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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第5章 蠱毒の王

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新たな変化 Ⅰ




「――きひっ! 背中がら空きだよおおぉぉぉっ!」



 巨大な青い肌をした人型――というよりも、むしろ青鬼と称してもいいような魔物、コバルトオーガ。


 身長3メートル半から4メートル半程の巨躯。

 鍛え上げられ、鋼のような肉体を持つ化物たちは、巨躯に似つかわしくない優れた運動能力を有している。

 鍛えた肉体を使った動き、それでいてトロールよりも圧倒的に素早く、反射神経にも優れている。


 そんなコバルトオーガは、単体だけでも恐ろしいが、さらに群れを形成し、武器を使う。

 武器の種類は多種多様ではあるが、膂力と身体能力を十全に活かすに相応しい、幅広で肉厚の包丁を思わせるような大剣や大きな槌、戦斧に大鉈といったものを持って襲いかかってくる。


 その一撃の威力は大型バスでさえ一撃で吹き飛ばす程の力を持っていると言われており、まさに化物と言って差し支えない。


 しかし、そんなコバルトオーガであっても重力操作と身体能力強化による加速状態からの奇襲を行う流霞には反応できなかった。

 身体ごと回転するように叩きつけられたロッドが、周囲に衝撃を放ちながらコバルトオーガの身体を吹き飛ばした。


 巨躯が、吹き飛ばされて地面をバウンドしていき、あらぬ方向に手足を曲げて絶命した。



「は、るかちのパワーヤッバ」


「やるぅ! ――【氷縛弾(アイスバインド)】!」



 称賛の声もそこそこに、着地した流霞を狙って迫る他の個体の足元へと攻撃を仕掛ける。


 着弾と同時に周辺一帯を容赦なく氷の塊で覆うという、かつてプリマトゥス戦で流霞を助けた一撃――【色彩豊かな魔弾ヴィヴィッド・カラーズ】の一つ。

 魔法障壁などがあったとしても、その障壁すらも巻き込んで上から呑み込むように氷を発生させる、美佳里が愛用している行動阻害に特化した魔弾、【氷縛弾(アイスバインド)】だ。


 余談ではあるが、実は美佳里が【色彩豊かな魔弾ヴィヴィッド・カラーズ】を取得した際、〝がちけん〟の事務所があるビルの地下で、雪乃が作った『魔導防具(マギア・ギア)』を標的にテストをしたのだ。

 その際にも、魔力障壁すらも巻き込んで氷の塊を生み出したために、プリマトゥスにも使用したという経緯があった。


 放たれた【氷縛弾(アイスバインド)】によって身体のバランスが崩れ、転びそうになって体勢を崩したコバルトオーガ。

 自らの足に気を取られて視線を外してから、どうにか踏ん張って再び顔をあげたところで――真正面で炎を纏った細剣を振り下ろす奏星の姿に気が付いた時には、その身体が縦に両断されていた。



「うん、いい感じ」


「――奏星ッ! 横!」


「へ……!?」



 コバルトオーガの攻撃はそこで終わっていなかった。

 もう一体のコバルトオーガが奏星に向かって刃毀れした大剣を振るう。


 それに気が付いた流霞の声に奏星が振り向くが、すでに大剣は目の前まで迫っていて、流霞も美佳里も咄嗟に動こうとするも間に合いそうにない。


 迫る大剣に咄嗟に細剣を前に出して受け止める決意を固めた奏星であったが、しかしその時。



「――油断しちゃダメじゃない」



 涼やかな声が聞こえたかと思えば、足元の影が突然槍のように伸びてコバルトオーガを串刺しにして、その動きを縫い留めた。

 直後、黒い一閃がコバルトオーガの身体を斜めに駆け抜け、両断されてずるりと落ちていく。


 目を丸くしたへなへなと力が抜けて座り込んだ奏星の視線の先、コバルトオーガの更にその向こうには、真っ黒な見た目をした、輪郭からは悪魔を彷彿とするような存在が立っていた。

