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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第4章 新人探索者パーティ対抗戦

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中層13階層の洗礼 Ⅰ




 ダンジョン中層13階層。

 周郷が公式放送で語ったような変化そのものと13階層に足を踏み入れた三人が遭遇するより早く、確かに空気の違いというものを肌で感じ取り、足を止めていた。



《――13階層からは空気が変わるんです。魔物たちが放つ気配、纏った空気が蔓延しているような、そんな場所です。弱肉強食が当たり前の世界で、どの魔物も殺気立っている。それらが放つ纏わりつくような気配のせいで、慣れていない者は、その場にいることすら耐えられなくなってしまう》



 動きを止めた3人を送られてきている映像越しに見つめながら、周郷が真剣な表情を浮かべて告げる。

 先程まで自称キヒリストなどと言い出していた男とは思えない、レベル6探索者の姿がそこにはあった。


 ともあれ、確かに周郷が言う通り、〝金銀花(カプリフォリオ)〟の面々は13階層に入った途端に足を止めていて、先程までの快調さが鳴りを潜めているようにも思えたため、本多も素直に周郷のコメントを受け止めていた。



《それが、彼女たちが足を止めた理由だと、周郷さんはそう考えていらっしゃる、と?》


《ミカミカちゃんは、おそらくそうでしょうね。〝金銀花(カプリフォリオ)〟に後から合流した彼女は、まだ《《最悪》》を経験していない。だから、どうしたって胆力はカナっちときひ子ちゃんには劣ると思います。これが、中層13階層から始まる一つの試練です。これを乗り越えられないのであれば……》


《……乗り越えられないのであれば……?》


《……命を落とすことも、充分に有り得るでしょう》


《っ、であれば、もっと浅い階層に戻った方が……っ!》


《いえ、それはあくまでも、全員がミカミカちゃんのようになってしまうのであれば、という前提のお話ですよ。何せあの場所には――――》



 公式配信で周郷が語る通り、美佳里は身体を強張らせていた。


 ピリピリと刺すような刺激、呼吸がしづらくなったような重苦しい空気感を前に、自然と「はっ、は……っ」と短い呼吸へと変化した。

 膝が笑いそうになるほどの感覚を味わいながら、それでもここで呼吸を止めたら酸欠で倒れることを朧気ながらに理解して、空気を一生懸命に吸い込んでいる。


 一方、奏星もまた空気の変化を敏感に感じ取っていた。


 ――何、これ……?


 自分はまだ知覚できない魔物がすぐ近くでこちらを睥睨しているような。あるいは、後方からしつこく粘っこい視線を送りつけられているようなぞわりとした悪寒めいたものを感じながら、僅かに身体を震わせた。


 それらに恐怖した訳ではない。

 現に奏星はその感覚を前に、小さく口角をつり上げている。

 ただただ、これからの戦いが今までとは一線を画すものになるという予感に対する武者震いですらあった。


 もっとも、それは平常心を失っているということに他ならない。

 戦いの中で十全のパフォーマンスを発揮するには、些か力が入りすぎているような状態であった。


 美佳里と奏星の僅かな変化を映像越しに見つめながら、周郷が改めてふっと口調を柔らかくして先程の区切った言葉の続きを口にした。



《――《《彼女》》がいますから。ああいう仲間がいれば、呑み込まれて萎縮することはないでしょう》



 周郷の視線の先では、美佳里と奏星が抱いた恐怖、あるいは緊張というような空気を吹き飛ばすように、前に出た流霞が大鎌をロッドに戻した状態で大きく伸びをして深呼吸していた。



「……きひっ、《《この空気》》、《《久しぶり》》だなぁ」



 楽しげに目を細めて、けれど、相変わらずどこか剣呑な空気を宿した流霞の目は、この中層13階層の景色ではなく、ここから先にいるであろう魔物たちを映しているかのようですらあった。


 あの『指定ダンジョン』で転移させられて味わった、中層深部特有の空気感。

 まだあそこまでの《《濃さ》》はないものの、しかしそれに近いものを感じて、流霞はわくわくしていた。


 ――今の私で、どこまで通用するかな?


