閑話 ホームダンジョン申請制度
ダンジョン中層、13階層以上は蠱毒の舞台と化す。
魔物同士の縄張り争い、同種族での長の座の奪い合いというものが当たり前のように存在しており、探索者たちはそんな蠱毒の舞台へと飛び込み、踏破しなくてはならない。
故に、中層探索を頻繁に行うダンジョンは限られる。
同じような場所、あるいはそれより先の階層に頻繁に潜っている探索者パーティ、あるいは定期的にそういった魔物たちを狩っているようなクランなどが公表しているダンジョンを利用する者が多い。
「――だからこそ、あのダンジョンはウチらが掃除するべきじゃね?」
そろそろ新事務所への移転スケジュールも定まってきて、徐々に荷物の搬入などを進め始めた11月の初旬頃。その日は〝金銀花〟の3人が紅音の手伝いで新事務所にやってきて、重めの荷物整理を行っていた。
レベル3の探索者である彼女たちの筋肉を頼りに、重いものを運び込んでいたのである。
そうした作業が一段落したところで、奏星がふんすと鼻息荒くそんなことを言い出した。
「あのダンジョンと言うと、この前の大会で〝金銀花〟で挑んだ、〝東京第三ダンジョン〟ですか?」
「そそ。あかねぇはどう思う?」
「そう、ですね。〝東京第三ダンジョン〟はホームにしているクランはありませんので、特に競合になることもありません。悪くはないかと思います」
奏星に訊ねられ、ARグラスに検索情報を表示させながら紅音が答える。
そんな会話を横で聞いていた流霞が小首を傾げた。
「あ、あの、ホームにしてるクランがないから悪くないって……?」
「もっと気安い口調でいいですよ、流霞さん」
「え、ごめんなさい」
「……なんだか私がフラれたみたいで釈然としないのですが……、まあいいでしょう。探索者事務所の権利の中に、『ダンジョンのホーム申請』というものがあるのはご存知ですか?」
歩み寄ったはずなのに容赦のないごめんなさいを喰らってしまった紅音が、なんだか釈然としない気分を抱きながらも改めて訊ねてみれば、流霞はもちろん、その場にいた奏星と美佳里もふるふると首を振った。
この辺りの専門的な話などは探索高校であっても一般授業の中には含まれていなかったか、と数年前の学生生活を思い返しつつ、紅音は改めて続けた。
「ダンジョンは中層からその構造、出てくる魔物が変わります。そのため、そのダンジョンの中層以降に詳しいクランが『ダンジョンのホーム申請』を行い、自発的に中層の間引きや管理を行うと、クランの税金が大きく免除されたりといった特典を受けることが可能になるのです」
「へー、そんなんあるんだ、お得じゃん。ねね、あかねぇ。そーゆーのってどこのクランもやってたりすんの?」
「いえ、もちろんメリットだけを見ればお得ではあるのですが、デメリットが大きいので。現実的には〝制度としては知られているものの、大手以外は手を出せない〟というのが実状です」
「デメリット?」
美佳里の質問に対して紅音が小さく頷いた。
「『ダンジョンのホーム申請』を行ったクランは、特典を受けるためには毎月15日に、前月末締め分の一ヶ月あたりの中層の魔物分布図、討伐した魔物のデータなどを探索者協会を通して国に提出するという義務が発生します。そこでしっかりと活動していることを報告し、活動実態として動画データ、または配信URLなどを明記して提出しなくてはなりません。これを一度でも怠ると、『ダンジョンのホーム申請』資格が喪失します。さらに免除していた税額を3年分まで遡及して請求され、さらに半年間の受講を受けなくては再受託できなくなる、という縛りが発生します」
「えぇ……、めんどくさそう」
義務と聞かされただけで美佳里の表情に一瞬で嫌気が差すあたり、まだまだ子供らしい毛嫌いをするものだな、と紅音は思う。
紅音も〝金銀花〟のこれまでの動画は見てきた。
そもそも〝がちけん〟の飛躍には〝金銀花〟の存在があり、その〝金銀花〟を知らなくては充分なフォローも難しいだろうと考えたのだ。
そう考えて確認した、〝金銀花〟のダンジョン攻略動画や配信アーカイブの数々。
探索者協会にいて多くの探索者の情報を見てきた紅音であっても、その数々は驚愕に値するものであった。
