再会と情報交換 Ⅲ
「――んにゃるほどー。魔力はスキルとは違って因子の影響を受けてはいるものの、独立した変化を生み出せると仮定しても良さそうにゃり。そう考えると、『魔導防具』の魔法障壁は正確には魔力による障壁、魔力障壁ねー。で、魔力障壁はおそらく魔物の身体にもあるあれと似たようなもんがあるんにゃりにゃー。つまり、魔力を常時展開することで、そもそも『魔導防具』がなくても魔力障壁はレベルアップ探索者なら作れるとも言える。スキルの拡張だけじゃなく、魔力のアプローチがそもそも必要だった? そう仮定すれば、ウチのメンバーの〝頭打ち〟の理由――」
話し合いから始まり、せっかく『魔導防具』についての話をしたのだからと、この際これまで〝がちけん〟が得てきた情報を教えてみたところ、〝鴉〟が凄まじい早口でぶつぶつと呟く。
雅とて、秘匿すべき情報は秘匿している。
だが、そのギリギリまでの情報については今回は出し惜しみなしで伝えている。
というのも、今の〝がちけん〟側が持つ情報を聞いた時、〝鴉〟たちの意見を、自分たちよりもダンジョンやその奥深くに至るような知識を持っている者たちが、どう活かすかを見てみたいというのが大きかった。
自分たちの大前提――〝ダンジョンを攻略していく〟という理念を貫くためならば、多少身を切る覚悟で情報を曝け出してしまっても構わない、というのが雅の決断ですらあった。
果たしてその結果は、雅が想定した以上のものですらあった。
高速で積み上げられていく仮定と、おそらくは〝鴉〟の中で組み立てられていた理論がぶつかり合い、さらなる仮定が生まれていくというその早さを、雅は知っている。
――冴香に似てるタイプ……。つまり、突き抜けた天才タイプだわ、この人も。
思わず雅が思い浮かべたのは、矢ノ沢家の姉妹の中でもずば抜けた頭脳を持つ姉、三女の冴香であった。
己の中に様々な知識があって、そんな知識が刺激されることで湯水の如くアイデアが溢れ、自分の中で次々とシミュレーションを繰り返していくタイプ。
見慣れている姉の姿に酷似していて――だからこそ、雅は〝頭打ち〟という〝鴉〟の一言が気になっていた。
そんな雅の視線に気が付いたのか、〝虎〟が〝鴉〟の頭をがしっと掴み、そのまま数回小さく振ってみせた。
「おい、〝鴉〟。帰ってこい」
「んにゃー? あ、ごめんごめんご。色々情報助かったにゃりよー。その御礼って訳じゃないにゃりけど、こっちも色々情報教えてあげるにゃりねー」
「いいんですか?」
「構わにゃーよ。つか虎ちんもつばきちも、キミらんことはそれなりに認めて気に入ってるにゃりからにゃー。才能、努力する気概、煌めき。二人が認めたんにゃら、それはもう仲間みてーなもんだにゃー」
「そ、そこまで……?」
まさかそこまで認められているとは思いもしなかった雅であったが、〝虎〟と〝椿〟の二人の視線が流霞に向けられたことに気が付き、対する流霞は「なんか見られてる……」と目を逸らしていた。
「〝適合反動〟の状態で見たあの馬鹿げた強さは、ハッキリ言って俺らにとっても予想外だった。組む価値があると言ってもいい。それに、そんな厄介な暴走を止めてみせた、〝概念系〟の炎使いもな」
「へ? あーし?」
「あぁ、そうだ。魔力だけを燃やす炎、そしてそれを焼失させちまうなんていうのは、〝権能使い〟特有のぶっ飛んだ能力だからな」
「けん……?」
聞き覚えのない言葉を耳にして、奏星が首を傾げる。
そんな奏星に向かって、〝椿〟が続けた。
「〝権能使い〟。そなたの炎のように〝概念〟にまで影響を及ぼす力を持つ者を、此方らは〝権能使い〟と呼んでいる」
「……〝権能使い〟」
思わぬ中二病ワードが出てきてことで流霞が顔を向け、少しだけ目をキラキラさせて訊ねてみれば、〝鴉〟が頷いた。
「たとえば、炎が自然に対象を絞る、狙ったものだけを燃える、なんてことはないにゃ。そもそも火が燃えるっちゅー現象は、簡単に言えばただの熱エネルギーの放出にゃりねー。そこに選別させるような力はないにゃりにゃ。んだけども、〝権能使い〟はそういう概念を無視してしまう。言うなれば、〝概念を覆して結果を押し付ける者〟にゃりよ」
「〝概念を覆して結果を押し付ける者〟……」
「やっべ、聞いた? あーしめっちゃカッコよくね?」
「それな。なんかスゲー」
つらつらと〝鴉〟から語られた言葉を聞いて、その途轍もない力に驚愕する雅を他所に、当事者である奏星は美佳里と一緒にもっと浅いところで盛り上がっていた。
ちなみに、流霞もそのタイプである。なんかすごい、なんかカッコイイ、だけで推せる類のチョロオタク少女であった。
「あー、盛り上がってるトコ悪いんだが、《《それぐらいに到る程度》》なら《《そこそこいる》》からな。あんまはしゃぎ過ぎんなよ」
「へ? そーなん? なんかすごそーなのに?」
「そりゃー、〝表〟じゃ驚かれるとは思うにゃりにゃー。なんせ、〝表〟の連中なんて、まだ中層すら突破してにゃーし。〝超常級〟はともかく、〝超越級〟と会ったら即死確定残念無《《惨》》にゃりねー」
