中層13階層の洗礼 Ⅴ
《今の動きをご覧になりましたか? きひ子ちゃんはあの巨大な異常進化個体との戦いの中でも、仲間たちの動きをきちんと確認した上で、あの短い時間の中で戦術を組み立て、異常進化個体から敢えて離れるという選択をしました。そして、カナっちとの見事な連携。一瞬の判断、そしてお互いへの信頼があったからこそ、カナっちはきひ子ちゃんが現れることを察し、予測してみせたのでしょう。そう、〝金銀花〟の初期コンビだからこそのあの尊さをご覧になり、思わず胸が高鳴った視聴者もきっと多くいたことでしょう。安心してください、僕はその先で待っていますよ。昨今のなんでもかんでも女の子同士で恋愛感情を持たせて過剰に絡めばいいというような陳腐な関係ではなく、あれこそが本物の百――》
《――周郷さん大丈夫ですかね? 女性ファン減るのでは? 蛙化しません?》
《大丈夫じゃないですかね。見てください、コメント。大草原ですよ》
『周郷くん大興奮なんだわwwww』
『そ の 先 で 待 っ て ま す ww』
『百合豚がよォ!ww』
『イケメン百合豚きちぃww』
『徠人様がJKの配信を推しているなんて知りませんでした、くっそはらいたいww』
『イケメンに一気に親近感湧いたわww』
『徠人様かわいいw』
『キャラ崩壊しても人気なの草』
『周郷、ある意味今日一番美味しいのずるくない?』
『トレンドに金銀花が入るのは分かる。だが周郷、テメーはわからん』
公式配信から流れる声やコメントが、配信を盛り上げる。
致命的な発言とも取られない好みを大観衆の前で堂々と言い放ちかけた周郷の発言は、幸いにも本多の呆れ声にかき消されたが、同好の士やそういう系に理解のあるフレンズにはしっかりと伝わっていたりもする。
そんな流れのおかげもあって視聴者数は歴代配信を大きく上回る、同時接続3桁万人突破という異例の快挙を果たしていた。
今回のゲストに周郷を呼び、「女性視聴者が欲しいからって媚び過ぎじゃない? それとも何、あわよくばお近づきになりたいわけ?」と訳知り顔でニヤニヤ笑ってきた中年おっさん上司に後で絶対ドヤ顔してやろうと思いながら、その異様な盛り上がりぶりにぐっと拳を握り、「っしゃ!」と一人スタジオ横の廊下で声をあげた若き女性ディレクターは、〝金銀花〟と周郷を絶対贔屓にしようと心に誓った。
ともあれ、そんな盛り上がりを他所に戦況は動いていた。
「――――!」
グルァ、とも、グォルォ、とも聞こえるようなプリマトゥスの咆哮が響く。
己の群れが蹴散らされ、何度も打撃や小さな傷を受けたことに対する怒りで、プリマトゥスが叫んだのだ。
プリマトゥスが狙ったのは、当然と言えば当然ながらに流霞だった。
ここまで苦渋を飲まされ、この人間こそさっさと倒せていれば、群れを守ることができたのに、とでも言いたげに。
あるいは、仲間の仇を取ることに執着したかのように、真っ直ぐ流霞へと襲いかかるべく飛び出し、大きな手で流霞を掴み上げようとしてくる。
叩き潰そうとしてくるばかりだったプリマトゥスの動きが変わったことに、流霞はその手の動きだけで気が付いていた。
振り下ろすではなく、横合いから伸びてくる大きな手。
しかし流霞は、それを跳んで躱すでもなく、減速せずに真っ直ぐ突っ込んだ。
このままいけば捕まることを理解した上で、である。
直後、ズダンッ、と聞こえてきた音。
プリマトゥスが流霞を捕まえようとしていた手に衝撃が走り、がくりと減速する。
プリマトゥスと流霞が、その音の発生源となった存在を一瞥する。
流霞は信頼していたと言わんばかりの頷きを向けて、プリマトゥスは邪魔をしたなと恨みを込めるように。
その視線の先――音の発生源であった美佳里は、スナイパーライフル型の魔法銃のスコープを覗いたまま、ニィ、と口角をあげた。
「――こっち見てる場合かよ。その腕、《《凍るけど》》?」
美佳里が告げたと同時に、プリマトゥスの手首、魔法銃を受けたその場所から氷が侵食したように音を立てながら広がっていく。
がくりと重くなったプリマトゥスの腕が地面にぶつかり、一瞬の躊躇いと加重に減速した。
――【色彩豊かな魔弾】。
美佳里が使えるようになった、第1スキルの【魔弾生成】に繋がる、新たな追加スキルとも言うべきそのスキルの効果は、〝生成する魔弾に魔法効果を付与する〟というものだった。
魔法銃を使う、一見すれば攻撃一辺倒になってもおかしくはない美佳里だが、彼女の性質は攻撃寄りというよりも、むしろサポートに向いていた。
実際、奏星と流霞の攻撃力を考えた時に、自分までもが火力一辺倒になるよりも、後方から支援できるように、支えられるようになりたいと願ってきたし、そういう動きを意識していた。
