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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第5章 蠱毒の王

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パパンの困惑




「――えっと、雅ちゃん? 今、なんて?」


「ちゃん付けんなし。――だから、前に会った〝虎〟と〝椿〟って人とかのチームというか、組織? 『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』って言うらしいんだけど、そこと協力関係というか、同盟関係一歩手前ぐらいな感じで手を組むことになったって」



 半ば上ずったような、ひっくり返ったような声をあげながら訊ね返してくる父親。

 日本の大手クラン、『明鏡止水』のクランリーダーであり、冷静で知的、優しげで怜悧とすら世間で言われている男。

 そんな傑に対して、雅はそんな世間の声なんて知ったこっちゃねぇと言わんばかりに、娘から父親へと向ける一般的な反応とも言えるような呆れた声で返した。


 だが、傑にとってみればそれは心外というものだ。

 雅たちが〝虎〟と〝椿〟たちと会う約束をしていたのは知っていたし、承知もしていた。

 だからこそ伝言を託した訳だし、そんな彼らは傑が予想していた通り『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』だったか、とも思う程度には、状況は予測できていたし理解もできていた。


 とは言え、だ。

 まさかまだ高校生に過ぎない娘たちが、〝不法探索者(アビューザー)〟でもあり、《《世間的には犯罪者でもある者たち》》と同盟一歩手前の協力関係を結んだとなれば、それは親としては驚くのも無理はないのである。

 というよりも、そこまでの関係にどうやってなったのか、理解が及んですらいない。



「……すー……、はぁ……。えっと、雅ちゃんは『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』が一体何者で、どういう集まりなのかは分かっているのかい?」


「ちゃん付けすんなし。そりゃもちろん。お互いに色々情報交換したかんね。……まあ、魔装の変化についてだけは向こうも掴んでなかったりもしたみたいだけど」



 同盟一歩手前の友誼を結ぶことが決まった後も、話し合いは続いた。

 その中で魔装の反応現象、シリーズによる反応というものを伝えてみたのだが、残念ながら『亡者の庭園(ニヴルヘイム)』側ではそういう知識は蓄積していないらしかった。


 独自魔法に加えて魔装。

 そしてダンジョン因子が持つ奇妙な力。


 雅や流霞たちも、自分たちが希少な体験をしていることは朧気ながらに理解していたものだが、まさか『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』ですら聞いたこともないような現象を引き起こしていたとは思いも寄らなかった、というのが雅の素直な本音だ。


 すでに雅の中では、『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』は自分たちよりもダンジョンに対して先を進んでいる存在だという認識すらあったのに、勝てるところがあった。

 それが誇らしくもあるが、ダンジョンをガチで研究するという自分たちの理念もあって、絶対追い付いて、知識を追い抜いてやろうと燃えていたりもする。


 それはさて置き。



「魔装が、なんだって? なんて言ったんだい?」


「あ、ううん、なんでもない。あれっしょ? お父さんが言いたいのは、『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』が探索者協会からは〝危険探索者集団指定〟を受けているって言いたいんっしょ?」



 明らかな話題転換ではあったが、ここでしつこくすると「お父さんウザい」と言われるのが娘を持つ男親の最大の弱点でもあり、消えないトラウマでもある。

 そういう時は素直に乗れるだけの柔軟さを持つ男である傑は、ふっと小さく笑って肩をすくめた。



「……まあ、そうだね。もっとも、僕も彼らがそこまでの罪を行ったとも思ってはいないけれどね」


「ん、あーしもそれ同感。色々調べたけど、あの人たちは《《そういう系》》じゃないっぽいし」



 今回の話し合いが終わって、雅は即座に『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』についての情報を集め、調査を行ってみた。


 確かに、情報は見つかった。

 だが、出てきた情報は裏取りされた真実を物語るもの、とは言い難かった。

 むしろマスコミが挙って騒ぎ立てた結果、話題になったような、どれもがどうにも違和感だらけと言うべきか。


 まるで〝そういう風に仕立てられている〟ように見えてならなかった。


 それはまるで、〝金銀花(カプリフォリオ)〟が人為的『魔物氾濫(スタンピード)』騒動の際に騒がれた時と同じような。

 そんな過剰なまでの繰り返しの報道と、印象操作を狙っているかのような数々の証言ばかりだったのだ。


 もしも人為的『魔物氾濫(スタンピード)』で〝金銀花(カプリフォリオ)〟が同じような目に遭っていなければ、赤の他人の話をしているだけであったのならば、きっと気にも留めずに「危険な連中がいる」ぐらいで受け止めていたであろう報道の数々。

 しかし、似たような手口を受け、苛立たされた立場の雅だからこそ疑り深く裏を探ってみて、それらの報道と自分たちの一件が似ているという事実に辿り着いた。



「ねえ、お父さん」


「うん、なんだい?」


「『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』。あの人たちって、神奈川崩壊事件と関係があるっしょ」