 中層深部で〝虎〟に出会って拾われた時は、〝適合反動〟のせいで充分には戦えなかった上に、今のように〝拡張スキル〟もなかった。

 それでも、戦えない相手ではなかったことを流霞は知っている。


 ならば今の自分ならばどこまで通用するのか、それを知る意味で今回の戦いはいい試金石になるだろう、と流霞は感じていた。


 そんな緊張の欠片もなく、ただただ楽しげに告げてみせる流霞の姿に一瞬呆気に取られてから、奏星は小さく息を吐いた。



「……はぁ。るかちー、緊張は?」


「うん? ないよ? 早く戦いたいかな」


『これはきひ子ちゃんww』

『草』

『気持ち強すぎて安心するわw』

『公式配信の周郷くんの話聞いて、ちょっと中層を見る目が変わった』

『俺トップパーティが易易と18階層とかで戦ってるの見て感覚バグってたわ』

『肌で分かるってヤツかぁ』



 安定の流霞と、そんな流霞の空気に当てられたように落ち着きを取り戻す奏星。

 その奏星が、美佳里が自分と同じように空気に当てられて強張ったままでいることに気が付いて、美佳里に近寄って背中をバチンと強く叩いた。



「――い゛っ!?」


「ミカミカどしたー? びびってんのかー?」



 にしし、と誂うように笑う奏星の一撃。

 その痛みと笑顔に目を白黒させていた美佳里から、ふと力が抜けていく。



「……は、ふう……。ぶっちゃけ、ちょっと空気変わりすぎてビビったかも」


「ほんとそれな。わかるわ、ガチで空気感違うし」


「……そう見えないけど? 奏星ヘーキっぽいし」


「んー、そだねー。まあ、るかちーほどじゃないけど、楽しみっちゃ楽しみだし」


「マジかよ、ヤバ」



 奏星の話している内に自分の身体から力が抜け、酸素が巡り、血が流れていくような感覚を味わいながら緊張から解放されたことを美佳里は悟った。


 こういった場合に気合を入れて乗り越えようとする者は多いが、身体が強張ったまま力が入り、さらに動きが硬くなってしまう。

 そのため、ある程度は力を抜くような会話をしたり、あるいは軽くストレッチをして身体をほぐす方が効果的である。


 図らずも流霞の変わらなさのおかげでそういった最適解を選べたおかげで、奏星と美佳里の二人の身体を縛り付けていた緊張は霧散していった。




 ――――しかし、ダンジョンはわざわざ万全まで待ってあげるほど、優しい場所ではなかった。




 何かに気が付いた流霞が二人の前に飛び出して、ロッドをぐるんと回す。

 直後、遠距離から凄まじい速度で飛来してきた大岩をロッドで容赦なく殴りつけ、横に逸らした。


 弛緩していた空気が引き締まる中、流霞が笑った。



「――強そうだね……!」



 流霞が睨みつけるその先に佇む、一頭の魔物。

 灰色の体毛に胸元が黒く染まった巨大なゴリラのような魔物。

 周囲に20近くも同系統の魔物がいるようだが、それらに比べて二倍近くも巨大で分厚い肉体を持った魔物だった。


 まだ両者の距離はあるが、その場から見ていてもその大きさが察せられる。

 ゴリラ特有の前傾的な姿勢でありながら、体高は4メートル半程あろうかという突出して大きい魔物が、今しがた大岩を投げつけてきた存在だろう。


 そんな存在が、流霞を真っ直ぐと睨みつけて視線を動かさず佇んでいる。



『何あのクソデカゴリラ』

『群れを率いてる感じか……?』

『圧すごすぎ』

『これ人間が勝てんのか……?』


《――ケイヴタイラント……! しかもあの異常に大きいのは、恐らく異常進化個体ですね……! 猿島さん、日本国内では珍しい魔物だと認識しておりましたが、いかがでしょう?》