「〝超常級〟に、〝超越級〟……?」
「んにゃり。ダンジョン下層クラスになると、そういう魔物がゴロゴロ出てくるにゃ。中層の魔物は確かに化物と言ってもおかしくにゃいにゃりけど、下層からは常識が通用しない魔物の住処になってくるにゃり。それらをボクらは〝超常級〟と呼んで、そのさらに上のを〝超越級〟と呼んでいるにゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってください……! それはまるで、もうとっくに下層クラスと戦っているという……」
雅が驚いた様子で声をあげれば、〝鴉〟は特に気にする様子もなく、そして〝虎〟や〝椿〟もまた、それが当然であるかのように頷いてみせた。
「んにゃー、雅ちゃん。〝表〟の基準――つまり、レベル6の中層突破間近というクラスは、あくまでも表向きの話でしかにゃいにゃりよ。そんな基準を超えてる連中にゃらボクらだけの話じゃにゃーし、海外はもちろん、日本にもかなりいるにゃりよ」
「え……」
「〝表〟の最強っつーのは、あくまでも『一般人が普通に暮らしながら辿り着ける範囲の最強格』っつーわけだ。俺らみてぇに、我武者羅に戦い続けて辿り着いてる連中は、とっくにその領域を超えてんのさ」
「うむ。そも、此方と虎のレベルはすでに9に達している。〝表〟の者たちとでは地力が違い過ぎるのだ」
それは、雅や雪乃、流霞ら〝金銀花〟、莉緒菜ら〝魔女の饗宴〟という、表の世界に生きる者たちにとっては、あまりにも信じ難い話ですらあった。
世間ではレベル6で最強角だ。
まだダンジョンの中層は何年も攻略されずに頭打ちしてしまっているが、それでもレベル6探索者の注目度は凄まじく、発言力もかなり高いとされている。
実際、それだけの力があるからこそ、雅の父や姉たちも世間から一目置かれ、いい意味で警戒され、認められているとも言える。
だが、それらがあくまでもお飾りであるかのように、淡々と〝鴉〟たちが語ってみせているのだから。
しかし、その一方で、この場にいる流霞たち一行は、心のどこかで納得すらできていた。
そもそも、『指定ダンジョン』で〝虎〟が中層の深部に一人でいたこと。
それに加えて、中層深部であり、『指定ダンジョン』であるにもかかわらず、流霞が〝虎〟と出会ったあの場所は、東京第3ダンジョンのような《《蠱毒の舞台ではなかった》》。
それはつまり、《《そういう魔物すら狩られた》》ということを指しているのだ。
たった一人の、〝虎〟という〝不法探索者〟の手で。
それだけではない。
流霞の今の力が、一般的なレベル3探索者の基準を遥かに上回っているのは、ひとえにスキルの拡張による能力強化が大きな要因となっている。
そんな力を有し、しかも長い間〝不法探索者〟として、裏側で戦い続けてきていた者たちであるのなら、その強さがレベル6程度で収まっているはずはないのだから。
驚愕する一行を前に、しかし〝虎〟も〝椿〟も、そして〝鴉〟も、《《それ》》には気が付いていた。
――……へぇ。この話を聞いて、《《そんな顔》》ができるたぁなぁ……。
――……未来は有望、というわけだな。
圧倒的な実力者、当たり前だと思っていた常識の崩壊。
そんなものを前にしておきながらも、それでも目を爛々と輝かせて、笑っている二人の少女――流霞と奏星の姿に、〝虎〟と〝椿〟は笑い、〝鴉〟は確信を抱いた。
「残念にゃけど、〝虎〟と〝椿〟だけじゃにゃーし、『亡霊の庭園』のメンバーはレベル9で頭打ちしてるにゃりね。けどそんなとこに、キミらが、魔力という面からアプローチして、独自魔法なんてモンを作ったキミらが現れた。ボクはこれを、一つの転換期だと思っているにゃり」
そこまで言って、〝鴉〟が流霞と奏星を見つめ、莉緒菜たちを見つめ、そして最後に雅に顔を向けた。
「――ボクら『亡霊の庭園』は、キミたちと友誼を結びたいと考えているにゃりよ」
「友誼……?」
「んにゃり。〝表〟でしか生きていないキミたちと本当の意味での同盟には足りにゃーし、ボクらの立場も考えると、それがキミらの足枷にもにゃるにゃんねー。だから、今は友誼でどうにゃ? お互いに技術提供をし合うことで、高め合っていけるにゃりねー。それに、〝裏〟にいる他の連中に手出しさせねーにゃり」
「……それは、ウチらにとっても都合はいいけれど……。けど、そちらにメリットがないのでは?」
雅の疑問はもっともであった。
色々と自分たちにとってはメリットが多いのは間違いないが、しかし、自分たちにはそれらに返せるほどのものがあるとは言い難いのが実状だ。
しかし、〝鴉〟はそんな雅に対してあっけらかんと語った。
「――今すぐとは言わにゃーけど、ボクらの悲願、神奈川奪還のために力を貸してほしーにゃりよ」
軽い物言いにもかかわらず、その言葉にはどうしようもなく張り詰めた想いのようなものが、確かに宿っていた。