 表情などは窺えない、目だけが赤くぼんやりと光っている悪魔のようなそれは、すっと横に移動すると、その場で跪くようにして、主に服従を示すかのように頭を垂れた。


 悪魔が退いたその道を、一人の女性がゆっくりと歩いて奏星に歩み寄った。



「この辺りの魔物は厄介よ。たった一体片付けただけで油断していたら、痛い目に遭うわよ?」


「……マジ助かった。ありがと、りおなん……!」



 服従を示して跪いた悪魔の先で立ち止まり、赤みがかったピンクのインナーカラーをした長い黒髪を手櫛でさらりと払い、余裕に満ち溢れた笑みを浮かべてみせた女性。

 流霞たち〝金銀花(カプリフォリオ)〟の姉妹パーティとも言える〝魔女の饗宴〟のパーティリーダー、鷺宮(さぎみや) 莉緒菜(りおな)その人である。


 莉緒菜がパチン、と指を鳴らせば、跪いていた悪魔が影の中に沈み込むように消えていき、今度は莉緒菜の背後に巨大な真っ黒い手が現れた。

 そのまま莉緒菜が座って足を組み、頬杖をついて小さく笑った。


 一連の動きが非常に創作物のワンシーンめいていて、流霞が目をキラキラとさせ、美佳里もちらちらと見ながらちょっとカッコイイと思っている中で、奏星が立ち上がる。



「おぉ……、りおなんかっけー」


「ありがと、りおなんー。奏星危なかったわー」


「ふふ、いいのよ。むしろ御礼を言うのはこっちの方だわ。あなたたちのおかげで、私のこの【悪魔】の力も随分と成長してきたもの」



 莉緒菜が悪魔の手に座って優雅に受け答えしてみせる。

 今日も配信はしていないというのに、キャラ崩壊を引き起こさないよう徹底しているらしかった。


 ここは先日の全国新人探索者パーティ対抗戦でもやってきた、東京第3ダンジョンの13階層だ。


 先日、〝椿〟から連絡をもらった雅と、その場に同席していた奏星。

 二人は〝椿〟との約束を取り付けると、その情報を流霞や美佳里、そして『魔導防具(マギア・ギア)』の制作者でもある雪乃に共有した。


 とりあえず予定は合ったが、あの〝虎〟と〝椿〟の専用『魔導防具(マギア・ギア)』を作るとなれば、魔物素材は多いに越したことはない。

 そう考えて、今日は〝魔女の饗宴〟でも唯一レベル3探索者でもある莉緒菜と共に、レベルアップを目指しつつ魔物との戦い方を調整し、新たな戦い方、フォーメーションのテストのためにやって来ていた。


 ちなみに、諸々の騒動もあって配信を自粛するという方針で活動している。

 最低でも〝探索者の義務〟問題が落ち着くまでは、面倒な存在を寄せ付ける可能性もあるとのことで自粛しているところであった。


 ともあれ、莉緒菜にとってもこの機会はありがたかった。

 先輩風をびゅーびゅー吹かせてこの演技ムーブをする以上、あっさりと追い抜かれてしまっては沽券に関わるというもの。

 できるだけ流霞たちには追いつかれたくない乙女心がそこにはあった。



「早くレベル4になれるといいのだけれど」



 ぽつりと莉緒菜が呟けば、流霞も奏星も、美佳里もなんとなく莉緒菜の気持ちは理解できた。

 特に、一時期は流霞と奏星よりもレベルが低く、その中でも戦っていた美佳里には、莉緒菜の気持ちが痛いほどよく分かった。


 そんな美佳里の視線に気が付いて、莉緒菜が肩をすくめてみせる。



「とは言っても、慣れていないパーティでレベルアップに繋がる程の戦いっていうのは避けるに越したことはないけれど」


「そういうもん?」


「えぇ、そういうものよ。特にレベル3以降のレベルアップがかかるような場面ともなると、戦う相手の強さも跳ね上がっているもの。普通の探索者だったら、いつものメンバーがいない中、即席のパーティでそんな厄介な相手と戦おうとして息が合わなかったら、待っているのは全滅よ」