「……どうしてそう思ったのかな?」



 ただの質問のようで、しかし傑らしからぬ失敗だな、とも雅は思う。

 傑は話せないものならば話せないと言うし、はぐらかすという行為はあまり好まない。

 下手にはぐらかすよりも、話して分かってもらおうとする類の人間だ。


 そんな傑が話をはぐらかしたというのはつまり、〝思考が追いつかなかった証左〟でもあることを、娘である雅はよくよく理解している。


 それ以上の答え合わせは必要ないと判断し、雅は深堀しないことにすると、無意識に父親と同じように肩をすくめていた。



「なんとなくだよ。神奈川の崩壊地域を活動拠点にしてるって言うし。それに……」


「それに?」


「ウチらが行った『指定ダンジョン』で出会ったのも、多分だけど、これ以上崩壊地域が増えないように、じゃないかなって」


「……なるほどね」



 神奈川の南西側、崩壊事件を免れた一角。

 その場所で〝虎〟と再会できたからこそ、〝椿〟も力を貸してくれて、流霞が助かった。

 それが果たして、ただ幸運なだけだった、で片付けられるとは思えない。


 今回の話し合いで指定された倉庫も、旧多摩川緑地跡。

 あの場所の倉庫の位置、そして地下の応接用スペースの向こう側――〝鴉〟が出てきた扉は、真っ直ぐ掘り進めているのであれば、おそらくは多摩川の下に繋がっている

 ということは、神奈川側に彼らの拠点があり、そこを通って会いに来たと考えるのが自然だろう。


 もちろん、あの応接室の向きなどがブラフで、実は近くの他の倉庫に繋がっているという可能性もない訳ではないが。



「ま、それがどーしても気になるんだったら、向こうに直接訊けばいーし。別にお父さんに答えてもらう必要なんてないけどー」


「えぇ……?」


「まあそれはそれとして、お父さんとも連絡先を交換したいって。どれにする?」


「あぁ、そうだね。《《プライベート》》の方にしておくよ。僕の端末に送っておいてくれるかい?」


「ん、りょー。じゃ、明日事務所の引っ越しで大変だからシャワー浴びて先に部屋戻るー。おやすみー」


「おやすみ。寒いから風邪には気をつけて」



 ひらひらと手を振って去っていく雅を見送ってから、誰もいなくなったリビングで一人、深く重い溜息を吐いて傑が天井を見上げる。


 ――あの子たち、怖いもの知らず過ぎやしないかい……?


 傑にだって、〝虎〟や〝椿〟と雅たちが会うのは納得できる。

 子供たちの命の恩人でもあり、『魔導防具(マギア・ギア)』を御礼に用意するという話があったことも聞いていた。


 それは構わなかった。

 てっきり〝虎〟か〝椿〟のどちらかから要望を聞いて、御礼を渡して「はいさよなら」と関係は終わると、勝手に思い込んでいたからだ。


 それが同盟一歩手前の協力関係って何、と気が付けば傑は顔を両手で覆って「ぁ゛ーーっ」と変な声を漏らしながら心の中で思う。


 ――いやいやいや、でもまあ、考えようによっては悪くはない。悪くはないんだよ。あの子たちが力をつけることで、余計なやっかみや些事に振り回されなくもなったりもするんじゃないかなって思わなくはないけど……。


 それはそれとして、親としては〝危ない相手との繋がりは心配になるから辞めてほしい〟がある。

 それでも、今の〝がちけん〟と〝金銀花(カプリフォリオ)〟の躍進ぶりを見ていると、何かと物騒な真似をする大人の汚さも知っている傑である。



「ぁ゛ーー……っ」



 顔を押さえたままそんな声を出している夫の姿に、偶然リビングに立ち寄ろうとした瑤子がドン引きして見なかったことにして去って行ったり、飲み物を取りにきた娘たちが心配よりも冷めた目を向けてから、改めて見なかったことにしていたりもすることに、傑は気が付いていない。



「いや、でも……悪くはない、か」



 ぴたりと声を止めて、唐突に素の声色でそんなことを言い出す傑に、娘たちがびくっと肩を震わせた。

 家族間の溝が心配になる絵面だが、傑はそれすらも気付いていなかった。


 ――元々、『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』は僕個人としても接触したかった相手だし、好意的であるというのなら色々と協力できることも増える。それは『明鏡止水』としても、そしてこの国の、いや、この世界の砂上の楼閣めいた平和を本物の平和に繋げる一歩にもなるかもしれない。


 それは夢物語や理想とも言える程に、果てしなく遠いものではあった。

 けれど、その第一歩を踏み出すためのきっかけであると言うのなら。

 雅が深く関わり、結果として〝金銀花(カプリフォリオ)〟や〝魔女の饗宴〟たち、延いては自分たちが強さを得やすくなるきっかけにもなるのであれば。



「……賭けは、あまり好きじゃないんだけどな……」



 ぽつりと呟きながらも腹を決める傑。

 そんな傑を見て、「独り言多すぎる大人は好きじゃない、っていうかキツい」と長女と次女の二人が目を見合わせていることに傑が気が付いたのは、それから数分後のことであった。


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