 困惑するコメント欄を他所に、公式配信では本多が驚愕した様子で声をあげていた。



《えぇ、そうですね……。獰猛で狡猾、膂力も凄まじく、掴まれればレベル4探索者でも容易く握り潰される程の握力を有し、しかも知恵のある魔物。その名の通り、ダンジョン内の洞窟を縄張りにしていたため〝洞窟の巨人〟と名付けられ、〝渓谷の番人〟という異名を持つ魔物です。日本国内ではなかなか見ない魔物ですね……》


《ありがとうございます。確か、あの魔物たちは必ず長の下に集まって群れを成すのですが、その長の手信号、鳴き声を合図に〝戦術〟を用いてくる魔物だったはず。やはり、彼らが見つかったアメリカの痛ましい事件で名が知れた有名な魔物ですね》


《アメリカ、コロラド州のダンジョン探索隊の壊滅事件ですね》



 公式放送で語らう本多と猿島は、流霞たちが対峙する魔物――ケイヴタイラントを知っていた。


 コロラド州にあるダンジョンは、ここと同じような渓谷型のダンジョンだった。

 当時、中層14階層を探索していたレベル4パーティが、ケイヴタイラントの群れと遭遇したかと思えば、あっという間に包囲され、壊滅したのである。


 その後、レベル5パーティがケイヴタイラントの調査のためにそのダンジョンに赴いたものの、ケイヴタイラントの群れは想定されていた以上に大きく、かなりの犠牲を払うことになり、一時撤退。

 事態を重く見た探索者協会の要請により、討伐、調査のためにレベル6探索者が協力することになったという事件があったのだ。


 それ故に、その事件を知る者たちはケイヴタイラントの怖さというものを理解していた。


 だからこそ、本多はいつまでも睨み合ったまま動かないケイヴタイラントの群れを見て首を傾げた。



《周郷さん。ケイヴタイラントは標的をすぐに包囲するように命令すると聞いていますが、あの一際大きな魔物、動きませんね。一体何が起こっているのでしょうか?》


《きひ子ちゃんです》


《は? またか?》


『本多さんwwww』

『ステイステイww』

『この状況でもキヒリストすんなよ!?w』

『徠人様、もうちょっとシリアス頑張ってww』



 流霞の名前を出した瞬間にギスりかけ、放送事故になりかける公式配信。

 そう考えた本多やコメントであったが、しかし今回ばかりは違った。



《いえ、冗談ではなく、きひ子ちゃんが睨みを利かせているおかげです。あのケイヴタイラントの群れの中で一際大きい個体、おそらく異常進化個体と思われるのが長だと思いますが、あの個体がきひ子ちゃんを強者と認めているのでしょう》


《あ、失礼しました……。しかし、どうしてまた……?》


《初撃で飛んできた巨大な岩、あの一撃で反応を観察していたのでしょう。それを容易く退け、睨みつけ、笑みを浮かべてみせるきひ子ちゃんの実力を、長が警戒しているのです。獲物であるか、それとも、自分たちを屠る強者であるのかを》



 周郷の言葉は、その場で佇む流霞や奏星、美佳里たちには届いていない。

 しかし、奏星も美佳里も、周郷が語っていることと同じことを感じ取っていた。

 そして同時に、あの群れは自分たちを逃すつもりなどないだろうということもまた、何となく察せられるというものだ。


 だから、奏星は後手になる前に自ら戦端を開く決意をして、宣言する。



「――るかちー、雑魚はウチら。るかちーはあのデカいのよろ!」


「分かった!」



 奏星の合図と同時に噴き出した炎、駆け出した流霞。

 同時に、ケイヴタイラントの長が咆哮をあげ、衝撃が直接体内を襲う中、ケイヴタイラントたちも一斉に散らばり、戦いが始まった。


 もしもこの場に、雅の姉である冴香が生み出した解析魔導具があれば、ケイヴタイラントの長にはこのような名前が表示されていたであろう。




 ――――〝【霊長王】プリマトゥス〟、と。





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