力関係を、と……?」


「そうなるにゃりねー。というか、ボクらが言わなくても、どうせキミを通してボクらに協力を打診してきてるはずにゃりにゃー。違うかにゃ?」


「……はい」


「にゃんて言ってたか、聞かせてもらってもいいにゃりか?」



 雅に対して〝鴉〟がそう告げた瞬間、その場の空気が一瞬で重いものに変わったことに、流霞は気が付いていた。

 そんな空気を発しているのは〝虎〟と〝椿〟たちだが、もしも何か気に喰わないことがあるからと動き出したなら、即座に重力で動きを縛るつもりで流霞も先程までとは一変して、じっと二人を見つめて動きを止めた。


 そんな中で、雅がゆっくりと口を開いた。



「――『《《探し物の手がかり》》があった、協力が必要なら言ってほしい』と」



 ぴくり、と〝虎〟の眉が動き、〝椿〟が僅かに目を瞠る。

 そんな中でも表情を変えることはなく、〝鴉〟だけがふんふんと納得したように頷いてみせた。


 雅の答えに僅かな反応を見せたものの、〝虎〟も〝椿〟も動くつもりはないようだ。

 逆鱗に触れるようなものではなかったらしく、戦いの気配が遠ざかったような気がして、流霞が小さく嘆息すると、〝鴉〟がそんな流霞を見て頷いてみせた。安心させるためのものだったようだ。


 もっとも、〝虎〟も〝椿〟も、そんな流霞の対応は正しいものと思っているどころか、「表のぬるま湯のような暮らしにいるとは思えないぐらい、感覚が鋭いな」と称賛しているのだが、当の流霞がそんな評価をされていることに気付くはずもなかった。


 弛緩した空気の中で、改めて〝鴉〟が雅に顔を向けた。



「んにゃるほど。ボクらの正体というか、ボクらが何者であるのかは察しがついていそうにゃりねー」


「何者であるか、ですか?」


「にゃんにゃん、こっちの話にゃりよー。それより、話を進めさせてもらうにゃ。友誼を結ぶとは言っても、にゃんもボクらとずっと一緒に行動するよう言うつもりはにゃいにゃりよ。ボクらとしては、むしろキミたちに表で強くなってもらいたいにゃりね」


「表で、ですか?」


「んにゃり。虎ちん、つばきち。説明よろにゃり。ボク喉乾いたにゃりよ」


「うむ、相わかった」



 机に置いてある飲み物を飲み始めたため、そこからは〝椿〟と〝虎〟との話し合いが始まった。


 彼ら『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』が求めるものは、表への影響力。

 基本的に彼らが有しているのは戦力と、〝鴉〟の研究による様々な成果であり、チームのブレインとも言える存在は別にいるものの、その者であっても、表で大手のクランや探索者協会などと繋がりを得るのは難しい、というのが正直なところであった。


 そうした話を聞かされて最初に口を開いたのは、これまで沈黙を守っていた〝魔女の饗宴〟のメンバー、瑛里華だった。



「そないな縁が欲しいんやったら、表で有名になればそういう繋がりもできるんちゃうんか? 自分らの強さやったら、すぐに名前もぱーっと売れると思うんやけど」



 レベル9という実力があるのなら、配信でもしてSNSで拡散すれば、あっという間に名前を売ることもできるだろう。でも、それをしないというのがどうにも腑に落ちない。

 そんな懐疑的な目を向けている瑛里華の視線に気が付きながら、〝椿〟はゆっくりと頭を振った。



「此方たちには、それができぬのだ」


「俺らの命は《《狙われてる》》からな。下手に表に出たくはねぇんだよ」


「……聞き捨てならない話ね。私たちとて、犯罪者たちと組むのはノーリスクとは言い難いわ」


「……ッ、此方たちは守るために戦ってきただけだ! 自ら犯罪など――!」


「――〝椿〟」


「……っ、すまない。取り乱した」



 瑛里華と莉緒菜の二人に対して〝椿〟が取り乱し、それを制した〝虎〟が嘆息して、莉緒菜たちをぐるりと一瞥した。



「――経緯はどうあれ、俺たちゃ〝不法探索者(アビューザー)〟だ。それに、追手とやり合った結果、相手の命を奪ったこともある。それも犯罪と言うなら、まあそりゃあそうだろう。だが、好きでやった覚えはねぇ。それを払拭するっつーのも、俺らの目的の一つではあるんだがな。ま、そっちは《《今しがた希望が見えた》》とこだ。追々どうにかなるだろう」



 ――今しがた希望が見えた。

 そんな言葉ではあったが、しかしそれが何を指しているのかは、雅たちにもよくよく理解できた。

 おそらく、その希望というものこそが、彼らの探し物だったのだろう、と。


 その一方で、莉緒菜はじっと〝虎〟を、そして悔しげ歯を食い縛る〝椿〟を見て、改めて〝虎〟の言葉を反芻していた。



「……好きでやっていない、というのが本当ならば、私は構わないわ。あなたたち程の実力者が、〝手を下さずに退けられなかった相手〟と渡り合うためにも、私は賛成するわ」



 裏で生きるということは、普通であれば見えない何かと遭遇するということ。

 夏休みに『指定ダンジョン』にやってきて、流霞を転移させたあの暗殺者と同じような、裏で糸を引くような存在とその子飼いが相手だったというのであれば、それらを退けるためには犠牲も生まれるというものだ。


 ただの綺麗事、平和な価値観だけでは生き残れない世界に足を踏み入れるというのなら、清濁を併せ呑む覚悟が必要だと言うのなら、ここまで真っ直ぐにぶつかってくれる相手に否やはなかった。


 そんな莉緒菜の決断を聞いて、瑛里華たちが続いた。



「ウチもや」


「そうね~。正直、色々ときな臭い動きもあるものね~……」


「ん。探索者協会も政治家も、何を考えているのかいまいち分からない。力は必要」



 瑛里華、聖奈、菜桜がそれぞれに割り切った答えを口にする。

 それらの意見を聞いて、雅は一度深呼吸をして天井を見上げ、目を閉じた。


 雅もまた莉緒菜と同じような結論に達していた。

 ただの女子高生であれば、まだ綺麗事だけを口にして大事にしていくこともできたかもしれない。

 だが、すでに〝金銀花(カプリフォリオ)〟は多くの注目を集め、これからも否応なく色々なことに巻き込まれていくことになるだろう。


 始まりは『魔力水の水差し』だった。

 自分たちが考えつかない大人の世界、権力の闘争、裏での駆け引き。

 そういったものが付き纏ってきたのは。

 人為的『魔物氾濫(スタンピード)』事件でもそうだった。


 これから先も自分たちらしく在るために、歩き続けるために。

 それらを跳ね除けるための力は、何よりも欲しいところだ。


 どんな相手であっても跳ね除けられるだけの、邪魔されないだけの強さが。



「……分かりました。私たちは、あなたたちと組みます」


「んにゃ。そいじゃー、一旦レベル5までは上がってもらうにゃりねー。連休始まったら、ちょいと崩壊地域に行くにゃりね」


「――は?」



 重い決断に対して返ってきたのは、そんなあっさりとした〝埒外の提案〟であった。


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