崩壊の足音
「――おいおいおい……! こんな騒動、マズいって……!」
SNSで燃え広がっている、〝金銀花〟の公式アカウントによる発信を発端とした大火は、SNSの恐ろしさ――つまりは民意の怖さというものを理解している一人の若手職員によって発見された。
それでも彼が気付くのに時間がかかったのは、単純に忙しすぎたというのが大きい。
中途半端にアナログなやり方を好む業界であるが故に、無駄に装飾ばった書き方をするものを〝正統〟とし、時間をかけることを〝伝統〟とするが故に、官僚たちの業務ボリュームは膨大だ。
労働基準法など知ったことかと言わんばかりに、当たり前のように残業、徹夜、泊まり込みといったものが差し込まれる業界であるが故に、休憩時間にぽちぽちスマホをいじるような気力すらなく日々を過ごしていたせいだ。
男は特にSNSを監視するような命令は受けていない。
だが、ここで大火傷をせずに水際で喰い止める功績を得ることで、未来が拓ける可能性があるかもしれないと考えているからこそ、急ぎ、SNSの騒動を上司に報告した。
だが、返ってきたのは《《染まりきった答え》》であった。
「――SNSだぁ? あんなもん、所詮は一般人が好き放題言ってるだけだろうが。正確なところから、正確な手続きで上がってきた情報が〝本物〟で、それ以外はなんの効力も持たない〝偽物〟だ。それがルールだって言ってんだろ」
「っ、ですが! このまま無視をすれば大変な騒動に……!」
「何言ってんだ。馬鹿か、おまえ」
「え……?」
中年の上司が心底呆れ果てたような目を向けると、手に持っていた書類を軽く丸め、ぽんぽんと男の肩を叩きながら続けた。
「一般人がどれだけ騒ごうが、そんなもん知ったこっちゃないんだよ。俺らは官僚になった時点で政府の意向に沿うことしかできないの。なあ、分かれよ。もう何年目だ、おまえ。いつまで経っても新人気分のまま仕事すんなって」
「っ、そ、れは……」
「議員様が〝やらない〟なら、それが俺らの答えでもあるってわけ。だいたい、もう先生方が《《そういう方向》》で動いてんだぞ? 今更俺たちの意見なんて素直に聞いてくれるわけないっての」
「……そんなの、許されるんですか……っ!?」
「《《それ以外許されない》》んだよ。無視できなくなったら《《顔》》が変わればいい。《《顔》》が変わっても《《筋》》さえ残ればそれでいい。そんだけの話なんだからさ。ったく、こんな無駄な時間使うなよな。やること山程あんだからよー」
ぶつくさと文句を言いながら、話は終わりだとばかりに手で払われる。
旧態依然の組織では、〝組織のやり方〟というものが何よりも正しいものになる。
世間一般で言われるブラック企業と呼ばれるような組織も、どちらかと言えばこうした傾向が強くなりがちだ。
生き残った者が正しく、生き残れない者は弱者で、敗者だ。
だから、後輩に対しても同じものを要求するし、それに耐えられない者は〝負け組〟とする。
さながら学校の体育会系の部活と同じように、〝悪習〟を〝慣習〟として、通過儀礼であるかのように受け入れる。
馴染めなければ弾かれ、出世もなく、次々とあちこちに飛ばされるだけで未来が閉ざされていくのだ。
男にはこれ以上食い下がることも、他の窓口から訴えることもできない。
ただただ沈黙するしかなかった。
得意げに、さも自分が正しいことを言っているかのように部下を黙らせ、悦に浸った男が呼び出され、この時の会話が録音され、SNS上にばら撒かれたことを知ることになったのは、それから2日後のことであった。
◆
――――さらにその3日後。
「――何故……ッ、何故こんな騒動になっていると報告しなかったッ!?」
「申し訳ありません……! SNSなど取るに足らないものである、と見逃しておりましたら、急速に事態が拡大しておりまして……!」
「フザけるなッ! 馬鹿者が!」
顔を真っ赤にして叫ぶ、老年の男。
その男に向かって頭を下げながらも、男は心底冷たい感情と苛立ちを綯い交ぜにしているせいか、険しい表情を浮かべながらも目を大きく見開いていた。
――どの口が言う……ッ! SNSなど所詮は戯言だと、なんの意味もないと断言して今回の領土奪還作戦を進めていたのは他ならぬ貴様だろうが……、この老害が……ッ!