「そっかぁ……」



 奏星と莉緒菜の話を、流霞は納得しながら聞いていた。


 レベルアップのための戦いではいつも限界ギリギリの行動を求められる。

 それらを順調に乗り越えてくることができたのは、結局のところ仲間である奏星、そして美佳里がしっかりと支えて、自分だけでは届かない部分を届くようにしてくれたおかげとも言える。


 咄嗟の判断の時、仲間がどこまでやれるのか、自分がどこまでやれるかを知っているのかという要素は非常に大きなものだ。

 お互いがお互いに何をどこまでできるのかも把握できていないような状況では、変に遠慮してしまったり、あるいは期待し過ぎてしまって上手くいかないことも多い。


 だから、そういう意味でもレベルアップのための戦いや階層更新の際には、どの探索者も慣れたパーティでそういう場所に向かう。

 いちいちこまめにコミュニケーションを取りながら動ける程の余裕がなくなるのが一般的なのだから。


 ――けれど、この子たちは……なんていうか全員が一線級というか……常識が当てはまらないっていうか……――うん?


 圧倒的な火力、ユニークな力をそれぞれに有した3人組。

 この3人の能力は明らかに既存の探索者のそれとは差が大きすぎて、常識が通用しないとしか思えない。

 何せこの中層13階層以降というのは、〝魔女の饗宴〟であっても苦戦するような場所であり、こんなにもゆとりを持って戦えないのだから。


 そんなことを考えていた莉緒菜が、突如としてこめかみに人差し指と中指を当てて頭痛に堪えるような格好で俯いた。



「それにしても、さっきのるかちーのあの攻撃、マジヤバかったわ」


「ほんとそれな。あの巨体が吹っ飛ぶとかマ?」


「へへへ……、なんかできちゃった。やっぱり私のこのロッド、強いなぁ」



 そんな中、お互いに戦いの感想を語り合う3人。

 しかしそこでようやく、莉緒菜の反応がおかしなことに気が付いて、流霞が首を傾げた。



「えっと、莉緒菜、さん……?」


「……ねぇ、るかち。あなたのそのロッド、持たせてもらえるかしら?」


「んぇ? あ、うん。ちょっと重さ酷いことになるかもだから、地面に立てた状態で触ってもらっていいかな?」


「えぇ、構わない……というより、その方が助かるわ」



 演技モードであっても力が増える訳ではない。

 流霞のロッドを横に持って「はいどうぞ」と渡されたりしたら、手に引っ張られて顔から地面にダイブする可能性の方が高いだろうと莉緒菜も思う。


 ただ、今はそれどころではなかった。

 先程から、何かに呼ばれているような、急かされ、掻き立てられているような。

 そんな気持ちが胸中を渦巻いて仕方がなかった。


 ――――に―――触れろ。

 ――を――――応えろ。


 頭の中に聞こえるのは、そんなノイズ混じりの何かの声のようなものばかり。

 レベルアップを、もっと強さを手に入れなくては、と思った矢先に突然聞こえてきた奇妙な声に、困惑しながらも手を延ばす。


 流霞がロッドを立てかけるように地面に突き立てると、莉緒菜はそっと手を伸ばして、流霞のロッドに触れた。



《――【月】と【太陽】が出会い、【悪魔】は『光』を知った》



 突然、脳内に流れ込んできた〝声〟。

 刹那、流霞のロッドが、奏星の細剣が、そして莉緒菜の魔装である手錠を思わせるような鎖が装飾されたアームガードが、一斉に光を放って輝き出した。



「「「「……は?」」」」


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