そんな美佳里の願いに応えるように、【色彩豊かな魔弾】は目覚めたのだ。
そんな美佳里がいるからこそ、流霞は止まらなかった。
美佳里ならば、この状況の流れを変えてくれると信じて、前へ前へと足を踏み出し続けることができた。
――――その信頼は、何も美佳里に対してだけのものという訳でもない。
流霞と美佳里の行動、この流れを疑うことなく信じていた奏星が、プリマトゥスの後方へと到着、離れた位置で炎を宿した細剣を振るっていた。
「――【火輪連斬】!」
奏星の第2スキル、炎の斬撃がプリマトゥスの背へと届き、障壁を焼いてプリマトゥスの背を焼いた。
熱さと痛みに叫び声をあげながら仰け反るようにプリマトゥスが上体を起こす。
その瞬間に、奏星の【火焔抱擁】がプリマトゥスの足元から腰を回り、胸から背中、首へと絡みつくように発火して、障壁を焼いた。
「決めろ、るかちー」
「――きひっ」
すでに懐に入り込んでいた流霞が、右手に赤い霧を纏わせて振りかぶる。
炎に包まれて障壁を失い、痛みに悶えながらもそれに気が付いたプリマトゥスの目が見たのは、獰猛な笑みを浮かべて離れた位置で大地を蹴り、突っ込んでくる流霞の姿だった。
もしも美佳里がフォローに失敗していたのなら、この状況は生まれなかっただろう。
奏星が〝焼失〟の特性を活かすことを考えられなかったら、プリマトゥスも慌てる必要はなく、冷静に対処できていたかもしれない。
だが、全てをたった一度の行動で、完璧に連携してみせた3人の動きに一切の無駄はなく、プリマトゥスは悟った。
――自分の負けだ。
流霞の赤い霧が、奏星の【火焔抱擁】をなぞるようにプリマトゥスの身体に触れていく。
これまでは障壁が邪魔をして浅い傷しか生まれなかったが、流霞の赤い霧、【潮汐破断】は容赦なく触れた場所を破壊していく。
プリマトゥスの強靭な肉体が、弾けるように血を噴き出して崩れていく中、流霞がプリマトゥスの肩口に手をついて反転しながら飛び越えるように着地して、その手にブレスレットに戻していた魔装を具現化、大鎌へと変える。
そうして再びプリマトゥスの後頭部目掛けて飛びかかり、その首の横を斬り裂いた。
着地した流霞の後ろで、ゆっくりとプリマトゥスの巨体が倒れていく。
地響きを伴うような大きな音を立てて倒れたプリマトゥスを他所に、近づいてきた美佳里と奏星が、流霞に向かって手を出して、3人がハイタッチした。
『勝ったあああぁぁぁ!』
『コンビネーションやべええええ!』
『すげえええ!』
『あんな化物倒せるとかどうなってんだ!?』
『快挙じゃん!!!!』
『うおおおおおお!』
《……や、やりました、〝金銀花〟! 中層13階層、ケイヴタイラントの群れを一蹴し、異常進化個体であった長を討伐しました! 猿島さん、凄かったですね!》
《あはは……、いやあ、本当にレベル3パーティかと疑いたくなるような強さですね……! しかも最後、異常進化個体との戦いは素晴らしいものでした! まさに三位一体! それぞれの役割を十全に果たし、完璧な一撃で勝負を決めてくれましたね!》
《えぇ、まったくです! いやー、周郷さん。レベル6探索者としていかがでしょうか? ……? 周郷さん? すご……――な、泣いてる……!?》
《……えぇ、これを目の当たりにして泣かずにいられる者がいるでしょうか。いいえ、いません。まさに完璧なチームワーク、そして素晴らしい信頼関係で支え合っての勝利です。アイコンタクトだけであそこまで完璧な戦いをするというのは、一流のパーティであってもそうそうできません。ああした言葉もなく連携が上手くいく状態を、我々探索者は〝ヴィジョンを共有した状態〟などと呼ぶことがありますが、その状態になったとしても、誰かがどこかでミスをしてしまうことも決して珍しくありません。ですが、彼女たちはそれを十全にこなし、そして見てください、あの美しいハイタッチと笑顔を。えぇ、断言しましょう。ここに百合の楽園――》
《――はい! ありがとうございました! いやぁ、レベル6探索者の周郷さんでも感動するほどのものであったということが、充分に伝わってきました!》
《……周郷さん。ホント、あとでクランの人に怒られた方がいいと思いますよ》
『すwwごwwwwうww』
『本多さん、声でかき消そうとするも無事手遅れw』
『猿島さんまで素で言うてますやんwwww』
『百合豚がよォ!!!!』
『でもちょっと分かっちゃうかも』
『毒されてる視聴者!?』
『正気に戻れ! そっちの沼は底なしだぞ!?』
この日、本当の意味で〝金銀花〟は世界的に名を知られる探索者パーティとなった。
――――それと同時に、周郷徠人という一人のイケメンに、同好の士と親しみやすさを感じた男性ファンが妙に増えた。