申し訳ないと頭を下げながらも、男は一人の与党議員を前に歯を食い縛りながらも怒りをやり過ごしていた。
SNS上の騒動は、もはや領土奪還作戦だけではなく、旧態依然とした体制や無駄の多い業務などに対する言及にも繋がり、挙句の果てには議員の質の悪さ、汚職疑惑などを批難するようなもので溢れかえっていた。
こうなってしまうと、その騒動の原因となった存在には、他の議員たちからも冷たい目が向けられるようになるのは自然な流れだろう。
――アイツが最初っから無駄で愚かな真似をしなければ、欲をかくような真似をしなければ。
今回の騒動に乗じて、今までであれば握り潰されていたであろう証言などもSNS上にここぞと流され、火に油を注ぐ勢いで延焼していく。
あっという間に政治不信の声が流れ始め、ほんの少し前までの何も変わらなかったはずの、絶対的であったはずの権威が急激に衰え始めたのだ。
だから、生贄が必要になると考えたのだろう。
何人かの議員は言い逃れができない程の証拠が出てしまったため、〝禊〟が必要ではあるが、何人かの議員は謝罪会見と苦しいながらの釈明会見でもすれば、あとは時間が忘れさせてくれると、そう考えた。
その内の筆頭に選ばれたのが、今回の領土奪還作戦を企て、己の政治地盤となる千葉の出身で与党議員である木場 栄司という、この叫んでいる議員その人だ。
この男は議員となってから、これと言って目立った成果もキャリアもないまま70歳になろうとしている。
そんな男だからこそ、次の政権ではいわゆる〝オトモダチ人事〟にも似た形で、内閣府の外局でもある〝ダンジョン庁〟の長官になることが決定していた。
木場はレベル0――つまりは一般人でしかない上に、探索者の仕事など、ただの肉体労働レベルのものだと見ているような男ですらあるというのに、だ。
だから、その箔付けが欲しかった。
今回無理やりにでも領土奪還作戦に踏み切ろうとしたのは、政治地盤でもあり、口約でしかないとは言え、いずれは安房地域を取り戻す、とまで宣って議員として支援を受けてきたからこそのことでもあった。
正直に言えば、彼にとっては成功しようが失敗しようがどうでも良かったのだ。
ただただ、そこに〝金銀花〟のような若い世代を同行させることで、成功しようと失敗しようと〝未来ある若き才能に繋げることで、自分の意志が生き続ける〟などという言い訳が欲しかったに過ぎなかったのだから。
そうやって『自分は民の声に答えて尽力した』という分かりやすい功績が欲しいがために、中堅クランなどの数だけを集め、自衛隊にも連携を打診していたのである。
その結果が、まさか挑む前からの政治家生命の終焉を招くなど、露とも思ってもいなかったであろう。
「――中止しろ……!」
「は……?」
「ここまでの騒動になった以上、すぐに中止するしかなかろう! しばらく時間が経てば民衆共はすぐに忘れる! 今回連れて行く予定だったガキ共が未成年であるから問題だと言うのなら、そいつらが成人するまで凍結させれば良い!」
「っ、さすがにそれは今更……!」
「やれと言っているのだッ! ガキ共など、放っておけば何もできないだろうが!」
無茶苦茶なことを言い出した木場の言葉に、怒鳴られていた中年の男が言葉を失う。
そんな中、突然部屋の扉がノックされ、慌ただしい様子で男が入室してきた。
「――し、失礼しますッ!」
「なんだ!? 後にしろ!」
「そ、それが、これを後回しにする訳にはいかず……!」
「くどいっ! 儂は今、この男と――!」
「――に、日本の大手クランが合同配信を始めたのですッ! そこで探索者の義務について厳しく言及されています!」
しん、と。
水を打ったような沈黙が、その場に流れた。




