見えないところで広がる火
雅の決定により、早速とばかりに紅音は惣治郎へと連絡。
探索者協会としては『配信を断る理由はない。我々はあくまでも指定された通りに打診しただけ』というスタンスで国側へと連絡した。
これに困ったのは国のお役人側であった。
配信で名前が知られ、その実力が知られたからこその今回の打診であるのは間違いない。
しかし、領土奪還作戦に未成年者を投入すると知られれば、多少なりとも面倒な声が上がるだろうことは想像に難くない。
かと言って、ここで下手に握り潰してしまって後々問題になっても面倒だ。
だから、「そういうことを言い出していますけど、どうしますか」というような形で確認を取る方向にした。
今回の作戦に若い世代を投入することを推し進めたのは、現与党議員だった。
彼らは《《下》》から上がってきたその報告を拒否した。
自分たちの言う通りに動け、口答えするな、余計な真似はするな、という、思考を停止して頭ごなしに指示を返したのだ。
――議員である自分たちの機嫌を損ねれば、大変だぞ、と。
本人たちは至って真面目に、それが通用すると考えたのだろう。
無論、そんなものは世間一般で見れば、駄々をこねる赤子のような微笑ましいものになるはずもなく、誰もが「何言ってんだ、アイツは。正気か? 大人だろ?」というような反応を示すものでしかない。
それでもそういった相手への忖度をしなくては、そこに繋がりのある企業であったりが風向きに応じて動いてしまう。
結果として生きられなくなってしまうのが、利権構造の特徴でもあった。
そんな社会で生きている彼らにとってみれば、それは〝正しいやり方〟として理解されているというのだから、一般人がそれを知れば当然ながらに頭が痛くなるというものだ。
ともあれ、そんな政界と経済界の上層部のみで広がっている常識に染まりつつありながらも、かろうじて一般常識というものが残っているお役人側としては、それが世間一般に通用するとは思えなかった。
故に、あくまでも「正式な発表を行うまでに情報を漏洩しないように」という回答によって時間を稼ぐことにした。
相手は子供だ。
期日が差し迫ってしまえば、あとはどうとでも言い包められる。
このままなあなあにしてしまえばいい、とでも考えたようであった。
――――だからその通達を受けた日、〝金銀花〟の公式アカウントは、〝ECHO〟を通じてとある発信をした。
『企業案件って訳じゃないけれど、どうも断れないっぽい案件が入った上に、なんか配信もダメっぽくてできないかもです。探索者の義務だから従わなきゃいけないんだって。ウチら未成年なのにマ? もやるわー』
確かに内容には触れてはいない。
正確な情報も出ていなければ、どこかを批判しているようなものでもないし、愚痴とも言えないような、ただの近況報告のようにも見える。
だから、そんな投稿に対して最初の内は純然な心配するようなコメントであったり、額面通りに応援するような声が寄せられることになった。
そんなコメントの中で、とあるコメントに注目が集まった。
『探索者の義務って、国のダンジョン災害とかに付き合う義務とかそれぐらいでしょ? 今のとこ、日本でダンジョンブレイクは起きてないし、配信できなくなるってことはないはず。ってなると、領土奪還作戦ぐらいしかなくねぇ?』
それは雅たち〝がちけん〟の関係者によるコメントではない。
下手に探られて工作を仕掛けたと思われたくないため、あくまでも扇動するだけ、匂わせるだけの対応をしているのだ。
それでも充分だった。
ただただそういった情報を調べ上げ、原因を突き止め、拡散したがる――というよりも、ツッコミたがり、情報通であるかのようにアピールしてくる者もSNSという世界には珍しくないからだ。
さらにそのコメントを多くの人間が補強するように、探索者の義務を調べたものを付け足したり、探索者たちが実際に自分たちにどういった義務があるかなどをコメントするようになったのは、ある意味で自然な流れであった。
情報が色々出るにつれて、周りがまだ注目していない情報を発信してやろうと躍起になって調べる者も出てくる。
そうして自然と真相に近づくものが増え、注目が集まり、隠そうとしているものが白日の元に曝されていく。
『領土奪還作戦の前回の失敗から数年経ってるし、そろそろやろうとしてもおかしくない』
『木場議員、匂わせえぐいww どう考えても領土奪還やろうとしとるやんww はい確定ww』
『ウチ日本有数の大手クランとして有名ではあるけど、領土奪還作戦のオファーなんてきてないぞ』
『わい中堅ギルドの探索者、今話題の金銀花ちゃんの件、何か分かったかもしれん』
『話題の金銀花さんの件、どうもウチも無関係ではないらしい』
あちこちからSNSを介して情報が出てくるようになり、それらを統合するようにまとめ動画などがアップされていく。
徐々に、しかし確実に情報は世の中にゆっくりと広がっていく。
『ちょっと待って。領土奪還作戦って危険度ヤバいんでしょ? そこに未成年者行かせるの?』
『探索者の義務じゃん、行けよ。年齢なんて関係ない』