自分たちの命が懸かるような場面でも立ち向かえる、強靭な精神力。
決断し、抗おうとする真っ直ぐ過ぎるほどに真っ直ぐな心。
そして、仲間を信頼して行動を起こせるだけの胆力。
そのどれもが、一般的な探索者とは一線を画している、というのが紅音の本音でもあった。
そんな〝金銀花〟を支える雅と雪乃という、これまた一般的な女子高生とは比べ物にならない程の特別な能力を持っている。
そんな人材たちが集まる場所ともなれば、それぞれ良く言えばストイック、悪く言えば変にプライドが高い人材になりがちだ。十代後半の多感な時期ともなれば、そうした時の〝尖り〟は余計に顕著に表に出やすい。
けれど、配信の時も、こうしてプライベートな交流を図っている時も、ここにいる面々はどこにでもいる高校生らしさがしっかり残っている。
楽しいから、夢中になれるから進み続けてきたような、そんな空気を色濃く放っているようだ。
だから、紅音はこの場所を守りたい、とも感じていた。
――すっかり私まで絆されちゃって、支えてあげなきゃ、なんて思ってしまうのだから……天然の人誑しの巣窟ね、ここは。
効率主義、感情なんてものは仕事には必要ない。
そんな感覚を持っていた紅音が、今では少し歳の離れた妹の面倒を見る姉のような立場で、そんなことを思って苦笑する。
「最近では配信からある程度はAIを用いて資料のテンプレートを作れるようになりましたし、報告作業はそこまで苦ではありませんよ。クランにとってもプラスになりますし、〝魔女の饗宴〟の皆様からも頻繁にダンジョンにアタックしたいとのことで、場所の選定を頼まれています。それに何より……」
「何より?」
「人が入らないダンジョンでは、過去に探索をしていた際には見つからなかったアーティファクトが宝箱に入って出てくることもあるそうです。ですので、ホームにしているクランがなく、かつ中層の後半――13階層以降で活動できる戦力、余裕があるクランにとっては、悪くない話です」
「おぉ……」
ダンジョンについて調べていれば、それなりに知られている話ではあるのだ。
ならば何故ホームにしようとするクランが少ないのかと言えば、単純に蠱毒の舞台と化す中層13階層以降の階層の難易度が異常に高いせいだ。
先日、〝金銀花〟が倒したプリマトゥスのように、何かしらのスキルを得た際に爆発的に危険度が跳ね上がるようなタイプの魔物は、中層13階層以降では珍しくない。
そうなれば、場合によってはレベル5パーティでも痛手を被るリスクもある。
世間的にレベル6探索者はそう多くはない。
命懸けの戦いを乗り越えるというのは、肉体的な負荷はもちろんだが精神的にも追い詰められるケースは珍しくないからだ。
いくらレベル2、3に順調に上がれたとしても、その次の戦いで本当に命を落としかけるような目に遭い、PTSDを発症するケースが後を絶たない。
良くも悪くもダンジョンの外、平和な世界で暮らしてきたからこそ、精神的なギャップ、ストレスに心を折る者がいる。
それが、現代における探索者育成での難しさにも直結していた。
だから、ホーム申請というのはどうしても躊躇われるのだ。
探索者とて人間だ。
利益が大きい可能性もあるが、命を落とすリスクもあると言われて、喜び勇んで飛び込む者は少ない。
それだけの負担を背負わずとも、ホーム申請されているダンジョンの中層に潜って魔石を拾い、素材採集などを行ってさえいれば、それなりの金額にもなるし、生活にも余裕が出る。
魔物が適度に間引かれているような場所に、荷物持ち――いわゆるポーターでも連れて行けば、さらにお金を稼ぎやすくもなるだろう。
――まあもっとも、そのせいで探索者協会にいた時はホームダンジョン持ちのクランが増えなくて困ったりもしたけれど、クラン側に立つとメリットに対してリスクが大きいのよね、この制度も。
紅音は冷静にそんなことを考えつつも、しかし〝金銀花〟のレベル以上の強さを考えると、受けるのも悪くはないな、とも思いつつもデメリットやリスクを説明していった。
「――なので、中層13階層をアタックしながらレベル4を目指し、その後、改めて検討していくという方針で良いのではないでしょうか?」
「はーい」
そんな話をしながら、新事務所の片付けを再開したのであった。