『いつの時代の話してんだよ。そもそも領土奪還作戦は基本、緊急性ないんだから未成年者を無理に投じる必要ないだろ』
『ダンジョンブレイクの対応とかならともかく、領土奪還で未成年者まで無理に連れて行く必要なくね?』
『というか、探索者の税金の優遇ってそんな大きいの? それで命懸けろってかなり時代錯誤じゃね?』
『この法案通ったのダンジョン黎明期だからな。当時は徴兵制度みたいな強権発動したのも分からなくはないが、さすがに対処法確立した今でもこの在り方はどうかと思う』
『探索者の税制優遇についてまとめました! 詳しくはこちらの動画を御覧ください!』
『領土奪還作戦についてまとめました!』
段々と加熱する、SNS上での様々な議論。
鉄は熱い内に打てとも言う通り、そうした話題に敏感なものたちは、自分たちにとっても利益になりやすい機会だと考えて、普段なら深堀りされないような情報も深堀りして動画やSNSでアップしていく。
注目を集め、広告収入を狙うためには、注目度の高い話題をネタにする者は多い。
そういう動画やまとめサイトが次々にアップされ、より多くの層に波及していく。
日を追う毎に探索者として名前が知られている者や、著名人、インフルエンサーなどもこの話題を取り扱うようになってきたこともあり、インターネット上では一つの巨大な炎となって、あちこちに飛び火していった。
「――んふっ、狙い通りだわー」
「……凄まじい勢いですね……」
話し合いから一週間が過ぎて、改めてSNSを確認しながら情報を探っていく雅と紅音。
想定通りに炎上という訳ではないものの、情報があちこちに波及している姿を見て雅がほくそ笑みながら、新たな文を作る。
「はい、燃料投下」
「燃料、ですか……? ――あぁ、これですね……」
表示された投稿文を見て、紅音が軽く頬を引き攣らせた。
『よくよく考えるとさー、ウチってまだ今年から活動開始したばっかなんだから、税金優遇とか受けてないじゃん? だったら言うこと聞く必要なくない? むしろ普通に税金払うから免除にしてくれるとか、そういうの選べるようにすりゃいいじゃんって思うし。一方的に押し付けんのって違うくない? みんな我慢してんの? 偉くね?』
ただの愚痴のようでありながら、けれど問題提起をハッキリしたもの。
それを投稿した瞬間に、投稿内容を見て拡散と共に反応をしてくれる者たちのおかげで、あっという間に通知件数が『99+』という数字を表示して動かなくなった。
「あかねぇの元上司の人、なんか言ってる?」
「いえ、まだ何も」
「え、マ?」
さすがにこれだけの騒動になってきているのだから、何かしら声が上がってくるのではないかと考えていたのだが、返ってきたのはそんな返答である。
これには本当に驚いたようで、雅が目を丸くして紅音を見つめた。
一方で紅音は顎に手を当て、その原因を推測していた。
「もしかしたら、向こうはこの騒動にまだ気が付いてすらいない可能性もありますね」
「え……、なんで?」
「私も探索者協会にいた頃に聞いた話ではあるのですが、古い企業、国の機関などにおいてはSNSなどで情報を収集することは珍しいです。そういう人たちは〝情報の出どころの信用〟というものを重視します」
「情報の出どころ……?」
「はい。付き合いのあるリサーチ系の会社、あるいは団体から報告されたものだけを信じ、報告されていないものを〝存在しないもの〟として扱うことも多くあるようなのです」
「は……?」
「そういう体質なのです。それに加えて、そういった情報を集める会社や団体はソースやエビデンスといったものを重視するため、不確定要素の声が溢れる〝SNS〟という分野が組み込まれていることは通常ありません。さらにそういった情報が稟議を通って初めて伝わってくることにもなりますし、同時に、否定的な意見などは余程重要度が低いものであれば、当然顧客の耳に届く前に伏せられます」
「……マ? それ、情報が正しいって言えんくない? 改ざんとかできちゃいそうだし、情報の到達も遅すぎね?」
「えぇ、そうです。けれど、そういう世界に生きている人たちにとっては〝それが正しい〟のです」
「なにそれ、変なの」
雅の感覚からすれば、SNSなどは分かりやすい程に民意が反映されているように思える。
もちろん、マイノリティを気取って思ってもいないことを敢えてSNSに流し、注目を集めようとする者なども多くいるのは確かだが、それでも恣意的に歪められている可能性のある情報とは違ってストレートなものが見えてくる。
そういった情報を取捨選択し、どの情報が正しいものかを詳しく調べていくことで、多くの声というものが拾えるのではないか、と思う。
「ま、こっちとしては存分に燃え広がってくれるぐらい、時間に余裕ができんのはありがたいけどさー」
そこまで言って、雅がARグラスに映していた別画面で、家族向けのメッセージを送れば、すぐに既読がついた。
「――昔さぁ、キャンプん時に歌ったよね」
「何がですか?」
「もーえろよもえろーよー、ほのおーよもーえーろー、ってさ」
無邪気に、しかし容赦なく。
雅は次の段階に向けて、駒を進めた。




